~可憐! 結成・仲良し調査隊~

 ベルちゃんに連れられてやってきたのは、お城の裏庭だった。

 広間のようになっていて、ちょっとした建物とか木とか花壇とかベンチがあって、なんとなく休憩場所になっているような感じ。


「あっ」


 そんな中に井戸を見つけた。

 あれって確か、レッサーデーモンに顔を食べられちゃった人が発見された場所だよね。師匠から情報を聞いていたし、間違いない。

 周囲には隠れる場所とかがなくて、井戸がぽつんとある感じ。洗濯するようの井戸なのか、物干しみたいな棒とか台とかはあるけれど、それ意外には何も無い広々とした空間だった。


「どうしましたの、サティスちゃん」

「あの井戸で死体が発見されたって話、ベルちゃんは知ってる?」

「えっ!? 初耳です! そんなことが起こっていたなんて……どういう話なのですか?」


 む。

 お城に来る貴族さま達は全員が知ってる情報だと思ったけど、そうでもないっぽい。

 危険なことになっている場所、ってことだから、ベルちゃんに騎士さまが付いているんだと思ってたけど……もともと過保護な感じなのかな。

 少なくてもルーシュカさまには騎士さまが仕えていたりしないので、ベルちゃんは大切にされているのが分かる。

 ちらりと騎士さまの顔色をうかがってみる。

 う~ん。

 肯定も否定もしていない表情だ。

 つまり、話しても大丈夫っぽい。と、思う。


「ベルちゃんは、レッサーデーモンって知ってる?」

「魔物の名前ですよね」


 つまり、その程度の情報しか知らないってことか。

 ニセモノという意味の旧き言葉は知っていたけど、魔物のことは勉強しないっぽい。名前を知ってる程度。一般的なお勉強からは外れているのかも。

 まぁ、貴族さまは普通の勉強で忙しそうだし、仕方がないか。

 魔物について学ぶよりも、領民がしあわせになる方法を勉強して欲しいし。そうしたら、あたしみたいな孤児なんて減るから、きっとみんな喜ぶと思う。

 でも、あたしってば孤児じゃなかったら師匠と会えなかったので、捨てられて良かった。

 っていうのは、ちょっと強がりかな~。


「そのレッサーデーモンという魔物が関係しているのですね。それで、サティスちゃん。どんな話があの井戸でありましたの?」

「えっとね」


 ベルちゃんにレッサーデーモンについての情報と、井戸で見つかった死体の話をする。お嬢様だから顔の無い死体とか、そういうのは嫌な話かな~って思ったけど、意外とベルちゃんは平気っぽい。

 フリルさまもそうだけど、貴族さまって意外と冒険譚とか好きなのかも?

 勉強ばっかりで退屈だからかな~。


「なるほど。顔の無い死体……ふむふむ」


 ベルちゃんはくちびるに人差し指を当てて歩き出す。何か考え事をしている感じで、そのまま井戸に向かって歩き始めた。

 あたしとマトリチブスさんはそんなベルちゃんの後ろを追うようにして付いていった。ぶつぶつと考えるようにベルちゃんは井戸まで来ると、きょろきょろと周囲を見渡す。

 なにを探してるんだろう?

 血の跡とか?

 魔物の足跡?


「サティスちゃんなら、どうやってお城に侵入します?」

「え?」


 そう言われて、あたしは同じようにきょろきょろと見渡したけれど……


「……あたしじゃ無理っぽい」


 お城の周囲には高い高い城壁がある。

 とてもじゃないけど登れないし、登ったところで降りるのも難しそう。それ以上に、途中で発見されちゃう可能性も高い。

 それなら城門から。つまり正門とか裏門から侵入するのが良さそうだけど、監視はバッチリあるわけで。

 簡単に侵入できないから王さまはお城に住んでるわけで。

 あたしなんかが入れるわけがない。

 師匠とルビーは侵入できたらしいけど、ルビーがいてくれたからこそ師匠は簡単に入れたっぽいし。普通に侵入しようと思ったら、たぶん師匠も相当に苦労するはず。

 なので、あたしではぜったいにお城に侵入できないと思う。


「ですわよね。ということは、そのレッサーデーモンも同じではないでしょうか?」

「あ、確かに」


 どこからやってきて。

 どうやって人を襲ったんだろう?


「加えて、顔が無い死体と言えば入れ替わりが考えられます。誰かがレッサーデーモンの仕業にしておいて、不法に侵入を果たしているのではないでしょうか?」

「え? え? え? どういうこと?」


 レッサーデーモンの情報はイヒト領主から聞いて、それを確実にしたのは師匠が盗賊ギルドから買った情報でもある。

 それが間違っているってこと!?


「つまり、お城に侵入したい人がいて、侵入しました。でも人数はひとり多くなってしまいます。なので、ひとりを殺してその者に成り代わることによって、今もお城の中に留まっている。という考えです」

「あ~、確かにそうかも。でもそれだったら、やっぱり死体はちゃんと井戸に落とさない? わざわざ見つかるようにしてるって変な感じがする」

「……やりますわね、サティスちゃん。確かに死体を放置したのは不自然です」


 あ、貴族のお嬢様に褒められた。


「えへへ~」

「やっぱりレッサーデーモンっていう魔物の仕業なのかしら? それともレッサーデーモンという魔物の仕業に見せかけたかった人間の犯行なのでしょうか?」


 あ、そっか。

 人間が『魔物の仕業』に見せかけた、ということも有り得るのか……

 ベルちゃんは情報を求めるように井戸の中を覗く。

 つられて、あたしとマトリチブスさんも井戸の中を覗いた。

 さすがはお城の井戸というだけあって、黄金の鐘亭の裏にある井戸より大きくて立派だ。丁寧に造られていて、水場も広く取ってあるので洗濯はたくさんできそう。

 井戸の中はさすがに暗くて、底の方は真っ暗というレベル。盗賊スキル『夜目』を習得していないあたしには、深い深い底までを見通すことはできなかった。

 水があるってことはかろうじて分かる。

 だからこそ、わざわざ死体を地上に残すより落としてしまったほうがよっぽど良いはずだ、って思った。


「……サティスちゃん。魔物って人気の無い闇から生まれる、と聞いたことがあるんですけどホントでしょうか?」


 井戸を覗き込みながらベルちゃんが聞いてきた。

 ぐわん、とサティスちゃんの声が反響してる。


「え? あ、うん。誰もいない人気の無い場所でいつの間にか発生してる感じ。倒すと消えちゃって石だけが残るよ」

「つまり、この井戸の底もそうですわよね」


 ベルちゃんが指をさしているのは……もちろん井戸の底。確かに光の届かない闇の中のような場所だし、夜になったら尚更深い闇になる。ついでに人気の無い場所っていうのも理解できる気がした。

 条件は確かに満たしている。


「でも、井戸から魔物が出てくるんだったら、世界中の井戸が封鎖されちゃうよ?」


 井戸から魔物が出てきた、なんて話はひとつも聞いたことがない。

 そもそも、この程度では『人気のない場所』と言えないのかも?


「そうなりますね……う~ん、この井戸の中でレッサーデーモンが生まれて、ちょうど水を飲みに来ようとした人が襲われて顔を食べられた。というシナリオでしたら納得できるんですけど」


 なぜかベルちゃんがじ~っとあたしを見た。


「な、なに?」

「サティスちゃん。ちょっと井戸に落ちてみませんか?」

「ベルちゃんが死んで来いって言った!?」


 冗談ですよ、とベルちゃんが笑う。


「落ちろってのは冗談ですけど、中を調べてくださいっていうのは割りと本音なのですが。サティスちゃんってそういうのできないです?」

「やろうと思ったらできるよ。魔力糸って言って、こうやって顕現して――っと。これをロープにして井戸の中を降りていけば大丈夫」


 魔力糸を細くするのは苦手だけど、太くするのは得意。

 あたしが魔力糸を顕現してみせると、お~、と興味深くベルちゃんが見てた。ちょんちょん、とおっかなびっくり触ったりしてる。


「素晴らしいです! ではお願いしますね」

「……ベルちゃんってわりと強引」

「そんなこと言われたの初めてです。わたしの初めてを奪った責任を取ってくださいね」


 えへへ、と笑うベルちゃん。

 でも。

 ベルちゃんの言葉にギョっとした表情を浮かべるマトリチブスさんだった。


「ベ、ベルさま……その表現は少し……」

「あら、この前に読んだ本に書かれて――いえ、なんでもないです」

「あとで没収します」

「あぁ! しまった!?」


 ベルちゃんの読書の趣味は割りとエッチ……いえ、愉快らしい。没収される前にあたしも読んでみたい……いえ、なんでもないです。

 あたしには師匠がいるので、いつでも経験できるもん。

 たぶん。


「もうもうもう。サティスちゃんのせいで没収になっちゃったじゃないですか」

「あたしが悪いの!?」

「はい。ですので、井戸の中を調査してください」

「ホントに強引だなぁ、ベルちゃん」


 はぁ、とため息を吐いてから井戸のふちに足をかけると、魔力糸の丈夫さを確認しつつぶら下がった。

 そのままするすると井戸の中に下りていく。


「どうです~? なにかありました~?」

「ちょっと待って~。あっ」


 井戸の中に下りていき、段々と目が慣れていくと……意外なことに底に行くに連れて中が広がっているのが分かった。

 三角形みたいなイメージかな。そこまで極端じゃないけど、地上から覗いて見える範囲より広い空間となっている。

 井戸の底は水よりもかなり深いところにあるみたい。めちゃくちゃ暗くて水の中にもぐるには相当な勇気がいりそうだ。

 確かに人の気配の無い闇、という場所なんだけど……モンスターが発生するような場所には思えなかった。むしろレッサーデーモンじゃなくて、水系のサハギンとかスライムとかなら発生しそうな気がする。

 が、しかし――


「あ!」

「どうしました~?」

「なんか横穴があるよ!」

「え!? ホントですか!?」


 ちょうどあたしの背中側だったので気付くのが遅れたんだけど、井戸の広がった側面に人がひとり通れるほどの穴が空いていた。

 ちゃんとブロックが積んであるようにして開けられた穴で、崩れたり偶然で空いた穴じゃなさそう。井戸を作る際に、初めから用意されたものだ。

 あたしは体を揺らして反動をつけて、横穴に足をかけた。

 横穴は、まだまだ奥へ続いているみたいだけど、本当に真っ暗で何も見えない。


「良く見えない……あ、そうだ」


 スカートをめくりあげ、ツールボックスから投げナイフを取り出す。新しく顕現させた魔力糸を通してから、横穴に向かって投擲してみた。

 ぶら下がりながら、なのでそんなに遠くまでは投げられないけど……でも、投げナイフは壁に当たることなくそのまま横穴の通路に落ちて、滑るような音が聞こえた。

 つまり、それなりの距離があいてるってことだ。しかも、まだまだ先に続いていてもおかしくはない。


「ここならレッサーデーモンが発生してもおかしくない……かも」

「サティスちゃーん! だいじょうぶですのー?」

「あ、だいじょうぶー! なんか凄い奥深くまで続いてる横穴があるよ! ここからならモンスターが発生してもおかしくなーい!」

「分かりました! 上がってきてくださーい!」


 はーい、と返事をしてから魔力糸をえっちらおっちらと登る。井戸の壁面が狭まってくると足を引っかけて登るスピードがあがって、無事に地上に戻ってくることができた。


「ふぅ。ただいま」

「おかえりなさい、サティスちゃん。それで、横穴って?」


 あたしはさっき見たことを詳しくベルちゃんに説明した。


「なるほど」


 ベルちゃんはそれを聞くと、またしてもくちびるに人差し指を当てて考え込む。シー、静かにして、というニュアンスも含まれているのかもしれない。


「もしかすると、これは避難経路かもしれません」

「ひなんけいろ?」

「はい。王族がもしもの時に逃げる、逃走用の隠しルートです。今はもう戦争もありませんし、クーデターも起こる気配もありませんから、忘れられている道かもしれませんね」


 なるほど。

 王さまとかお姫様が逃げる時に使う隠された道か~。


「それなりに広そうだったから、その通路の先でモンスターが発生してもおかしくないかも」

「……先ほども気になりましたが、サティスちゃんって魔物ではなくモンスターと呼びますのね。モンスターって、バケモノという意味でしたっけ」

「あ、うん。モンスターのほうがそれっぽくない?」

「っぽいですわ。言葉は変わっていくもの。旧き言葉のように、現在の言葉も変わっていきますので、魔物がモンスターと呼ばれるようになっていくかもしれませんわね」


 なんかベルちゃんが納得してくれた。

 さすがお嬢様。

 なんか難しいこと言ってる。


「ということは、やっぱりレッサーデーモンはこの井戸の中から出てきて偶然にも水を飲みに来ていた人を襲った。と、考えられます。もちろん、人間がレッサーデーモンの仕業を装っている線を否定できたわけではありませんが。そうなると、やっぱりお城の中に今もいるんでしょうか?」


 少し不安な感じでベルちゃんは周囲をきょろきょろと見渡した。

 レッサーデーモンに化けた人間が近くにいるのかも、という恐怖はなんとなく理解できる。


「でも、レッサーデーモンって共通語を話さないし、話すことができないから……そういう人は怪しいからすぐに分かると思うよ」

「見破る方法は簡単。なのに見つかっていない……バレてもいない……どういうことでしょう?」


 あたしとベルちゃんは、う~ん、と首をかしげた。

 さすがにそこから先は分からない。もう一度、ちゃんと魔物辞典を読んでレッサーデーモンを調べたほうが良さそう。

 なにか見逃してるのかもしれない。


「あの、サティスさま」


 と、あたしの後ろからマトリチブスさんが話しかけてきた。

 なにかアイデアがあるのかな、と思ったけどマトリチブスさんはあたしのお尻を指で示している。


「あっ!」


 なんだろうと思って振り返ったら、スカートの後ろ部分が真っ黒に汚れていた。井戸の中で知らない間にこすっちゃった感じ。

 指でぬぐってみるけど、完全には落ちなかった。

 ど、どうしようこれ。

 せっかく用意してもらった綺麗なドレスなのに!


「良ければわたしのドレスを貸します。わたしのワガママで井戸に降りてもらったのですもの。それで汚れたのであれば、わたしの責任です。さいわいなことに、わたしとサティスちゃんは似たような体型ですので。胸はわたしのほうが大きいですが」

「ぺったんこのほうがモテるのに」

「言い訳は見苦しいですよ、サティスちゃん」

「師匠はぺったんこが好きなんだもん」

「……え?」

「あ」


 ごめんなさい、師匠!

 やっちまいました!


「も、もも、もしかしてサティスちゃんは、そ、そそ、その、お、大人なのですかかかか!?」

「子どもですよぅ。まだです」

「なんだ良かった。サティスちゃんではなく、サティスさんと呼ばないといけないところでしたが、同レベルのようです。で、ですが、サティスちゃんの師匠が、そ、そのロリコンであることを知っているということは、その、そ、それなりの経験が……?」

「チューはした」

「舌は!?」

「入れた!」

「きゃー!」


 嬉しそうな悲鳴をあげるベルちゃん。

 やっぱりこのお嬢様、えっちなのでは?


「ベルさま」

「あっ。こ、こほん。『マトリチブス・ホック』へ命令します。サティスちゃんの着替えを用意しなさい。わたし達はここで待っているので急ぐこと。控えはいりません。分かりましたか? 復唱は必要ありません。すぐ行きなさい」

「はっ!」


 正式な命令には逆らえないのか、マトリチブスさんは真面目な感じで返事をすると、甲冑をガチャガチャ鳴らして走って行った。


「ふぅ。邪魔者は消えました。そ、それでサティスちゃん。ファーストキスってどんな感じでした?」

「血の味だった」

「え!?」


 嘘のような本当の話。

 驚くベルちゃんの顔を見て、あたしはケラケラと笑うのでした。

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