~卑劣! 気持ち悪い師匠~

 家鳴り。

 木製の住宅においては、ときどきミシッと大きな音が鳴ってしまう時がある。木というものは切られても伸縮をしているらしく、なにもしなくても音がなることは良くあることだ。

 しかし。

 それはどちらかというと静かな時に限って、よりによってというタイミングで響いてしまうような感じであり、恐らくそれは聞く側の精神的なものが作用していると思われる。

 まるで神さまのイタズラだ。

 つまり――とっても運が悪かった、間が悪かった、ということになる。


「こんな時に限ってなんで鳴るんですかぁ、もう!」

「ホントですわ。神の仕業に違いありません。きっとナー神ですわ、ナー神」


 静かな声でこそこそと文句を言うパルとルビー。

 むしろルビーに至ってはまったく関係の無い無垢と無邪気を司る神へ文句を言っているので、ナーさまはとばっちりもいいところである。

 あとでお供えしておきます。

 サンドイッチでいいですか?


「はぁ……ほら、おまえら降りろ」


 足元でミシっと音が鳴ったものだから、ふたりは驚いて俺にしがみついた。仮にこれが罠で、トラバサミか何かだった場合、こいつらふたりは俺を犠牲にして自分だけ助かろうとしたわけだ、こんちくしょう。

 そりゃね、俺だってパルが罠にかかってしまうのを黙って見過ごしたい訳じゃないけどさ。逃げるように俺にしがみつかれたら、どうあがいても俺は逃げられないんですけど?

 というか何やってんだよ吸血鬼。

 音にビビって飛び上がるとか、とんだチキンじゃないか。

 コウモリでいてくれよ、せめて。吸血鬼なんだから。

 ――と。

 内心で超ビビってしまったのを誤魔化すように俺は嘆息した。

 うん。

 だいじょうぶ。

 師匠の威厳は保てたぞーぅ。


「うぅ、すいません師匠」

「超ビビってしまいましたわ」


 ふたりはゆっくり俺を伝うようにして階段を降りる。今度は音が鳴ることなく、しっかりと俺たちの体重を支えてくれた。

 タイミングと気温と、なんかそういうのが悪かったのだろう。

 こういうこともある。

 盗賊の一番の不安点『ラック値』。

 あらゆるスキルをマスターした盗賊であろうとも、運の悪さには勝てないものだ。こればっかりは鍛えようがないので、神に祈るしかない。

 その点、ニンジャってどうなんだろう?

 忍術で『運』をあげる技とかあるんだろうか?

 今度シュユに出会った時に聞いてみたいものだ。いまどうしているんだろうか。セツナ殿と仲良くやっているんだろうなぁ。うらやましい。


「師匠?」

「あ、いや、なんでもない。いくぞ」

「はーい」


 こそこそと会話をしつつ俺たちは慎重に階段を下りていった。一階まで下りていくと、さすがにメイドさんの気配が多い。

 客人が来たということで、いそいそと動き回っているようだ。


「こういう場合、どうするんですか?」


 さすがに見つからずに移動するのは不可能。どのタイミングで廊下に飛び出しても、必ず見つかってしまう。

 そんな時は――


「内通者を使おう」

「「ないつうしゃ?」」


 パルとルビーが首を傾げつつ復唱した。


「うむ。ルーシャを呼ぼう」


 ルーシュカメイド隊の隊長を利用すれば、さも当然のように廊下を歩いていても咎められることはないだろう。

 まぁ、普段の潜入任務では絶対に使えない手だけど。


「それはいいのですが……どうやって呼ぶのです?」


 偶然に廊下を通りかかるのを待っては日が暮れてしまいますわ、とルビーは眉根を寄せた。


「ルーシャが廊下を歩いた時を狙って、合図を送ればいい。例えばこういうのだ」


 俺は指先に魔力糸を顕現させる。

 それをぐるぐると巻いていって球体型にしていった。本来なら中に石でも入れて重くするんだけど、今は手持ちがないので軽いままだ。


「おぉ~」


 パルもマネして魔力糸を顕現してみせる。細くするのは苦手だけど、毛糸みたいに太くするのは得意なので、問題なく魔力糸ボールを作ってみせた。


「できましたっ」

「良く出来ました。えらいえらい。このままだと軽いので、遠くに飛ばしたい時は中に石とかを入れるといいぞ」

「なるほど。あ、そうだ。マグを使って重くしたら遠くまで飛ばせますよ」

「あ、確かに。俺に無いアイデアを思いつくなんて、パルは天才だなぁ」

「えへへ~」

「はいはい、イチャイチャするのはいいですけど問題はまだありますわよ」


 俺とパルの間に無理やり入ってくるようにしてルビーが意見を言った。ちょっとパルがくちびるを尖らせてる。かわいい。ちょっと嫉妬してるルビーさんもかわいい。


「問題?」

「どうやって猫耳メイドを見分けるんですの? この壁からちょっとでも顔を出せば、見られてしまう可能性が大ですわ」

「顔を出す必要は無いだろう。足音を聞けばいい」

「……はい?」


 なに言ってんだコイツ、みたいな表情をしたルビーに見られた。おじさん、ちょっと心が傷ついてしまいそうです。

 パルも怪訝な表情を浮かべている。


「足音を聞いてどうするんですの?」

「え?」

「え?」


 なんか噛み合ってないな。

 丁寧に説明する必要があるみたいだ。


「メイドさんや使用人がいろいろ歩いているだろ。で、廊下に誰もいない時には足音が消える。いまみたいに――」


 一瞬の静寂、というわけではないが。

 廊下を歩く足音が消えるタイミングがある。

 つまり、誰もいない状態だ。


「今みたいに足音が消えた後、ルーシャの足音が聞こえたタイミングで顔を出せばいい。近くにいたり、こちらに向かってくるのであればボールはいらないが、もしも反対側へ進んで行く場合だった時、ルーシャに当たるように、もしくはルーシャに気付かれるようにボールを投げて合図を送るんだ。簡単だろ? なにか分からないことはあるか?」

「あります」


 堂々と今の説明ではダメだとルビーに言われてしまった。

 パルも隣でしきりにうなづいている。


「……何が分からないんだ?」

「猫耳メイドの足音ですわ」

「え?」

「え?」


 俺はルビーの顔を見てから、パルの顔を見た。パルも、分かんないですよ、という表情をしている。


「――もしかして師匠」

「猫耳メイドの足音が分かる……んですの?」

「わ、わかるが……?」


 俺がそう答えた瞬間――


「「きもちわるっ」」


 と、ふたりは言いました。

 はい、もうダメです。

 俺の心はもうおしまいです。

 こんなに可愛い女の子ふたりに『気持ち悪い』なんて言われた日にゃぁもう、お酒でも呑んで酔っ払って寝てしまわない限り、復活できません。

 ありがとうございました。

 楽しかったです。


「あぁ~、師匠ごめんなさい。落ち込まないでぇ」

「そ、そうですわよ。足音くらいみんな分かりますわよねぇ。ほら、いま歩いているのは、アレでしょ、アレ。痩せっポッチのメイドですわよね。よゆーよゆー」


 全然違うよ?


「これがルーシャの足音だ。パル、急げ」

「あ、は、はいっ。アクテヴァーテ……で、えいっ」


 パルは魔力糸の毛糸ボールをマグで重くして投げた。足に装備していても使い方はいっしょなんだな。あくまで指の形が発動の鍵ということで、足でターゲットを指定しなくていいわけか。


「?」


 毛糸ボールは見事にルーシャの気を引くことに成功したらしい。物陰から顔を出すようにしてパルはルーシャを手招きした。


「なにか用事ですかサティスお嬢さ――みなさん、おそろいで」

「ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」

「はい。なんでもおっしゃってください」

「ではここでメイド服を脱いで、わたしの服と交換してくだ――」


 吸血鬼をチョップで黙らせておきました。

 まったく。

 落ち込んでるヒマもあったもんじゃない。

 メイドにえっちな命令をしてはいけません。最低のご主人様です。


「客人のいる隣の部屋まで案内してくれるか?」

「はぁ……ですが、そこには護衛の方がいらっしゃいますよ」

「ん? 同室していないのか」

「はい。わたくしは外にいます、と廊下に立たれたものですから隣の部屋に案内しました」


 なるほど、好都合。


「ではそこに当然といった感じで案内してくれ」

「わ、わかりました」


 忙しいところ申し訳ないなぁ、なんて思いつつルーシャに案内してもらおう。

 縁を作っておけば、こういう時に役立つ。とも思う。まぁ、偶然のなせるワザでもあるんだけど。

 こんなことなら勇者パーティにいる頃にもっともっと知り合いを増やしておくんだった。

 今さら遅いか。

 気付いた時には手遅れ。人生は常に準備不足とは、やはりこの事か。


「では、参りますっ!」


 なんかちょっと気合いが入り過ぎているルーシャに案内されて、廊下を移動していく。すれ違うメイドさんや使用人が軽く目礼してくれるので、怪しまれていることはない。

 よしよし。

 客人はどうやら最奥の部屋にいるようで、隣室はひとつ手前の部屋だった。


「失礼します、お客様」


 コンコンコン、とルーシャはノックする。


「は、はい、どうぞ」


 中から少女の声が聞こえてくるのを確認してからルーシャは扉をあけた。

 ふむ?

 なにやら声が震えているような印象があったが……


「失礼します」


 部屋の中に入ると、ソファに座っていたフリュールお嬢様が立ち上がる。俺の姿を見て、一瞬だけビクリと肩を震わせたが、すぐにパルとルビーがいることを確認して、ホっと胸を撫でおろすようにソファに座りなおした。

 だが、ハッと気付いたようにもう一度立ち上がって、ぎこちない笑顔を向けてくる。


「ご、ごきげんよう。サティス、プルクラ」

「大丈夫、フリルさま?」

「心配いりませんわよ、フリルお嬢様」


 なにやら、少女たちの間に共通する認識でもあるようだな。

 それが何か分からない俺とルーシャは顔を見合わせて、首を傾げたのだった。

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