~卑劣! れっつぱーりぃたーいむ、にはまだ早い~

 根回し、暗躍、裏工作に対策会議に対案会議。

 打ち合わせ、口裏合わせに口約束。

 更には女性を使った篭絡に加えて、娘を差し出す婚姻による関係性作り。加えて、没落する貴族の娘をメイドとして召し抱える救援話。

 などなど。

 多種多様で考えられる全ての手を使って自分たちの利益を構築する貴族らしい期間にして時間が終わり――

 ついに本番。

 お城に貴族たちが集まる大会議の日となった。


「ふぅ~。やれやれだ」


 今日がその『本番』だというのに、イヒト領主はすでに疲れた表情をしている。しかし、どこかやりきった感じも漂っているので手応えは充分にあるらしい。

 まぁ、あとは会議ですり合わせや確認作業をやっていく程度であって、よっぽどのことが無い限り、大どんでん返しなんてことは起こらないだろう。

 そのための根回しであり、裏工作であり、人心掌握なのだから。


「貴族ぅ、貴族さまばかりぃ……うぐぐぐぐ……」


 ホッと一息ついている領主さまとは正反対に、我が愛すべき弟子はガチガチに緊張していた。

 まぁ、俺たちの仕事はこれからが本番なので緊張感は大事だが。

 少々かたくなり過ぎてるな。


「パル、大丈夫か?」

「わ、分かりません」


 正直すぎる答えにイヒト領主とルーシュカさまは肩をすくめて笑った。


「慣れておく必要があるか。ふむ。お城を見学する、という名目で連れていけるが……どうする、サティスよ」


 聞けば、貴族の親族となると夜のパーティに合わせなくとも自由に入れるらしい。もちろん、中では奥様やお嬢様同士の熾烈にして苛烈なマウント合戦が行われるのだが……ニセモノ貴族であるサティスには関係ない。

 むしろ、お城の空気に馴染んでおける良い機会だ。


「ぜ、是非とも」


 緊張はしてるけど、しっかりと仕事をする気は満々。イヒト領主の申し出にハッキリとうなづいたパルを頼もしく思う。


「ふむ。では念のために着替え用のドレスをもう一着、持っていかせよう。リエッタ、頼む」

「分かりました」


 メイド長のリエッタが他のメイドさんにあれこれと指示をする。すぐにメイドさん達は動き始めたので、パルはなんとなく申し訳ないような顔をした。


「あたし、ホントに貴族には向いてないようです」

「はははは。人を顎で使うのに慣れてしまっては、貴族でも評判が悪くなるぞ。感謝を忘れずにいることだ、サティス。君なら、良い貴族になれるよ」


 イヒト領主は満足そうにうなづいてパルの肩をポンポンと叩いた。


「し、師匠~ぉ」

「俺は執事だからな。サティスさまに仕える平民だ。命令されない限り助けられない」

「うわーん。師匠がヒドイよぉ、プルクラぁ」

「しっかりなさい。ほらほら、着替えに行きますわよ。留守番はわたしに任せて、お城を楽しんで来なさいな」


 パルはルビーに背中を押されて着替えに出ていった。

 まぁ、大丈夫だろう。

 ガクガクと震えてガチガチに緊張してしまっているが、朝ごはんはしっかり全部食べていたので。食いしん坊のパルがごはんも喉を通らないとなれば心配だが、普通に美味しそうに食べていたので安心あんしん。

 お城の雰囲気に慣れさせれば、会議の後に開かれるパーティには充分に間に合うはずだ。


「見学ついでに、パルにはレッサーデーモンの痕跡でも探ってもらいます。任務を与えておいたほうが気分的には楽でしょう」

「そうだな。頼む」


 イヒト領主も会議に向けて着替えに向かった。

 残された俺は装備点検を行う。投げナイフ数本とパルのドレスに仕込んだように針を数本、執事服に忍ばせている。

 女性と違って隠し場所が少ないので仕方がない。足にいろいろと装備できるので是非とも男性もスカートを履いても良い文化が欲しいところだ。

 まぁ、どちらにしろ執事服はスカートじゃなくてズボンなので意味ないが。

 装備点検を追えて、コツコツと靴音を鳴らす。

 ワザと音を立てて歩きつつ、段々と消していき……完全に無音になってから、また音を立てて歩いていく。廊下を往復した後、今度はその場で足踏みをしながら同じように音を小さくしていって、大きくする。

 聞き耳を立てている相手に離れていったと偽装するワザだ。

 滅多に使わないワザだが、盗賊スキル『忍び足』の応用スキルとされてはいる。ちょっとした足元とコンディションの確認には使える。

 ここ数日、履き続けたおかげで革靴にも足が馴染んできた。より精度を高くして足音を消せるだろう。


「ふぅ」


 息を吐く。

 体調も問題ない。

 指先を伸ばし、グーに閉じる。それを素早く繰り返し、自分の意思通りに指先まで動くのを確認。そのまま腕を振り下ろし振り上げる動作をした。一見してただ手を前後に振っているだけのように見えるが、一手一手で体の側面に仕込んである針を抜き、また同じ位置に戻すのを繰り返す。

 よし。

 問題は無い。

 あとは玄関先に移動して、みんなの準備が整うまで静かに集中しながら待った。

 屋敷内で人々が動く気配を感じながら息を吸い、聞こえてくる足音と衣擦れの音から誰かを判断しつつ息を吐く。

 頭もしっかりと働いている。

 問題も懸念も無し、だ。


「師匠~」


 着替えを終えたパルが玄関までやってきた。

 白くおとなしい感じのドレスだが、かなり良い生地を使っているのが分かる。ひらひら、というよりはふわふわな印象があり、可愛らしい。


「装備チェックをお願いします」

「分かった」


 チェックする前に、可愛いなぁ、と褒めてからパルのドレスに装備された針を確かめる。目立つ位置にあってはバレてしまうので注意が必要だ。

 だからといって隠し過ぎては取り出すのが難しい。

 その絶妙なラインを狙って、仕込んでおく必要がある。


「ふむ。問題ないな。ツールボックスは大丈夫か」

「ここです」


 ガバっとスカートを持ち上げて太ももを露わにするパル。ドロワーズをはいているので大丈夫なんだけど、ちょっぴりドキドキしてしまう。


「……」

「な、なにか問題がありますか?」

「いや、なんでもない」


 スカートの中に頭を突っ込みたい衝動を殺してました。ロリコンというよりもスケベ心か、これは。俺も男の子なんだ。許してください。

 まぁとにかく。

 本能的なものを抑えつつ、パルの右の太ももに装備されたツールボックスをしっかりと確かめた。

 問題は無し。

 ついでに右足にマグも装備されているのだが……

 起動してるな、これ。


「こんな時にも重くしてるのか、パル」

「日々これ修行です!」

「熱心なのはいいが、重い女だって思われないようにな」

「あたしは師匠一筋ですけど、王子さまが声をかけてきたらちょっと心が動いちゃうかもしれません」

「軽い女になった」

「でも、師匠は浮気したらダメですからね。あたし絶対に許さないですし、相手の女の子も刺しちゃうかもしれません」

「急に重い女になったぞ」

「ふひひひ」


 貴族さまが周囲にいないと大丈夫そうなんだけどなぁ。あとフリルお嬢様もそこまで緊張している感じではなかったし、気の持ちようか。

 とりあえずパルの頭をなでなでしているとイヒト領主がばっちり着替えてやってきた。

 同行するリエッタもいつものメイド服だが、新品になっている。雰囲気的には貴族みたいなオーラが出ているので、わりと場慣れしているようだ。

 ふむ。

 リエッタの雰囲気を見るに、やはりパルはニセ貴族として護衛するほうで良かったな、と思える。

 きっとアワアワと慌てる新人メイド風になってしまうので、とてもじゃないがお城には連れていけない。そんな新人を用意立てないといけないほど人材に乏しいのですね、とイヒト領主の沽券に関わってくる可能性もあるので。

 やはり釣りの餌のごとく、明らかなニセ貴族作戦を選んで正解だった。


「問題はないかね、サティス」

「は、はい。大丈夫です!」

「うむ。執事君も準備はいいかな?」

「お任せください」


 俺はしずかに頭を下げる。それに合わせてパルも頭を下げようとしたが、慌てて踏みとどまった。

 よろしいよろしい。

 今からお前はサティスなのだから。俺より上の立場なので、そのつもりで動いてくれ。


「あなた、気を付けて」

「パーティの時間になれば向かいますね、お父さま」


 朝からおめかしをしている奥様と、まだまだ準備をする気がないルーシュカさまが見送りに来た。


「主人を頼みますね、執事さん。サティスちゃんも気を付けて行ってきてね」

「はい」

「は、はいっ」


 玄関先から大通りに出ると、ばっちり馬車が待っていた。豪勢な馬車であり、御者席の男も立派な身なりをしている。

 朝の空気が少しだけヒヤリと感じられた。

 夏の終わりも近づいてきているようだ。

 イヒト領主が乗り込み、その隣にサティスが座った。リエッタさんと俺は向かい合う席に座り、護衛を固める。


「サティス、しっかりとお城の雰囲気に慣れておいてくださいまし。じゃないとわたしの仕事が増えますので」


 馬車の近くまでやってきたプルクラがそう言ってくすくすと笑う。

 鼓舞しているのか馬鹿にしているのか、紙一重で分からない。まぁ、わざわざ外にまで出てきたので、応援していることは確かだろうけど。


「わ、分かってるよぉ。プルクラもちゃんとルーシュカさまと奥様を守っててね」

「お任せください。魔王が攻めてきても守り通してみせますわ」


 大言壮語すぎるが、やってやれないことも無いので恐ろしい。


「ははは、それは頼もしい限りだ。頼んだぞ、プルクラよ」

「はい。領主さまもお気をつけて」

「うむ」


 イヒト領主がうなづくのを待って、馬車の扉は閉められる。御者席の男が確認するように窓からうかがってから、馬車はゆっくりと走り始めた。

 朝、という時間帯。

 王都はそこそこ活気があり、人々はいつもの生活を続けている。

 そんな中を大通りで豪勢な馬車で移動するというのは、なんとなく優越感のような物を感じる。みんなが一様にこちらを向き、どこの貴族だとかを話しているのが分かった。

 なるほど。

 見栄を張らねばならぬ理由が分かろうというもの。

 みすぼらしい馬車に乗っていると分かったら、一瞬にして噂が広がってしまうことが分かる。

 無理をしてでも良い馬車や良い服を着ないといけないのは、なかなか厳しい世界だ。

 そんなことを考えているうちにお城へと近づいてきた。まぁ、貴族邸はお城の周囲に集まっているので、近いといえば近い。歩いていくわけにはいかないけど。

 馬車は大通りを進み、正門へと向かう。

 同じように貴族たちの乗る馬車がぞくぞくと城に集まっているので、なかなか壮大な景色とも言えた。

 少しだけ順番待ちをしてから馬車は正門近くに止まって、御者席の運転士がドアを開ける。


「お待たせしました」


 丁寧に頭をさげる運転士に目礼をしつつ、俺とリエッタさんが先に降りた。


「サティスお嬢様、どうぞ」


 馬車から降りてくるサティスに手を差し出す。


「は、はひ」


 緊張しつつもちょっぴり瞳がキラキラするサティス。

 さてはお嬢様扱いがちょっと嬉しかったな?

 こんなことなら、お屋敷でも執事のフリをしていれば良かった。この程度で緊張が緩和できるのなら安いものだ。


「ありがとう、シショ」


 いま師匠って言いそうになっただろ。まぁ、シショという名前でいいか。


「旦那さま」

「私も支えてもらえるのか」


 サティスに続いてイヒト領主に手を出したが……笑われてしまった。でもまぁ、普通は必要とするだろうから、冗談の類と思っておこう。

 イヒト領主とサティスが並ぶように前を歩き、その後ろから俺とリエッタさんが続く。

 お城の正門へ向かうと、普段は人々を厳しく見張っている衛兵が慇懃に礼をした。

 もしかしてひとりひとり貴族の顔を覚えているのだろうか?

 そうだとしたら、相当に優秀な衛兵だなぁ。

 さしたるチェックもなく、俺たちは正門を通り城の敷地内へと足を踏み入れた。


「わぁ……」


 サティスは思わず足を止めて見上げる。

 正門からつづく階段の先。

 高く高くそびえ建つパーロナ国のシンボルともいうべき建物。

 パーロナ王城。

 真っ白で荘厳なその城を見上げて――

 サティスならずとも、俺もまた思わず息を吐いてしまうのだった。

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