~卑劣! 王都の盗賊ギルド~
王都ともなると街の規模は各段と大きく、歩いて移動するのは大変だ。街中をめぐる乗り合い馬車はあるものの、学園都市に比べると少ない。
加えて、各地から貴族たちが集まっているとあれば人々のにぎわいは平時を越える。貴族に付いてくるお供の使用人やメイドさん達も休みが与えられ、街に出ることもあり、それらを狙った商売も盛んになる。
ちょっとしたお祭りにも似た雰囲気が街中にはあった。さすがに出店や屋台、浮かれて酔っ払った者などはいないけど。
それでも、どこか浮足だった雰囲気は感じられる。
こうなってくると盗賊ギルドのルーキーたちが絶好の稼ぎ時となるので、財布に注意しながら歩かないといけない。
「よしよし」
もっとも――釣りをする側に取っては入れ食い状態とも言える。
釣れた釣れた。楽勝だ。
適当に路地を歩いていると、スリらしき男の視線を受ける。しばらく俺の後ろを付いてくる視線なので、見事にターゲッティングしてくれたらしい。
油断するフリをして、スリの獲物になることができた。
周囲を警戒するのが当たり前。
すれ違う人間全てが敵ではないかと思ってた時代が俺には合ったわけで。
あいつと一緒にいた頃だと、あまりにピリピリしすぎてすれ違った幼女を泣かせてしまったことがある。
あれほど心が傷んだことはない。
しかし、俺も丸くなったものだなぁ。
男のイヤらしい視線を受け続けても平気でいられるなんて。
まったくもってパルとルビーに感謝だ。
愛すべき弟子の信頼と好意を含んだ視線に、吸血鬼の好奇心と甘くトロけるような視線。それを知っているからこそ、下卑た男の視線に耐えられるというもの。
いや。
あまりの落差に、どうということもない、と気付けたから。
なのかもしれない。
「……ふふ」
なんて思って、ひとりで笑いつつ、俺は路地に入った。
あまり距離を開けないように、だからといってすぐには追いつかれないような距離を保って、すぐに別の路地へと曲がる。
「かかった」
見失わないように慌てて走ってくる足音。
俺は曲がったすぐの角で壁に背をつけて待っていると、走ってきた男の足を素早く蹴り上げるように払った。
「ぐわ!?」
男は転びながらも受け身を取ったので、まるまる素人と言うわけでもなさそうだ。まぁ、ベテランというわけでもないけど。
「何の目的かな、お兄さん」
一応執事の格好をしているので、執事らしく振る舞っておこう。手を体の後ろで隠しつつ、にこやかに声をかける。
同業者とバラすと、彼の心を傷つけるかもしれない。
「いけませんねぇ、人を舐めるようにして見てくるのは。そういうのは可愛いお嬢さんだけにしておいて欲しいものです」
優しく丁寧に言いながら、俺は男が起き上がれないように首を踏みつける。
少しでも余計なことをすると首の骨を折るぞ、という警告だ。
「ぐっ……油断した。スリやすそうだ、と思っただけであんたに害意はない……」
「ほう。つまり、私のご主人様に敵対する者ではないのですかな」
「あ、あぁ。そりゃまったく関係ない。悪かった」
ふむ、と俺は考えるフリをしてから男の首から足をどけた。
男は安堵する息を吐いてから、ゆっくりと立ち上がる。
「あなたは盗賊ですかな? それともチンピラか、誰かに雇われた者か」
「と、盗賊だ。あんたのご主人様に恨みも何も関係ない。ただあんたの財布を取ろうとしただけだ。ゆ、許してくれ」
彼我の力量差はきっちりと計れるらしい。
盗賊ルーキー君は、敵対する意思が無い、とばかりに両の手のひらをこちらに見せながら立ち上がった。
ベテランの盗賊ならば、この状況からでも攻撃を仕掛けてくるが……まぁ、ルーキー君にその芸当は無いだろう。
そのスキルがあるレベルであれば、そもそもこんな状況にはなっていないしな。
「なるほど、分かりました。そして丁度良い」
俺は初級銀貨を指で弾いてルーキー君に渡した。
真っ直ぐに飛んできたコインを彼はキャッチする。
「盗賊ギルドの場所を教えてもらえませんか。以前に来た時と変わっていると大変なことになりますからね」
大抵の盗賊ギルドは、よっぽどのことが無い限り場所を移動したり、符丁を変えたりはしない。
だが、万が一ということがあるのでしっかりとしたチェックは必要だ。情報は新しく更新しないといけない。
古いままだと、いらぬ疑いをかけられたり、老害だと後ろ指をさされてしまうので。
「ギルドなら街の北側にある『隠者の隠れ家』というバーだ。古ぼけた路地にある。入口の階段を左足から降りて、ピスタチオを三つ注文するといい」
「ふむ。私が以前に訪れたときは、階段は最初の段を抜かす、という符丁だったのですが。変更されたのですね」
「あ、あぁ。ギルドマスターが代わったタイミングで変更になった。オレは知らないが、ちょっとした抗争があったらしくてな。前の符丁を使うヤツをあぶり出すって寸法だ。遺恨が残ってる可能性もある、とか何とか言ってたな」
なるほど。
貴重な意見だったので、初級銀貨をもう一枚追加しておいた。
「へへ、悪いな執事さん」
「いえいえ、対価はきちんと払わないといけませんので」
ありがとよ、と手をあげるルーキー君を見送り、俺はそのまま路地を進んで大通りに出る。ちょうど乗り合い馬車が出発するタイミングだったので、慌てて乗り込んだ。
「失礼」
満員だったので、身体をはみ出させるようにして乗ると、無事に馬車は出発した。
やれやれ。
歩くより早く移動できるが、窮屈なのはいただけない。なんならパルのように馬車の屋根上に乗ってしまいたい衝動に駆られるが……それは可愛いパルだから許されるようなもの。
大の大人がやるには、少々恥ずかしい。
道化の変装でもしていれば良かった。
なんて思いつつ、馬車からはみ出しているついでに街中を観察する。やはり王都というだけに活気は素晴らしく、人々の往来も激しい。
旅人の姿もちらほら有り、観光目的で訪れる人も多いようだ。
遠ざかっていくお城の姿を見送りつつ、人々の様子を観察しつつ乗り合い馬車で移動していき、目的地まで移動した。
街の北側。
こちらは、どちらかというと住居が多い。もちろん大通りに面している部分にはお店が多いが、それ意外は雑多な造りの家になっていた。
大通りから外れて路地に入ると、すぐに舗装された道が荒くなるのが分かる。
これは雑に造ったのではなく、長い年月を経て劣化してしまった状態だ。多くの家が立ち並んだせいで、まともに補修ができなくなったのが原因だろう。
まさに『古ぼけた路地』だった。
人が多いっていうのも困りものだな。なんて思いつつ、大通りからどんどんと外れていく。
段々と活気は減っていき、静かな雰囲気になっていった。でも、子ども達がはしゃいで走りまわっている姿も見るので、まだまだ治安が良いところなのだろう。
そこから更に北へ向かって歩いていくと――
「……」
よろしくない雰囲気になってきた。
どこからか視線を感じるのは、歓迎されていないから、だろうか。それとも獲物として狙われているのか。
好奇心ではない、敵意に近いモノが込められた視線が肌に刺さる。
先ほどのスリと違うのは、それがどこからか特定できないこと。なかなかレベルの高い盗賊がいるようだ。
接触してこないところを見るに監視の意味があるようだ。
さっきも聞いたように、盗賊ギルドのマスターが交代となった。その余波というか、影響がまだ残っているのかもしれないな。
つまり。
仇討ち、というやつだ。
前ギルドマスターを慕っていた者は、復讐の機会をうかがっている――かもしれない。
もしくは、この混乱に乗じて更なる権利の獲得に動いている盗賊もいるだろう。
いわゆる既得権益。
楽して安全に儲けるためには、これが一番だからな。
ジュース屋のお姉さんが分かりやすい。
中央広場でジュースをにこやかに売るだけで一生安泰なのだから。でも、あのお姉さんにそこまでの実力――強さは無さそうなので、なにか相当な理由でもありそうだ。
ギルドマスターのお気に入りという意味の愛人だろうか。
う~む……?
まぁ、わざわざ藪を突っついて蛇を出す必要はあるまい。
それでなくともギルドマスターすら顔を見せない盗賊ギルドなんだ。学園都市のお気楽ギルドがどこかうらやましくも感じる。
「――」
不意に立ち止まって――視線の出どころをハッキリと探る。
ふむ。
後方左後ろの二階からか。
ちらりと視線が合ったので、俺は少しだけ目礼しておいた。
すると、スっと視線が消えたので、どうやら安全は確保できたようだ。
あなたを看破するくらい実力があるので揉め事は起こしませんよ~、というこちらの意図を汲み取ってもらえたらしい。
仲良くいこうよ、仲良く。
なんて言えたら魔王もモンスターもこの世から出ていってくれるので、無い物ねだりもいいところだ。
俺は少し肩をすくめてから路地裏を進んで行く。
しばらく歩けば、目的地である『隠者の隠れ家』という名前のバーに着いた。
木製の少し古ぼけた扉があり、その上に小さくプレートで記してあるだけ。一見すると店にもバーにも見えないし、なんなら冗談のような名前なので、誰も近寄らない扉だ。
嘘のようなホントの話ではないけれど、隠者の隠れ家という名の盗賊の隠れ家なので、初代ギルドマスターの適当さがうかがえる。
符丁を新しくするんだったら店名も変えればいいのに、と思いつつ扉を開けた。
カランカラン、と少し甲高いドアベルの音が鳴る。
店内は暗くランタンの灯りだけ。壁は濃い色の紫で塗られているので、ほぼ真っ黒と言っても過言ではない店内だった。
バーというだけあってカウンター席が並び、テーブル席は無い。
人がすれ違うのがやっと、というべき狭さ。
そんな店内にはバーテンダーと思わしき店員の男と、客の女がひとりでカウンター席の最奥に座っていた。
入口の扉からすぐに階段になっており、三段ある。
俺はしっかりと左足からおりて、店内に入ると、一番手前のカウンター席に座った。
「いらっしゃい。ご注文は?」
「ピスタチオを3つ、もらえますか?」
ちらり、と視線を向けてきたのは奥の女からだった。ノンキに酒を飲んでいて、タバコの紫煙をくゆらせている。
ツバの大きな黒いハットをかぶっており、胸元が大きく開いたドレスを着ている。くるくると巻いたような髪の毛はくすんだ金色をしており、年齢が上手く読み取れなかった。
それでも大人の女であるのは間違いない。なにせ胸がデカい。まったく好みではない。隠せ、隠せ、そんなもの。
しかし、どうやらこの女は盗賊のようだ。
女は俺を見ると、くいくい、と人差し指を揺らす。
こちらに来い、という合図だった。
俺は席を立ち、女の隣に座る。バーテンダーの男は俺の前にピスタチオを3つ、わざわざお皿に入れて持ってきてくれた。
「お飲み物はどうされます?」
「チェイサーを」
チェイサー。
つまり、追跡者。
求めている物があるのでここに来た。
という意味だ。
「分かりました」
綺麗で背の高いグラスに水を注いで、カウンターに置かれた。それを手に取ったところで女から声が掛かる。
「何が欲しい?」
「情報を」
「ランクはCからA。Sとなるとあなたの調査が加わるから時間が必要よ」
「分かりました」
俺はうなづき、ピスタチオをひとつ手の取ると硬い殻をぱっくりと割る。それを口に放り込むと程よい塩味で美味しい。
パルが気に入りそうな味だなぁ。あんまり食べると身体に悪いんだったか。そういう意味ではおススメできないので残念だ。パルがお酒を飲めるようになるまで、おあづけかな。
「何が知りたい」
「城内の噂を」
「Aランクになる。いいかい?」
「はい」
俺はカウンターの上に上級銀貨を置いた。
100アルジェンティは、まぁ妥当な値段とも言えるか。
女は紫煙を吐き出し上級銀貨を胸の谷間に収納した。巨乳はいつもそうやって硬貨をしまうから嫌いだ。おいそれと取り返せなくなる。
無敵の収納場所だ。
「城内に顔の無い死体が発見された。その噂に付いて知りたい」
「ほう」
女はようやく俺を見た。
たばこの赤く燃えている先端を指で弾くように消してみせると、素直にうなづくようにして口を開く。
「分かった。情報を売ってやる」
女はそう言うと、俺のピスタチオをひとつ奪う。
そして、殻を割って美味しそうに食べるのだった。
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