~卑劣! 嘘から出た戯言は大変なことになってた~

 おずおずと声をかけてきた少女はメイドだった。

 どこか隙の無い立ち姿に加えて、冷たい空気がただよっている。自然体のように両手を重ねるようにしてお腹のあたりに添えているが……いつでもそれを拳に変えて、防御と攻撃を同時にできそうな空気があった。

 しまった、悪目立ちし過ぎて因縁をつけられたか!?

 とも思ったが――


「あら、ファリスではありませんか」


 ルビーが口に手のひらを当てて驚いている。フリではなく本当に驚いているようで、目がまん丸になっていた。


「ほんとだ、ファリスだ」


 パルはにこやかな表情をメイドさんに向けた。

 彼女がここにいても不思議ではない――と、ふたりは判断したらしい。


「やはり、御二方でしたか」


 そう言うとメイドさん――ファリスは丁寧に頭を下げた。

 確か彼女は……マニューサピスを討伐する冒険者パーティにいた貴族の娘に仕えるメイド――だったか。

 ガイスとチューズのパーティで、お嬢様といっしょにわざわざウチに挨拶も来てくれたっけ。

 相変わらずの隙の無さだが、この店の中でこのメイドの実力に気付いているのはいったい何人いるのやら。ピリピリとした空気も、貴族社会では感知されまい。

 どこか敵陣のど真ん中に送り込まれたような雰囲気がファリスにはあったので、顔よりも立ち振る舞いに注視してしまう。実力があればあるほどに気を取られてしまうというか、なんでこんな人がメイドなんかやってるんだ、という疑問が浮かんでくるほどだ。

 今もギラギラとした刃を抜いている状態なんだろう。

 彼女にとってこの場所は、心休まる場所ではないようだな……気持ちは分からなくもない。

 それはさておき――知り合いに出会ってしまったお嬢様たちが、すっかりと素に戻ってしまっているな。


「こほん。『サティス』お嬢様、『プルクラ』お嬢様。挨拶をしないといけませんよ」

「あっ。は、はい」

「おっと、そうでしたわね」


 俺はワザとらしく名前を強調してふたりに言った。その意図をパルとルビーだけでなく、ファリスも気付いてくれたらしい。


「いえ、私への挨拶は不要です。フリュールお嬢様がいらっしゃいますので、ご同行をお願いできますでしょうか?」

「フリルお嬢様――こほん。フリュールさまがいらっしゃるのですね。それは是非とも挨拶に行かなければなりません。義務ですわ、義務」


 プルクラお嬢様は俺へ視線を向ける。

 是非もない。

 悪目立ちしているのは仕方がないが、ここで本物のお嬢様と仲が良いことを示せれば、少しは有利になるかもしれない。

 場合によっては敵が増えるというか、敵が発生してしまう可能性もあるが……まぁ、冒険者をやっているくらいのお嬢様だ。政治的な意味で敵など作ってはいないだろう。

 むしろ、立場は同じと言えるかもしれないな。

 ウェイターさんに他の客人に挨拶に行くことを伝えてから、俺たちはファリスの案内で店内を歩いていく。

 その際にもジロジロと値踏みされているような視線が向けられた。サティスお嬢様は居心地が悪そうだが、プルクラお嬢様はむしろ楽しそうだ。

 さすがだなぁ、と思うと同時に、魔王領でも値踏みされていたのか? なんて疑問が浮かんできた。でもまぁ、魔王サマにジロジロと見られるよりよっぽど楽しいのは確かだろうから、そう心配することもないか。


「フリュールお嬢様、プルクラお嬢様とサティスお嬢様をお連れしてまいりました」


 案内してくれたのは店の中ほどに位置したテーブル席だった。

 個室や一段上の席を案内される上流とまではいかないが、窓際の弱小ではない、いたって普通の中流階級の貴族……と、いったところか。

 いや、しかし良くみてみると、他のテーブルよりグレードが少し下がっているところを見ると、中の下、といった感じか。

 なんともまぁ、嫌らしいカフェだ。

 こうやって位置関係がそのまま貴族の地位として把握できるので、それを楽しんでいる感が階上からの視線で理解できる。

 むしろ、もともと座っていたテーブルの周囲に位置する下流階級の奥様やお嬢様たちから敵意剥き出しの視線が飛んできた。

 この位置に挨拶ができる知り合いがいることに嫉妬しているらしい。

 むしろ、相手方から呼んできたのだから相当な関係を示せるわけで。本来なら、こっちから発見して挨拶にいかないといけないはずだもんなぁ。


「やっぱり、おふたりでしたのね」


 案内された席に座っていたのは、フリュール・エルリアント・なんとかお嬢様だった。

 肝心な部分を忘れたままなので、思い出せない。貴族としては需要な部分だが、忘れてしまったものは仕方がないので、サティスでもプルクラでもいいので、上手く名乗らせてくれ。


「お久しぶりです、フリュールさま。プルクラ・フィクトス・ジックスです」

「え、えっと、サティス・フィクトス・ジックスです」


 ふたりはスカートをつまみ、ちょこんと膝を折る『カーテシー』で挨拶をする。付け焼刃ながら、なかなかそれっぽく出来ていた。


「フィクトス……ふふ、そうでしたわね」


 くす、とフリュールお嬢様は笑う。

 どうやら名前の意味『偽物』に気付いたようだ。冒険者をやっているぐらいなので、相当な勉強嫌いでおてんば娘かと思っていたが、どうやら違うらしい。

 普通に貴族としての教養はあるようだな。

 そんなフリュールお嬢様は、銀鎧でも普段着でもなく、綺麗なドレスを身に纏っており、髪も整えられていた。

 銀鎧も似合っていたが、ドレス姿も問題なく似合っている。

 サティスなんかはどうしてもドレスに視線がいってしまい、着せられている感が出てしまっているのだが、フリュールお嬢様はドレスとの一体感が出ていた。パッと見たときにドレスではなく顔に視線が向くので、馴染んでいる証と言える。

 そういう意味では、問題なく場に溶け込んでおり、違和感なくカフェ内で過ごしていた。


「ジックス――とな」


 そんなフリュールに向かい合って座っている老人の男性が声をあげた。

 年齢はそこそこいっているようで髪の毛は綺麗に白く染まっている。しかし背筋は曲がることなくピンと伸びているようで、椅子にもたれることなく座っていた。

 どことなくフリュールお嬢様に似ている顔立ち……いや、逆か。フリュールお嬢様がこの老人に似ているのか。

 今でもその片鱗は充分に残っているが……きっと若い頃は相当にイケメンだった、ということが分かる。絶対モテモテだっただろうなぁ。

 そんな雰囲気があった。

 しかし、だからといって腑抜けた雰囲気はなく、むしろ聡明な、という言葉がぴったりと合うような老人は、座ったままで頭を下げた。


「初めまして、お嬢さん方。私はガドランド・エルリアント・ランドール。フリュールの祖父をやっている者です」


 なるほどランドール。

 よし覚えたぞ。

 で、予想通りフリュールの祖父だった。


「初めまして、ガドランドさま。プルクラです」


 プルクラが挨拶して、慌ててサティスも挨拶をする。


「もう、お爺様ったら。やっている、では不本意みたいではないですか」

「ははは。君が護衛の任務のように接するのを止めてくれたら、ちゃんとしたお爺ちゃんになるよ、フリュール」


 さすが貴族さま。会話が上手い。

 その一言でフリュールお嬢様がお爺ちゃんの護衛をしていることが理解できた。

 もっとも。

 孫であるのは間違いないわけだし、ファリスというメイドがいるのでお嬢様の護衛の必要もないくらいだろうが。


「あぁ、申し訳ないお嬢さん方。最近耳が遠くなってしまってね。すまないが、少し近くで話してくれないかな」

「――えぇ、分かりました。では、失礼しますね」


 つまり、ナイショ話がしたいってことだ。

 プルクラはドレスのスカートが汚れるのも気にせずガドランド氏の横に少しばかり腰を曲げるようにして並んだ。

 サティスもそれに習おうとしたが、俺が周囲から見えないようにドレスの背中部分をグっと引っ張る。

 いらんいらん、ひとりで充分だ。


「ぐえ」


 と、サティスお嬢様が短い声をあげたけど、全員で気付かないフリをした。

 ありがとう、フリュールお嬢様、ガドランド氏、メイドのファリス。でも一番怖かったのがメイド長のリエッタさんだったので、後から怒られそうだ。

 ごめんねパル。

 というわけで、サティスはフリュールお嬢様の隣に立たせておく。テーブル間は余裕があるお店なので迷惑になることもない。むしろ、余計な情報を周囲に与えないように壁になることが重要だ。


「お嬢さんはジックス家の者かね」


 その言葉を聞いた瞬間に、ビクリ、と今さらながらフリュールお嬢様の肩が震えた気がした。

 それに気づきながらもプルクラはうなづく。


「えぇ、そうです。イヒト・ジックスさまに連れてきてもらいました。見聞を広めよ、という名目ですが本音では花婿を見つけてこい、という意味かもしれませんわね」


 うふふ、とプルクラはうそぶく。


「なるほど。申し訳ないのだがイヒト・ジックスさまに取り次いでもらえないだろうか」

「取り次ぎですか?」


 うむ、とガドランド氏は伏し目がちにうなづいた。


「謝罪しなければならない件がある……と、伝えて欲しい」


 その言葉を聞いて――

 フリュールお嬢様の肩がビクリと反応し、顔色が一気に悪くなる。

 どうした!?

 毒でも盛られた!?

 敵か!?

 と、思って周囲の気配を探ったが、特に敵意や害意などの視線は無かった。俺たちではなくピンポイントでフリュールお嬢様が狙われているのかもしれない、とメイドのファリスに視線を向けたのだが――


「……」


 彼女もどこか動揺しているように視線がキョロキョロとしていた。同じく青い顔をしており、酷く落ち着かない様子だった。

 なんだ、どうなってる!?

 精神攻撃か!?

 相手の動揺をさそう魔法でも仕掛けられていたのか!?

 だが魔力の気配はどこにもなかった。


「――わ、わかりましたわ。イヒトさまに、そ、そう伝えておきますわね。おほほほほほ」


 なんだ!?

 プルクラ……いや、ルビーまで動揺しているぞ!?


「あ、あはは」


 パルまでなんか愛想笑いを浮かべている。

 分からん!

 俺たちはいったい、何から、どんな攻撃を受けているというんだ!?

 ハッ!

 そうだ、メイド長のリエッタさんは大丈夫だろうか?


「……?」


 あ、良かった。

 なんか雰囲気はおかしいけど状況がまったく理解できません、という表情を浮かべている。

 俺と同じだ!

 仲間がいた!

 安心!


「はっはっは。許してもらえるといいんですがねぇ……」


 そう言ってガドランド氏は笑うのだった。どこか悲壮感を込めて。

 とりあえず、攻撃は無かったらしい。良く分からないが、たぶん攻撃ではなかったんだろう。と、思う。

 その後――元の席に戻った俺は、ひとしきり警戒をし続け、周囲の探索も充分に行い、屋敷に無事に戻れた。

 ふぅ。

 あせった~。

 で……え~っと、なんだっけ?

 謝罪?

 ガドランド氏からの謝罪?

 何の話?

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