~可憐! お城の中で緊急クエスト~

 壮大で、荘厳で。

 とにかく綺麗で、なんだかステキで。


「ほあ~」


 っていう言葉しか、あたしの口からは出てこなかった。

 あたしの、なんだかちょっとどこか間違ってしまってる人生で。

 お城の中に入れるなんて思ってもみなかった。

 だって、あたし――

 ほんのちょっと前まで路地裏で生きてたんだから。

 食べ物も捨てられた残飯ばっかりで、雨水とか泥水とかを飲んでなんとか生きてた。夏は逃げ回るばっかりで犯されたり殺されたりするかと思ったし、冬は寒くて凍え死んじゃうかと思ってたし。

 それがどういうことになったら王都のお城に入れるような人生になっちゃうのか。

 勇気出して師匠の弟子になって。

 たったそれだけで、ここまでになっちゃうなんて。

 なんだか嘘みたいな気分。


「おぉ~」


 思わず天井を見上げて声を出してしまう。

 領主さまのお屋敷の天井も高かったけど、お城の天井はもっと高い。まるで神殿みたいな綺麗で真っ白な壁に、太くて大きな柱が並ぶエントランス……エントランスでいいの? エントランスって入口とか玄関って意味だったと思うんだけど、お城もそれでいいのかちょっと分かんない。

 床には真っ直ぐ奥へ向かうのと右へ向かう赤いカーペットが敷かれているんだけど、それもほとんど汚れがなくて綺麗。

 もしかして毎日取り換えてあるの!? っていうくらいに驚いてしまう。

 そんなカーペットが敷かれてない場所は、真っ白でツルツルに磨かれている床だ。鏡みたいに反射してる。靴とかの汚れが一切無いのはメイドさんが頑張って掃除しているから、なのかもしれない。

 そんなメイドさん達もちらほら見えるんだけど、やっぱり多いのは貴族っぽい人たち。

 イヒト領主さまみたいに地方から集まって来た人たちなのか、それとも元からお城で働く人なのかは分からないけど。とにかくお城の中にいるってことだけで、めちゃくちゃ偉い人に見える。

 でも逆に考えると、お城で働いてるメイドさんって物凄い優秀ってことだよね?

 お城で働きたいです、と言って簡単に雇ってもらえるわけでもないし。そういう意味ではルーシュカさまみたいにメイドさんを教育している人がいるのかもしれない。

 どこの誰が教育したのか、みたいなハッキリしたことが分かってるメイドさんじゃないと、雇うのは危ないと思う。適当にメイドさんを雇ってたりすると、なんか暗殺とかされそう。こわっ。


「サティスさま」


 そんなことを考えてたら師匠に呼ばれた。

 呆気に取られてたっていうか、お城の雰囲気に圧倒されて足が止まっていたみたい。


「は、はいっ!」


 あたしは慌ててイヒト領主の隣まで走ろう――として踏みとどまり、落ち着いた感じで早歩きをして追いついた。

 ふぅ、危ない危ない。


「はっはっは。初めてのお城はいかがかな、サティス」

「と、とってもステキなので思わず見惚れてしまいました」

「ふふ。王もお喜びになる感想だ」

「王さま!?」


 思わず肩が跳ね上がってしまう。

 いま王さまなんかに会っちゃったら、たぶん自動的にあたしの体は平伏してしまうに違いないので、いっそのことルビーに眷属化してもらったら良かった。

 あ、いや、でも魔王サマに堂々と『仁義を切る』をやっちゃったから、眷属化は危ない。王さま相手にやると、今度こそ死ぬ。王さまが許しても他の人が許してくれない。やめとこう。うんうん。


「落ち着いてくださいサティスさま」


 師匠がそっと背中に手を当ててくれる。

 ほわん、とちょっとした温かさを感じて、あたしはホっと息を吐いた。


「そう緊張せずともサティスの敵はおらんよ。失礼の無い程度に普通にしていれば大丈夫」


 イヒト領主もにっこり笑って肩をポンポンと叩いてくれる。


「は、はい。普通に、普通に」


 できるだけ肩の力を抜いて、いつも通り――周囲を警戒する。

 お城の中だけど、街の中のつもりでいれば……なんとか大丈夫……かも?


「イヒト・ジックスさまですね」


 気づかれないようにこっそり深呼吸していると、ひとりの男の人が近づいてきた。師匠と同じ執事服みたいなのを着てて、手には紙を取りつけたバインダーを持っている。綺麗で大きな羽ペンを持っていて、バインダーに墨壺がくっ付いていた。

 そうだ、と領主さまがうなづくと紙に何かを書き込んでいる。

 参加者の名簿にチェックを入れているのかも?

 そんな男の人があたしを見た。


「失礼ですが、お嬢さんのお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「あ、は、はいっ。サティス・フィクトス・ジックスです」


 あたしの名前を聞いて、男の人のまぶたが少しだけピクリと動いた。でも、表情はまったく変わらなくてにっこりと笑顔を浮かべながら紙にペンを走らせる。

 そのペンは紙には付いていなかった。

 書いてるフリをしているだけ。


「どうぞこちらへ」


 男の人はくるりと反転すると、お城の奥へと歩き出した。

 良かったぁ~、何も言われなくて。ちゃんと護衛って分かってもらったみたい。さすがお城で働くだけの人はある。

 でもいいなぁ、師匠は。なにも怪しまれないでいるんだもん。あたしもメイドが良かった。リエッタさんみたいに出来るかって言われたら、無理だけど。

 むぐぐ。

 もうちょっと。

 もうちょっとだけあたしに貴族さまに慣れてる心があればぁ!

 なんて思ってる間に、お城の中をどんどん進んで行く。

 どこを見ても綺麗なお城の中は、奥へ進んでいくと壁が無くなって外の風景が見えるようになる。カーペットは無く、石畳のような床をコツコツとヒールの音を鳴らして歩いていった。


「おぉ~」


 こっそり声を漏らす。

 柱が並ぶ渡り廊下みたいなところで、穏やかな雰囲気のある中庭を見せる演出なのかも。

 そんな中庭には、何人かの女の人がいるのが分かった。

 物凄い派手なドレスで着飾っていて、かぶっている帽子は鳥の羽みたいなのがギュンギュンに伸びている。

 きっと貴重で大きな魔物みたいな鳥の羽に違いない。見るからに高そう。

 たぶんきっと貴族の奥様とかお嬢様とかだ。メイドと使用人も端っこのほうにいらっしゃるし。

 何をしているんだろう?

 花を愛でてるとか?

 う~ん、良く分かんないけど、まぁ、あたしには関係ないのでいいや。

 なにより、あの貴族さま達はあたしをチラっと見ただけでもう興味が無くなったみたいな感じだったので『敵』じゃないってことが分かった。

 それは向こうからしても、あたしからしても同じなので問題ない相手、ということになる。

 そんな壁の無い廊下を通り過ぎると、また壁の有る廊下になる。

 エントランスとは違って、こっちにはカーペットがなくて歩く音がそこかしこからコツコツと鳴っているのが聞こえる。床の石も普通っぽくて、そこまで磨かれているわけではない。

 豪華で高価なのは間違いないけど、でもさっきと比べたらマシな気がして。あたしはホっと息を吐いてイヒト領主さまの隣を歩いていった。

 けど。

 そこで。


「――ぅ」


 何か。

 視線が。

 危うく体が動きそうになったけど、寸前でこらえる。どこかねっとりとした視線が、首元を撫でていった気がした。

 なに?

 誰!?

 敵意とか害意じゃなくて、でもなんかイヤな感じの視線っていうのかな。

 まるでワザとらしく視線を送ってきた、みたいな感じ。

 もしかして、さっきすれ違った人かな?

 なんか濃い紫色のローブみたいなのを被った魔法使いみたいな印象だったけど。ちょっとだけ見えた鼻が高かったのが印象的で、年齢は老人になる一歩手前って感じ。フードみたいなのをかぶっていて髪は分からなかったけど、若くも無く年寄りでもない。そんな印象だった。

 なんだったんだろう……

 師匠なら何か分かったのかな……


「イヒト・ジックスさま。こちらです」


 案内してくれた人が立ち止まる。

 どうやら会議室に到着したっぽい。赤黒い大きな扉は重厚感がたっぷりで、中の気配がぜんぜんまったく分からなかった。たぶん壁も分厚いと思う。

 魔力とかそういうのは分からないけど、なんか魔法とか、そういうので盗み聞きを防いでいたりするのかもしれない。

 まぁ、こんなところで堂々と扉に耳を付けて『聞き耳』をするわけにもいかないけど。


「案内ありがとう」

「いえ、失礼します」


 男の人は丁寧に頭を下げて、来た道を戻って行った。


「イヒトさま」


 それを見届けたあと、師匠がこっそりと領主さまに何かを伝えている。盗賊スキル『妖精の歌声』だ。なにか言っているのは分かるんだけど、上手く聞き取れなかった。


「うむ、分かった。リエッタと君は別室で待機してくれ。それから、サティス」

「は、はいっ」


 思わず『気を付け』をしてしまった。


「ふ~む、まだ緊張しているようだな。困った子だ。仕方がない……『自由に』散策して緊張をやわらげてきなさい。いいかね?」

「わ、分かりました」


 自由に――ってことは、わたしの思うとおりに行動しろ、ってことだ。

 ここに来るまでに師匠から言われていたのは、レッサーデーモンの痕跡を探すこと。かなりの難易度になるので、そこまで無理をするなっていう話だったけど。

 でも、状況が変わったっぽい。

 もしかして、さっきの視線のことかも。

 イヒト領主は、うむ、と強くうなづいてから扉を重そうに開けて中に入って行った。ちらりと見えた部屋の中は少し薄暗くて大きなテーブルがあった。たくさんの椅子が並んでおり、すでに座られている椅子や空いている椅子があった。

 中には貴族だけしかいないっぽい。従者は誰も入ってはいけないみたいだ。

 それが確認できたのが精一杯で、すぐに扉は閉まってしまった。


「サティスお嬢様、控室の場所を案内しておきますね」

「あ、はい。よろしくお願いします、リエッタさん」

「いえ、お気になさらず」


 リエッタさんはにっこり笑って先を歩き出す。その後ろを付いていくと師匠がナナメ後ろから声をかけてきた。


「そのままで聞いてくれ」


 こくん、とあたしはうなづく。


「先ほどの深い紫色のローブのような服を着た男は分かるな」


 もちろん分かってます、とうなづいた。


「どうにも気になるんでな。少し探ってもらえるか? 無理はしなくていいし、分からないのなら分からないでかまわない」


 了解です、とあたしは自然にうなづく。


「よろしく頼む。いま分かってる情報を伝えるぞ」


 え!?

 もう分かってることあるんですか!?

 って、思わず振り返りそうになっちゃったのを我慢した。

 あたし偉い。あたし凄い。


「あの紫色の特徴的な服は砂漠国・デザェルトゥムの民族衣装だ。あっちでの正装ということで着ているのだろうが……どうにも自己主張の激しい人間と思われる。自国を誇示するというよりも、自身のプライドを優先している風に見えたな。傲慢そうなイメージだ。年齢は五十代に見えたがもう少し若いかもしれん。貴族として一番脂が乗っている、という時期だ。野心に溢れている可能性もある。歴史に名を残したいと大胆な行動に出る可能性があるから注意しろ」


 な、なるほどぉ……!

 さすが師匠。

 すれ違っただけで、そこまで予想できるなんて凄い。


「できれば名前を調べてきて欲しい。それだけで真実と噂の情報が山ほど手に入るようになる」


 こくん、とうなづいたところでリエッタさんの足が止まった。


「この部屋が私たちの控室になります。サティスお嬢様、もしも用事がありましたらこちらの部屋で待機しておりますので、遠慮なく申し付けてください」

「分かりました。ありがとうございます」


 いいえ、とリエッタさんは微笑み、その隣で師匠もにっこりと笑顔を見せた。

 うわぁ~、師匠の嘘っぽい笑みだ。

 レアだな~。

 えへへ、貴重な師匠の表情を見れたのでちょっと嬉しい。


「では、『遊び』に行ってきます」


 あたしは師匠と同じような、嘘っぽい笑み、を浮かべて。

 さっそく紫色の服を着た貴族を追いかけるのだった。

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