~卑劣! 噂の真実は事実か噂か~

 薄暗いバーの中。

 更にはそのすみっことも言える場所で、女はピスタチオをぽりぽりと美味しそうに食べた。


「城内の噂だったね」


 ふたつに割れたピスタチオの殻。そのうちのひとつを俺へと向かって、カウンターの上に指で弾いた。

 くるくると高速で回転させながらも、それは俺の前で止まる。

 なんとも絶妙な力加減だ。


「確かにその噂――城内に顔の無い死体が発見された、という話はある。ただし、それは噂ではない」

「……どういうことだ?」

「事実だ」


 なるほど。

 そういう意味か。


「顔の無い死体が見つかり、その遺体は埋葬された。それは確実な事実として存在する」

「遺体の身元は?」

「外から来た貴族だ。護衛の騎士だった」


 なるほど。

 これは少し……ややこしい話になりそうだな……


「貴族連中が集まり始めたのは一週間ほど前か。もう少し前から隠れて入ってきている貴族もいるね。連日連夜に渡って根回しが繰り広げられているのは結構なことだが、同時に酒のまわりも良くなっている。ペラペラと聞こえちゃいけない話が漏れ聞こえてくるのは良いことだが……まったく余計なことになったよ」


 王都の盗賊ギルドともなれば、王城にギルド員を潜入させているのは当たり前か。メイドか衛兵か、それとも使用人か。

 もしくは城で働く者に金を握らせているのかもしれないし、特別なパイプが貴族と繋がっている可能性もある。

 なんにしても、人の口を閉じさせるのは不可能に近い。

 もし、完全に口を封じたければ圧制が必要だ。恐怖政治とも言う。軽くて緩い口は、そのまま首をはねられるリスク。ともなれば、人々は否が応でも口を閉ざしてしまうもの。

 そうなっていないのは、我らがピードット王が良識的であり、ある程度の情報が漏洩することを承知の上で政治を行っているのだろう。

 もっとも。

 王さまも王さまで、それらの情報を利用しているんだろうけど。

 まったくもって、そういう人間関係やらややこしい政治の話はごめんこうむりたい。ただでさえ自分の指示や決定で国民や領民の運命が変わってしまうのだ。

 背負いきれる覚悟なんて、俺にはできるはずもないので。

 平民で良かった。

 と、肩をすくめるしかない。


「噂ではなく事実。と、すると……やはりレッサーデーモンで確定か」


 一応、カマをかけてみる。もしくは俺自身を疎い人間に思わせておく。

 情報は引っ張り出せるだけ出しておいたほうがいい。

 顔の無い死体。

 もしくは頭部が失われた死体。

 それを聞けば、まず疑うのがレッサーデーモンの存在だ。人間種の頭部を食べることにより、

その食べた者の姿に変身することができる――まさに悪魔のような魔物である。

 どうして『レッサー』という、小さい、劣る、という文字が付けられているのかは分からないが……本体というか正体は、ひょろりと骨と皮だけしかないような長い手足に赤い皮膚の人型の魔物だ。

 決して小さくはないので、デーモンより劣る強さの魔物、という意味でレッサーと名付けられたのかもしれない。


「いや、そうとも言い切れない」


 女は曖昧に――だが、正直に答えた。


「レッサーデーモンとするなら、王城の中に魔物が入り込んだことになる。そうなれば犠牲者はもっと増えてるはずだ。なにせ、身内に頭から喰われるのだから」


 そりゃそうだよな。

 レッサーデーモンの恐ろしいところは、それだ。

 親しい人間に化けるからこそ、まったくもって油断したところを襲われる。背後から襲われるのが定番であり、下手をすると襲われた人間も頭部を喰われて入れ替わられてしまうわけだ。

 次々と犯人が入れ替わってしまうことになり、犠牲者がアホみたいに増える。

 学園都市のタバ子の故郷が、その疑心暗鬼で滅びたように。

 王城内で、パニックが起こっても不思議ではない。


「だが、犠牲者は増えていない」


 女は語る。


「発見された顔の無い死体は、まだ一体だけ。それ以上、何か事件が起こった形跡もない。つまり――」

「貴族同士の揉め事の可能性がある、ということか」


 ご明察、と女はピスタチオの殻をもうひとつ、俺に向かって弾き飛ばした。くるくると回転して、俺の前まで飛んでくる。

 女はくつくつと笑った。


「貴族同士の関係性は、一言では表せないくらいに複雑だ。どれが欠けても成立しないし、どこかが増えても問題は起こる。暗殺騒ぎは日常茶飯事。上っ面のいい貴族も、裏でなにをやっているのか知れたもんじゃない。領民に迷惑をかけない程度にして欲しいものだね」


 その言い分に俺は肩をすくめた。

 まるで俺が貴族関係者ではなく、単なる盗賊として見られているようだ。

 ふん、と俺は鼻を鳴らす。

 自分からバラす必要はないが、どうやら俺が執事ではないのはバレバレみたいだ。もしかするとジックス街のエラント、という名前まで露見している可能性もあるな、こりゃ。

 できればディスペクトゥスの名前が売れていて欲しいものだ。


「貴族同士の揉め事と推測するには、それぞれの貴族たちに動機が多すぎる、ということか」

「そうだ」

「もちろん、アレはやったんだろ?」


 アレ、とはレッサーデーモンの疑いが発生した時に必ず行われるチェックのこと。

 つまり、魔物は共通語を話すことができない、というのを利用した会話チェックだ。

 ただし――

 魔王領で生きる魔物たちを知ってしまった今。

 ルビーのような『話の分かる』魔物を知ってしまった今。

 レッサーデーモンが共通語を話す可能性も、考えてしまう。

 共通語が話せるかどうか。

 そのチェックだけでは安心できなくなってしまったのだが……こんな情報を暴露してみろ。すぐにでも世界は大混乱におちいってしまうだろう。

 加えて。

 パーロナ城内がパニックにおちいり、王さまが大虐殺を命じてもおかしくなくなってしまう。


「らしい」


 女は短く答えた。


「らしい?」


 その曖昧な答えに、俺は顔をしかめた。


「これも貴族の悪いところが出てるな。メンツというやつだ。自分の部下がレッサーデーモンごときに殺されるわけがない。優秀な護衛を連れているので問題ない。というわけさ」

「分からなくもないが……命がかかってる時は止めて欲しいものだな」


 まぁ、そこでもしも共通語が話せない怪しいヤツが見つかったとしたら、内々に処理されていることだろう。

 表には出てこない情報だが、安全は確保されている。

 ということなんだろうか。

 ふ~む……?


「あんたはどこの貴族に雇われた護衛なんだ?」

「おっと。俺の情報は高いぞ」

「ふふ。そう願うよ。では、そこのピスタチオ一個でどうかな、ジックス街から来た盗賊執事くん」


 俺は肩をすくめた。

 やっぱり正体は露見しているらしい。


「どうやら俺の価値はこれっぽっちだったようだ」


 お皿の上に残された最後のひとつを割って食べる。

 美味しいんだけどなぁ。

 なんかちょっと、してやられた気分。カッコつけた分だけ悲しみが増した。余計なことはしないほうが良かったかなぁ。かっこわるい。


「良かったら追加で注文してくれてもいいよ」

「他に聞きたいこともないし、遠慮しておく」

「ふ~ん。ここはバーで、隣に座った女の素性を聞かないとは。なかなかマナーの分かっていない執事だね」

「なに。ミステリアスも魅力の内というじゃないか。名前も知らない女を相手にしているほうが気分も盛り上がる」


 あっはっは、と女は愉快そうに笑った。


「褒めているのか誘いを断っているのか微妙だ。これはなかなか面白い」


 盗賊ギルドの受付というのは、笑いに飢えているのだろうか。

 だったらイヤだなぁ。

 相当ヒマで、楽しみのひとつも無い仕事ということになってしまう。多種多様な情報を溜め込んでいるくせに、人々の生活を裏から全て覗き見しているくせに。

 もっとも。

 それを娯楽と考えている人間が情報を扱うには、少々危険か。

 情報を悪用しないことが大前提だものな。

 知り得た貴族の情報を使って強請りなどしてみろ。盗賊ギルド全体が貴族から狙われかねないし、他の街まで影響を及ぼしてしまう。

 卑怯、卑劣と言われつつも。

 ある程度の常識をわきまえておかないと盗賊をやってられないってのは、なんとも皮肉な話だよ、まったく。


「城内で有益な情報を掴んだら、是非とも売ってくれよ。ジックス街の盗賊執事」

「そうするよ」


 俺を肩をすくめて立ち上がるとバーテンダーの前に初級銀貨を一枚置いておいた。


「またの機会をお待ちしております」


 スっとコインを回収すると、バーテンダーは優雅に頭を下げた。振る舞いはどこにも負けない一級品。彼も盗賊なんだろうけど、どういう経緯であの場所に立つことになったのやら。

 カランカラン、というドアベルの音を内側に聞きながら俺はバーの外に出る。

 後ろで女が軽く手を振っていたが、見てないフリをした。


「ふぅ」


 とりあえず、情報はゲットできた。

 噂は噂ではなく事実。

 その言葉だけでも上級銀貨一枚の価値は充分にある。

 漠然とした警戒よりも、はっきりとした危険に対する警戒にシフトできるからだ。まぁ、だからといって人間を警戒しない訳ではないが。


「人間関係ねぇ」


 イヒト領主から敵対する可能性の高い貴族の名前でも聞いておくか。

 でも、ウチの領主さまを敵対視する貴族なんているのだろうか? イヒト領主は割りと大人しいタイプだし、女遊びの話も不当に荒稼ぎをしている様子もない。

 ごくごく普通の領主さま、という感じだ。

 まぁ、アレだ。

 娘がアレだっただけだ。

 うん。


「……」


 そう言えば、イヒト領主の子どもはルーシュカさまだけなのか? 普通に考えれば跡取りとして男児を求めるはずだが……


「ふむ」


 敵対する貴族の名よりも、そっちが気になるな。

 もしもルーシュカさまだけだとしたら、婿を取ることになるだろう。それを考えると、イヒト領主以下の貴族が、その地位を狙ってルーシュカさまに近づいてくることになる。

 問題は、その近づいてくる婿殿が十歳くらいの少年だったらアウトってことだ。

 うん。

 間違いなく了承するぞ、ルーシュカさまは。

 俺には分かる。

 そう簡単に性癖が矯正されるものか。俺は永遠にロリコンであるし、ルーシュカさまは永遠にショタコンから抜け出せない。

 いくら慈善を行い、良心的で素晴らしい人間になったとしても。

 大好物は大好物のままなのだ。

 嫌っていたピーマンが食べられるようになる程度であって、大好物を食べたくなくなるわけではない。

 人間とはそんなものだ。


「はぁ」


 なんにしても、そういう意味ではルーシュカさまの護衛に付く時に注意しないといけない。

 イヒト領主よりも狙われる可能性が高い、として。


「そうなると――」


 より安全を確保するためにはルビーに付いてもらうのが良いか。

 となれば、パルにはイヒト領主を護衛してもらって……

 俺は遊撃に出る。


「ふむ」


 まだレッサーデーモンではなかった、という確証が得られたわけではない。死体の話が泣ければ単なる噂程度で良かったが、やはり顔の無い死体が事実として埋葬されたのであれば、やはり疑いを捨てるわけにはいかなところだ。


「まぁ、当初の予定通りか」


 敵はレッサーデーモンだけではなく、人間も襲ってくる。その大前提はいつの時代であっても、例え魔王を倒したとしても変わらないだろう。

 なんというか、それはそれで悲しいが。

 仕方のないことではある。


「はぁ」


 ため息をひとつ吐きながら。

 俺はお屋敷に戻るために、古ぼけた路地を歩き始めるのだった。

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