~卑劣! 安全安心スニーキングミッション~
貴族パーティ、と言っても実際には会議の打ち上げのような物をパーティと呼んでいるだけで。実際には、その手前にある色々な打ち合わせや話のすり合わせ、他にも情報収集や縁を取り持ったり、新しい技術の話や噂話、などなど。
そういった『お話』がメインとなるので、ジックス家の別宅には続々と貴族たちが訪問してきていた。
今まではイヒト領主が出向く側だったのだが、やはり治水工事と橋を架けたことによる王都へ近くなった影響からか、訪ねてくる者が多い。
時間通りに来る貴族から、わざと遅刻してくる貴族。更には約束も無しにいきなり訪ねてくる貴族もいて、イヒト領主もなかなか大変そうだ。
お屋敷の二階の窓から新しくやってきた馬車を見て、ルーシュカさまは盛大にため息を吐いた。
「お疲れですか?」
思わずそう声をかけたくなる程度には披露の色が見えている。
もちろん客人の前では一切そんな色を見せないだろうが。
むしろ披露を隠さず見せてくれるのは、信頼の証でもあるとも言えるか。
「気疲れね。こんなことなら、もっと人付き合いをしておくんだったわ。あなた盗賊なんでしょ? 何か人付き合いのコツみたいなものはない?」
「貴族さまに通用するのかどうかは分かりませんが。ミスをして他人に笑われた程度で人生が終わってしまうほど、人間は弱くありませんよ」
俺は苦笑しつつ答えた。
失敗して笑われたって死ぬわけではない。
ただし――
「素晴らしい答えだわ。貴族は死ぬけど」
「でしょうね」
と、俺は肩をすくめるしかなかった。
体裁とか体面を一番にする貴族が他人に笑われるなど、死と同義だ。それこそ一度の失敗で死にかけたイヒト領主と、小さい男の子に手を出して一生幽閉されるところだったルーシュカさまが良い例なので、間違いない。
まぁ、ルーシュカさまは失敗とか笑われるとかそういうレベルを越えた本物のやらかしなので、また別の話になってしまうんだけど。
そこはまぁ、知らない情報だということで。
「挨拶に行ってくるわ。ルーシャ、付いて来なさい。他のみんなはお茶の準備を」
はい、と元気に返事をするルーシュカ専属のメイドたち。
どちらかというと、メイドさん達の実践経験としては良い機会であり、彼女たちのほうがすっかりと慣れてしまっている。
油断や慢心ではなくて、やりがいを持ってる、という感じかな。
これならいつでも見習いを卒業して一人前と言えるだろう。
「いち、にぃ、さん、しぃ。くるっとまわって、ターン。みぎ、ひだり、ひだり、みぎ、まえ、まえ、うしろ、うしろ、さん、しぃ、ほい、ほい、ほい」
ちなみにパルとルビーはダンスの練習中。
これは一度でほとんどを覚えてしまえるパルの独断場であり――
「え、右? あ、ちょっ、あ、ごめんなさ、あ、わ、まってまって、あ、あえ……えぇ……」
ルビーがまったくダメダメな状態で笑ってしまった。
「笑わないでくださいましっ! 吸血鬼は笑われると死んでしまいますっ」
「こっちの話に気を取られるから覚えられないんだよ。集中しろ、集中」
「集中。わたしの一番嫌いなものです」
最低だな、吸血鬼。
はぁ~、と俺とパルはため息を吐いた。
アンドロさんの苦労が手に取るように分かる。
よくこんなのがトップにいて領地が上手く機能しているものだ。魔王サマも任命する相手を間違ってるよ。アンドロさんをトップにおいたほうがよっぽど良かったんじゃね?
「だいたいダンスって何ですの? こういうものはパフォーマーか道化師がやって、みんなで見て楽しむものではなくって?」
「確かになぁ。どういう意味で始まったんだろうな、ダンス」
「手を繋げるからじゃないですか?」
パルの意見に、俺とルビーは目を合わせてから、まっさか~、と笑った。
「そんな奥手でウブな貴族さまのために作られたんだったら、迷惑だよなぁ」
「そうですわよ。勇気が出ないからと強制参加させられたのでは、たまったもんじゃないですわ」
それもそっか~、とパルも笑う。
なんにしてもダンスが始まった理由もダンスをする理由も不明だが、そういう場があるので踊れる必要がある。
誰かに誘われれば応えなければならない、というのもルールだそうなので。覚えておかないといけないそうだ。
「いち、にぃ、さん、しぃ。っと、師匠は踊れないんですか?」
「踊れるぞ」
勇者がそういう場に出ることも多かったからなぁ。護衛として付き合う必要があるので、一応は覚えた。あんまり上手くないし、誘われなかったけど。誘われなかったけど!
遠くから勇者が女性に誘われてるのを注意深く眺めていただけだ。
そうしたらヴェラのヤツが――
「嫉妬か、盗賊殿? 男の嫉妬ほど醜いものはないぜ」
「うるせーな戦士殿。おまえこそ誘われてないくせに。なんだその服、筋肉でムッチムチじゃねーか。気持ち悪くてお嬢さん達が近寄ってこないんじゃねーの?」
「なんだと? おまえこそヒョロヒョロで会場を殺し屋みたいに睨みつけてやがるからお嬢様たちが怖くて近寄れねーだろうが!」
――と、ケンカをした思い出がある。
それを見ていた少女にくすくすと笑われて、お情けで俺とヴェラは少女に踊ってもらったのは良い思い出だ。
神官と賢者が仲間になってからは、そういう機会もなかったしなぁ。なにせ、ふたりが勇者を独占してたし。
ジリジリと迫る貴族娘たちから勇者をガードする騎士気取りもいいところだ。
あ~ぁ。
昔は楽しかったなぁ。
「では師匠さん、わたしと踊ってくださる?」
「あ、ズルいズルい。師匠はあたしと踊るんだからね!」
「パルは練習の必要がもうありませんわ。ここは依頼の成功のためにもわたしが優先される場面です。これは理論的な選択ですわ」
「理論など知らん。あたしは感情を優先する」
「「男らしい」」
思わずルビーといっしょにつぶやいてしまった。
仕方がないので感情優先タイプのパルから踊ってみたのだが……
「あっ」
「ふぎゃ!」
どうやら俺が間違えて覚えていたらしく、思いっきりパルとぶつかってしまった。後ろに下がらないといけないのに、前へ進んでしまった。
つまり、正面衝突。
「あいたたたた」
「す、すまんパル。大丈夫か?」
「だいじょぶです……あいたたたた……」
本番だったらエライことになってしまうところだった。
「やはり、ここはどんな痛みにも耐えられるわたしの出番ということですわね。さぁ師匠さん、共に練習しますわよ!」
「あぁ、鼻が赤くなってる。ポーション使うか?」
「だいじょうぶですよぅ。平気ですってば、師匠~」
「そうか……? かわいい鼻がつぶれちゃったら大変だからなぁ」
「あい。ふへへ~」
「ちょっとぉ! 無視しないでくださいましぃ。わたし、泣いちゃいますからね!」
この程度で吸血鬼に泣かれると困るので、俺はルビーの相手をすることにした。
踏んだり踏まれたりしならがも、三回目には踊れるようになったので、俺の記憶も大したものだ。うんうん。
最後にパルと踊って仕上げとする。
よしよし。
間違えることなく一通り踊ることができたので、万が一にも対応できるだろう。
もっとも。
執事として参加するので、そんな万が一なんて起こりようが無いんだけど。執事ではなく、騎士のひとりとして参加なのであれば、その可能性もあったが。
まぁ、あらゆる事態に備えておくのは安心できて良い。
必要なかったり杞憂で終わる分には、なんの問題も無いのだから。
「人生はいつでも準備不足とは言うが……準備万端で迎えるほうがいいよなぁ」
パルとルビーがきゃっきゃと創作振り付けで遊び始めたのを眺めながらつぶやく。
俺の場合は準備不足の連続だったけど。
パルにはその経験を全て与えてやれるので。
とびっきりの近道で人生を豊かにしてやるから。
勇者といっしょに戦って欲しい。
そう思ってる。
「はぁ~」
なんて思っている内にルーシュカさまが戻ってきた。やはりお疲れみたいで、ソファにどっかりと座ると、メイドさんが新しく用意してくれた紅茶を飲む。
「疲れたぁ」
「そ、そうですねルーシュカさま」
メイドさんにそんなことを訴えてもどうしようもないし、メイドさんもそう返事するしかない。
良い意味で罰になってるなぁ、なんて思う。
どこのどんな貴族だったのかは分からないが、メイドさんに見送られて馬車に乗り込む様子が窓から見えた。
さてさて、どんな思惑で近づいてきたのやら。
と、そんな馬車と入れ替わるようにして、また別の馬車が到着する。
「ルーシュカさま、またお客様が来ましたよ」
俺の言葉を憎々しそうな表情で受け止める貴族の娘さま。
やめてください、平民にその顔は肝が冷えるので。無条件で平伏したくなってしまう。
「あ、と。ごめんなさい」
俺の気持ちが届いたのか、ルーシュカさまは手のひらで顔を覆ってから大きく息を吐いた。
「よし、行きましょう」
ちょっぴり心配そうなルーシュカメイド隊といっしょにルーシュカさまは部屋を出ていく。
休む暇もなくて大変そうだが……もっと大変なのはイヒト領主のほうだし、それを支えているメイド長のリエッタさんはもっともっと大変なのかもしれない。
「おっ」
窓から覗いていると馬車から降りてきた人物は見知った貴族さまだった。
「どうしたんですか、師匠。あっ、フリルさまだ」
「フリルお嬢様ですって!?」
馬車から降りてきたのは、先日カフェで出会ったフリュール・エルリアント・ランドール、通称フリルさまだった。
カフェではドレスで着飾っていたのだが、今日は普通の服装だ。スカートではなくパンツルックで、男装にも思える。といっても平民に比べたら豪華ではあるし、男に比べて丸みを帯びた体が見えるので、麗人といったところか。
腰に剣を装備しているところを見ると、護衛の役目を担っているのだろう。
パルとルビーの本物バージョンだ。
便利だなぁ。わざわざ教育する必要がない。
フリルの後から降りてきたのは、やはり先日のカフェで出会った老人ガドランド氏だった。
どうやら訪問の許可をきっちり取りつけて正式に来たらしい。
「師匠さん。わたし、情報収集の訓練がしたくなりました。覗き見に行きましょう」
「おいおい」
どうもルビーはフリルお嬢様がお気に入りらしい。
血が美味しそうに見えるのかなぁ。
まぁ冒険者で体も鍛えているし、貴族なので良い物を食べているから、平民に比べたら遥かに良い血が流れているのは間違いないわけで。
貴族には青い血が流れている、だったか。
そういう意味でも、特別な血だから、美味しそうに見えるのかもしれない。
「師匠、あたしもあたしも」
どうやらパルも気になるらしい。
なんだなんだ?
あのお嬢様はそんなに魅力的なのだろうか?
俺には普通の貴族のお嬢さんにしか見えないんだけどなぁ。特別美しいわけでもないし、とりわけ庶民に優しそうなイメージでもない。だからといってふたりが弱みを握られているわけでもないだろうし、ちょっと良く分からんな。
「ここは貴族の娘らしく、知り合いには挨拶に行きませんと。こっそりとですが」
「ふむ。そういう理由だったら、有りっちゃぁ有りか……?」
いえーい、とパルとルビーはハイタッチした。
ぜんぜん貴族の娘っぽくないんですが?
まぁいいか。
ある程度は屋敷の中を自由にしていい、とイヒト領主に言われているので迷惑さえかけなければ問題は無いだろう。
禁止されているのはそれぞれの私室に入ること。まぁ、まかり間違っても奥様やルーシュカさまの部屋に勝手に入る理由は無いし、誘われたって絶対に入らない。
というわけで――
「足音を殺せ。メイドにすら見つかるな」
ミッション形式でふたりを先行させてみる。
「はーい」
「了解ですわ」
まずはドアにぴっとりと耳を付けてパルが廊下の状況をうかがった。手で、待て、の合図をこちらに送る。
どうやら廊下に誰かいるようだな。
しばらくすると開いていた手を閉じる。気配が無くなかったようだ。
ゆっくりとドアノブをまわし、開けると――廊下には誰もいなかった。客人が来てるから、ということで一階のほうに使用人やメイドが集まっているのだろう。
そのまま滑るように廊下に出ると、俺は音がならないように扉を締める。これくらいは手伝ってもいいだろう。
ふかふかの絨毯のおかげで足音は限りなく消される。
それでも、慎重にゆっくりと歩きながら廊下を進み――階段の降り口までやってきた。
「――」
俺は自分の耳をトントントンと人差し指で叩く仕草をパルに見せた。
一階を聞き耳しろ、という意味。伝わったらしく、コクン、とうなづいたパルは這いつくばるようにして廊下にうつぶせに寝ころんだ。
「っ!?」
君、いまは貴族の娘らしくスカートなんですけど……ぱんつ丸見えになってますよ!?
ドロワーズを履いてないんですか!?
ちょっとぉ!
「――! っ――! ッッッ!」
後ろで声を殺してルビーが爆笑している。
それに気付いたのか、パルは慌ててスカートを抑えた。
恥じらいの心があって師匠は大変に嬉しいです。はい。ちょっとトイレに――あ、いえ、なんでもないです。
「ん」
階段も大丈夫、っとパルは親指を立てた。
というわけで俺たちは階段に足を降ろしたところで――
ミシっ!
と、大きな音がなって三人で飛び上がりそうになるほど超ビビったのでした。
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