~卑劣! ドナドナ偽貴族の娘が揺れる~
馬車がゴトゴト揺られていく。
どこか沈痛な雰囲気で。
というのは、俺のうがった見方のせいだろうか。
それともやっぱり、乗っている人間の感情が馬車にまで作用してしまうのだろうか。
「うぅ」
なにせ、同席している我が愛すべき弟子がオロオロと不安そうな眼差しでキョロキョロしているので。
それを見ているせいか、どことなく馬車もオロオロと揺れているような気がした。
パルの衣服はいつもの盗賊装備ではなく、可愛らしくフリルをたっぷりあしらった高そうな服だ。ドレスではなく一般的に貴族が着ている服とも言えるが……それでも普段着では着ないような少々気合いの入ったヨソ行きの服、という感じか。
まぁ、貴族さまなんていつも体面を気にしているので、特別なヨソ行きという概念があっているかどうかは不明だが。
それでも綺麗な服が良く似合っているので、間違いなく貴族のお嬢様に見える。
もっとも。
見た目だけの話だが。
「ははは、そう不安がらずとも。良く似合っているじゃないか、パルヴァス」
馬車に乗っているのは俺とパルとルビー、だけでなくイヒト領主もいっしょだった。
一応は護衛を兼ねているので、俺は馬で移動しようと思ったのだが、パルに懇願されてしまったのだ。
「あたし、このままだと馬車の中で死にます!」
断言されてしまった。
死因はなんだ?
不安で死ぬのかおまえは、と聞いてみたら――
「自殺です」
本気の目でそう言われてしまったら仕方がない。というわけで同席することになった。
何人かの使用人とメイド長を含めたメイドは別の馬車で後ろから付いてきている。大所帯ではあるのだが、これでも少ないほうだ、とイヒト領主は笑っていた。
豪華絢爛は良いが、橋での失敗がよっぽど身に沁みたらしい。危うく没落貴族の仲間入りをするところだっただけに、お金の使い方には慎重になってしまったのだろうか。
まぁ、いいことだけど。
「そうですわよ、パル。わたしのように堂々と振る舞わないと」
ルビーもパルと同じく豪奢で貴族らしい服を用意してもらって、完璧に着こなしていた。突発的に用意できるはずはないので、もしかしたらこうなることを見越して準備していたのかもしれない。
そうじゃなかったら少女の服を常日頃から常備しているという、とんでもない領主さまになってしまうわけで。
俺の仲間入り、というわけだ。
素晴らしい。
さすが俺の故郷を統治しているだけはある。
一生ついていきます。
「うぅ~、ルビーは慣れてるくせに」
「貴族ごっこは初めてですわよ。ほら、盗賊なんでしょ。しっかりと『変装』なさいませ」
盗賊スキル『変装』。
スキルマスターになると、顔はおろか声までも変えられるらしい。なんなら性別や種族までも偽ることができると聞いたことがあるが……
さすがにエルフに化けるのは難しいだろうけど。
特徴的な長い耳をニセモノでどうにか出来たとしても、他種族にあのスラリとした長い手足と美しい顔立ちは簡単には真似できないものだ。
「ししょ~」
「大丈夫だって。今回が『デビュー』の貴族の娘、という設定だろ。オロオロしてて当たり前という感じでいけばいい。逆にルビーを見てみろ。この堂々とした感じで失敗したら、逆に目立つぞ。打ち首コースだな」
「……なるほど」
「なんでわたしが失敗する前程なんですか」
そんな俺たちのやり取りを見て、領主さまは笑う。
「心配せずとも、失敗した程度で首は飛ばない。それなら、私の首はもう三回ぐらいは飛んでいる。デュラハンの仲間入りしているところだ」
俺は苦笑しておいた。
愛想笑いではなく、ホントの苦笑。
「執事君は大丈夫かな?」
「弟子に恥ずかしい姿は見せられませんので」
俺もいつもの装備ではなく領主さまに用意してもらった服を着ている。いわゆる執事の姿でもあるのだが、かなり高級な生地だ。肌ざわりが全く違うので驚いた。
窮屈そうなイメージがあった服なのだが、意外と動きやすい。ので、投げナイフは何本か装備することができた。
動きを阻害しない程度に背中に仕込んでいる。あとは足首と手首の合計6本。
なんとも頼り無いが、場所が場所だけにこれが限界だろう。できれば各種ポーションも持っておきたいところだが無理そうだ。
ツールボックスも荷物の中。
貴族さまの護衛というのは、なかなか制限が多く難しい。
そういう意味では、無手でも充分に戦え、かつ、アイテムを自分の影の中に収納できるルビーに期待するしかない。
まぁ、存分に暴れられても困るが。
なにせ吸血鬼だし。
「王都で無事に過ごせれば、それで問題はない。なにかあったとしても無理に解決しなくてもいい。そういう依頼で頼むよ」
「分かっております、領主さま」
「妻と娘も頼んだよ」
「は、はい!」
「了解ですわ、領主さま」
イヒト領主に視線を向けられ、パルは緊張の面持ちで、ルビーはいつも通りの余裕さを持って返事をした。
ふたりの美少女を頼もしく思ってくれたらいいのだが、どちらかというと状況を楽しんでいるようにも見える。
領主さまも貴族の一員。
やはり、面白いほうを選ぶ、面白くなるほうへ進む、ということだ。
ルビーが領地を放棄して、フラフラと人間領の最奥まで来た理由も分かってしまうんだろうなぁ。
なんて思いつつ、馬車の外を見た。
ジックス領から王都まで、本来であれば南側からぐるっと迂回しなければならない。なにせ街の東側には暴れ川が分断するように流れており、船で渡れるレベルではなかった。
南側へ下って、支流に枝分かれした川の、更に流れがおだやかになっているところで、ようやく橋が架けられている。
そんな状況だったが、今は立派な橋が架けられて村まで出来た。
便利になったというか、流通が一気に解消されたというか。遠回りしていた王都が一気に近くなったし、道も舗装されて快適になったので、故郷に寄付をして良かったというものだ。
まぁ、嫌がらせで持たされた金塊だけど。
捨てるよりよっぽどマシだ。
「それにしても、気付けば村の名が勝手に定着していて驚いたよ。私は『エラント』という名前を村に付けようと思っていたのだがなぁ」
思わず俺はイヒト領主を見てしまう。
「しょ、正気ですか……?」
そんな俺の言葉を聞いて、領主さまはくつくつと笑う。
「同じ言葉をリエッタにも言われたよ。『彼らはさまよう』なんていう意味の村など、誰も住みたがりません、と」
確かに。
どんな呪われた村だ、と思われるに違いない。
「エルリアント村、と定着してしまったので仕方がない。しかし、どういう理由でエルリアントの名が決まったのか。不思議なものだ」
肩をすくめる領主さま。
なぜかパルとルビーがしきりに窓の外を向いて、話を聞いていないフリをしていた。
……こいつら、何か命名に関係していたのか?
まぁ、いいけど。
どっちかっていうと、変に俺が関係していることを示唆されない名前で助かったとも言える。
素晴らしい働きだ、パルとルビー。
あとでいっぱいナデナデしてやろう。
そんな感じで、道中は特に何の問題も起こることなく――
「王都だ!」
久しぶりの王都にやってきた。
やはりお城というのは遠くからでも目立つもので。パルの不安も、そんなに長く持ちもしないので、すっかりと貴族の服に慣れていた。
時間が解決する、なんていう消極的な対策が珍しくも功を奏したわけだ。
すっかりと『おてんば貴族娘』に成り下がってしまっている。
大人しくオドオドしているほうが、っぽい、気がしていたんだけどなぁ。
「立派なお城ですわね。素晴らしいです」
突出した崖の上に作られたルビーの城のほうが凄いと思うのだが。ルビーなりのお世辞なんだろうか。領主さまがいるし、あまり深く聞かないほうが良さそうだ。
「ルゥブルムは王都に来るのは初めてなのかい?」
「はい。これまで縁が無かったもので。初めてでお城の中まで入れるなんて、運が良いですわ」
さてさて。
領主さまがどこまでルビーの情報を得ているか知らないが。
正体を知っている俺から見れば、イヒト領主がなかなかの大物に見えてしまうので、真実とは恐ろしい。
馬車はそのまま王都の門を素通りしていく。
さすが貴族さまの馬車。ノーチェックだった。それだけに、逆に危ない気がするので護衛を雇っているのは正解だな。
貴族を偽装して、または貴族がよからぬことを考えて、持ち込みたい人材や危険な物をノーチェックで通ることができる。
まぁ、無駄な正義感を発揮しなければ。
そんな危険なことに巻き込まれることはないだろう。
依頼はイヒト領主とその家族を守ることだけ。
むしろ、余計なことをしてイヒト領主を危険な目に合わせてしまうのは、失敗だとも言えるしな。
馬車は王都の門をくぐり、舗装された大通りを進んで行く。
王都の街中はいつものように賑わっており、ちらりと馬車から除けば路地裏の住人たちの姿も見えた。
その中に子どもの姿もあったので俺は目を反らしてしまう。
現実と真実は厳しい。
いつか勇者が魔王を倒した時には――世界中の孤児をいっしょに助けてまわって……いや、そんなことは不可能か。
英雄になってしまったあいつに、そんな余裕も猶予も与えられるはずがない。
「はぁ……」
誰にも聞こえないように息を吐く。
少しパルに気付かれてしまったようだが、緊張している風を装っておいた。そのおかげで、パルの表情も引き締まったので、結果オーライだ。
馬車はそのまま街中をゆっくりと走って行き、以前に訪れたことのある屋敷まで移動した。
さてさて。
領主さまは――
「娘は君の顔なぞ覚えていないだろう。パルヴァスも同じく、だ。仮に覚えているのなら私はこんな所に娘を置いていない」
と、自分の娘に対して辛辣なコメントを残していたが……果たして……?
「どうぞいらっしゃいませ。長旅、おつかれさまでございます」
馬車を降りたところで出迎えてくれたのはメイドさんだった。以前、訪れた時には見かけていないメイドさんなので、新しく雇ったのかもしれない。
それでなくとも貴族パーティで忙しくなっている。お城だけでなく個人の邸宅でも話し合い等が行われることも多々あると思われるので、使用人やメイドの人数は多すぎても足りないくらいだろう。
「ふぅ」
緊張の面持ちでパルは馬車から降りる。その後ろをルビーがぴょんと飛び降りて、俺とイヒト領主が続いた。
メイドさんにはパルとルビーが『本物の貴族の娘』であることを伝えてあるらしく、ふたりに対して丁寧に頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました、サティスさま、プルクラさま」
盗賊ギルド『ディスペクトゥス』で使っている名前と同じだが問題はあるまい。むしろ、旧き言葉で『可憐』と『流麗』を表す言葉でもある。
貴族さまが普通に使っていても不思議ではない名前のはずだ。
ちなみに。
パルとルビーの設定は、こうだ。
イヒト・ジックスの分家には、大層な好色男がいる。スケベの塊のような男で、妻だけでなく愛人はもちろん、屋敷で働くメイドにも手を出す始末。加えて、娼婦にも手を出していたのが発覚し、隠し子の数は数えきれないほどになっていた。
本来なら表に出せない存在なのではあるが……優しいイヒト領主はこのたび、ふたりの少女を迎え入れた。
それがサティス・フィクトス・ジックスと――
プルクラ・フィクトス・ジックスだった。
「いいんですか、そんな『設定』で」
なんというのか、ジックス家の名誉を思いっきり傷つけている気がしないでもない。
「なぁに。知識ある者なら気付く」
「と、言いますと?」
「フィクトスとは旧き言葉で『偽物』を意味する。彼らはさまよう君もフィクトスを名乗ってもいいぞ。今から嫁を探すマヌケな貴族になってみるかい?」
「俺はさまよったままで充分です」
と、肩をすくめるしかなかった。
なるほど。
知識ある者からすれば、護衛か何かで雇った者、と一発で分かる仕掛けであり。パルとルビーの設定を鵜呑みにしてジックス家をあざ笑った者はマヌケ、だと見抜けるわけだ。
まったくもって貴族とは大変だ。
教養はあって当たり前、多くの知識を蓄えていないと、足元をすくわれてしまう。
絶対に成りたくない、と改めて思ってしまう。
さてさて、そんな爆弾を抱えたような設定のふたりに対するメイドさんの視線は真摯なものだ。真実を見抜いているのか、それとも大真面目なのか。どちらかというと後者のような気がするので、微笑ましい。
「ご案内いたします」
メイドさんが屋敷まで案内してくれる。といっても、俺とパルはすでに知っているのだが。まぁ、知らないフリをするまでもなく玄関まで案内されて中に入ると――
「いらっしゃい、あなた」
イヒト領主の奥さんが出迎えてくれたのだった。
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