~流麗! ひみつのお友達~

 師匠さんとパルと合流し、情報を共有しました。

 共有する、と言ってもこちらからは伝えることがほとんどありませんでしたので、師匠さんから状況を聞いた、というのが正解でしょうか。


「アルゲー・ギギ……という紫の男に注意、ですか」


 師匠さんはうなづく。

 その間も執事のフリを続けてますので、その視線はわたしには向いていない。なんだかちょっと無視をされているような気がしてしまいますわね、これ。


「その男の狙いは私たちではなく、君たちのようだ」


 イヒト領主がそう続けたので、わたしは首をかしげました。


「どこかで恨みを買いました?」


 魔王領では、そりゃ多少は恨みを買っているかもしれませんけど。でも、支配領の人間たちとは良好な関係を築いているはずですので、わざわざ人間領まで追いかけられる覚えはありません。

 そもそも、魔王領から人間領へは普通では来れませんからねぇ。


「学園都市だよ、プルクラ。冒険者ギルドで指導してもらったでしょ」


 サティスの言葉にわたしは首を傾げつつ記憶をたどりました。


「指導? 指導……あぁ~、あの時の――って、アレがどう関係してるんですか?」


 確かに冒険者ギルドで師匠さんに絡んできた冒険者がいましたし、師匠さんが屈辱をお与えになっていたのは覚えています。

 転がしまくっていましたっけ?

 まったくもって彼我の力量差も分かっていない中途半端な冒険者でした。

 ですが、それとこれが全く繋がらないんですが?

 冒険者が恨みを晴らしに来るのでしたら分かるんですが……そこで貴族の名前が出てくるのがちょっと意味不明です。

 どういうことですの?


「冒険者にとっては逆恨みではあるが。アルゲー・ギギにとっては『もののついで』というヤツかもしれん。貴族会議に呼ばれていたついでに知り合いの復讐を果たす。まぁ、そんなところだろう。私も遠く離れた地で知り合いがお世話になったとあれば、多少は思うところもあるからな。ともかく、娘を頼むぞプルクラ」


 なるほど。

 とばっちり、というやつですわね。

 イヒト領主の言葉に、わたしはハッキリとうなづきました。

 ルーシュカにはわたしが付き、イヒト領主には師匠さん、そして領主の奥様にはパルが護衛に付くことになり、それぞれのメイドと使用人も近くに控えておく形になりました。

 狙われているのはわたし達、と分かっているのであれば警戒するのは自分の身と考えたほうが良いでしょうか。

 もっとも。

 人間程度にわたしがどうこうされるとも思えませんが。

 周囲を見渡しても、だいたい似たような護衛態勢を取っているのか、分かりやすいように騎士を連れた貴族の姿もありますね。

 談笑しているグループもあれば、目つき鋭く周囲を見渡している人間もいますし、興味が無いような雰囲気で歩いている人もいる。

 三者三様、という具合でしょうか。

 今はパーティ会場の準備待ち。自由時間ということにはなっていますが、会議が終わっても尚、関係づくりに勤しみたい貴族は積極的に動いている様子です。


「失礼、ジックス殿」


 そういう事情からか、イヒト領主にも話しかけてくる貴族がいたりするので退屈する時間ではないようです。

 怪しい動きは師匠さんが見張っててくださるでしょうから、わたしはわたしで出来ることをしておきますか。

 こっそりとスカートの中で、影の中から眷属を呼び出しておく。小さいネズミちゃんがいいでしょうか。影に溶け込むような真っ黒な姿で顕現しておき、お城の中に解き放ちます。

 危険な状況が無いかどうか、見つけておいてもらいましょう。


「ところでサティス」

「なぁに?」

「ドレスが違っているようですが、何かありましたの?」

「あぁ、それなんだけどね」


 領主が会議中、師匠さんからクエストを言い渡されたらしいパルは、ひとりで城の中をうろついていた。そこで仲良くなった貴族のお嬢様が貸してくれたドレスらしい。


「その子を探しているんだけど、このあたりにいないっぽくて。たぶんなんだけど、めっちゃ偉い人だったと思う」


 師匠さんを見れば肩をすくめている。


「何をやってるんですか、まったく。名前は?」

「ひみつ」

「なぜ!?」


 驚くわたしの肩を組んで、サティスはこそこそと耳に伝えてくる。あ~ん、とえっちな感じでふざけようかと思いましたが、重要な話っぽいのでやめておきました。


「めっちゃ可愛い子でさ、師匠に興味があったから。師匠が会っちゃったら、絶対にヤバい」

「そんな美少女ですの……!?」


 マジで、という具合にサティスはうんうんとうなづきました。


「しかもお嬢様なんですのよね。わたしのお嬢様センサーが反応していませんが?」

「せんさーって何?」

「探索スキルみたいなものです。お嬢様を見つけるとビンビンになりますわ」

「なにが?」

「言わせないでください、恥ずかしい」

「なにが!?」

「それで、どんな人でしたの? 見つけたらわたしからもお礼を言っておきませんと」

「保護者みたいなこと言わないでよ」


 パルはそう言って、ちらちらと師匠さんを横目でうかがいました。


「大丈夫ですわよ。どんなに美少女であろうとも貴族の段階で師匠さんに手は出せません。身分の違いは、こういう時に便利ですわね」

「そういうもん?」


 不安そうなパルパル。

 まったく。

 師匠さんと間違いなく両想いですのに、まだ不安なんですのね。

 乙女ですわねぇ、うらやましい。

 かわいいほっぺですので、むにゅっ、とわたしのほっぺたとくっ付けておきました。


「恋のライバル登場ですのね。あなたがそれほど心配するのであれば、相当な小娘のようですわね。特徴を教えなさい」

「金髪で赤い目だった」

「なるほど。わたしとあなたを足して2で割る感じでしょうか」

「足して割らないレベルで可愛かったし、美しかった」

「マジですの!?」


 マジマジ、とパルがうなづくので俄然興味が湧いてきました。ネズミちゃんをもう一匹、顕現して探しておきましょうか。

 その姿と形を確認して、危険なら排除しなくてはなりません。

 わたし、師匠さんに捨てられてしまうと人間を滅ぼしたくなってしまうかもしれませんからね。そんなことをすると、本格的に師匠さんに嫌われてしまいますので、できればやりたくないのですが、背に腹は変えられません。

 尊い犠牲になってください、謎の金髪赤目のお嬢様。


「その方の名前は?」

「ベルちゃん。ヴェルスって名前で、愛称がベル。身長はあたしと同じくらいで胸はあたしよりちょっと大きい。でも、腰はあたしと同じくらいだったかも。護衛に騎士が付いてるんだけど、女の人だった」

「分かりました。で、名前は?」

「ベルちゃんって言ったじゃん」

「ファミリーネームのほうです。貴族の人間を識別するのに、これほど重要な情報はありませんわ。それとなくイヒト領主に確認して、相手の地位をうかがっておきましょう。もしもイヒト領主が言い淀むレベルでしたら、絶対に撤退しますわよ。師匠さんが財力になびくとは思いませんが、相手の経済力でわたし達がふにゃふにゃにされるかもしれません」

「あたしはともかく、ルビーはお金に強そうだけど?」

「珍しい物を並べられたり、興味深い物を提示されれば、わたしなんてイチコロですわ」

「我慢してよぉ、それくらい」

「無理です。無駄です。無意味です。抵抗しても本能には逆らえません」

「えっちよりも?」

「それはズルい質問ですわ、おパル」

「おパルって言うな、邪悪なイノセンティア」

「わたしの素晴らしいファミリーネームに醜悪な修飾を付けないでください」


 せっかく師匠さんが付けてくださったのに!

 おっと。

 話がそれていますわね。


「で、その金髪赤目のファミリーネームは?」

「え~っと……」


 この反応。

 まさかこの小娘……相手のファミリーネームを聞いてませんの!?


「なにをしていますの、あんぽんたん」

「だ、だってぇ~」

「これだから孤児は困ります。自分が持っていない物は相手も持っていないと思い込むのですから」

「ひど!? うわーん、ししょ――シショ執事~ぃ~」

「な、なん――なんですか、どうしましたサティスお嬢様」


 まぁ!

 甘えるフリをして師匠さんに抱き付くなんて!

 うらやましい!


「プルクラが酷いこと言った~」

「申し訳ありません、わたしが悪かったです。許してください、サティス」

「謝るの早っ!?」

「反省しておりますので、執事を困らせるのはやめなさい。ほら、ルーシュカお姉さまだって優しく抱擁してくれますから」

「え!? 私!?」


 突然に話を振ってしまったのでルーシュカは驚く声をあげました。後ろで猫耳メイドが思わず吹き出していますね。

 バレたらお仕置き必須ですよ、ルーシャ。

 我慢なさい、我慢を。


「よ、よし来なさいサティス。ついでにダンスの最終確認もしておきましょうか」

「受け入れる方向なんだ、ルーシュカお姉さま」

「そういう流れだったんじゃないの!?」


 オロオロとしてしまうルーシュカさまを見て、イヒト領主はため息をつく。奥様は後ろで楽しそうに笑ってらっしゃいます。


「落ち着きなさい、ルーシュカ。あぁ――ほら、おまえの兄弟が久しぶりに会いに来たというのに」


 おっと、ご兄弟の方ですわね。

 立派な正装をしている方々で、面影が領主と奥様に似ています。人の良さ、みたいなものはさすがの家族、という感じでしょうか。

 こうなっては他人が入り込むのは野暮というもの。

 わたしとパルはそっと距離を取り、周囲に安全に気を配ります。といっても、分かりやすく敵対したような気配も視線もありませんし、近づいてくる者は他にいません。

 大丈夫でしょう。


「……問題ないか、ルビー」


 後ろに控えるように立った師匠さんが声を発した。


「いまのところ」

「地下を調べてくれ。アルゲー・ギギは地下の奥を本拠地にしているらしい」


 ふーん。

 こっそりとネズミちゃんを放ったつもりでしたけど、師匠さんにはバレていましたか。さすがですね。

 ほんと、どうしてこんな優秀な盗賊をパーティから追放したのでしょうか?

 勇者はパル以上のアホなのでは?

 なんて思っていると見知った姿が近づいてくるのに気づきました。


「フリルお嬢様!」

「こんばんはプルクラ、サティス。挨拶が遅れて申し訳ありません」


 どうやら今まで他の方々に挨拶に行っていたらしい。


「いえいえ、そんなことひとつも気にしませんわ。むしろ一番最後でも良いくらいですのに、わざわざ声をかけて頂けるなんて光栄です。好き」

「……最後の一言さえ無ければ完璧ですのに」

「本音ですわ」


 光栄に思っておくよ、とフリルお嬢様は苦笑する。

 照れなくてもよろしいですのに。


「サティスも、問題ないようで……って、そのドレス凄いですわね。いい物を着ていますのね。気合いが入っているというか、なんというか。え、本物ですか、これ?」


 フリルお嬢様は感心するようにサティスのドレスを見ました。

 どうやら相当に良い物のようですわね。


「フリルさまも可愛いよ?」

「お世辞として受け取っておきますわ。というか、こういう時は美しいと褒めるべきですわよ、サティス」

「あ、そっか。でも可愛いって思ったのはホント」

「そ、そそ、そうなんですのね。やはりあなたは見る目がありますわね、サティス。おーっほっほっほ!」


 出た!

 出ましたわ!

 フリルお嬢様のお嬢様らしい高笑い。手の甲を口元に当てた、絵に描いたようなお嬢様仕草!

 それを引き出すなんて、やりますわねパル!

 ありがとう!


「わたしも可愛いと思ってました。さすがですわ、フリルお嬢様」

「乗っからなくていいですのに。プルクラもドレスが似合っております。冒険者とは思えないくらいですわ」

「ふふ。本音として受け取っておきますわね」

「遠慮しないさい、え・ん・りょ、を!」


 まったく、とフリルお嬢様は腕を組んで嘆息する。


「ねぇねぇフリルさま。アルゲー・ギギっていう貴族は知ってる?」


 丁度良い、とパルが質問しました。

 それを受けてフリルさまは怪訝な表情を浮かべましたが、その視線がちらりと後ろへ向かう。

 師匠さんと視線を合わせて、何かを感じ取ったのか――お嬢様然としていた雰囲気が冒険者のソレへと変わりました。


「何かありましたの?」

「あたし達が狙われてるっぽい。師匠に因縁がある人みたいで」

「なるほど。わたくしは存じ上げない名前ですが、注意しておきます。お爺さまにも聞いてみますわ。なにか分かりましたら伝えますわね」


 よろしくお願いします、とわたしとパルで頭を下げた瞬間――


「お待たせしました。会場の準備が整いましたので、どうぞお入りください」


 城に仕える使用人の張った声が響き渡った。

 どうやらパーティの時間になったようだ。


「では、わたくしはお爺さまの元に戻ります。ふたりとも気を付けてくださいまし。特に立食パーティですので注意してください。毒は簡単に盛れますので、不用意に料理や飲み物を手渡してくる相手には気を付けて」


 そう言い残してフリルお嬢様は去って行った。


「さすが場慣れした本物のお嬢様は違いますわね」

「うぅ、なんだか緊張してきた」

「行きますよ、サティスお嬢様、プルクラお嬢様。周囲の迷惑にならないように、注意してくださいね」


 師匠さんの合図で、わたし達はそれぞれの護衛に付く。

 周囲に気を配りつつ、イヒト領主らといっしょに会場に向かって移動した。

 音楽隊が演奏を始める。

 盛大な楽器の音と共に、一夜限りの貴族たちのパーティが始まるのでした。

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