~可憐! 実は似た者同士(見た目も中身も)~

 騎士団の詰所。

 そこを通り過ぎると、今度は使用人やメイドさん達がたくさんいる場所になった。場所的にはちょうど正門から正反対の位置の建物で、雑務とかそういうのをする所っぽい。

 慌ただしく動いている人もいれば、のんびり休憩している人もいる。

 衛兵の人も、ここではのんびりしているみたいで肩の力が抜けているのが分かった。

 貴族さまっぽい人もいるにはいるんだけど、使用人と談笑しているみたいで、そこまで威厳のある感じではない。あたしと同じように付き添いで来たけど、このあたりの人に用事があって来ただけ、とかそんな感じなのかな。

 ピリリとした空気が少しだけ緩んでるような、そんな感じの空間で。あたしが追っている紫の人の姿は、残念ながらここにも見当たらなかった。


「……」


 で、ここからが問題。

 どうやらあたし。

 誰かに尾行されているみたいです。


「……」


 ど、どどどど、どうしよう!?

 内心パニックになりまくっているんですけど、それを表に出すわけにもいかないので、のんきにお城の中を見学しているおバカな貴族の娘を演じ続けている。


「わー、アレはなんでしょう。うふふ、向こうにも行ってみましょうか~」


 なんて小さく独り言をつぶやくのが精一杯!

 これってやっぱり紫の人に追っているのがバレて、それで逆に監視されていたり尾行されている感じなんでしょうか!?

 あぁ……

 あぁ……!

 後方に。

 後方にいる!

 その気配も視線も隠しもしないで、何の遠慮もなくあたしを尾行している!

 これって――

 もう、尾行するのを隠すつもりが全然無いって時点で『そういうこと』ですよね!?

 いわゆる『忠告』ってことですよね!?

 深追いするな、ここまでにしておけ、ってことですよね!


「……」


 ひいいぃ!

 って悲鳴をあげてくなるのを我慢して、あたしはにこにこと周囲を観察した。めちゃくちゃ振り向きたい。

 でも、振り向いたら殺される。

 たぶんきっと。


「ふぅ……」


 周囲から分からないように、そっと息を吐く。胸の中にたまっている、冷たい冷たい空気を弱気といっしょに吐き出した。

 よし。

 弱音はここまでだ。

 こんなところで死ぬわけにはいかないし、師匠も無理をするなって言ってた。だから引き際が肝心だ。無事に師匠のところまで帰るぞ!

 こういう時に便利なのが――


「すいません」


 あたしはちょっと内股になりながら近くの使用人さんに声をかけた。休憩中っぽかったので、たぶんきっと大丈夫。


「おトイレに行きたいんですけど、近くにありますか?」

「貴族のお嬢様に薦められるトイレですと――」

「あ、あの、ちょっと漏れちゃいそうなので、近いと嬉しいです」


 それは大変だ、と使用人さんは近くにトイレに案内してくれる。イイ人だった。ありがとうございます、とお礼を言おうと思ったけど、早く行ってください、と背中を押してくれた。

 男女で別れているトイレの女性用に飛び込んだあたしは、息を潜めてしばらく様子を見る。


「……」


 どうやらトイレの中まで追ってくる気配は無いっぽい。

 念のためにしっかりとドアに耳を付けて周囲の気配をうかがうけど、誰も入ってくる様子はなかった。


「ふぅ」


 もしものために顕現していた魔力糸を霧散させ、あたしは個室から出る。確実に誰もいないのを確認してから、トイレから出た。

 このタイミングならキョロキョロしても不自然じゃない。みんな、どっちから来たっけ、という感じで左右を確認するもんね。

 なので自然に周囲を確認しつつ首を横に振ろう。

 と思ったら――


「ねぇ」

「ふぎゃああ!?」


 突然天井から話しかけられて、あたしは素で悲鳴をあげてしまった。いや、ほんと。気配なんてぜんぜん無かったのに、女の子の声が上方向から聞こえてくるんだもん。

 警戒している分、かなり驚いてしまった。

 ていうか、天井!?


「な、なななな、な――」


 どういうこと!?

 混乱しつつ気配のほうを見ると――騎士甲冑があった。もちろんトイレに入る前はこんな置物無かったので、鎧がひとりで歩いてきたわけではない。

 ちゃんと人が装備しているはずなんだけど、存在が希薄なのか、それとも気配を消しているからなのか、まるで金属鎧だけがそこにあるかのような錯覚におちいる。

 クラクラしそうな奇妙さに加えて、逆に存在感の塊のようなランランとした空気が甲冑の上から浴びせられた。

 もし、あたしにオーラみたいなのが見えるのなら。

 きっとそれは、太陽みたいに明るかったに違いない。

 そんな風に思えるほど、その女の子は明るくほがらかに笑いながら――騎士甲冑に肩車してもらっていた。

 あたしと同じような金髪の長い髪。それが綺麗でサラサラとなびいているみたいで、美しい。

 大きな赤い瞳が特徴的で、穢れの無い綺麗な目があたしを見下ろしていた。

 直感的に分かる。

 この子を師匠に見せてはいけない!

 たぶんぜったい、師匠がめっちゃ好きなタイプだ!

 だって。

 だって!

 だってあたしにちょっと似てるから。

 まぁ、金髪の長い髪だから雰囲気は似るのは当たり前かもしれないけど。でも身長も体型も似てる感じだから、後ろから見たらそっくりだと思う。

 さすがに顔立ちはこの子のほうが綺麗だけど。なんかお人形さんみたいっていうか、それこそララ・スペークラさんの描く『少女画』に描かれてそうな、完璧な美少女っていう感じ。

 十人いれば十人が可愛いっていうと思うし、美人かって言われれば間違いなく美人ってうなづいちゃう。

 路地裏で生きてたあたしでは、貴族のお嬢様には勝てそうにない。

 ロリコンの師匠は。

 絶対にイチコロにされちゃう!


「あはは、そんなに驚くことないのに」

「とつぜん『上』から話しかけられたら誰だってびっくりすると思う……」

「そう?」


 あたしは、うんうん、とうなづいた。


「ベルさま……あの、そろそろ……」


 女の子のスカートの中から女の人の声がした

 肩車しているので、スカートが甲冑の上にかぶさっている状態だった。なので、騎士の人はスカートの中に頭を突っ込んでいる状態。

 師匠ならめっちゃ喜んでいたと思う。

 でも、声からしてこの騎士さまは女性だったみたい。嬉しくなさそう。


「おっと、そうでした」


 騎士さまは女の子を持ち上げると、ゆっくり丁寧におろす。金属鎧で重そうなのに、女の子を持ち上げるなんて、かなり力持ちの女性っぽい。

 スカートの中から出てきた女性は、それなりの美人だった。ちょっぴり表情が曇っているのは、スカートの中に顔を突っ込まないといけないのが不満だったのか、それとも息苦しかったからか。

 ふぅ、と息を吐いている。


「ありがとうございました」

「いえ。どうということもありません」


 お嬢様は騎士さまに頭を下げた。

 ほへ~。

 いいんだ、頭を下げても。

 なんて思っている内に、美少女さまの顔があたしに近づいてきた。

 金髪のお嬢様の身長はやっぱりあたしと同じくらい。ちょっとあたしのほうが小さいかな。でもほとんど分かんないくらい。

 豪華なドレスを着ていて、スカートはぶわりと広がっている。フリルもたっぷりあしらってあるんだけど、そのフリルにも刺繍がしてある感じで、とっても綺麗。

 見ただけで分かる。

 たぶん、物凄く偉い貴族さまのお嬢様だ。


「ごきげんよう。あなたのお名前を聞かせてもらってもいい?」

「あ、はい」


 あたしは慌ててスカートをつまんで、片足をさげ、ちょこんと膝を曲げた。

 すっかり慣れてしまったカーテシーをしながら自己紹介をする。


「サティス・フィクトス・ジックスです」


 その名前を聞いて、女の子はちょっと驚くような表情を見せたあと、にんまりと笑った。


「フィクトスなのね、あなた」

「は、はい。フィクトスです」


 一撃看破されました。

 で、でも、これでいいんですよね?

 フィクトスはニセモノという意味の旧い言葉。勉強していれば普通に分かる意味みたいなので、すぐに護衛として入ってきた者だと判断される。はず。

 それを分かっているはずなんだけど……なぜか目の前の女の子は嬉しそうだった。

 あれかなぁ。

 護衛の騎士さまに肩車されてたぐらいなので、めちゃくちゃヒマだったのかもしれない。お父さんが会議中で、お城を見学中。っていう感じ?


「あっ」

「どうしたのフィクトス?」

「サティスって呼んでください」

「分かりました、サティス。で、どうしたのかしら?」

「もしかして、ずっとあたしを尾行してました?」

「してました!」


 にんまり笑う美少女!

 やっぱり!

 もう! 警戒して損しちゃったぁ!


「あふぅ……」


 気が抜けたあたしは、がっくりと肩を落として息を漏らした。


「ふふ、あなた面白いのね」

「びっくりするからやめてよぉ。殺されるのかと思っちゃった……」

「そうなの!? なになに? なにか任務中なの?」


 護衛ってことはバレてるし、まぁ喋っちゃってもいいか。


「うん。師匠に言われて紫の人を探してる」

「なにそれ!」


 面白そう、と女の子はキラキラと赤い瞳を輝かせた。この目を見ると、ルビーの目は赤いんじゃなくて深い赤……紅い、深紅、って感じなんだな~、って思った。

 この子は逆に浅い赤だからピンク色に近いのかな。

 でも赤色と言えば赤色だ。


「興味深いわ。ねぇ、聞かせてサティス!」


 女の子の声が大きかったのか、それともこんな場所に貴族がいるのが珍しいのか、それとも騎士甲冑の女の人がドンといるから目立つのか、ジロジロと周囲の視線が集まってきた。

 どうしよう。

 これは確実に悪目立ちしている。


「ここだと、その、危ないかもしれないので場所を変えたほうがいい、と思います」

「危険な任務なの?」

「危険です」


 いや、分かんないけど。

 嘘にはホントのことを混ぜればいいんだけど、混ぜるほどの情報が無いので危険ってことにしておく。


「大丈夫です。わたしには『マトリチブス・ホック』が付いているもの」

「マトリチブス・ホック?」


 あたしは甲冑の女性を見上げた。

 その視線を受けて、騎士さまはぺこりと頭を下げる。

 マトリチブスさんっていうのか。やっぱり貴族さまの専属的な騎士になるような女性だから、仰々しい名前っていうか、変わった名前を付けられるんだなぁ。

 まぁ、あたしなんて小さいからパルヴァスって呼ばれてただけなんだけど。あとサティスも可憐っていう意味だっけ。師匠が付けてくれた名前。えへへへへ。でもサティスさんは世界にいっぱいいる気がするので、やっぱりマトリチブスさんのほうが珍しいと思う。


「だから大丈夫。遠慮なく話してくださいな」


 むぅ。

 さすが貴族のお嬢様。

 強引だなぁ。

 でも逆に情報が聞き出せるかもしれないし、なんなら仲良し貴族としてカモフラージュできるかも。ひとりでウロウロしているより怪しまれないと思うし。


「分かった。でも秘密の任務だから、誰にも聞かれないようにしないといけないから――」

「それならあっちに裏庭があります。そこなら広いし、誰にも聞かれませんよ」

「じゃぁ、そっちに行こう」


 決まりですね、と女の子が歩き出し、騎士さまがそれに続く。

 あたしはそれに付いていくように歩き出して、そういえば、と女の子に聞いた。


「ねぇねぇ、名前はなんていうの?」


 自己紹介はしてもらっていない。

 ベルさまって呼ばれてたけど、それで呼んでいいのかどうか分かんないし。


「え?」


 でも、女の子は驚いたように振り向いた。


「――そっか……そっか。そうよね、自己紹介まだだったものね」


 ごめんなさい、と女の子は笑う。


「わたしのことはベルって呼んで、サティス。できればベルちゃんって呼んで欲しいなぁ」

「じゃぁ、あたしのこともサティスちゃんって呼んでよ。そしたら仲良しになれるから」

「いいですね、それ。サティスちゃんのホントの名前はなんていうの?」

「秘密」

「ひどい。友達同士の間に秘密があるなんて、ベルは悲しいです」

「もっと仲良くなったら教えてあげるよ」

「ふふ、期待しているわ。サティスちゃんは友達っている?」

「いるよ~。学園都市にサチっていうい子がいて、神官をやってる。大神ナーさまの」

「ナー? 聞いたことない神さまですね」

「あと冒険者でいっしょになった男の子もいるし、冒険者をやってるお嬢様とも友達になったよ」

「いっぱいいますのね~。わたしにも紹介して欲しいです」

「いいよ。冒険者のお嬢様だったら今日のパーティに参加すると思うし。フリュール・エルリアント・ランドールって子」

「それは楽しみです! ふふ、サティスちゃんに声をかけて良かった」

「ベルちゃんは友達がいないの?」

「サティスちゃんに紹介できるような友達はいません。お兄様やメイドは遊んでくださいますけど、サティスちゃんに紹介しても嬉しくないでしょ?」

「確かに」


 ベルちゃんのお兄様と仲良しになったら、たぶん師匠がめっちゃ落ち込むと思うし。浮気なんてしないけど、でも、師匠のヤキモチはちょっと見てみたいかも。


「お父さまなんて、もってのほか」


 とっても偉い貴族さまを紹介されても――


「嬉しくないなぁ~」


 あたしの答えを聞いて、ベルちゃんはくすくすと面白そうに笑った。


「ホントにサティスちゃんを追いかけて正解でしたわ」

「そう?」


 えぇ、とベルちゃんはほがらかに笑う。


「今日は人生最良の日となるでしょう」


 そんな大げさなことを言って。

 ベルちゃんは裏庭に続く通路を少し小走りで駆けていくのだった。

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