~卑劣! 実地訓練はオシャレなカフェで~

「いらっしゃいませ」


 優雅に優美に出迎えてくれた青年は、真っ白な歯をキラリと輝かせて俺たち――ではなく、ふたりのお嬢様に礼をした。

 フェリックス・ビア。

 ルーシャから得た情報で、貴族の奥様やお嬢様が集まるオシャレなカフェ。

 店内は豪奢で荘厳な造りになっており、まるで大神殿の一部を切り取ったかのような雰囲気。壁や天井には宗教画と思わしき絵が描かれていて、調度品として巨大な彫刻があったりする。

 下手をすれば目が痛いほどの情報量なのだが、それが自然と相まっているのは芸術家の魅せる力量ゆえ、なのだろうか。ひとつもイヤミったらしくなく、むしろ素人の俺でさえ素晴らしい空間と思わせてくれた。

 天井からこれ見よがしにぶら下がっているガラス細工のような飾りがキラキラと窓からの陽光とランタンの灯りを反射していて、店の中は外のように明るい。

 そのキラキラに照らされたお客様たち――貴族の奥様やお嬢様を美しくもきらびやかに輝かせていた。


「ひう」


 と、小さく悲鳴をあげたのはウチのお嬢様のひとり。

 身長が低いほうの、かわいいかわいいサティスお嬢様だ。

 しっかりと肩を出したデザインのドレスを着込んで、そこいらの田舎貴族には負けないほどの可愛さを発揮している。マジで美少女。今の彼女を見て結婚を申し込まない男がいるのなら、もう絶対に同性愛者だよね、と言い切れるほどの美少女っぷりを発揮していた。

 ただし、どこかおっかなびっくりとオドオドしているので、貴族らしさからは程遠い。まぁ、年齢相応といえば相応なので、そんなに違和感は無い。のかもしれない。たぶん。


「落ち着け、サティス」


 盗賊スキル『妖精の歌声』を使い、サティスお嬢様の耳に声を届ける。お嬢様が悲鳴をあげそうになったのは、青年の煌びやかな歯に虫唾が走ったのではなく、店内の貴族連中が一斉にこちらを見てきたからだ。

 ひそひそ、と彼女たちの視線と口元が語っている。


「あれは誰だ」


 ――と。

 客は貴族の女性しかいない。

 もちろん彼女たちに付き従う執事や使用人の姿はあるけれど、『客』ではないのでカウントしなくていいだろう。

 店も、彼らを客として扱っていないようだし、執事として付いてきた俺とメイド長のリエッタも同じ扱いだ。

 ま、余計な金を払う必要がないのでありがたい。

 店内にいる貴族の奥様やお嬢様は値踏みするように新参者を監視しているようだ。

 いや、もともと入口を監視しているのかもしれない。

 アレはどこの貴族で、どんなドレスを着ていて、どんな振る舞いをして、どんな物を食べるのか。

 そうして自分より上か下か。

 他人のランク付けをおこなっているのだろう。


「ぶしつけな視線ですわね。個室は無いのかしら?」


 ウェイターの青年にそう聞いたのは、黒髪が美しくドレスに栄えているプルクラお嬢様。

 真っ黒なドレスは下手をすれば喪に服しているように見えるのだが……長い黒髪と相まってなかなか似合ってるので、暗い印象などは無かった。

 むしろ美しい。

 サティスお嬢様と違って堂々と視線を受け止める姿は、なかなかに実戦経験がありそうな様子。生意気な小娘だ、と思われるかもしれないし、実際に正面から堂々とこっちに視線を向けているおばさん貴族のくちびるはそう語っていたが。


「ふん」


 堂々とプルクラは鼻を鳴らす。

 プルクラお嬢様がこの程度の連中にビビるはずがないんだよなぁ。

 このお嬢様を平伏させたければ魔王を連れてこい。

 マジで。

 それしかビビってくれないと思うので、なにをしようが無駄だ。


「申し訳ございませんお嬢様。ただいま個室は満席でして」

「そう。じゃぁ仕方がないわね。適当な席に案内してくださる?」

「ご配慮、ありがとうございます」


 男はにっこりと白い歯を輝かせた。


「……」


 俺、こいつ嫌い。

 だってイケメンなんだもん。

 ちくしょう。こんなところで働いてるってことは、かなりの高給なんだろうなぁ。いいなぁ。俺たちが全力で貴族さまのために働いてるって時に、ここでこうやって奥様やお嬢様を相手にしているだけでキャァキャァ言われて歯をキラーンと輝かせてお金を稼いでるんだろ?

 時には裏で奥様に誘われたりしてるんだろう?

 それは気持ち悪いのでいらないか。

 でも、お嬢様にも誘われる時もあるんだろうなぁ。

 そっちはいいなぁ。

 うらやましい。


「どうしました?」


 トン、とリエッタさんに肘を突つかれる。

 おっと。

 イケメンウェイターに憎悪と羨望の感情を抱いているウチに案内が始まったようだ。


「なんでもないです。すいません」

「敵?」

「いいえ。マジでなんでもないです。マジですいません」


 リエッタさんに余計な心配をおかけしてしまったようだ。

 わざわざ付いてきてもらったのに、申し訳ない。

 イヒト領主の娘、ルーシュカさまに貴族的な振る舞いを付け焼刃のように教えてもらったので、実地訓練というか実戦経験を積むためにこのカフェへと来たわけで。

 まだまだ至らないし失敗もあると思うので、なにか問題がありそうな時に対処できるようにとリエッタにも付いてきてもらった。

 イヒト領主に彼女を借りていいか聞いてみると――


「喜んで貸し出そう。ただし、無傷で返してくれよ。お手付きも無しだ」

「もちろん無傷で返すことをお約束しますが……絶対に手は出しません」

「絶対か」

「絶対です」


 なんかちょっと残念そうなイヒト領主だった。

 もしかしたら、自分の持ち物を自慢したかったのかもしれない。いや、メイドさんを物扱いするのは良く無いんだけど、でも素晴らしくて綺麗なメイドさんなので、その魅力を自慢したいのは分からなくもない。

 まぁ、絶対に手を出さないけどな!

 大前提としてリエッタさん、俺のことなんとも思ってないだろうし!


「こちらの席へどうぞ」


 案内されたのは日当たりの良い大きな窓の近くの席。

 丸くて小さなテーブルに向き合うように椅子がふたつある、言ってしまえば典型的なカフェの一席だった。

 ただし、まぶしいくらいに陽光が入ってきてるので、夏の日差しは少々暑い。

 あまり良い席ではなさそうだ。


「――ふふ」


 冷ややかな笑い声のようなものが届いた。

 なるほど。

 どうやら席にもグレードがあるらしく、奥の豪奢な席に座るお嬢様たちからくすくすと侮蔑がこもった笑い声が聞こえてきた。

 こういうところでランク付けをしているわけか。振る舞いとかドレスの質とか、歩き方とかで見られると思っていたが……そうでもないのかぁ。

 結局は『家柄』で勝負するしかない世界。

 なのかもしれないなぁ。


「失礼します」


 サティスお嬢様とプルクラお嬢様は、ルーシュカさまに教えられたとおり、店員さんに椅子を引いてもらって、きっちりと座らせてもらう。

 よろしい、とリエッタさんもうなづいている。

 俺はサティスお嬢様の後ろに付き、リエッタはプルクラお嬢様の後ろへと付いた。


「こちらメニューでございます」


 ウェイターは歯をキラリと輝かせながらふたりのお嬢様にメニューを手渡した。なにやら黒い重厚な革のカバーが付いたメニューで、おぉ~、とサティスお嬢様は感嘆の声を漏らす。

 良かった。

 ウェイターのイケメンにはまったく反応していない。

 隣の席に座るお嬢様が、彼に反応しないとは何事か!? みたいな表情でにらんでいるが、サティスお嬢様はメニュー表に夢中だった。

 それはそれでどうなんだ、おい。


「あっ、チョ、チョコレートがある……」


 え、マジで!?

 俺は思わず後ろからメニューを覗き込んでしまったのだが……ほんとだ。チョコレートがある。

 あれ、甘くてちょっと苦味があって美味しいんだよなぁ。

 なんでも昔は薬として扱われていたらしいし、ほんのちょっと前は媚薬でもあったらしいんだけど。

 庶民でも食べられるようになったんだなぁ……

 いや、違うわ。

 庶民は食べられない。

 まかり間違っても、こんな店に庶民は入れん。


「ししょ……シショ執事さん。ちょ、チョコレート食べてもいい?」

「コホン。サティスお嬢様のお好きにされればよろしいかと」


 俺に聞くな!

 というか、サティスお嬢様じゃなくてパルヴァスに戻ってるぞ、おーい!


「あ、はい」


 アッハイじゃねーよ!

 しっかりしろよぉ~。


「サティスはお子様ねぇ。この程度で舞い上がるなんて、これだから田舎の出身はイヤですわ。チョコなんて珍しくもないでしょうに。ふふ、田舎には甘い物も無かったのかしらね」


 周囲に聞こえるようにプルクラお嬢様が馬鹿にしてくれる。

 ナイスだ。

 周囲の奥様やお嬢様が、どうりで、なんていう雰囲気で納得してらっしゃる。


「ぶぅ。じゃぁププクラはブラックコーヒーでも飲んでればいいよ」

「プルクラです。いやですよ、ブラックコーヒーなんて。苦いお湯じゃないですか」

「お子様舌」

「あなたに言われたくないですわ、まったく。決めました。わたし、パフェにします」

「あたしチョコレート!」


 怪しいお嬢様たちの会話を微笑ましく思ってくれたのか、ウェイターの青年は歯をキラリと輝かせて注文を受け付けて、メニューを回収して去って行った。


「ふへぇ~」


 注文しただけで疲れてしまったのか、サティスお嬢様が息を漏らす。

 まったく油断できる状況じゃないはずなんだが、良く気が抜けるものだ。今も視線が貫いてるはずなのに。もしかして意外と大物なんだろうか、サティスお嬢様は。

 いや、意外でもなんでもなく大物だよなぁ。俺相手にブラフだけで勝負をかけてくるくらいだし。本番に強すぎるタイプだよ、まったく。


「ほらほら、背筋が曲がっています。姿勢を正して。貴族のかっこいい王子さまと結婚するんでしょ? 今のままでは相手してもらえませんわよ」

「そんなの一言も言ってないんですけどぉ」


 そうだそうだ。

 ウチのサティスお嬢様に変な設定を植えつけるの、やめてもらえます?


「ピリカラだってお金持ちの貴族に嫁ぐのが目的なんでしょ。お父さまが失敗したんだもんね? 没落貴族~ぅ」

「プルクラです。なんですかピリ辛って。というか、ウチのお父さまは失敗なんかしていません。変なことを言うのはやめてくださいまし」


 負けじと変な設定を生やすのもやめてくださいます、サティスお嬢様? あとで整合性がまったく取れなくなって泣いてしまうパターンですよ、これ。


「「ま、冗談ですけどね」」


 ふたりは肩をすくめてそう言った。

 なんだその『これさえ言っておけばオールオッケー』みたいなパフォーマンス。

 ホントにそれでごまかせているんだろうか……ちょっと心配だ。

 周囲の反応は、どうにもいぶかしんでいるようだ。何が真実でどこが嘘かを見破っている最中のような表情を浮かべている。

 全部ウソなので気にしないでください。と、助言したい気分だった。

 そうこうしている間にウェイターが料理を運んでくる。パフェとチョコレートを料理と言って良いのかどうか分からないが。お菓子、と表現するのが正解なのか? まぁいいや。


「あら、美味しそう」


 生クリームがたくさん乗ったパフェにはフルーツも盛りだくさん。そんじょそこらのパフェではない豪華な一品で、なかなかのボリュームだった。


「おぉ~」


 パルの前に置かれたのはお皿が一枚。で、真ん中にチョコレートがあって、その周囲には生クリームとフルーツが飾りのようにして盛られていた。

 チョコレートは四角い形をしていて、いくつか筋のように切り込みが入っている。ちゃんと割りやすいように作られているようだ。


「ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます」


 サティスお嬢様がお礼を言うと、ウェイターが驚いた表情を浮かべた。


「あ、いえ。シェフにそう伝えてください」

「――えぇ、分かりました」


 なんだ。

 普通に笑えるじゃないか、イケメンウェイター。あのワザとらしい歯をキラリと輝かせる笑顔なんかより、よっぽどモテると思うぞ。

 ほらみろ。

 お隣のマダムが、イケメンの良い笑顔を見れたのと同時にそれを向けられたのが田舎育ちの小娘で超くやしい~ぃ! っていう感じの複雑な表情を浮かべているじゃないか。

 ウェイターも貴族の娘からお礼を言われるなんて今まで無かったんだろうな。

 なんとも言えない商売だ。

 せいぜい良い給料をもらってくれ。

 うん。

 そう思う。

 嫌いとか思っちゃって大人げなかった。ごめんね。


「うわ、すご」


 俺がイケメンウェイターに心の中で謝っている間に、サティスお嬢様はすでにチョコレートをナイフで切っていた。

 切れ目にそってナイフでパキンとチョコレートを割ると……中からまだ固まっていないチョコレートがとろ~っと出てきた。

 さすがは王都の貴族が集まるカフェだ。

 単なるチョコレートというだけには留まらず、しっかりとした一品に仕上げている。

 俺が以前に食べた物は、全部固まっていたタイプだった。かなりの歯ごたえだったのを覚えている。あれはあれで美味しかったんだけど、トロトロの固まっていない物も美味しそう。

 サティスお嬢様はスプーンでチョコレートをすくう。カツン、とお皿とスプーンが当たってしまって音が鳴ってしまうのは、もう仕方がない。


「おぉ」


 スプーンの上に乗ったチョコレート。サティスお嬢様は、四角い欠片とトロけた状態のチョコをもう一度じっくり見るようにしてから、ぱくり、と口に運んだ。


「~~~~」


 美味しかったらしい。

 声なき声が、サティスお嬢様から響いた。


「サティス。顔、かお」


 後ろにいるのでサティスお嬢様の顔は見えないが、プルクラお嬢様が呆れるような表情で指摘しているところをみると、相当にだらしない顔になっているんだろう。


「……」


 リエッタさんもちょっと笑いをこらえてるじゃないか。


「にへへへ、うへへへへ……美味しい~」


 笑い方!

 もっとお上品に笑ってください、サティスお嬢様!


「パフェも美味しいですわよ。ちょっと食べます?」

「いいの?」

「えぇ、どうぞ。その代わりリンゴをください」

「チョコレートじゃないんだ……」

「乙女の楽しみを奪うほど、わたしはヒドイ女ではないので。サティスの好きになった殿方を横から奪うようなものですわ。泣いちゃうでしょ?」

「泣いちゃう」

「ですので、サティスのことが好きな殿方を奪うことにします。そんな女よりわたしを選びなさい。という具合に」

「プルクラはリンゴが好きかもしれないけど、リンゴはプルクラのこと好きじゃないと思う」

「ひどっ!?」


 ついにはプルクラお嬢様も素が出てしまいました。

 大丈夫か、おい。

 ホントに護衛任務、続けられるのか。

 俺、心配です!


「あの――」


 と、思わず天をあおぎたくなっているタイミングで声をかけられた。

 なんだ!?

 何か貴族さまたちの癪に触ってしまったのか!?

 慌てて俺がそちらを見ると――

 ひとりのメイドが、おずおずと声をかけてくるのだった。

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