~可憐! 紫の人を追え!~

 師匠からの緊急クエスト!

『紫色の服を着た貴族を調べろ』。

 ホントは城内に潜んでいるかもしれないレッサーデーモンを調べる予定だったんだけど、それ以上に怪しい人とすれ違ってしまった。

 なんだかねっとりとした視線は首筋がゾワワってする感じだったし、ちょっとイヤな視線だったのは確かだ。

 でも敵対してるって感じでもなく、害意みたいじゃなかった。路地裏で生きてる時に向けられていた嫌悪感みたいな視線でもない。

 どっちかっていうと……


「好奇心?」


 に、近いのかもしれない。

 でもでも、それは悪い意味の好奇心であって、決して良い感じの視線じゃなかったのは確か。

 なんにしても、調べてみないことには分かんないことだ。


「よし、がんばるぞ」


 ひとまずあたしは来た道を戻りつつ紫色を探した。

 一点一点を見るんじゃなくて、ぼんやりと全体を見る感じ。

 鮮やかな紫じゃなくて、ちょっとくすんだような深い色合い。遠目に見れば黒色にも見えるその色は、残念ながら見当たらなかった。

 そうこうしている間に壁の無い通路まで戻ってくる。

 明るい陽射しが直接当たる場所では紫の色合いも違って見えるかもしれないけど、残念ながら見当たらない。


「う~ん……」


 砂漠国・デザェルトゥム。

 そこから来た貴族さまだから、会議に参加する可能性が高いと思う。いや、そもそも会議に参加するためにここまで来たんだから、参加しないほうがおかしい。

 それを考えると……こっちまで戻るとは考えにくい。

 でも、ぜんぜん見当たらないのは確かだしなぁ。

 師匠がプライドが高い、みたいなことを言ってたので、わざわざ紫の服を脱ぐとも思えないので、やっぱり移動したのかも……?

 う~ん……?


「とりあえず、聞いてみよう」


 中庭には貴族の奥様とかお嬢様とかがお話している集まりがある。そこに踏み込んでいく勇気はこれっぽっちも無いので、あたしは中庭のはしっこに控えているメイドさんに声をかけようと近づいたんだけど……

 なぜかこっちを見て、ビクっと驚いている感じの従者さん達が多かった。

 なんで?

 もしかして、あんまり声をかけちゃいけないとか……?

 で、でも、ここまで来ちゃったからには声をかけないと逆に怪しい。


「あの、すいません」


 とりあえず一番はしっこにいたメイドさんに声をかけてみた。


「は、はい。あっ。なんでしょうか、お嬢様」


 さっきの驚いていたのが嘘のように、メイドさんは普通に返事をしてくれた。

 あっ、って何? あっ、って。

 う~ん、謎。

 ま、いっか。とりあえず情報収集をしよう。


「ちょっと前に紫色の服を着た人がそこの通路を通りましたか? 砂漠国のデザェルトゥムの民族衣装だったと思うんですけど」

「紫の……えぇ、はい。その貴族さまでしたら通りましたよ」


 通ったよね、と隣のメイドさんと確認している。隣のメイドさんも、うんうん、とうなづいたので間違いなさそう。


「ありがとうございます」


 思わず頭を下げそうになってしまったけど、寸前でこらえる。その代わりメイドさんが頭を下げるのをしっかりと待ってから、くるりと反転して通路へと戻った。

 メイドさんにお礼を言う時くらい頭を下げてもいいと思うんだけどなぁ。

 貴族の生き方も大変だ。


「うっ」


 通路に戻ろうと歩いていると、背中にビシビシと奥様とかの視線が刺さってくる。

 値踏みされてるんだろうなぁ。もしくは、どこの誰か詮索されているのかもしれない。

 なんにしても、路地裏時代の視線とそう変わらないのでへっちゃらだ。

 むしろ紫の人の視線がより際立つ感じに思える。

 敵意でも害意でも好奇でも好意でも無い視線ってなんだ?

 興味?

 それにしてはゾワゾワするねっとり視線だったけど。

 奥様やお嬢様の視線を背中に感じながら、あたしは正門から入ったところのエントランスに戻ってきた。

 さっきよりも人が増えていて、にぎやかになっている。会議の時間が近づいてきたのか、人がいっぱいだ。

 この人たちがすべて貴族の関係者だと思うとめちゃくちゃ怖い。

 どことなく貴族に仕えてるメイドさんとか執事さんでさえも偉く見えてきちゃうので不思議だ。いや、実際に偉い人なんだろうけど。

 なんか下手に声をかけたら怒られそうだし、なんならイヒト領主さまにも迷惑をかけてしまいそう。

 人の良さそうな貴族さまに聞いてみたいけど、基本的に貴族の人ってイイ人そうに見えるから難しい。

 逆に。

 分かりやすく偉そうにしている人とか怖そうな人は、そのまま偉そうだったり怖そうだったりするし。

 ガヤガヤと貴族さま達が会話する中を移動していき、紫色を探す。カーペットの上をぶつからないように歩いていくと……どうやら入口まで戻ってきてしまったようだ。

 大きく開いたお城の入口からは、まるで見下ろすように王都の街並みが見えた。

 さすがに会議が始まるので外までは出ていないと思う。

 そんな風に外を見たり周囲を見渡したりしていると――


「……」


 う~ん。

 なぜか視線を凄く感じる。

 すれ違う貴族さまじゃなくて、ちょっと遠くからこっちを見てる人が多い感じ。

 あたしくらいの年齢のお嬢様が少ないから?

 ドレスが着崩れていたり?

 もしかしてニセモノってバレてるとか?

 針を仕込んでるのが見つかってる?


「うぅ」


 でも。

 でも、師匠からのクエストは達成しなきゃ!

 ニセモノだってバレててもいいので、とにかく紫の人を探そう。

 え~っと。

 お城の外に出ていったとは考えにくいから……お城の別の場所へ行ったって考えるのが普通だよね。


「上へ左か」


 あたし達が進んだのは、入口から右の壁に沿うようにして敷かれたカーペット。対して、真っ直ぐに進むカーペットもある。ただし、それは階段に続いており、そこには立ち入りを禁止するように衛兵の人が等間隔で立っていた。

 槍を持っていて、無理やり通ろうものなら容赦なく刺されてしまう雰囲気がある。

 きっと衛兵の中でも強い人たちに違いない。

 立ち入り禁止ってことは、きっと王さまとかがお城の上階にいて、許可をもらって人だけが通れる感じかな~。

 それを考えると紫の人は左のカーペットが敷いてない方向へ進んだ可能性が高い。

 でも、一応は聞いておかないといけないよね。

 あたしは貴族さま達の間を縫うようにして真っ直ぐに進み、階段前で背筋を伸ばして立ち続けている衛兵のお兄さんに声をかけた。


「あの、すいません」

「はっ!」


 装備をガシャリと動かし、衛兵さんは足をちょっとだけ開いて槍を持っていない左手を体の後ろへ回した。

 なになになに!? ってびっくりしたけど、後から師匠に聞いたら『休め』のポーズだったらしい。

 びっくりするのでやめて欲しいですけど!

 なんて思いつつも、あたしは衛兵のお兄さんに質問した。


「お城の二階に砂漠国・デザェルトゥムから来た人はあがりましたか?」


 紫色の服の人って聞くと、ちょっと怪しく思われそうなので。

 知り合いですよ~、という雰囲気がちょっとでも出そうな感じの質問にしておいた。


「いえ、本日は誰も上がっておりません」


 なるほど。

 でも、あたしみたいな貴族の小娘にもちゃんと答えてくれるんだなぁ。なんかちょっと嬉しい。いや、あたし貴族の小娘でもなんでもないんだけどね。


「ありがとうございます」

「はっ!」


 お兄さんは再び元の立ち姿に戻った。

 微動だにしないまま、じっと俯瞰で見てる感じは凄い。衛兵と同じ装備品だけど、たぶん騎士団の人なんじゃないかな。今日だけお城の階段を守る仕事。そんな気がする。

 つまり、あの紫の人が盗賊スキルを持っていたとしても、そう簡単に二階に上がることはできなさそう。

 だったら行き先は、左側のカーペットが無い方向へ進んだ……と、思う。


「……うぅ」


 貴族さまは、みんなエントランスで立ち止まって会話をしているか、右方向の会議室に向かっている。

 その中で左側へ向かう貴族さまはいなくて、巡回している衛兵の人とかお城で働いている人たちだけがそちらへ向かっていた。

 つまり。

 貴族のお嬢様が不自然な感じで左へ向かうと、すっごく目立つ!

 できればやりたくない!

 盗賊スキル『変装』を使いたいところだけど……たった今、変装の真っ最中なわけで。できれば今だけでいいのでメイドさんになりたい。

 でも、どうやってお城で働くメイドさんのメイド服を手に入れたらいいのか分かんない。

 ここは、アレだ。


「うん」


 馬鹿のフリをしよう。

 師匠が言ってた。


「時には子どもであることを利用しろ。パル、おまえは可愛い。無茶苦茶かわいい。美少女だ。十人いたら十三人が可愛いっていうぐらいに可愛い。自信を持て。赤ちゃんがどうして可愛いか知っているか? それは無条件で愛されるためだ。庇護欲を駆り立て、保護してもらう為に可愛くなっている。動物の赤ちゃんもそうだろ? 犬も猫も、きっと馬でも赤ちゃんは可愛い。つまりだ、パル。おまえは無条件で人々から愛される権利を持っている。そこに子どもという要素を加えてみろ。つまりだ。大抵、なにをやっても許される。かわいいは無敵だ」


 って言ってた。

 ただし――


「たぶん。場合によるけど。責任は持つから、まぁやってみろ」


 って後から付け足された。

 でも師匠が責任を持ってくれるって言ってるから、きっと大丈夫! たぶん!


「わ、わーい。お城だ~お城~。はじめて来たなぁ~、わーい」


 あたしはそう言い訳するように小声でつぶやくと、左側の壁に沿って歩き始めた。できれば走ってみんなの視線から外れたい。

 今もなぜか背中にビシビシと視線を感じるのはどういう理由なんだろう!?

 走りたくなる衝動を消しつつ、コツコツとヒールの音を鳴らして歩いていく。この音もなんか凄く居心地が悪いので、はやく人がいないところへ行きたい。

 と、そこで――

 ザワっと貴族さま達の気配が一瞬だけ盛り上がった気がした。ちらりと後ろを見ると、みんなが上を見上げてるような感じ。

 もしかしたら王族の人が降りてきたのかも。


「うわわ」


 ぜったいに会いたくない!

 貴族さまに怒られる程度だったら師匠が助けてくれるかもしれないけど。王族の人に怒られたりなんかしたら、師匠でも助けられないかもしれない。

 ここは逃げておこう!

 というわけで、貴族の人たちが足を止めている最中に、あたしはさっさと進んでいく。

 その間も周囲はちゃんと見渡しておく。壁沿いに進んでいるので、右側だけを見ていればいいので見逃す可能性は少ない。

 紫の人はやっぱり見当たらないので、あたしはそのまま真っ直ぐに進んで行った。

そうすると、右側と同じように壁の無い通路へと出る。


「さっきとは違うお庭だ」


 同じように見えるけれど、さっきとは繋がっていない別の中庭だった。反対側とは違って奥様とかお嬢様はひとりもいない。

 念のためにあたしは中庭に入って行く。

 花壇があり、綺麗に舗装されている通路があって、そこをたどっていくと少しカーブするような作りになっていた。

 その先には建物があり、たぶんだけど、この建物で向こう側の中庭と分断されていると思う。

 窓があったので覗いていると……普通に廊下になっているだけで、特に何があるわけでもなかった。


「いないか~」


 なにより周囲にも建物内にも人の気配が無いので、完全なハズレっぽい。

 仕方がないので通路に戻って真っ直ぐに進んでみる。壁の無い通路が終わって、また建物の中に入ったみたいになるけれど……今度は武骨な感じの床になった。

 綺麗というよりはガッシリとした印象。

 まるでお城じゃなくて砦っていう感じ。もちろん、ホンモノの砦なんかとは比べ物にならないくらいに綺麗で整ってるんだろうけど。

 そこにいたのは騎士甲冑を装備した人たちだった。

 どうやらこっちは騎士団の待機場所っぽい。詰所って言うんだっけ。

 立ち入り禁止なのかな、って思ったけどメイドさんが入って行くのも見えたし、大丈夫っぽい?

 まぁ、いきなり捕まったりしないだろうし、とりあえず進んでみよう。

 馬鹿のふり、馬鹿のふり。


「おぉ~」


 パーロナ国の騎士団紋章が刻まれている大きな盾が飾ってあり、その盾の前に立派な槍が保管されていた。

 きっと凄い槍に違いない。

 なんて思って見ていると、声をかけられた。


「やぁ、お嬢さん。迷子かな?」

「ねぇねぇ、あの槍って凄いの?」

「ん? あぁ、大昔にドラゴンの心臓を一撃で貫いたっていう伝説の槍だ。アーティファクト『ドラゴン・バスター』なんて呼ばれているよ」

「え、すごい! お兄さんは使ったことあるの?」

「残念ながら。騎士団長しか持つことを許されてないんだよなぁ。ねぇねぇ、お嬢ちゃん」


 お嬢さんだったのがお嬢ちゃんになった。

 たぶんこの人、お調子ものだ。


「なになに?」

「君にお姉ちゃんはいるのかな?」


 あ、これアレだ。

 貴族と結婚して楽しようとしてる人だ。


「血は繋がってないけど、いるよ。ちょっと上のプルクラお姉さまともっと上のルーシュカお姉さま」

「ふ~ん……ルーシュカお姉さまは何歳?」

「28歳。プルクラお姉さまは12歳」


 っていう設定。

 実際は20012歳かもしれない。

 でも精神年齢は12歳だから、12歳でいいと思うよ。


「いけるか……いや、微妙か……いや、う~ん……?」


 さて、この騎士のお兄ちゃんはどっちで悩んでいるんだろう。

 ルーシュカさまで悩んでいたらいいけど、プルクラで悩んでいるのなら師匠の仲間入りだ。でも、あたしじゃなくてお姉ちゃん狙いだからたぶんルーシュカさま狙いだろう。


「ねぇねぇお兄ちゃん」

「なにかな?」

「こっちに紫の服の人が来なかった?」

「あぁ、来たよ。もしかして君、砂漠国の出身?」

「うん」


 嘘です。


「それならあっちに向かったよ」

「はーい。ありがとうございます」


 あ、油断しちゃって頭を下げてしまった。

 でもまぁ、この人だったら大丈夫だろう。


「気を付けてね~」


 と、お兄さんに見送られて教えてもらった方へと進む。


「……」


 でも、そこで気付く。

 いや、気づくのが遅かったのかもしれない。

 雰囲気に飲まれていたこともあるし、紫の人を探すのと貴族さま達からの視線でちょっと油断していた可能性もある。


「……」


 何者かが。

 あたしの後ろを尾行してきていた。

 振り向くわけにはいかないから、どんな人が追ってきてるのか分からない。

 分からないけど。

 えっと。

 え~っと。

 ど、どど、どうしよう!?

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