~卑劣! やっちまいました案件~
仕事がありますので失礼します、とルーシャは出ていこうとしたので俺は呼び止める。
「悪いな、時間を取らせた」
そういって銀貨を渡そうとしたのだが――
ジロリとルーシャに睨まれた。
少年メイドの鋭い眼光。
凛々しいけど、可愛らしい。
「そうやって何でもお金で解決しようとするのは良く無いと思います」
「お、おぉ……?」
「ボクにだってプライドがあるんですからね」
「……そうか。悪かった」
客人を案内するのはメイドの仕事……というわけか。命令された意外の要望を聞き、それを叶えるのも仕事の範疇とも言える。
それに対して別途報酬を払うっていうのは、甘やかしているというよりも馬鹿にしている感じが強くなってしまうのかもしれない。
俺は反省しつつルーシャの頭を撫でた。
「ありがとう。その言葉だけが正解か」
「はいっ」
にひひ、とルーシャ笑うと頭を下げて部屋から出ていく。
ふぅ、と自分の失敗をため息と共に胸の内から追い出して後ろを振り返ると――
「だだだだ、だいじょうぶ。大丈夫……だよね、だよね?」
「そそ、そうですわよ。えぇ、この程度、どどど、どうということもありませんわ」
「そ、そうよね。そうよね。わたくし、ちょっぴりお爺さまにかなりの勢いで少しだけたくさん叱られましたけど、だだだ、大丈夫ですわよね!?」
三人の美少女が手と手を取り合って身を寄せるようにして震えながらお互いを励ましあっていた。
なんだこの状況。
間に挟まりた――いや、なんでもない。
ロリコンの俺でも時と場合をわきまえないといけない。どんなに大好きな美少女がいようとも、どんなに俺のことを好きだと言ってくれている少女がいようとも、女の子同士の間に入るなんて言語道断。許されざる行為だ。うん。
想像してみればいい。
イタイケな女の子ふたりが仲良く遊んでる美しい風景を。
そんな芸術的価値のある賛美画のようなところへ、土足で踏みにじるが如く汚い大人の男が入って行く様子を。
どう考えても邪魔だ。
世界に対する冒涜だ。
魔王よりも許しがたい存在だ。
上等なワイン樽の中に一滴の泥水を入れるが如く、だ。
たった一滴でさえも、そのワインはもう飲めなくなってしまう。
もっとも――
その男が泥水の一滴な訳がないが。普通に考えればワイン樽以上の大きさの泥と土の塊をぶちこむようなイメージだろうか。
というわけで、俺は三人の美少女たちを見守ることにした。
美しい。
神の世界はここにあった。
ひざまづいて祈りを捧げたい気分だ。
あぁ、なるほど。
これが『信仰』というものなのか――!
「だ、大丈夫ですよね師匠?」
俺が『百合を司る神』の存在の有無に関わらず祈りを捧げていると、芸術の一部が俺に語りかけてきた。
途端に芸術は崩れ去り、美少女たちは弟子と吸血鬼とお嬢様に成った。いや、戻ったというべきか。
なんだかララ・スペークラの絵が一枚欲しくなってしまった気分を押し込め、俺は愛すべき弟子に言う。
「なんのことだかサッパリ分からん。説明を要求する」
「そ、そうでした」
パルが慌てて説明してくれた。
マニューサピスの討伐を請け負ったフリュールたちのパーティに加わった際のこと。あの橋の村の名前になり、フリュールがついつい口走った『エルリアント村』が、あれよあれよという間に広まってしまって、後には引けなくなってしまったこと。
そのあたりのことをパルが説明しつつ、補足するようにルビーが語った。
「ど、どっこい村よりはマシだと思って……つい……」
シュン、と落ち込むフリュールお嬢様。
「確かにどっこい村よりかは遥かにマシだな」
「えぇ。分かります分かります」
俺とルビーはパルを見た。
「……あ、あたしだったっけー。どっこい村なんて言ったのー。お、おぼえてないなー」
こいつ絶対に覚えてるな。
というか記憶に関するギフトを持っておきながら、そんな言い訳が通用すると思ったか、この美少女め。
「パルヴァスは悪くありませんわ。わたくしが調子に乗ったのが悪いのです。悪いクセで、いつも注意されていたのですが……」
どうやらフリュールは冒険者になりながらも『貴族らしさ』を持ち合わせているらしい。
時と場合によれば、それは死に直結する――いわゆるプライドと呼ばれる物だ。英雄が英雄たらしめる物でもあるのだが、冒険者が持つにしては少々危うい。
余計な荷物、とまでは言わないが……捨てるべき時には捨てなければならないもの。
そうでないと、死んでしまうからね。
「しかし、なるほど……エルリアントか」
何度か聞いていたはずなのに、まったく結びついていなかったのは不覚。
どうにも村の名前とフリュールのミドルネームが同一の物と思えなかったのは、彼女の名前を曖昧に覚えてしまっていたからだ。
ファミリーネームであるランドールのほうを忘れてしまっていたので、そっちにばかり気を取られて、覚えていたはずのエルリアントに意識が向いてなかった。
いや……それは言い訳にすぎない。
まさか知り合いのお嬢様が調子に乗ってエルリアント村って言ったのが、いきなり村の中で広まって、気付いたら看板まで作られていたなんて。
想像できるほうがおかしい。
なんなら早とちりした村人が悪いし、確認作業を怠ったまま看板を作った仕事が早すぎるドワーフも悪い。
責任の一端はフリュールにあるかもしれないが、諸悪の根源とまでは言えないはず。
「だが……イヒト領主がどう考えるか、だなぁ」
俺の一言にフリュールの顔が青くなるのが分かった。
言ってしまえば、略奪行為。
あの橋は、イヒト領主の人生最大の功績とも言えるもの。過言ではなく、マジのマジでそれに匹敵するものだ。
それに伴って自然と生まれた村は、それこそイヒト・ジックスのおかげで出来た村であり、ジックス街に続いて『イヒト村』という名前が付くべき村だったはず。
それを何もしていない者が横からかっさらうように自分の名前を付けたのでは、イヒト領主としては面白くないはず。
場合によっては、エルリアント家に正式に謝罪を要求し、その処罰を求めても不思議ではない。
良くて罰金、悪くて懲罰、下手をすれば領地を分割した上でジックス領に併合。そういう要求が出ても不思議ではない。
まぁ、そんなことを王さまを抜きにして出来るかどうかは俺には良く分からんが。でも、単なる平民として生きてきた俺でさえ、それぐらいは想像できた。
そうなってしまうと本家であるランドール家にも迷惑がかかってしまい、一族の縁を切られて『没落貴族』の仲間入り。
フリュールは、晴れて『ホンモノ』の冒険者に成り下がってしまうだろう。
もう少し悪く考えると、装備品も没収されて娼婦からのスターとかもしれない。
なにはともあれ、順風満帆だった人生が途端にお先真っ暗になってしまう。
――と、考えるのが普通だよな。
フリュールが青くなるのも分かるし、パルとルビーが不安になるのも理解できる。知り合いが不幸になる様子など、見たくはないものだ。
ただし、勇者パーティの賢者と神官を除いて。
あいつらどっかで痛い目に合わないかなぁ。
なんて思ってしまうのは、俺の心が狭いせいでしょうか光の精霊女王ラビアンさま。
……返事はない。
ラビアンさまも、こんなくだらない質問には応えてくれないらしい。
「……安心しろ、問題ない」
今まさに謝罪が行われているであろう隣の部屋を幻視しながら、俺は言った。
きっとフリュールのお爺さま、ガドランド氏がイヒト領主に頭を下げている最中だろう。
それに対して、イヒト領主は笑っているか、苦笑しているに違いない。
残念ながら……いや、幸いにして大事にならないってことは確信がある。
なにせ、あの村。
イヒト領主はとんでもないことに『エラント村』と命名しようと思っていたのだ。
馬車の中でパルとルビーも聞いていて、なぜか視線をそらしまくっていたのはこういう理由だったから、らしい。
どうせ怒られると思って黙ってたんだろう。
悪い娘たちだ。
「き、気休めなどよしてくださいまし。イヒト領主の優しいお人柄はお爺さまも知っていらっしゃいましたが、それとこれは別、だとも仰いました。全てわたくしの責任ですわ」
「まぁ、確かにそうだが。イヒト領主は名前などにこだわってない」
俺はおびえてる犬みたいだな、と思いつつフリュールの頭を撫でる。
普段なら、触らないでくださいまし、と怒られそうだが。今は年相応に受け入れてくれた。
震えて怯えている者へは、優しく体に触れてやるのが一番良い。
それは人間種の本能なんだろうか。
無闇に触れるのはアレだが、頭を撫でる程度であれば安心感を与えることができる。パルなんか喜んでくれるし、もっともっととねだられることも多い。
逆に言ってしまうと、それだけ愛情に飢えてたとも、人との触れあいが出来ていなかった、とも言えてしまうんだけど。
「エルリアント村になっていなかったらエラント村になっているところだった。危ない所だったので、俺は感謝している」
ちょっと名前が似ていますわね、とルビーが余計なことを言っているのを無視する。
「エラント……彼らはさまよう村……ですか?」
「俺の名前だ」
「偽名ですか?」
「残念ながら、今の俺の本名だ」
偽名だったんですの!? とルビーがパルに聞いてるのを無視した。まぁ、旧き言葉を知らない場合は普通の名前に聞こえるか。神話時代に使われていた言葉の名残が、現代にも残っていたり忘れられていたり、と中途半端で曖昧なので仕方がない。
言葉によっては現在使われている共通語と同じだったりするので、それこそ言語研究者や共用のある貴族でもない限り、旧き言葉など習得していないだろう。
ただし、前時代から生きているハイ・エルフは除く。あと一部のエルフも普通に旧き言葉で喋れるだろうし。
恐ろしいなぁ、長生きするって。
「で、ですが、どうしてエラントさまの名前を村に――」
フリュールがそう言ったところで、コンコンコン、とドアがノックされた。
やべぇ!?
俺たちが来ていることがバレる!
「失礼します――おや、サティスお嬢様とプルクラお嬢様?」
入ってきたのはメイド長のリエッタさんだった。
どうやらフリュールに用事があったのだが、パルとルビーは隠れるヒマが無かったようだ。
「あ、あはは……」
「知り合いでして……」
「そうなのですわ……」
ごまかすような笑い方をしているが、ちらちらと三人の視線は俺へと向かう。
あぁ、もう、馬鹿っ!
俺の位置がバレるじゃないか!
「何か天井に――……なにをしているのですか執事。婦女子の集まる部屋に侵入するなど、許されないですよ」
「い、いえ、お嬢様たちが虫におびえていたものですから退治していただけです」
シュタっと部屋の天井付近――壁を利用して角に退避していた場所から飛び降りた俺は、嘘をついた。
どこにも本当のことがない、まるっきりの嘘。
怪しさしかない下手くそな嘘しか思いつかなかった。
「はぁ~」
リエッタは大きく息を吐いて、やれやれ、と言わんばかりに額を手のひらで抑えるようにした。
申し訳ない。
もう少しマシな嘘をつけるように精進します。
「ちょうどサティスお嬢様たちにも来てもらうところでした。どうぞ隣室へお入りください」
「は、はぁ」
曖昧に返事をして俺たちはリエッタに先導されて隣室に移動する。
フリュールは沙汰を言い渡される罪人のような表情をしていたが、まぁそこまで心配せずとも大丈夫だろう。
その証拠というか証明が、俺たちも一緒に入室させられたこと。
まぁ、普通に考えるとパルとルビーも同時に処分されるんだろうけど。
「失礼します」
入室すると、ソファにはイヒト領主とガドランド氏が向かい合うように座っていた。雰囲気は穏やかなもので、どっちかと言うとガドランド氏には安堵の形跡がある。
彼も相当に緊張しながら謝罪に来たに違いない。
ガドランド氏の後ろには謎の戦闘力を誇るメイドのファリスが控えるように立っていた。彼女の表情を見ても緊張の色は見えないので、やはり心配する必要は無さそうだ。
「お、お爺さま。どうなりましたのでしょうか?」
「こら、フリュール。その前に謝罪だろう」
「そ、そうでした!」
フリュールは慌ててイヒト領主に頭を下げる。
「ここ、このたびはわたくしの軽率な発言により勝手な名前を付けてしまって、も、申し訳ございませんでした! わたくしの身はどうなっても良いので、どうか、どうかお爺さまは無関係のゆえ、お願いします!」
貴族の全力謝罪。
これは是非ともルーシュカさまに見せたいところだが……残念ながらその姿は無かった。
まぁ、もしかしたらルーシュカさまもこれぐらい謝ったかもしれないので、俺がとやかく言うことでもないか。
「ふっ……ふはっ、はは、はははははは」
そんなフリュールの全力謝罪を聞いて。
なぜかイヒト領主はご機嫌に笑うのだった。
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