~卑劣! よそのメイドとイチャイチャする師匠~

「それでは、サティスとプルクラに『にわか貴族』を教育します。準備はいいですね、ふたりとも」

「はい!」

「了解ですわ」


 イヒト領主の娘、ルーシュカさまによる『貴族講義』をパルとルビーは受けることになった。

 といっても、所詮は付け焼き刃。貴族的な振る舞いなど、短期間で習得できるはずもなく、あくまで『にわか貴族』らしく見せるためだ。

 それはニセモノという偽名からも表れているので問題ないだろう。

 むしろ、余計に『らしい』と言える。

 なにより、ふたりの使命は貴族のフリをしながら護衛することにある。一生懸命に貴族を演じるあまり護衛がおろそかになっては意味がない。

 ならばメイドに扮したほうが楽、という考えもあるが。しかし、貴族の娘として自由に動けるほうがメリットも多いわけで。

 イヒト領主のアイデアは、なかなか良いものの――パルやルビーだからこそ出来る話だ。俺やジュース屋、ましてやゲラゲラエルフには絶対にできない護衛のやり方なので。

 果たして護衛任務の初心者向けといえるのか。

 それとも上級者向けなのか。

 ちょっと状況が特殊過ぎるので判断できない。

 なにせ、俺自身。

 貴族のフリをして護衛なんて、やったこともないので。


「では、俺は情報収集に行ってきます」


 パルとルビーは貴族さまにお任せしておき、時間の空いてる俺は情報収集をしてくることにした。

 まるで孫娘を見るような視線でパルとルビーを見ているイヒト領主に出掛けることを伝える。


「分かった。頼むぞ、エラント君」


 ふむ。

 イヒト領主に名前を呼ばれて思ったのだが……


「そういえば、俺は偽名を名乗らんでいいんですかね?」


 エラントも偽名なんだけど。

 ついでに言えば、俺の本名も正式な物ではなく、孤児院の先生が付けてくれたものだけど。いやまぁ、それが本名と言えば本名なので間違いないんだけどね。

 しかしディスペクトゥスと大仰で『卑劣』な名前を名乗る執事もどうかと思うし、何か偽名を決めておいたほうが良いかと思ったのだが……?


「貴族は自分の部下でもない限り、執事の名前など気にせんよ。特にこういった大勢の貴族が集まる場では、執事の名前と顔を覚えている暇もないものだ」


 なるほど。

 顔を売り、名前を売る場。と考えれば、特に重要な人物でもない執事にかまっている余裕は無いか。むしろ俺のように執事に扮した護衛も混じってることだろうし。


「分かりました。適当に名乗っておきます」

「そうしてくれ」

「師匠いってらっしゃい」

「おみやげを期待しておりますわ」


 パルとルビーに見送られつつ部屋から出る。ルーシュカさまには、やっぱりどこかで会ったことがあるような、ないような、といった視線を向けられた。

 この分だと、いずれバレるかもしれないなぁ。

 なんて思いつつ貴族邸の廊下を歩いていると――


「あっ」


 嬉しそうに猫耳がぴょこんと立てて、少年みたいな顔立ちをしたメイドさんが足早に近づいてきた。

 ただし、走ったりはしない。あくまで静かに、でもちょっと急いだ感じで優雅に少年風のメイドさんが俺の元まで近づいてきた。

 見事な教育だ、ルーシュカさま。

 素晴らしい。


「お出かけですか、執事さま」

「うん。ちょっとした情報収集に。元気そうでなによりだ、ルーシャ」


 俺は少年メイド、ルーシャの頭を撫でてやる。ちょっぴりメイドカチューシャが邪魔なので、なんだか後頭部と耳を撫でるような感じになったしまうな。

 くしゃ、っと耳を押しつぶすように撫でた。

 メイドさんに触れるのは難しい。

 もしかして、主人がやたら淫らにメイドさんに触れないようにするのがメイドカチューシャの役目だったのかもしれない。

 いや、そんなことは無いか。


「えへへへ……」


 ふむ。

 少年っぽくなったな、と思ったけど訂正。

 普段通りにしている時というか、ふにゃりと油断している時は、むしろ可愛らしくなったように感じる。しっぽもシビビビビと震えるようにぴーんと立ってるし。

 かわいい。

 真面目にキリリとしている時は、かっこいい、と表現するべきルーシャだが、こうしてみるとなかなかどうして可愛いじゃないか。

 もう少しルーシャが大人になれば……もしかしたら、とてもステキな麗人になるかもしれない。リエッタとはまた違ったメイド長になる日も、そう遠くないだろう。


「何か問題はなかったか?」

「いいえ、何も。ルーシュカさまはとても良くしてくれています。ボクの他にも路地裏に逃げてた子どもを助けたり、メイドとして教育を始めたりして。とても良いご主人様です」


 そうか、と俺はうなづいた。

 路地裏に生きる子どもを全員助けられるわけではないが。それでも、何もしない罪を背負っただけの人間、というよりは遥かにマシだ。

 彼女は貴族であり、領民に報いる義務がある。

 富める者はそうでない者に施さないといけない。

 ノブリス・オブリージュ。

 貴族たちに伝わる義務だ。

 だからこそ堂々と人が救えるわけだ。

 それを偽善だと指をさされることはなく、良いことであると称賛される。

 全てを救わなくとも許される。

 目の前の困っている人たちだけを助けても、非難されることはない。

 それは――

 それは、どこかうらやましい話にも思えた。

 だって。

 だってあいつは……

 勇者は全人類種を救うために旅立ち、世界をまわり、人々を助け、そして魔王領に行ったのだから。

 どうして勇者は平民から選ばれるんだろうか?

 王族や皇族の実力ある王子様だったら良かったのに。

 ――なんて。

 そんなことを思ってしまうのは、九曜の精霊女王たちに失礼か。

 申し訳ない。

 過分なしあわせに、考え方がおごってしまっているのかもしれないなぁ。

 反省はんせい。


「あと……」

「ん?」


 少し表情を崩して、どこか泣きそうな笑顔でルーシャは言った。


「お兄ちゃんの言うとおり、両親がボクの所有権をご主人様に言ってきました。目的はお金だったのか、それともボクだったのか、それは分からないですけど」

「そうか」


 俺やパルのように、完全に捨てられた者には無い苦しみをルーシャは味わってしまったようだ。

 それがどんな気分だったのか。俺には想像することしかできない。実の父親と母親から、所有権を主張される……つまり、物として扱われるのがどんな気分なのか。

 推察することしかできないが。

 それでも、ルーシャが泣きそうな笑顔でそれを語るのがどれほど強いことなのか。

 理解はできた。


「でも、ルーシュカさまが助けてくださいました。ルーシャはわたしが雇った立派なメイドです、って両親を追い払ってくれました」

「立派なご主人様だな」

「はい!」


 俺はもう一度ルーシャの頭を撫でた。

 猫耳を押しつぶすように、ぐにぐにと撫でてやる。そのまま後頭部にかけて、少しだけ抱き寄せるようにして撫でてやった。

 今度はしっぽがふにゃりと揺れたので、良かったということにしておこう。


「ふあ」


 ルーシャの口から、なんとも言えない声が漏れた。

 ふむ。

 気持ちよさそうだな。

 獣耳種の猫タイプは、やっぱり猫と同じで撫でられると気持ちいいのだろうか?


「……」

「あ……ふあ……」


 耳の付け根をカリカリと撫でて、猫耳をぎゅ~っと押しつぶし、内側をさわさわと撫でる。


「あっ……んっ……ふあぁ、ぁ~……」


 やっぱり気持ちいいのか。

 ふぅむ。

 いいな……


「はッ!」


 いかんいかん。

 あんまり撫でていると、本気でパルとルビーに浮気を疑われるし、なんならルーシュカさまにも正体がバレると思うのでホドホドにしておこう。

 いやいや、決してしっぽや声で反応が丸わかりなので、どこが気持ちいいとか、どういう風に撫でるとルーシャが喜んでいるのか、反応を楽しんでいるわけではないぞ~ぅ。


「あ……」


 俺が手を離すとルーシャはちょっと残念そうだった。

 ちょっぴり名残惜しそうに俺の手を見ている。


「ルーシュカさまは撫でてくれないのか?」

「はい……頑張ってるんですけどね、ボク」


 はぁ~、とため息をつくルーシャ。


「ときどき触ってくれそうな手つきがあるんですけど、引っ込める感じです。甘やかさないように、ってことでしょうか」

「それは……アレだ。うん。大丈夫。ルーシャを思ってだから心配ないと思うぞ」


 うん。

 たぶんだけど、触りたい衝動を封じてるんだと思う。

 イエス・ショタ。

 ノー・タッチだな。

 罪を繰り返さないとは、ちゃんと反省しているじゃないかルーシュカさま。だからといって一回目の罪が許されたわけじゃないし、なんならルーシャは女の子なんだから、触っても大丈夫だし、それはそれで褒めてやれよ、とも思うけど。


「仕方がない。あとでたっぷり撫でてやるよ」

「ホントですか?」

「サティスとプルクラがいっしょの時にな」

「はぁ……? あ、はい」


 なんでだろ? みたいにルーシャは首を傾げる。

 いや、だって隠れてこそこそメイドに手を出してたら最低の人間になっちゃうし。頭を撫でてやってるだけ、なんて本当のことだけど絶対に信じてもらえないセリフじゃないですか。

 俺はロリコンだがマヌケではない。

 うん。


「あ、そうだ。貴族たちが懇意にしている店とか知ってるか?」

「お店ですか?」

「カフェでもレストランでもいいし、バーでもいい。なんなら武器屋でもいいぞ」


 貴族さまは武器屋に行きませんよ、とルーシャは笑った。


「そうですね。『フェリックス・ビア』というお店は、奥様たちが通うオシャレなカフェというのを聞いたことがあります」

「ふむ」


 フェリックス・ビア。

 カフェか。

 ちょっと俺ひとりで行くにはハードルが高いが……エセ貴族としてパルとルビーのテストに使うには丁度いいかもしれんな。


「ありがとう。情報提供に感謝する」


 俺はルーシャの頭を撫でるかわりに中級銀貨を一枚手渡しておいた。


「わっ」

「そんな驚くような料金じゃないだろ……って、まさかルーシュカさまはおまえを無給で――」

「いえいえ、ちゃんとお給金はもらってます! そうじゃなくって、ただ普通のことを言っただけなのにこんなお金をもらっちゃって……」

「妥当な金額だぞ。情報は金になる。お金に困ったら盗賊ギルドで貴族関連のことをいろいろと喋ってみるといい。そこそこの金額になるはずだ」

「それ、後から殺されませんか……?」

「死体が発見されればいいほうだな」


 やっぱり……と、ルーシャはがっくりと肩を落とした。


「だが、素晴らしい方法がある」

「なんですか?」

「手に入ったお金で盗賊を護衛に雇えばいい。無事に辺境の村まで逃げおおせればルーシャの勝ちだ」

「そんな人生イヤです」


 残念、と俺は肩をすくめた。


「もちろん冗談だ。お金に困ったら俺を訪ねるといい。ジックス街の『黄金の鐘亭』の裏に住んでるよ」


 もしくは、と付け足す。


「盗賊ギルド『ディスペクトゥス』を頼るといい」

「でぃすぺくとぅす?」

「そう」

「普通のギルドとは違うんですか?」


 違うぞ、と俺はにこやかに答えた。


「盗賊ギルド『ディスペクトゥス』は、困ってる人々を助けるために結成された盗賊ギルドだ。お願いすれば助けてくれる。かわいい子なら特に」

「……ふふ。分かりました。覚えておきます」


 賢い子だ、と俺はルーシャの頭を撫でようとして……やめておいた。


「むぅ」


 不満そうにくちびるを尖らせる様子は、ほんと女の子っぽくて可愛らしい。


「じゃ、そろそろ出掛けてくる」

「はい。いってらっしゃいませ執事さま」


 ルーシャは一礼する。

 頭を下げ、顔をあげた時には――すっかり少年メイドに戻っていた。

 俺はそれを見て、満足するようにうなづくと。

 踵を返して、外へと出掛けるのだった。

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