~卑劣! 高い所にいる人は偉い人と決まっている~
魔力糸を顕現。
太く丈夫に顕現したそれをルビーに持ってもらって、垂直の城壁を登ってもらう。綺麗に滑らかに造られた城壁には、『爪をかけるほど』の凹凸しかない。
つまり、爪ならかけられるわけだ。
「ふんふふ~ん、ふ~ん」
と、魔力糸を口にくわえながらスルスルと登っていく吸血鬼の姿は真っ白な城壁に良く栄える。
う~む。目立ってるなぁ……
遠くから見たら巨大な昆虫に見えるかもしれない。
嫌われモノの、あの昆虫に。
真っ黒じゃなくて、城壁に合わせた真っ白な服を着てきたほうが良かったのかもしれない。もう着替えてくるには手遅れだけど。
カサカサと、ではなくスルスルと登り切ったルビーは城壁の上から合図を送ってきた。
それを確認して、俺は魔力糸をグッと引っ張り、安全を確かめてから城壁を上り始める。両腕で魔力糸を引き寄せ、足で蹴り上がるようにして素早く城壁の上まで上り切っていった。
「ふぅ。続いて頼む」
「おまかせを」
休憩をしているヒマは無い。
城壁の上は衛兵の通り道だ。有事の際は、この場所に弓兵を並べて籠城できるようにそこそこの幅が取られている。
隠れる場所も無いので、さっさと降りないと見つかってしまう。
そのまま魔力糸を城内側へおろし、ルビーに持ってもらったまま、俺は空中に身を投げ出した。そのまま手を滑らせるようにして素早く地面へと降り立つ。
質の良い革手袋をしていないと摩擦の熱でボロボロになってしまい、火傷をしてしまうので注意が必要だ。
足が地面に着くと、素早くしゃがんで周囲の安全を確認。周囲に気配は無く、誰の視線も通っていないことを確認できたので、魔力糸を二度、グイグイと引っ張った。
合図を送ってから魔力糸を霧散させると、ルビーは落下死しそうな勢いで上から落ちてくる。
飛び降りた、と形容するには無謀すぎるジャンプだが――着地音はトンと軽く響くだけの足音程度。
「お待たせしました」
当たり前のようにすまし顔のルビーを見て、俺は肩をすくめた。
まったくもって、イヤになる。
盗賊として修行してきた努力を一瞬にして凌駕するというか、無にしてくれる感じがするので吸血鬼という種族は恐ろしい。
「とりあえず城に近づく。周囲警戒を怠るな」
遠くには衛視が身に付けていると思われる灯りがポツポツと見える。移動しているところを見るに、夜警中なのだろう。
一応は執事服なので誤魔化せる可能性はあるが、それでもこんな場所でこそこそ行動しているのは怪しく思われて当然だ。
お城の中に入ってしまったほうが、むしろ安全とも言い切れる状況だ。
「それでしたら、あちらに」
ルビーが示す方向にはテラスのような場所があった。ベンチがあり、ちょっとした屋根が設置されていて、花壇の花をながめる『憩いの場』みたいなものだった。
なるほど、あそこなら言い訳が立つ。
俺はうなづき移動を開始した。
衛視に見つかるのも危ないが、今はとにかく貴族たちが大勢いるので、その護衛をしている騎士やメイドも大勢いるはず。それらの人々に見つかってしまっては騒ぎになる可能性もあるので、穏便に済ませたい。
灯りを持って移動する者の視線と、お城の窓から下界を見下ろす視線、廊下を通り過ぎる人の気配。それらに注意しつつ慎重に移動していき、なんとかテラスまで辿り着いた。
「ふぅ」
一安心。とばかりに息を吐いた俺とは違って、ルビーは余裕そうだった。
さすがは吸血鬼。
夜は彼女の時間、というわけだ。
「美しいお庭ですわね。さすがです」
ルビーはベンチに座る。
星明かりの下、白いベンチに優雅にたたずむ黒いドレスの少女。
黙っていればかなりの美少女であるルビーならば、この白いテラスに良く似合う。加えて、夜という雰囲気も重なれば絶世の美女にも見えた。
ララ・スペークラが諸手をあげて筆を振るうに違いない。あの変人ドワーフなら、ルビーの正体が吸血鬼だと知っても、筆を止めることはないだろう。
「よし、ここから城の中に通路が続いている。ルビーはそっちを確かめてくれ」
「分かりました。仮に結界などで入れなかった場合はどうしましょうか?」
「その時は影に入って俺の元まで来てくれ。さっさと退散しよう」
結界や魔法の障壁が張られているのはお城の範囲内ではなく、極一部の領域、というパターンもある。
それこそ城壁内ではなく『城内』という限定したフィールドに結界が張られている場合も考えられるしな。
まぁ、一番考えられるのは王族に限定した場所だろうか。
謁見の間や、王さま、王子様、それからお姫様たちの私室などに防御結界や防護魔法が張られている可能性は高い。
それらを確かめてもらうためにルビーに来てもらったのだが……仮にアレだな。お城に入れなかった場合は、手配した盗賊にワザと馬車を襲ってもらってルビーは名誉の負傷で戦線離脱、というパターンで乗り切るしかない。
ルビーには思いっきり盗賊に刺されてもらうが、演技に期待はできないな。むしろ下手くそな悲鳴をあげて倒れそうなので、黙っていてもらうか。うん。
「集合はこの場所で。問題があれば直接ジックス邸に帰る。何か問題は?」
「ありませんわ」
「よし。では解散」
俺の合図にルビーは影に沈んでいく。
便利だなぁ、なんて思いつつ俺も移動を開始した。
今回の俺の目的は、もののついで、というやつだ。
ルビーを補助するのがメイン。もしも結界があったとして、ルビーが行動不能になった場合に助けなければならない。
その心配は今のところ無さそうなので、ついでに調べられる物を調べておこう、という話だ。
俺はテラスから再びこそこそと移動を開始した。
花壇の先は生垣のような場所があり、その中には円状に造られた人工的な池のような物があった。ちらりと中を覗くと鮮やかな色の魚が泳いでいる。これも鑑賞用だろうか。食欲のわかない色をしているなぁ。
生垣を越えると、また木々の生えている場所が続き、お城を迂回するようにその影を利用して移動していく。
やがて見えてきたのは城とは離れた別の建物だった。
なにやら賑わっているらしく人の気配が多い。ぷん、とただよってくる料理のにおいとお酒の気配。更に近づくと、ゲハハハハと下品な笑い声が聞こえてきたので、どうにも貴族さまが盛り上がっているらしい。
ここは城の者ではなく外部の人間が滞在するゲストハウスといったところか?
もしくは宴会場かもしれない。
なんにしても、この場所なら執事が歩いていたとしても不審ではないだろう。
衣服をチェック。
特に靴に泥や土などの汚れが付いていないのを確かめたあと――俺は一息、大きく息を吐いた。
そして、何食わぬ顔をしてゲストハウスに繋がる廊下に足を踏み入れて足音を殺さずにコツコツと歩く。
そのまま開け放たれたゲストハウスらしき建物に入ると、酒の独特なにおいが強くなった。相当強い酒か、もしくは相当な量を消費しているに違いない。
贅沢な話だなぁ、まったく。
なんて感想を持ちながら廊下を見ると、ひとりの騎士が扉を守るように立っていた。雇われた騎士らしく、夜にも関わらず全身を覆うフルプレートに身を包んで護衛の任務に勤しんでいる。
仕事熱心、ごくろうさま。
さぞ、立っているだけでこの料理と酒のにおいは地獄だろう。
心の中で労いつつ、そんな騎士に声をかける。
「もし――少しよろしいか?」
「……」
もともと俺には気付いていたらしいが、改めて声をかけることによって騎士は俺へと顔を向ける。
「ひとつお尋ねしたいのですが」
「……」
騎士は声には出さず、なにやら俺を困った感じで見た。
なんだ?
会話をすることを禁止されているのか?
そう疑問に思ったら、騎士は自分の顔を――いや、のどを手で指し示した。そのまま親指で横に引っかくようなジェスチャー。
つまり――
「話すことができない、と」
騎士はハッキリとうなづくように頭をさげた。
生まれつきか、それとものどに攻撃を受けてしまったのか。冒険者の中では、あまりの恐怖に声が出せなくなった者もいる。声を出すことができない者は、それなりにいるのは知っていた。
「配慮が足りず、申し訳ない」
俺は素直にあやまった。
騎士は、問題ない、と手を振って応えてくれる。
「方角だけでいいのですが、井戸はありますか? ご主人様が冷たい水を欲しがっていまして」
「……」
それならこの建物の後ろです、という感じの内容を騎士は身振り手振りで教えてくれた。
「なるほど、ありがとうございます。最後に聞きたいのですが……」
「……」
「あなたはいつから主人に仕えています?」
「?」
どういう意図だ、と騎士は首を傾げた。それから、長いこと、というニュアンスを手の幅で示すように教えてくれる。
「なるほど、ありがとうございます」
杞憂か。
杞憂ならばいいんだが……『共通語を話せない者』が普通に城内にいることが気になった。
まぁ、仮にこの騎士の中身がレッサーデーモンなら、ここでこうして大人しく護衛をしているのが意味不明なので、可能性はゼロに等しいが。
ふ~む。
とりあえず、騎士の前で悩み続けるわけにもいくまい。
「ありがとうございました」
俺は丁寧に頭を下げて、騎士に言われた通りにゲストハウスの後ろへとまわる。その先には広場のような場所があり、井戸もあった。
「この井戸か」
俺は周囲を見渡しつつ件の井戸へと近づく。周囲はそれなりに見通しが良く、何者かが近づいてきた場合はすぐに分かるような場所だった。
物陰は先ほどのゲストハウス程度の物で、それなりに開けている場所だ。むしろ、この井戸が唯一の隠れ場所と言えるだろうか。
だが、いくらなんでも井戸に近づけば何者かが潜んでいる、と気づきそうなもの。
う~ん……
ここで襲われたと考えるのは、少し不可解だな……
「いや、しかし……酔っ払いであれば別か」
フラフラと酩酊状態で水を飲みに井戸に来て、ここで襲われた。仮にそういう話であれば、どこで襲われようと誰が襲おうとも関係なく殺されるだろう。犯人が子どもでも可能だ。
では――ここでひとつ問題だ。
「レッサーデーモンはどこから侵入した?」
俺が細心の注意を払ってようやくここまで侵入できたわけで。いや、むしろルビーがいなければ侵入するのは更に苦労したはず。
ではいったいどこからどうやってレッサーデーモンなる異形の存在は城の中に入ったのか。
「……最初から人の姿だった?」
先ほどの騎士を思い出す。
共通語を話すことができない全身甲冑の者。
それら、『声無き者』に紛れてレッサーデーモンがいて、貴族と共に入城した場合は、犯行が可能だ。
だが、それだと相当に知能の高い魔物ということになり、恐ろしいほどに危険度が高くなってしまう。
なにせ城の外からずっと内部に入るまで機会をうかがいつづけ、尚のこと発見されることなく城内に忍び続けているのだ。
「それは……どうなんだ?」
ありあえるのか?
それとも考えすぎなのか?
もしもモンスターではなく『魔物種』であれば。俺たち人間種と変わらない文化を持ち、知能があり、共通語を話す魔物種としてのレッサーデーモンだというのなら。
それは可能だ。
可能となる。
でも、それだと根底からひっくり返ってしまう。
共通語が話せないからこそ、レッサーデーモンの脅威は脅威として捉えられておらず、簡単に看破ができるからこそ、そこまで恐れられていない。警戒されていない。
だが。
だが、知ってしまった以上――知ってしまっている以上、どうしても、その情報が頭にちらついてしまう。
どうなんだ?
レッサーデーモンは魔物種なのか?
それともモンスターなのか?
どこから来て、いま、どこにいる?
「……」
分からない。
判断も、できない。
仮定の話が無限に想像できてしまって、どう考えていいやら分からん。
「あぁ、くそ」
こういう時――勇者パーティならば、賢者が推察し、神官が助言を加え、勇者が結論を下し、俺と戦士がそれを実行し補助をする。
くやしいが、それが納得のできる結果に終わることが多く、賢者が『賢者』と言われる所以でもあったと思う。
残念ながら、俺では敵わない。
俺程度の頭では、推察による犯人特定は不可能だった。
「はぁ……」
仕方がない、当初の予定通りに余計なことは考えずに護衛の依頼だけはきっちりこなす事にしよう。
なに、城内にレッサーデーモンが潜んでいようが俺には関係ないことだ。
王さまが喰われたとしても、俺の生活がおびやかされることはない。王子様が入れ替わられたとしても、俺の計画には何の支障も無いだろう。
俺の目的はあくまで勇者を支援すること。
世界平和は二の次だ。
……というのも、ちょっとおかしな話かなぁ。
なんて――
そう思って井戸から立ち去ろうとした瞬間――
「っ!?」
視線!?
見られてる!
何者だ!?
俺は慌てて視線の主を見上げた。
見上げた――!?
そう。
俺を見ていたのは、遠く高いお城の上階ほどに位置する場所。
星明りのぼんやりとした中で。
どこかパルに良く似た金髪の少女が、俺を見下ろしていた。
「――」
貴族の少女……ではないはず。お城の上階ということは、それなりに地位の高い存在。
考えられるのは……王族。
つまり、お姫様だ。
俺は慌てて頭を下げた。
それが伝わったのか分からないが、お姫様はにっこりほほ笑んだ……と、思う。距離がある上に星明りしかない夜という時間。お姫様が外を見つめて何をしていて、何を思っていたのかは分からないが、ともかく怪しまれないうちに退散しよう。
「うっ」
なぜかお姫様はバイバイと手を振ってきた。それにどう応えるのが正解か分からなくて、とりあえず俺も手を振っておく。
これ正解か?
よくよく考えたら、お姫様に手を振るって不敬では?
やべぇ!
というわけで、足早に井戸を後にした。
そのままテラスへと戻ると、ルビーが先に待っていたらしく、にこやかに迎えられた。
「どうだった?」
「問題ありませんでしたわ。自由に入れます。これでこの城は我が手中に納めたも同然ですわね」
「危険な発言は控えていただきたい」
「善処しますわ」
俺は肩をすくめて苦笑すると、ルビーといっしょにさっさとお城を抜け出すのだった。
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