~流麗! 真夜中のデートは誘惑チャンス~

 夕飯を食べ終え、パルといっしょにお風呂に入って。メイドの方々に着替えを手伝ってもらい、さぁいよいよ明日は本番ですのでぐっすり寝ましょうね、とベッドに入った後。


「お出かけですわね」


 ベッドから起き上がるのではなく、一度影の中に沈んだわたしは。

 いつもの真っ黒なドレス姿となってからベッドの横に出てきました。そのままベッドの中が空っぽというのも怪しいので、影人形でも置いておきましょう。

 パチン、と指を鳴らしてわたしにそっくりな影人形を顕現。ベッドですやすやと眠っているフリをしてもらいました。

 近づくと呼吸もしていないし体温も無いので、どう考えても死体ですけどね。使用人にえっちなイタズラをされたらバレてしまいますが……まぁ、大丈夫でしょう。


「いいなぁ、ルビー。師匠と夜のお出かけなんて」

「その代わり、明日は朝からいっしょではないですか。パルに付くんでしょ師匠さんは。夜はわたしが師匠さんを独占しても、いいと思いますけど?」

「キスとかしちゃダメだからね」

「しませんわよ。仕事ですから手を繋ぐ程度です。健全なお付き合いですわ」

「ぶぅ」

「かわいい嫉妬ですわね。師匠さんと結婚した後はわたしとも結婚します?」

「めっちゃややこしくなるので却下」


 ですわよね、とわたしは肩をすくめました。

 師匠さんとパルが結婚して、パルとわたしが結婚して、わたしと師匠さんが結婚する。

 こういうのを三角関係ではなく、正三角関係というのでしょうか?

 それとも二等辺三角関係?

 もしくは直角三角関係かもしれない。


「どうでもいいよ、名前なんて」

「あら、重要ですわよ。そのうち三角関係婚が当たり前になった時に名前として残りますから。あ、三角関係婚っていいですわね。そうしましょうそうしましょう」


 名前が決まったところで音も無くドアが開き、わたしとパルは悲鳴をあげそうになりました。


「あ、すまん。驚かせたか」


 音はおろか気配すら無い状態で師匠さんが部屋にぬるりと入ってきたので、驚いてしまうのも無理はありません。

 幽霊よりも静かに動く御人ですわね。

 もっとも。

 わたしの知ってる幽霊であるところの陰気のアビエクトゥスはにぎやかですので、比べるまでもありませんが。


「レディの部屋にノックもせず入るなんて。師匠さんは夜這いの天才ですわね」

「不名誉だ」

「では、覗き見の天才としておきましょう」

「ひどい……助けてくれ、パル。こいつ、俺をどうしても変態にしたいらしい」

「よしよし。師匠はカッコいい盗賊ですよ~」


 落ち込む師匠さんの頭をパルがなでなでしてました。

 うらやましい!


「ありがとう、元気になった。というわけで行ってくるよ、パル」

「はい、師匠。お気をつけて」

「いってきますわ、パル」

「……」

「何か言いなさいよ!」

「あははは、冗談だよぅ。いってらっしゃい、ルビー」


 師匠さんは窓を開ける。普通に開けてるようですけど、音も無く開けるっていうのは相当な技術なんでしょうね。

 窓から周囲の人影や音、灯りの有無などを確かめてから師匠さんは窓から飛び降りました。無事に着地したのを見届けてから、わたしも飛び降ります。

 トン、とつま先から軽く着地して師匠さんと顔を合わせる。問題ありませんわ、と視線で訴えてから上を見上げると――パルが手を振ってから窓を閉めました。

 脱出成功。

 そのままわたしはジャンプして塀の上に乗ると周囲を確認。

 誰も見ていないのを確かめると、師匠さんに合図をして向こう側へと降りました。

 王都の貴族邸が集まるお城の近く、ということもあって灯りが付いている場所も多い。ランタンの灯りが灯されている屋敷もありますし、窓から見える場所の燭台にろうそくを立てている屋敷もあります。

 貴族たちが各地から集まっているだけに見回りをしている衛兵の数も多く、街中には腰にランタンを灯した人間がウロウロと動いているのが分かりました。


「よし、行くか」


 難なく塀を飛び越えてきた師匠さんにウットリとしつつ、わたし達は夜の街を影に潜むようにして進みました。

 師匠さんの執事服。

 なんだかんだ言って真っ黒に近い物なので、多少の部位を隠すだけで夜に溶け込めるなんて。執事というのはイヤらしい職業だったのですねぇ。

 もしかしたら夜這い専用の服だったのかも。

 見る目が変わってしまいそうです。


「偏見は良くないぞ」

「冗談ですわ。師匠さんが執事なら、覗かれても大歓迎ですが」

「俺は覗かん」

「覗いてもいい、とわたしとパルが言っても?」

「……」

「師匠さんのそういうところ。わたしとっても好きです」


 大胆な告白をしつつ、路地を通って王城へと近づいていく。

 お城まではそこまで遠くないのですが、さすがに近くなっていくと衛兵の数も増えます。

 なによりお城に入るには正門を通るか、もしくは裏門か、それともお城を取り囲む高い高い壁を乗り越えなくてはなりません。

 さすがに真正面から強行突破するわけにも行きませんし、もしも『懸念事項』がそのまま当てはまってしまった場合、わたしの運命はここで終わってしまうやもしれませんので。

 お城に続く大通りを師匠さんといっしょにチラリと覗く。

 大通りに面したお店も全て閉まっており馬車の姿もない。

 でも、ちらほらと人通りの姿はあるので、さすがは王都といった感じでしょうか。

 わたしの支配領でしたら、昼間より夜のほうが活気があるんですけど。それは魔物種の特性でもありますからね。

 あ、わたしの支配領が夜の仕事が盛んだとか、えっちなことが大好きな種族ばっかり、とかそういうのではないので。健全な街ですわよ。お子様も安心して暮らせます。

 まぁでも、サキュバスさんとインキュバスさんは別です。

 あの方たち、えっちなことが大好きですからね~。

 絶対に師匠さんとは会わせたくありませんし、パルがインキュバスさんにえっちなことをされているのも見たくありません。

 そういう意味では愚劣のストルティーチャには絶対に会わせてはいけませんわね。

 たぶん、食べられますわ。

 ふたつの意味で。


「予定通り大回りしていくぞ」

「了解ですわ」


 どうでもいいことを考えている間に師匠さんが進んで行くので、慌てて付いていきました。

 せっかちですわねぇ、師匠さん。

 もうちょっと夜のデートを楽しみたいのですが。パルに怒られちゃいますので、真面目にやりますか。

 大通りを迂回するように、大げさなほど距離を取って大きく移動する。そのまま王城を横目で見るようにしてお城の裏側へと向かっていきました。

 城壁には、四隅にヤグラのような見張り台があります。きっとそこにも衛視が待機しているでしょうから、ほぼ真ん中あたりがいいのですが……


「裏門にも兵士がいて、見張られている。隙を突くには、城壁を三等分したあたりだな」


 お昼に師匠さんが下調べをしてきた結果です。

 北側の、少し古ぼけた路地をこそこそと早歩きで移動し、目的の場所に到着した頃にはすっかりと夜も深くなっていた。

 侵入するには丁度良い頃合い、でしょうか。

 まぁ、衛兵たちにとっては最も眠い時間でも、だからこそ交代するタイミングとも言えるので一概には言えませんけど。

 路地から飛び出し、素早く城壁に張り付く。周囲から丸見えになるほど隠れる場所はありませんので、少々不安になってきますわね。


「大丈夫でしょうか、師匠さん」

「心配ない。見つかったところで逃げればいいだけだ。その時はルビーも勝手に逃げてくれ」

「助けなくていい、ということですわね」

「おう。これでも勇者パーティの一員だったんだ。お城に忍び込むくらい朝飯前だ」

「お夜食は太りますわよ」

「ほどほどにしておくさ」


 師匠さんといっしょに肩をすくめつつ、上を見上げる。高い高い城壁はつるつるで爪を引っかけるのがやっと、という出来栄え。足をかける場所すらありません。

 素晴らしい仕事をしますわね、ドワーフ。

 普通に城壁を登っていくのは不可能。壁に穴を開けて足場を作っていかないといけませんが、それでは音でバレバレになってしまいますし、なにより時間が必要です。

 ですが――わたしにとって、高い壁など無用の長物です。


「実験してみますわね」

「気を付けてな」

「はい」


 わたしは城壁の影の中へと沈みました。

 とぷん、と水の中にもぐるようにして中に入ると、そのまま慎重にお城の方向へ進みます。

 城壁分の短い距離を移動すると、ゆっくり静かにこそっと顔だけを地上に出しました。


「……」


 頭を出した場所は……どうやらお城の裏庭的な場所らしい。

 ちょっとした森になっているというか、お花畑でしょうか。人工的に手が入れてあるような等間隔に木々が生えており、明らかに手入れされている花が植えてありました。

 その先には花壇があり、それを鑑賞するように大きな屋根とベンチが設置してあるのが見て取れます。

 憩いの場所、というのでしょうか。

 いいですわね、これ。

 是非、ウチの実家にも欲しいところ……と思いましたが無理ですわよね。あんまりお日様が照らないので普通の花は育ちませんし、ウチに裏庭なんてありませんでしたわ。

 なにせ実家の場所は崖の上。

 そもそも岩肌に花なんて咲きませんし。

 あぁ~、調子に乗ってあんな場所にお城なんて建てるんじゃなかった。次に帰省した際にはアンドロに移築の話をしてみましょうか。

 ……たぶん、ぶん殴られると思いますけど。ですが甘んじて受け入れましょう。アンドロちゃんの腰の入ってないパンチなど、効きませんわ!

 というのは、種族差別でしょうか。

 質の悪い冗談ですわね。忘れてください。

 それはともかく――


「大丈夫そうですわね」


 わたしは影から全身を出してみる。

 一応、手や足、体のチェック。どこにも欠損は見当たりませんし、問題は生じていません。力の減衰や魔力に異常も無いようです。

 試しに眷属召喚をしてみたところ問題なくオオカミを顕現できました。呼び出したオオカミさんにも、どこにも異常は無さそうです。


「問題なし、ですわね」


 師匠さんが心配していたのは『結界』です。

 王城ともなると、それなりに防御機構があって当然とも言える。大規模な魔法による魔を封じる力が『場』に施されている可能性は多いにありました。

 その結果、わたしのような吸血鬼には何かしらの影響があるのではないか?

 ぶっつけ本番でお城に入るわけにもいきませんので、一応のチェックに来てみた、ということでもあります。

 もっとも。

 レッサーオーガが侵入した形跡があるそうですから、もともと結界は無い物、として考えていました。

 それでもチェックは必要でしょう。

 もしも、がありますから。

 なによりレッサーオーガのような小物には反応せず、わたしのような超強大で素晴らしい魔物である吸血鬼には反応してしまう、という逆パターンもありますので。

 ひとまずお庭は大丈夫なことを確認できましたので、影の中を通って師匠さんの横に戻りました。


「問題ありませんでしたわ」

「そいつは重畳」


 では、とわたしと師匠さんはうなづく。


「改めてお城に侵入しましょう。ふふ。お姫様のぱんつでも盗みますか?」

「超魅力的な提案だが、やめておこう。パルので充分だ」

「あら、わたしのぱんつは魅力的ではないと」


 スカートをめくりあげて師匠さんに見せてあげます。

 これくらいの誘惑は許されますわよね。

 うふふ。


「って、ちゃんと見てくださいまし師匠さん。乙女がスカートをたくしあげてぱんつを見せているというのに。視線をそらすのは失礼に値します」

「おまえ。それで俺が我慢できなくなったらどうするつもりなんだ」

「パルに言ってやります。わたしの勝ちだ、と」

「秘密にしてくれよ」

「恋のライバルに隠し事は無しですわ」

「だったら、こそこそしないでパルといっしょに堂々と戦ってくれ」

「つまりパルといっしょにぱんつを見せろ、という意味ですわね。分かりました」

「ぜんぜん分かってない。ほれ、しょうもないこと言ってないで続けるぞ」


 はーい。

 と、わたしはパルみたいな返事をして肩をすくめたのでした。

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