~卑劣! あっさり正体を見破られる師匠~
パーロナ国、王都。
白くそびえ建つ王城のふもとに点在する貴族邸。その中のひとつにジックス家の邸宅もあった。
もちろん、見かけは他の貴族邸とも変わらない立派なものであったが……その真実は牢獄でもある。
イヒト・ジックスの娘であるルーシュカ・ジックス。
彼女の犯した罪を反省するために用いられた、檻の無い牢屋だった。
囚われの姫、といえば聞こえはいいが。
真実は犯罪者の幽閉でもある。
もっとも。
それを知っているのは極一部の人間だけではあるが。
「どうぞ、こちらへ」
イヒト領主の奥さんがわざわざ案内してくれて邸宅の中を歩いていく。軽い挨拶と自己紹介を済ませて、まずは休んでください、と中へ入るのを進めてくれた。
馬車での移動とは言え、旅慣れしていないイヒト領主やメイド長をはじめとするお付きの人にとっては披露もそこそこ。
奥様の申し出はありがたい。
お屋敷の中を歩いていくが……以前とは少し様子が変わっていた。
前は、どこか寒さすら感じる質素な邸宅内だった。この屋敷が牢獄として扱われているのなら、さもありなん、とも思っていたのだが、今はそれが少し緩和されている気がする。
新しく買ってきたのか、廊下に掲げられた絵もあるし、灯りが増えてる気がする。使用人やメイドもどこか活気のある雰囲気だった。足元のふかふかの絨毯が廊下に敷かれており、素人が歩いても自然と足音を消してくれている。
ふむ。
貴族たちのパーティがあるから……というだけの理由ではないだろう。
もちろん、あの暴れ川に橋を架けたことによって人の流れが良くなったことでイヒト領主の懐も温まった、という分かりやすい理由もあるだろうが。それだけで、ここまで邸宅内が明るくなるとは思えない。
やはり家の雰囲気は住人が作り出すもの。
死臭のただよう家では、その雰囲気も明るくなりようがないのだから。
それを考えると。
この屋敷は牢獄ではなくなった、と考えるのが普通か。
「どうぞこちらでお休みくださいね」
奥さんが案内した部屋は、大広間と言うべき空間だった。特にこれといって使用する目的があるのではなく、家族がのんびりと過ごすような雰囲気がある。
中央にはテーブルがあり、それを取り囲むようにしてソファが四方に並べられていた。一人掛け用と四人掛け用が対角線上に並ぶようにして置かれてあり、イヒト領主が率先して奥の一人掛け用に座った。
奥様は部屋に入らず、メイドさん達に何か命令をしている。
これもまた配慮なのだろう。
気を張らずに済むので、なんともありがたい。
「どうぞ遠慮なく座ってくれ」
奥様と同じく、配慮の行き届いた素晴らしい領主さまで助かる。
でも、イヒト領主に向き合う形となるもうひとつの一人掛け用のソファに座る勇気もないので、俺は四人掛け用のソファのすみっこに座った。
それを見て、パルは安心したように俺の隣に座り、その隣にルビーが座った。
「ふはぁ~」
緊張しているのか、パルは大きく息を吐く。
そんなパルを見てイヒト領主は笑った。
「ここは君の家も同然だぞ、サティス。遠慮はいらない。自分の家だと思ってくつろいでくれ」
「は、はひ!」
以前はメイドとして訪れ、今度は貴族の隠し子として訪れる。まともに本人として訪れてないっていうのは、なんとも稀有な体験だろう。
まぁ、そういう俺もアレなんだけどね。
前回は怪しい商人だったし、今回はいまいち信用ならない執事、といった感じか。そもそも執事のくせに何でソファに座ってんだ、とメイドさんに睨まれそうで怖い。
「そうですわよ、サティス。ほら、いつものようにやってみなさい。げっへっへ、こいつは盗み放題のチャンスだぜ、って」
「プルクラはそんなキャラでいくの?」
「乗りなさいよ、恥ずかしい」
「やだ。馬鹿って思われたくない」
「誰が馬鹿ですか、誰が。アホと呼ばれても馬鹿と呼ばれる筋合いはありませんことよ!」
「何が違うのさ!」
わぁわぁ、ぎゃあぎゃあ、と。
いつもどおりに騒いでくれるのはルビーの配慮か。ありがたいのか迷惑なのか、ちょっと判断がつかないが、領主さまがにこやかに見ているのでセーフだと思いたい。
パルとルビーがお互いのほっぺたをつまみあってるところで、コンコンコン、と扉がノックされた。
俺は素早く立ち上がり宙返りをするようにソファの後ろに音もなく着地。素早く姿勢を正すと、さも最初から後ろに控えていました、という態度ですまし顔をしておいた。
イヒト領主の視線を受けて、俺はうなづく。
パルとルビーも、おしとやかっぽくソファに座りなおした。
「どうぞ」
「失礼します、お父さま」
扉を開けて一礼して入ってきたのは、イヒト領主の娘さまだった。
貴族の娘らしい優雅な仕草と微笑みを浮かべるが……俺は彼女の性癖を知っている。
ショタコンだ。
しかも、ノー・タッチの原則を破ってしまった罪人。
本来なら、決して表には出れなくなった女性ではあるが。そこは貴族の娘であるがゆえ、うまく事実を表沙汰にならないように動いたのだろう。
その結果が、王都での幽閉ではあるが。
貴重な結婚適齢期を無為に過ごしてしまうのは何よりの罰とも言えるかもしれない。
もっとも――
彼女にとって、それは喜ばしいことかもしれない。
だってショタコンだし。
知らない男と結婚するよりも、小説や冒険譚で妄想を広げていたほうが遥かにマシだと思っていても不思議ではない。
それを理解できてしまうのが俺の悲しいところではある。
うん。
「挨拶が遅れて申し訳ありません、お父さま」
ルーシュカはもう一度丁寧に頭を下げた。
う~む。
前に会った時も美人だとは思っていたのだが……その美人さに磨きが掛かっている。
以前はあまり容姿に気を使っていなかった雰囲気もあった。髪も伸びるままに手入れを怠っていたようでもあったし、どこか陰気な雰囲気を感じていた。
しかし、それが打って変わっている。
髪は綺麗に整えられているし、表情も明るい。化粧をしているからだろうか、それとも雰囲気が変われば人相も変わる、ということなのだろうか。
前よりも若く見えてしまうほどだ。
と言っても、俺が反応するレベルでは到底ない。安心してくれ。範囲外だ。誰が安心するんだ? 良く分からないが、とにかく若々しくなった、と言えた。
「大丈夫そうだな」
イヒト領主は、自分の娘をソファに座ったままでジっと見つめる。
その視線をまともに受けても、ルーシュカさまは視線をそらさなかった。
つまり、後ろめたいことは何も無い、ということか。
「ふむ。よろしい」
「はい」
満足したように領主さまはうなづいたが……本来は許しちゃいけないんだろうなぁ、とも思ってしまう。
だって、ルーシュカさまに泣かされた少年がいるわけだからなぁ。
トラウマになってなければいいけど。
俺だったら女性不審になって、そりゃもう余計にロリコンになってしまうね。いや、それは違うか。ロリも女の子だもんな。同性愛者になってしまうのか?
う~む……?
「こちらの方々が、例の?」
ルーシュカさまが俺たちを見る。視線は俺に向いた後に、スっとパルとルビーへと移った。
俺にはそれほど興味が無いらしい。
おかげでまったくバレやしない。
それもどうかと思うけど……まぁ、貴族らしいといえば貴族らしい。
平民の顔など、いちいち覚えていないのが彼らだ。特に興味がなければすぐに忘れてしまうのも無理はない。商人ではないのだからね。重要度が低ければ、尚更だ。
「護衛を引き受けてくださってありがとうございます。よろしくお願いしますわね」
ルーシュカさまはゆっくり近づくとルビー、パルの順番で握手した。
「親戚になるのですから仲良くしませんと。ルーシュカ・ジックスです。わたしのことはルーシュカお姉ちゃんと呼んでくださってもかまいませんからね」
「了解しましたわ、ルーシュカお姉さま」
「はーい。じゃ、じゃなくて、分かりましたルーシュカお姉ちゃん」
お姉ちゃんって年じゃないだろ、とも思ったが。
そんなツッコミを入れるとルーシュカさまだけでなくイヒト領主も怖い顔をしそうなので、しっかりと飲み込んでおく。
「後ろの執事さんもよろしくお願いします」
おや。
俺には必要ないと思っていたが、わざわざソファの後ろにまでまわってきてルーシュカさまは握手をしてきた。
もしかしたら俺のこともちゃんと伝えられているのかもしれない。
以前に変装して出会っているのがバレると、ちょっとややこしいことになるので、できれば黙っていた欲しかったが……
「はい。問題なく過ごせますよう務めます」
「頼もしい限りです」
そう答えたあと、ルーシュカさまは俺の顔を見つつ少しだけ眉根を寄せた。
「失礼ですが、どこかでお会いしたことあります?」
「いえ、初対面です。あぁ、しかし貴族さまの護衛やそういった仕事をしているので、どこかで顔を合わせていた可能性はありますよ」
なるほど、とルーシュカさまは納得してしまった。まぁ頭を傾けているので完全には納得していないみたいだけど。
危ない危ない。
俺には興味がないと思ったが、パルよりは興味が残っていたようだ。
それもそうか。
自分の人生を変えるキッケカになった人物の顔など。
早々に忘れるものでもないだろう。
そんなはずは無い、と思っているからこそ記憶を曖昧にしてしまうものだ。
同一人物の訳がない、という常識的な考えが邪魔をしてくれている。
盗賊や冒険者なら致命傷だが。
貴族の娘ならば、まぁ問題はあるまい。
「失礼します」
挨拶を終えたタイミングで、ノックをしてからメイドさんが四人ほど入ってきた。
どうやらお茶を持ってきてくれたらしい。
しかし、彼女たちの年齢は一様に低く――どこか、みすぼらしい雰囲気もある。もちろん肌も髪も綺麗に整えられているのだが。
しかし……まるで孤児にそのままメイド服を着せたかのような雰囲気があった。
表情は緊張がたっぷりと現れていて、細い腕は小刻みに震えている。カップを落とさないか心配になってしまうほどの緊張が伝わってきた。
「大丈夫。がんばれ」
後ろでルーシュカさまがしずかに声を出した。発破をかける、というよりも応援している感じか。握りしめている拳がによりの証明になっている。
なるほど。
彼女が立派になった理由が分かった。いや、有言実行というか本音を語っていた、ということだろうか。
恐らく、孤児だと思ったメイドさん達は……本当に孤児だったのだろう。孤児院から引き取ったのか、それとも路地裏で生きていたのを保護したのか。
それは分からないけど。
でも。
立派にメイドとして教育をほどこしているのは、事実のようだ。
四人の新人メイドならぬ見習いメイドは、震える手でテーブルにお茶を置いていく。カタカタと食器が音を鳴らしてしまったのは、まぁ許容範囲ということにしておこう。
お茶をこぼさなかったので満点だ。
あとでたっぷり褒めてあげて欲しい。
「お菓子をお持ちしました」
遅れて、もうひとりメイドさんが入ってきた。
獣耳種たるそのメイドさんは――どこか少年っぽくて。
他の見習いメイドとは違って、場慣れした感じで堂々とお菓子を運んできた。
「あっ」
だが、少年っぽいメイドは俺と目が合うと、ぽっかりと口を大きく開けた。目が大きく見開かれ、みるみる涙が溜まっていく。
俺はルーシュカさまに見えないように、そっとくちびるに人差し指を当てた。
それを見て、少年メイドは慌てて口を閉じ、ぎゅっと目を閉じて涙を引っ込める。
あぁ、良かった。
立派なメイドになっているじゃないか。
もっとも。
こんなところで感情をあらわにしているようじゃぁ、まだまだ一人前とは言えないな。
「失礼しました」
そう言って、メイドさん達は頭を下げて部屋から出ていく。
最後に少年メイドは俺を見て。
にっこりと笑ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます