~可憐! それは王族が背負うべき罪~

 井戸の近くでベルちゃんとお話しているとマトリチブスさんが戻ってきた。

 メイドさんをたくさん引き連れて。


「え?」


 こんなにたくさんのメイドさんといっしょにお城に来てたの!? というか、ベルちゃんの着替えじゃなくて、あたしの着替えなのに、なんでこんな人数が!?

 どうなってんの、とベルちゃんを見たら――


「さぁ、サティスちゃん。お着替えしましょう」


 両手を合わせて嬉しそうにベルちゃんは笑った。


「ベルちゃんって相当な貴族さま?」

「違うよ?」

「えー……?」


 ぜったい嘘だよね、それ。

 まぁ、自分で地位も名誉も高いです、なんてことは言えないか。それに、地位も名誉も高いのはベルちゃんのお父さまかお母さまであって、ベルちゃんはその子どもってだけだろうし。

 なんて。

 もしもそんなこと言ったら、たぶんあたしの首なんて簡単にさよならしちゃうと思うので、言わない。いや、ベルちゃんじゃなくて騎士さまとかメイドさま達が告げ口をして、ベルちゃんの知らないところであたしの命は終わりを迎えるんだ。きっと師匠も助けらんないくらいに凄い暗殺者に依頼して。

 うぅ、だから貴族さまって怖いんだよぉ。

 あたしまだまだ死にたくなーい!


「さぁ、サティスちゃん脱いで脱いで。見えないようにちゃんとカーテンになってくれますので。大丈夫です。鳥さんだけしかサティスちゃんの下着姿は見られません」


 マトリチブスさんがカーテンのように布を広げてくれた。

 あとは周囲をメイドさん達が取り囲んでしまったので、まわりから見られちゃうことはない。

 上から丸見えだけど、まぁ見られて困るような体をしていないので。喜ぶのは師匠くらいなものだから、カーテンなんか無くても大丈夫なんだけどなぁ~。


「ふふふ。サティスちゃん、手伝ってあげるね――」

「あ、ベルちゃんストップストップ!」


 あたしの服に手を触れようとしたベルちゃんに待ったをかけた。


「あ、ごめんなさい。イヤだった?」

「違う違う。えっとね、これこれ」


 あたしは自分のドレスに仕込んでいた針をひとつ抜いて、ベルちゃんに見せた。


「な、なんですかこれ?」

「盗賊スキル用の針だよ。襲われた時とかに使ったり、相手の気を引くために使ったりするの」

「そうなんだ! あ、すごい。こんなところにも。へ~。気づきませんでした。暗器というやつですね! おぉ~、サティスちゃんカッコいい」

「えへへ~」


 褒められてちょっと嬉しかった。


「針を全部取るから、ちょっと待っててね」


 ドレスに仕込んでいた針を全て引き抜いて、足元に置いていった。念のためにもう一度確認してから、だいじょうぶ~、とベルちゃんに告げる。


「もう触れても大丈夫ですか? チクっとしたら死んだり……?」

「しないしない。そんな危ないのをドレスに刺してたら、あたし一歩も動けなくなっちゃう」


 誰かを殺しちゃうのも怖いけど、自分にも刺さりそうで怖いので。

 そんなマヌケな死に方はしたくない。


「では、お手伝いしますね」


 ちょっとおっかなびっくりな感じでベルちゃんはドレスを脱ぐのを手伝ってくれた。下着姿になったところで、ふぅ、と息を吐く。

 やっぱりドレスって、ちょっと窮屈な感じがする。サイズが合って無いって訳じゃなくて、なんだかこう締め付けられてるようなイメージがどうしてもあって、胸が詰まってる感じ。

 一気に解放されたような気分。

 今のうちに、ぐぐぐ~っと伸びをしておいた。


「ふぅ~」

「ねぇねぇサティスちゃん。これはなんですの?」


 ベルちゃんが気になったのは太ももに装備していたツールボックス。それを指差して、じ~っと見ている。

 角度によってはベルちゃんがあたしのドロワーズに顔を近づけているようにしか見えない。

 ベルちゃんが変態だと思われないウチに説明しないと大変なことになっちゃう。


「これはツールボックスだよ。中に武器とかポーションとか入ってる」

「ポーション! 見てもいいですか?」

「ん? いいよ」


 ポーションってそんなに珍しかったっけ?

 でもまぁ、貴族のお嬢様とかになるとポーションにぜんぜん縁が無いのも分かる気がする。怪我なんてすることは無いだろうし、そもそも神官魔法が使える人が付いてて、魔法で治療してもらってるイメージがあるし。

 ポーションってあくまで冒険者用のアイテムって感じだもんね。

 そういえば、エクス・ポーションってまだ完成しないのかな? ランドセルを預けたままだけど、役に立っていればいいなぁ~。


「はい、これ」


 ツールボックスの中から小瓶に入れたポーションを取り出してベルちゃんに渡す。緊急用なので、スリ傷に付ける程度の量しか持ってきてない。

 というか、スペースが余ったので入れてみただけで、あんまり使う予定もつもりもなかった。気休めにもならない感じ。


「これがポーション……くんくん……においは無いんですね。舐めてもいいですか?」

「いいよ~」

「ベルさま!」


 マトリチブスさんが止めたにも関わらずベルちゃんは手の甲にちょっとだけポーションを垂らしてぺろっと舐めた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「問題ありません。サティスちゃんを疑っているのですか?」

「そ、そういうわけではありませんが」


 マトリチブスさんは、ちょっと困ったような顔であたしを見た。

 ぜんぜん大丈夫ですよ、と手を振っておく。

 ベルちゃんのお世話って大変そうだ。

 こういう女の子を『おてんば』って言うんだろうなぁ~。


「ふむふむ。これが神さまの奇跡の味ですか。なんだか普通の水っぽいですね」

「味とかぜんぜん無いよ。でも傷が治ったりするんだから凄いよね」

「まさに奇跡、ですね。ありがとうございました」


 ベルちゃんに何事もなかったので安心するマトリチブスさん。これがもし毒だったら、とか思われたのかもしれない。

 まぁ、毒も持ってきてるんだけど。


「他には何が入ってますの?」

「投げナイフとか」


 あたしはツールボックスを開いてベルちゃんに見せる。


「カッコいいです! いいなぁ、わたしも欲しい。これなら普段持ち歩いていても目立ちませんもの」

「これは師匠に買ってもらった物だから、ダメ」

「ですわよね。わたしもサティスちゃんの師匠さまに言ったら買ってもらえるでしょうか?」

「だいぶ修行して、ようやく買ってもらえたからなぁ。すぐには無理かも」


 少なくとも針の修行に入らないと、持ってても使う機会が無いっぽいし。

 まずは魔力糸の顕現と投げナイフの投擲訓練から始めないと。


「盗賊って厳しいんですのね……あっ。話が長くなってしまいましたわ! ごめんなさい、サティスちゃん。女の子を裸のまま放置しておくなんて、なんて失礼なことをしてしまったのでしょう」

「裸じゃないよぅ」

「似たようなものです。さぁさぁ、早くドレスを着てください。皆さま、おねがいします」


 ベルちゃんの命令に、かしこまりました、とメイドさん達がうなづいて続々とあたしに集まってくる。

 あれよあれよという間にあたしはベルちゃんと似たようなドレス姿になった。

 びっくりしたのは、その動きやすさっていうのかな。サイズはちょっと違うはずなのに、さっき着ていたドレスよりも軽い感じがする。

 フリルもたっぷりで、見た目も豪奢で重そうなドレスなのに。それに反して、とっても軽くて動きやすかった。

 もちろんイヒト領主に用意してもらったドレスも高価な物なんだろうけど、これはもっともっと高価なドレスなんだと思う。

 今度こそ汚さないように気を付けないと。


「どう、ベルちゃん。似合ってる?」

「似合っています。まるでわたしの妹みたいですよ」

「えー」

「イヤなんですか!?」

「冗談だよぅ。でも妹より友達のほうがいいかな」


 あたし、貴族には成りたくないもん。

 もう二度と、こんな貴族さまが集まるパーティとか参加したくない。ダンスもちょっと苦手かな~。師匠とだったら踊ってもいいけど、知らない男の子と踊るのはイヤだ。

 お城に入れたのは良かったけどね。

 あとベルちゃんは話しやすいので緊張しなくていいかも?


「まぁ! わたしのこと友達として扱ってくださいますのね」


 なぜかベルちゃんの瞳がキラキラと輝いた。

 貴族のお嬢様って友達とか少なそうだもんね。ルーシュカさまを訪ねて来る人なんかぜんぜんいなかったし、友達っていう存在は貴族にとって貴重なのかも。


「ありがとうございますサティスちゃん! では、名前を教えてください」

「あ、そうなるのね」

「いつまでも『ニセモノちゃん』では寂しいです」

「あたし、孤児だったから本当の名前は無いんだけど」


 あの名前も。

 あたしの本当の名前じゃない。


「そ、そうでしたの……え、えっと……ご、ごめんなさい……」

「あぁ! いいよいいよ、だいじょうぶだよぅ!」


 そんな一気に暗くならないでよ~!


「パルヴァスだよ、パルヴァス。あたしの名前はパルヴァスです」

「パルヴァス……『小さい』?」

「孤児院から逃げ出して、路地裏で生きてる時にまわりからそう呼ばれてたの」

「路地裏で。ひとりぼっちで?」

「うん。一年ほど。冬は死ぬかと思った」


 冗談っぽくそう答えた瞬間、ベルちゃんが飛び込んできた。避けようかと思ったけど、お嬢様が転んじゃったら大変なので受け止めておいた。


「申し訳ございません」

「……なんでベルちゃんが謝るの?」

「わたしは、去年の冬にぬくぬくと生きてました。パルヴァスが凍えて死にそうになっている時、寒さなんてひとつも感じずに、ただ普通に生きておりました。朝、冷たい水で顔を洗うのがイヤだ、お湯がイイ。そんなワガママを言ったのを覚えております。それがなんだか申し訳なくて。その程度の冷たさも耐えられていなかったので。謝らせてください」

「ベルちゃん」

「ヴェルスです」

「え?」

「わたしの名前はヴェルスです。ベルは愛称です」

「ヴェルスちゃん……う~ん、ベルちゃんのままでいいや。あたしもパルとかパルちゃんって呼ばれてるから」

「分かりました、パルちゃん」

「で、ベルちゃん。その考え方をしてると、無理だよ」

「どういうことですか?」


 ベルちゃんはようやく離れてくれた。


「あたしの師匠も言ってた。人は、人間をひとり背負うだけで精一杯だ、って。師匠の背中にあたしは最初に乗ったから助けてもらえたけど。でも、他にもいっぱい路地裏には人がいて、物乞いをしている子どももいっぱいいて。でも、それらは助けられない。それを師匠は謝ってたよ。それと一緒でさ。ベルちゃんは謝らなくていいよ。だって、ベルちゃんは悪くないもん。ベルちゃんは、まだ誰も背負う必要はないから。今度出会った誰かを、助けてあげて」

「ですが、わたしにできたことがあったはずです」

「そうかな? あるかな~?」

「あります。ありますとも」


 ベルちゃんがそう言うんだったら、きっとそうなんだろうな。

 なにせ、物凄く偉い貴族さまっぽいし。


「そういえば師匠が言ってたっけ。子どもが物乞いをしているのは大人の責任で、貴族の責任でもあって、大元は王族の責任だって。あ、これナイショね。あたしと師匠が殺されちゃう」

「殺しませんよぅ。その程度で殺していては、国から民がいなくなります」

「そうかな~?」

「そうですとも!」


 ベルちゃんが力強くうなづくんだから、まぁ、そうなんだろう。と、思っておく。

 でも現実は厳しいと思うので、やっぱり首ははねられちゃいそうで怖い。


「わたし、パルちゃんと友達になれて良かったです」

「そう?」

「はい。いつかパルちゃんにも、わたしと友達に成れたことを喜んでもらえるように努力します」

「今でも嬉しいけど?」


 フリルさまは、ちょっとお嬢様お嬢様してるっていうか、貴族らしいプライドがある感じだったので、あんまりお友達っていう感じじゃなかった。

 でもベルちゃんはなんだか付き合いやすい。

 柔らかいっていうか、いっしょにいて心地いいっていうか、なんかそんな感じがする。

 ルビーが『人たらし』って呼ばれてたけど。

 ベルちゃんも、人たらしっぽいよね。

 それって才能?

 ギフトってやつなのかな。


「もっともっとです。パルちゃんが誇れるほどになってみせますから」

「じゃぁ期待してる。その時は美味しいお肉を食べさせてね」

「はい!」


 えへへ~、とベルちゃんといっしょに笑い合った。

 イイ子だな~、ベルちゃん。

 好き。

 でも、師匠にはちょっと会わせたくないです。

 たぶん、師匠も好きになっちゃうと思うので。

 あたしと似てるし、かわいいし、人たらしだし!

 あ、でもおっぱいはあたしのほうが小さいので有利だ!

 やったぜ!

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