~卑劣! 実に都合の良い貴族的な解決方法~

 イヒト領主は機嫌良く笑った。

 それは嘲笑でもなく、ましてや侮蔑の意味が含まれているようなマイナスの笑い方ではなく。

 単純に面白かったから笑った、という感じだった。


「ははは、いや、すまないフリュール・エルリアント・ランドールよ。そなたを馬鹿にしているのではない。ただ……くくく、そなたの祖父とまったく同じセリフを言うものでな。思わず笑ってしまったのだ。許してくれ」


 謝罪するはずのフリュールが逆に謝罪をされてしまって、お嬢様は目を白黒させながらパチクリとまばたきを繰り返した。

 なにが起こってるの、という疑問の視線は果たして自分の祖父に向けられたようで――


「イヒト・ジックス殿はたいへん寛大な御人。ということだ」


 よっこらしょ、とゆっくり立ち上がった老人は孫娘の背中をポンポンと叩く。


「許された……のでしょうか?」

「少なくともイヒト殿は許しておられるよ。まぁ座りなさい」

「は、はぁ……」


 なんとも納得のいかない様子でフリュールはソファに座る。


「不安にさせていたのであれば申し訳ない、フリュールお嬢さん。あの村――エルリアント村だが、もともと村でもなんでもなく、ましてや集落でもなかった場所だ。意図的に作られたのではなく、偶発的に生まれたもの。私が管理しているように思われるかもしれないが、まったくの手付かずというのが現状だ。いや、手を付けていない、というのが本音かな。あまり放置していると犯罪の温床になるので、いずれ管理はしないといけないが。しかし、今のところは誰の物でもない状態だな」

「そ、それはあくまで表向きの話では……」


 思わずフリュールが言ってしまったのを老人は、これ、と背中をポンと叩く。


「あっ」


 慌ててお嬢様は口を両手でおさえる。

 つまり、イヒト領主はあくまでそういうことにしておいて、名前については何の責任も無い、という表向きの無罪を与えてくれたわけだ。

 そこにわざわざツッコミを入れてしまっては本末転倒。

 みずから墓穴を掘って埋まることになってしまう。


「なんでも『どっこい村』という名前になりそうだったらしいじゃないか。それを払拭する立派な名前を与えてくれるとは、感謝するしかないな」


 うんうん、とイヒト領主はひとりで納得するようにうなづいた。

 しかし――

 その言葉を聞いて、パルが悲鳴をあげてしまったのは……仕方がないと思う。俺だって悲鳴をあげてたと思うし、ルビーでも同じだろう。

 うん。

 どっこい村とエルリアント村。どっちの名前がいいですかと問われれば、全員が全員エルリアントを選ぶだろう。間違いなく。

 どっこいどっこいの結果には、絶対にならないと断言できた。


「お、温情を感謝いたしますイヒトさま。ですが……何も無いままでは、そのぉ、示しが付かないと申しますか……」


 根は真面目なんだろうな、フリュールお嬢様。

 やはり名前として残ってしまうこともあり、そこに何も無いことは逆に不自然にもなるので、なにかしら表向きの説明が必要なのも確かだ。

 偶然にエルリアントという名前が付く可能性は低いし、なによりあの場にいた人たちは『貴族さまより名前を頂いた』ということになってしまっているわけで。

 やはり明確な理由が必要ではあるだろう。

 対外的、という意味で。


「それについてガドランド殿と話をしていたのだが――フリュール。君は冒険者をやっているそうだね」

「は、はい。レベル5のルーキーの身ですが、冒険者として活動しております」

「この子はエルリアント・ランドール家の末っ子でね。フリュールにも良い婿をと思っておりましたが、少々縁が難しく。折り合いの悪い家へ嫁ぐよりかはマシな道をと。孫のしあわせは、これしか残されていなかったのです」


 ガドランド氏が重く言葉を漏らした。

 騎士と同じく、貴族であってもやはり家を継ぐのは長男の役目となる。時には領地を分譲したりして兄弟で分けることもあるらしいが、それを繰り返していけばどうなってしまうのかは路地裏出身のパルでも分かるだろう。

 村や集落がひとつある程度の狭い領地など、まともに貴族として生活できるわけもなく。痩せている土地をあてがわれた場合、貧困にあえぐことになる。

 政治どころかまともに生活もできなくなっていく可能性が高いので、兄弟戦争の火種になるだろう。

 下手をすれば他の貴族に宣戦布告するかもしれない。

 魔王が大陸の北側を占領し、魔王領と成ってからは人類は戦争をしていない。

 それは細かい内乱を含めての話で、皮肉なことに魔物が闇から現れるようになった結果、人類種は人類同士で争うのをやめた。

 共通の敵である魔王という存在がそうさせたのか、それとも闇から生まれる魔物退治に戦力を割かれているからか。

 もちろん、そんな単純な話だけではあるまい。

 平民の知らないところや水面下で、王族、皇族、貴族たちが日々情報戦を繰り広げている可能性は多いにあり、その結果、平和に見えているだけ。という可能性だってある。

 無論、魔王が攻めてこないからこその状況と言えるので、魔王領と面している国々は、もっともっと大変な状況だろうけど。

 伝承によれば魔王領との境に存在するあの境界線は神が作ったとも魔王が自ら作ったとも言われている。なんにしても魔王領の魔物が共通語を話せるという事実が人間領で知られていないのを鑑みるに、魔王領に面している国々は魔物との交流をしていないということだ。

 まぁ、知ってて隠している線もあるかと思うが……でも普通に考えて、あの境界にわざわざ魔物種が来る理由もないしなぁ。モンスターだけが平気で近寄って遠距離から観測されたり、場合によっては討伐されているんだと思う。

 なんにしても。

 人類種と魔物種は戦争をしているようでしておらず、魔王も人間を支配しているようで攻めてこない、そんな曖昧なもの。

 世界で唯一、この現実をなんとかしようと手を打ってくれているのは九曜の精霊女王と勇者パーティだけ。

 魔王を倒したところで魔物種やモンスターがどうなるのか分からないが。それでも、魔王領で暮らす人間たちを……特に食料とされている人たちだけでも救いたいものだ。

 それが叶わないのであれば。

 もう、そこから先は勇者の仕事ではない。

 政治屋の仕事となる。

 一個人が解決できる話ではないので、せいぜい王族や皇族に頑張ってもらうことにしよう。

 で、そんな王族の子分とも言える貴族の話だが……随分と思考が暴走したな。

 フリュールが冒険者だ、という話だったか。


「ふむ。そこでだな、フリュール。君にエルリアント村の冒険者ギルドの立ち上げを任せたい」

「え?」

「まだあそこには簡易的なギルド支部しかない、という報告は受けている。そこで、だ。フリュールが中心となって冒険者ギルドの立ち上げを行ってもらう。ギルド本部の設営をやってもらい、それから冒険者の勧誘だな」

「は、はぁ……」


 いまいち納得のいかない感じでフリュールはうなづく。


「冒険者ギルドは、いわゆる『公共性』がある。そこで暮らす人々の安全を守るという意味でも、厄介な仕事を請け負うという意味でも。周囲の村や街、国との連携もギルド同士で取れているし、商業ギルドや盗賊ギルドとも繋がっている。それはつまり、『貴族』と繋がっているということだ」

「なるほど……!」


 合点がいったのか、フリュールの表情がパっと明るくなった。


「つまり、わたくしが中心となることによりエルリアントが関わっている、ということを暗に示すのですね」


 そのとおり、とイヒト領主はうなづいた。


「実際は、あの村とエルリアント・ランドール家には何の接点も意味もない。だが、そこの公共性のある組織、冒険者ギルドの立ち上げを受け持った中心人物がエルリアント・ランドールの者であれば、普通の考えであれば勝手に思ってくれるだろう? あぁ、きっとジックス家とエルリアント・ランドール家の間に、なにか友好的なことがあったんだ、と」


 ゼロではなくマイナスだったのを暗にプラスに見せる。

 そういう方法を取ろう、という話だ。

 本当は付き合ってもないのに、なぜかいっしょのところを良くみかける男女を見て、ふたりはきっとラブラブなんだ、と周囲が勝手に思うようなもの。

 周囲の意思がそう片寄れば片寄るほどに、噂は自動的に流れていき、遠くの国では事実として流布されることだろう。

 そうなってはジックス家もランドール家も、どうしようもない。

 噂だと否定したところで、人々は信じようともしない。

 なし崩し的に、ジックス家とランドール家は仲良しになってしまうのだ。

 それを狙っての作戦らしい。

 まぁ、表立って『許す』というわけにもいかないし、だからといって与えたくもない罰を与えると後味が悪いし。

 なによりイヒト領主にとっては運が良かった話なのだ、あの橋は。

 俺がたまたま嫌がらせで金塊を持たされていただけで、更にはそれを厄介払いとばかりに領主さまに寄付という形で押し付けたものを利用しただけだ。

 もしも、の話だが。

 場合によっては、俺は勇者パーティから無一文でパーティを追い出されていた可能性だってある。もしくは、金塊を重いからとどこかで捨てていた可能性だってあるわけで。

 あの橋も、あの村も、全ては偶然の上で運が良かっただけで生まれたもの。

 それにも関わらず――もしもイヒト領主が傲慢を押し付け、他者を罰することなどをしたのならば。

 神が許したとしても俺が許さなかったかもしれない。

 だからこそ、あの村に『エラント』などという不吉な名前を付けようともしていたし、自然と生まれた村にはあまり手を付けていなかったんだと思う。

 納めるところに無難に納める。

 もちろん正式に謝罪があった上で、ランドール家との繋がりを持とうとしたのだろうが。


「あ、あのぉ……」


 話が綺麗にまとまりかけたのだが、おずおずとパルが手をあげた。


「なんだねサティス」

「結局、そのぉ……どっこい村は許されたんでしょうか……?」

「はっはっは。危なかったねぇ。勝手にどっこい村になっていたらとんでもない罰が待っていたところだよ。まずは首から『私が勝手にどっこい村という名前を付けました』と書かれた看板をぶら下げて毎日村の中を歩き回ってもらおう。それが終わったら、一ヵ月ほどの下水工事に従事してもらおうか」

「ひぃ!? 助けて師匠ぉ……!」

「安心しろ。どっこい村はフリュールお嬢様のおかげで消えてなくなった。おまえに罪なんかないよ、サティスお嬢様」

「ほ、ほんとですか領主さま?」

「うむ。フリュールに感謝しなさいサティス。なんならサティス・フィクトス・ジックスとしてフリュールと正式に貴族姉妹として契約するかい?」

「きぞくしまい?」


 なんですか、それ。とパルはイヒト領主にため口を使いそうになって、慌てて俺の方へと向き直った。ギリギリセーフ。

 俺への質問、ということになったので俺が説明してやる。


「言葉通りだ。仲良しの貴族同士が疑似姉妹となるもので……まぁ、言ってしまえば女の子同士の結婚みたいなもんだ。もちろん男同士の貴族兄弟というものもある」

「ほへ~」

「フリュールが冒険者でなければ、その方法を取っても良かったが。さすがに偽物と姉妹になるのは後々困りそうではあるからな」

「ご配慮、感謝いたしますわ」


 苦笑しながらフリュールは頭を下げた。

 さすがに存在しない者と姉妹になるのはフリュール自身も困るだろう。架空のお友達と遊ぶようなものだ。なんかちょっと、かわいそう。


「よし、この件はこれで解決ということでいいですかな?」


 イヒト領主の言葉にガドランド氏とフリュールお嬢様はうなづく。イヒト領主の視線が俺とパルに向いたので、もちろん俺たちもうなづいた。


「わたしが呼ばれたのは、ついででしたのね」

「プルクラはフリュールのことが気に入っているそうじゃないか。君こそ貴族姉妹に成りたいと言うかと思ったが、意外と大人しかったな」

「言っていいんですの?」


 どうぞ、とイヒト領主が肩をすくめるようにした瞬間にルビーは口走った。


「是非、貴族しま――」

「お断りします」

「フラれましたわ!?」


 間髪入れず、とはこのことか。思考する間もなくルビーがフラれたところで、ひとまずエルリアント村の件は無事に解決した。

 一件落着。

 よしよし、これで無事に本番を迎えられるな。

 もっとも――

 その前にひとつ。

 イヒト領主にも秘密にした、大事な実験をしておかないといけないが。

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