~可憐! それゆけ仲良し調査隊~

 ベルちゃんに借りたドレスに針を装備し終えた頃には、メイドさん達はすでに退散していた。


「こちらのドレス、洗っておきますね」


 わざわざ洗って返してくれるらしい。せっかく領主さまに用意してもらったドレスなのに、汚して返すと怒られるかもしれないので助かった。

 いや、助かったのかどうか分かんないけど。

 そもそも違うドレスを着てるので、ごまかせる訳がないので正直に師匠と領主さまに話そうと思います。

 でも師匠はベルちゃんに会っちゃうと、ベルちゃんのことを好きになっちゃいそうなので名前は出さずに貴族の偉い人ってことにしておこうと思います。

 嘘にはホントのことを少し混ぜたほうがいい。

 うん。

 師匠、あたし頑張ってます!

 それにしても――


「はぁ~、なんか色々なことがあって疲れた気がする」

「わたしは楽しいです!」


 ベルちゃんはにっこにこだったけど、後ろに控えてる騎士さまのマトリチブスさんはちょっと心配してる感じ。

 やっぱりお城の中にあんな人数のメイドさんを呼べるお嬢様だから、大切にされてるんだろうなぁ~って思う。


「それにしても針を装備しているなんてカッコいいですね。暗殺者って感じです。わたしにも一本、貸してくださらないかしら」

「余ったし、いいよ~」


 ドレスの形がちょっと変わっちゃったから、装備できる場所が変わっちゃって少なくなってしまった。

 欲張って装備してもバレたら意味がないので、隠蔽性を重視しておく。師匠だったらそうすると思うし。

 というわけで、余った針をベルちゃんに渡そうとしたんだけど……


「ダメです」


 マトリチブスさんがさえぎってしまった。


「えー! なんでですか!」

「危険だからです」

「針ですよ、針。ただの針。ちょっと普通の針より大きい程度ではありませんか。毒も付いてないんですよね、パルちゃん?」


 付いてないよ、とあたしはうなづく。

 でもマトリチブスさんは首を横に振った。


「刺さったりしたら、どうするつもりですか」

「血が出る程度で済みます」

「それがダメなんです」

「……もう!」


 ベルちゃんは両手をあげて怒りを表現するけど、マトリチブスさんは譲らなかった。

 やっぱり相当なお嬢様だ。

 これはこれで大変だな~。逆に何かあった時のために武器のひとつくらい持ってたほうが良さそうなのに。

 誘拐とかされちゃった時に、ナイフとか隠し持ってたらちょっとだけでも抵抗できると思うんだけどなぁ。

 あ、でも逆か。

 余計な抵抗をして怪我をさせられちゃうよりかは、無抵抗のまま捕まったほうが安全だよね。

 う~ん。

 難しいところだ。


「ガッカリです。とってもガッカリしています。はぁ~……これでパルちゃんのお仕事も終わりでしょ? また退屈になってしまいます」

「え? なんにも終わってないけど?」

「あれ?」


 そうなんですの? と、ベルちゃんは驚いてた。


「レッサーデーモンの調査は最初に言われてた任務で、師匠から言われたのは緊急任務。別の依頼っていう感じ」

「まぁ! ではでは、まだまだ仕事は続くのですね」


 それを説明するために裏庭に来たんだけど、井戸を見つけたせいですっかりと後回しになっちゃった。


「それでそれで。パルちゃんは何をしているのでしょう?」


 ベルちゃんは両手を合わせてふりふりと動かしてる。かわいい仕草だなぁ~。今度あたしもマネしてみよう。師匠なんかイチコロになっちゃいそうだし。ふひひ。


「えっとね、紫の人を探してる」

「紫の人?」


 そうそう、とうなづいてあたしは説明した。

 会議室みたいなところに移動した際にすれ違ったねっちょりとした視線の男。砂漠国のデザェルトゥムっていう国の民族衣装で、その男の人を調べるのが緊急任務の内容だった。

 あまり深追いはせず、名前を調べることができたら上出来。

 という説明をして、こちらの方向に移動してきたことをベルちゃんに伝えた。


「砂漠国・デザェルトゥムですか。聞いたことありますが、行ったことはありませんね。その男は知っていますか?」


 ベルちゃんはあたしじゃなくてマトリチブスさんに聞く。

 意外なことにマトリチブスさんは、はい、とうなづいた。


「知ってるの!?」


 あたしは思わず声をあげてしまった。

 そんなあたしの高まる期待感を抑えるためか、マトリチブスさんは甲冑に包まれた手のひらをストップという具合に見せる。


「パルヴァス――いえ、サティスさまの言う人物と同一人物という保障はありません。しかし、かなり前の段階から城に出入りしているのを目撃しております」

「そ、その人の名前は?」


 師匠からは名前を聞き出してこいっていう命令だ。それが分かれば、ぜったいに褒めてもらえるし、なんならキスしたいって言ったらご褒美でちゅーしてもらえるかもしれないし、こんな可愛いドレス姿を見せたら一気にベッドインだって夢じゃない!


「申し訳ありません。名前は分からないです」

「あ~、そっか~……あ、いえ、そうですか」


 思わず普通に話してしまっていたので、言葉を整えた。

 そんなあたしに対してマトリチブスさんは苦笑しつつ、楽な感じでいいですよ、と言ってくれた。

 イイ人だ。さすが騎士さま。

 ルシェードさんもイイ人だったし、冒険者じゃなくって、ホンモノの騎士団に所属している騎士さまはイイ人が多そう。


「分かりました。パルちゃんのお仕事はその者の名前を調べることですね。ではさっそく行きましょう」

「ベルちゃんも手伝ってくれるの?」

「当たり前です。お友達の仕事を手伝わないで、いつ友の助けとなるというのですか」

「……本音は?」

「わーい、盗賊の仕事だー!」


 バンザイして明るく笑うベルちゃん。

 なんだかんだ言って、ベルちゃんも愉快なお嬢様なのかもしれない。ルビーと仲良くなれそうでちょっと怖い。


「冗談の品がありませんよ、ベルさま。本音と建前は使い分けてこそです。サティスさまも、そんなフリはやめてください。程度が知れてしまいます」

「「あ、はい」」


 なぜかあたしまで怒られた。

 あれー?


「こほん。はい、反省はここまです。さっそく調査に行きましょう」

「切り替えが凄い」

「怒られた程度でへこんでいては人生楽しくありませんので! いいんです。失敗はするものですから」

「強い」

「パルちゃんのほうが強いですよ。わたしは路地裏で三日と生きていけないでしょうから」

「生ゴミに顔を突っ込む勇気と泥水を飲む勇気があれば意外とイケる」

「無理です」

「諦めが早い」


 なんだかんだ言ってもお嬢様はお嬢様だった!

 死ぬ恐怖に比べたら、お腹がすいてフラフラになっている苦痛に比べたら、生ゴミをあさるのも泥水を飲むのも、意外とイケちゃうのにね。


「生ゴミに顔を突っ込む前に紫の人を探しましょう。参りますわよ、サティスちゃん」

「はーい」


 というわけで颯爽と歩き出すベルちゃんに付いていった。

 あ、そうだ。


「ベルちゃんベルちゃん。手をつなごう」

「ん? はい、いいですよ。仲良しの友達ですものね」


 あたしはマトリチブスさんに分からないように手の中に針を忍ばせてベルちゃんと手をつないだ。


「あ」

「ナイショ」

「ふふ。すごいわ、パルちゃん」


 こっそりとそうつぶやきあって、手をにぎったまま裏庭からお城の中へと戻る。

 ちょっと人が多かったタイミングで手を離して、ベルちゃんは無事に針を自分のドレスのお腹のあたりに縫うようにして隠した。フリルがいっぱいだからぜんぜん分からない場所だ。素晴らしい。


「どう?」

「ばっちり」

「わたしも盗賊の才能があるでしょうか」

「師匠にあったら聞いてみたらいいかも?」

「楽しみです」


 なんてコソコソと話してから、ベルちゃんは振り返るようにしてマトリチブスさんに聞いた。


「どこで紫の人を見ました?」


 その質問にマトリチブスさんは少しだけ躊躇するような表情を見せたあと、答えた。


「地下です。ですが……あまりおススメしません」

「どうしてですか?」

「武器庫や危険な物をおさめている倉庫などがあるからです」


 お城の地下には、そういう施設があるんだ。

 食料とかも置いてあるのかも?

 お城の料理ってどんなのか、すっごく気になるのでちょっと見てみたい。


「ん? 待ってください。他国の者がそんな場所に近づくなんて、あまり良くない気がしますけど……?」


 ベルちゃんの言う事は、確かに、なんて思った。

 政治とかそういうのは全然分かんないけど、武器とか危険な物が置いてある場所とかに他の国の偉い人が行くってことは、なんかたくらんでますよ、みたいな雰囲気になっちゃう。

 いくらなんでも怪しい。


「じ~」

「じ~」


 ベルちゃんがマトリチブスさんを見ているので、あたしもマネしてじろ~っと見た。

 師匠からの依頼なので、そのあたりの情報はしっかりと手に入れたい。

 あたし達の視線を受けてマトリチブスさんは迷うように首を左右に振った。

 拒絶しているのではなく、誰か味方を探しているみたいだけど……残念ながら助けてくれる人物がいなかったらしい。


「私が言ったことは秘密にしてくださいね、ベルさま」

「もちろんです。あなたの名誉は守りますわ」

「ありがとうございます。地下はですね……ちょっとした部屋が設けられていまして。宿泊施設と言いますか……その、夜な夜な男女が、その、ごにょごにょ、してたり……」


 マトリチブスさんの語尾が甲冑の中で消え去ってぜんぜん聞き取れなかった。


「どうしましょう、サティスちゃん!? このお城、いかがわしいお城でしたわ!」

「ち、ちがいます! そんなことは断じて!」

「でしたらハッキリおっしゃってくださいまし。聞き取れませんでしたわ」

「は、はい。あの、あくまで客人をもてなす場所でして……その、好みによっては色街から娼婦を呼びます。ので、そ、そういうことです」

「なんだ、その程度ですか」


 ベルちゃんがちょっとがっかりしてる。

 なにを想像してたんだろう、このむっつりスケベお嬢様。

 ていうか――


「充分、いかがわしいお城だと思うけど」

「なっ!? さ、サティスさま! こ、これはどこのお城でも行われている『接待』というやつでして、特殊なことはありません。ふ、普通です! 断じて普通です!」

「あ、そうなんだ。てっきり特別なことをしているお城なんだって思ったけど。違うんだ」

「残念ですよね」

「いや、ベルちゃんはおかしい」

「えぇ!?」


 驚くベルちゃんに対してマトリチブスさんはうなづいた。

 さぞかしベルちゃんがむっつりスケベになっているのを嘆いていることだろう。というか、逆にマトリチブスさんがピュア過ぎる気がしないでもないけど。

 甲冑を着込んでて分かんないけど、年齢は若そう。十八歳とか? なんかそれくらいな気がした。


「まぁいいですわ。では地下に行きますわよ」

「え、いや、ベルさま。その、ですので、特に今の時期といいますか、各地から貴族が訪れている状態ですので……その、ベルさまが立ち入るにはふさわしくない場所と言いますか、状態と言いますか……」

「ハッキリしませんわね。ですが、わたしがどこへ行こうとも自由です。それを止める権利はあなたにはありません。このまま黄金城の宝物庫を目指しましょうか?」

「む、無理ですよ、そんなところは。誰も付いていけません」

「だったら地下くらいは余裕でしょう。いざとなったら守ってください。信頼していますから。あと、今のわたしにはお友達のサティスちゃんがいますので。もう無敵になった気分です」

「任せて! ベルちゃんの敵はあたしが倒す」

「まぁ、頼もしい!」

「あはは」

「うふふ」


 今度は自然に手をつないで。

 あたし達は場所も知らない地下への入口へ向かって、スキップしながら移動した。


「そちらではありません。こっちです」

「「あ、はい」」


 ぜんぜん方向が違いました。

 ざんねん。

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