~可憐! 狙われる美少女たち~

 うわぁ~!

 と、思わず声をあげてしまうほどパーティ会場は凄かった。

 めちゃくちゃ広い部屋で、天井は高くて、壁なんか豪華な感じで、なんか物凄くキラキラした灯りがぶら下がっている。

 まるで宝石がちりばめられたみたいな感じで、灯り以上にキラキラ輝いてる。

 天井も壁も豪華ならもちろん足元も豪華。

 ふわっふわのカーペットが敷かれていて、まるでジックス街の盗賊ギルドの受付、ルクス・ヴィリディさんのイレズミみたいな模様が複雑に描かれていた。足音を消す必要もないくらいに柔らかくて踏み心地がいい。

 まさに貴族が集まる場所って感じ!

 パーティ会場の奥はちょっとした段差になっていて、そこには楽器を演奏している人たちがいる。

 いわゆるステージっていうやつだ。

 見たこともない大きな楽器から、あたしでも知ってるカスタネットとかまで、いろいろな楽器がそろっていて、演奏する人がいて、なんか壮大な音楽が奏でられていた。

 色とりどりな様子の会場の左側では、大きく長いテーブルに用意されている。

 そこに乗せられていたのは――


「食べ放題!」


 サラダから始まりメインのお肉に加えて、なんかもうめっちゃ色々な料理が用意されていて、出来立ての証のようにゆらゆらと湯気が見えていた。

 大変だ!

 急いで食べてあげないと!


「サティスお嬢様」


 うひょー、とバンザイしながらテーブルに向かったら背中に恐ろしいほどの殺気を感じて、思わず防御態勢を取りながら振り返った。

 師匠でした。

 めっちゃ笑顔で怒ってました。


「食事は挨拶が済んでからです。もちろん、分かっていますよねサティスお嬢様。奥様の言う事を良く聞いてください」


 そ、そうだった……

 あたし、護衛の仕事をしてるんだった。

 失敗しっぱい。


「うふふ。美味しい料理に目を奪われるのは仕方がないわ。冷めちゃわない内に食べるのは、私も正解だと思います。ねぇ、サティスちゃん?」

「うんうん」


 さすがイヒト領主の奥様!

 素晴らしい貴族さまですぅ!

 あたしが全力でうなづくと、師匠は複雑な顔をした。

 ごめんなさいってばぁ。ちゃんと仕事しますので許してください。

 パーティに参加する貴族が全員、会場に入場すると――入口の扉は閉められた。鍵まで閉められている訳じゃないけど、開けるとなるとそれなりに目立ちそう。

 こっそりと入ってくるのは難しいし、出ていくのも必ず目立つ感じになる。なにより、扉付近には常に男の人が控えていて、開閉を担当してるっぽい。

 そんな入口事情を確認しているのは何人もいて、その人たちはきっと護衛なんだろうな、って思った。

 ちらちらとあたしに向けられる視線もある。

 気を付けよう。

 そうこうしている間に、ウェイターみたいな格好をした使用人さんがお酒を配り始めた。

 乾杯するためのお酒で白ワインなのかな。でもシュワシュワしてる泡が付いているのでワインじゃなさそう。シャンパンっていうやつ?

 お酒の種類はまだまだぜんぜん分かんない。

 ちょっと飲んだだけですぐに酔っ払っちゃうからなぁ~。


「お嬢様はこちらを」


 お酒は大人用。

 というわけで、あたしやルビーには別のウェイターさんがジュースを持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


 ベルちゃんもお礼を言って頭を下げてたし、素直にお礼を言っておく。ウェイターさんもにっこり笑ってくれて嬉しそうだし、いいよね。

 全員に飲み物が行き渡ったところで音楽隊の演奏が終わり、壇上に貴族さまの代表っぽい人が上がった。

 お爺ちゃんって感じの見た目だけど、なんだかギラギラした雰囲気を感じる。なんていうか、絵本で見る悪い貴族っていう感じ。近づかないようにしよう。うん。

 そんな貴族さまの挨拶が始まった。

 本日の良き日にうんぬんかんぬん。無事に会議で話がまとまり、平和に終わることができたとかなんとか。そこから、なんか自慢話みたいなのが始まった。

 あぁ、もう!

 話が長い!

 お料理が。

 お料理が冷めちゃう!

 と、ジリジリとあせる気持ちが出てきたところで――ようやく話が終わった。


「それではごゆっくりパーティを楽しもうではないか」


 壇上の貴族さまがワイングラスを掲げる。

 そうすると、まわりのみんながグラスを持ち上げるように掲げた。


「イウベンチウム!」


 え?

 なんて?


「――イウベンチウム!」


 なんだか戸惑った雰囲気が一瞬だけ流れたけど、他の貴族さま達は合わせるようにして同じ言葉を唱えて、お酒を口に運ぶ。

 いうべんちうむ?


「旧き言葉で『乾杯』という意味だ。まったくもって老害仕草だな」


 他の貴族さまに聞こえない程度の声でイヒト領主が苦笑しつつ教えてくれた。

 わぁ、領主さまが他人の悪口を言うのってなんか新鮮。やっぱりあの人、悪い人なのかなぁ。本気で近づかないでおこうっと。


「はい、サティスちゃん。乾杯」

「あ、乾杯です」


 奥様とグラスをカチンと合わせてジュースを飲んでみた。ぶどうジュースだったので甘味と酸味がすっごく良いバランスで、めちゃくちゃ美味しい。

 甘いばかりじゃなく、すっきりとした甘さっていうのかな。そこに酸味が少し加わることによって後味が爽やかになってる。いつまでも残る甘さみたいなのを感じなくて、何度でも飲みたくなっちゃう味だった。


「美味しい~」


 ジュースでここまで美味しいんだから、料理はさぞ美味しいのではないか?

 いや、美味しいに違いない!

 さぁ奥様!

 早く料理を取りに行きましょう!


「サティスお嬢様」


 喜び勇んで振り返ると、やっぱり師匠があたしを見ていた。


「ひ、ひとりで行きませんよぅ」

「当たり前です」


 むぅ~。

 師匠ってば、あたしが同じ失敗をするとでも思っているみたい。信用してくれてなーい。


「サティスちゃんサティスちゃん」

「なんですか、奥様」

「私はあっちのテーブルにいるから、料理を持ってきてくださる?」


 料理が並んでいる長いテーブルの反対側――つまり、会場の右側には、普通に座って食事ができるようにと丸いテーブルがいくつか並んでいた。

 基本的には立食パーティっていうタイプなんだろうけど、立ちっぱなしもツライので、準備してあるっぽい。

 貴族の中でも年を取ってる人たちが率先して座っていた。

 現役バリバリで野望がある~って感じの貴族さまは料理を片手にいろいろと根回しをするべく話しかけたりしていた。

 料理も話題のキッカケとしているのかも?


「私も座って待っていよう。サティス、適当に美味しそうな物を持ってきてくれ」

「え、え、あたしが選んでいいんですか?」

「むしろ、一番信頼が出来る。サティスは美味しそうに料理を食べるからな。君が美味しそうだと思った物が食べたくなってくるんだ」

「えぇ~!?」


 いつの間にそんな信頼度が上がってたの、あたしの舌!


「あ、それ分かるわ」


 ルーシュカさまもうなづいてしまった。

 ちなみにルーシュカさまのご兄弟は、他にも挨拶があったり用事があったりするから、と別行動中。やっぱり貴族って大変なんだなぁ~って思った。

 というわけで、イヒト領主と奥様の分もあたしが担当することになった。

 ルーシュカさまとルビーといっしょに料理が並ぶテーブルへと移動する。もちろんメイドのルーシャも付いてきてくれた。

 師匠は領主さまに付いているので、テーブルの確保と周囲の監視を続けている。テーブル席に座っている状態だと、近づいてくる人だけを注意してればいいので護衛は簡単そう。

 逆に。

 今から人が大勢いるところにルーシュカさまを守りつつ移動するっていうのは、それなりに視線が大変だ。

 どこを見ていいのやら。

 近づいてくる人、すれ違う人、こちらに視線を向ける者、そして美味しそうなお料理。

 あぁ!

 目が、目がまわる!


「まずはスープからですわね。ほら、サティス。カップを持ちなさい。あのカリカリのパンみたいなやつを大量にゲットしますわよ」

「あ、それは重要だ」


 スープを入れるのはマグカップだった。立食パーティだから、持ちやすさを考えてのことらしい。

 スープ用のマグカップを配っているコックさんから受け取り、スープ担当の人に注いでもらう。とろ~っとしたコーンスープで、あのカリカリのやつは後入れだった。

 素晴らしい配慮だ。これならフニャフニャになるのがちょっとでも伸びる。

 さすが貴族さまのパーティ。素晴らしい。

 でも持ち運ばないといけないし、先にお酒という飲み物を配られているのでスープはあんまり人気が無いっぽい。

 なので――


「カリカリのやつ、いっぱい入れてください!」

「あはは、どうぞ」


 笑われてしまったけど、気にしない気にしない。


「では、先にスープを運んでおきますね」


 ルーシャに任せておいて、あたしはイヒト領主と奥様の分の食事をゲットするべく、お皿を二枚かまえた。

 なんだか無敵な気分。

 今ならウォーター・ゴーレムの攻撃もこのお皿で受け止められそう!

 嘘だけどね!


「うわぁ~、すごい、美味しそう、いや、ぜったい美味しい!」


 並んでいる料理の数々。

 どれもがとっても美味しそうなんだけど、料理名がさっぱり分からない! でも美味しそうなのは間違いないので、どれこれも素晴らしい。料理人さん凄い。この世で一番エライ人だと思う。うん。


「ルーシュカさまはわたしに任せて、あなたは料理を選ぶという依頼を達成してなさいサティス。ここは適材適所でまいりましょう」

「ありがとう、プルクラ。今日ほどプルクラが頼もしく思えた日はない」

「この程度で上がってしまうわたしの信頼度って、今までどうなってましたの?」


 なんて言ってるルビーをほっといて、あたしは数々の料理に向かった。

 とりあえずお野菜とお肉は確実に確保しておいて、残りは美味しそうな物をそれなりにいい感じにお皿に乗せておけば、きっとそれっぽくなるはずだから、スイーツの分も考えて、分配はなんかいい感じにして――


「――っ!?」


 なにか。

 イヤな視線を感じた。

 なんだ――?

 敵意……だと、思う。

 すれ違った?

 それとも後ろから?

 とにかく、あたしの後方から誰か見てる。そんな気がする。いや、確実に見られてる。路地裏で感じていた嫌悪的なものを感じる視線に、ちょっと似てる。

 振り向いて確認したい。

 でも、それだとバレちゃうので、気づいてないフリを続けた。


「……」


 少し離れた場所にいたルビーに視線を送っておく。こくん、とうなづいてくれた。どうやらルビーも何かを感じ取ったみたい。

 始まった。

 いや――

 何かが、始まってる。

 紫の人か。

 それとも別の者か。

 敵意とも害意とも取れる、そんな視線。

 つまり――敵からの視線が、この場であたし達に向けられていた。


「よし」


 あたしは手早く料理を決めてしまって――もちろん最大限の吟味による直感にもとづく完全なるあたしの趣味で固めた料理ばかりで、とっても美味しそうなものばかり――イヒト領主と奥様のワンプレート料理を完成させると、のんきにマヌケな笑顔を浮かべながら運んだ。


「持ってきました~」


 テーブルに置くと同時に師匠に視線を向けた。

 ぱちくり、と何度からまばたきをしておく。

 それだけで理解してくれたようで、師匠は深くうなづいた。


「サティスお嬢様。ここは私が見ておきますので、ご自由にお食事をなさってはどうでしょうか?」


 師匠はにこやかな笑顔でそう言った。

 つまり――

 いわゆる、遊撃してこい、という意味だと思う。

 自由に動いて、敵をあぶり出してこい。

 可能ならば倒せ。

 そんな命令だ。

 もちろん、無理はしない程度に。いざとなったらルビーに任せてあたしは逃げればいい。あとは師匠がなんとかしてくれるはず。


「はい。では、行ってまいります」


 あたしはしっかりとうなづき。

 戦場へ向かって、歩いて行くのだった。

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