~卑劣! お子様ランチ・貴族編~

 時間を指定されていたので。

 太陽が真上に来る時間を見計らって、俺たちは家を出た。

 お昼ごはんの時間。

 ジックス街の富裕層たちが済む区画からは美味しい香りがただよっているお屋敷もある。専属のシェフの究極の一品か、はたまた上流階級の奥様が作る至高の一品か。


「くんくん……パンとウインナーのにおいだからホットドックだ」

「それ絶対に違いますわよ」

「あれ~?」


 においで料理を当てようゲームをしているパルとルビーだが。残念ながらパルにはにおいが分かっても料理名に繋げる経験値が足りないらしい。

 まぁ、それは俺も変わらないが。

 パンとウィンナーの焼けるにおいがしてきたら、そりゃホットドックだよなぁ。

 と思ってしまうのは、やはり庶民だから、だろうか。

 ともあれ――

 富裕区の中でも一際立派な建物。

 領主の館へと俺たちはやってきた。

 周囲を取り囲む塀。

 その柵を手で触りながらルビーは、ほほ~、と声をあげた。


「初めて来ましたが立派な建物ですわね。まぁ、わたしの実家には劣りますけど」

「ルビーの実家と比べていいのは王様だけだと思う」

「ふふん」


 いや、褒めてないから。

 と、俺とパルはツッコミを入れた頃、入口たる門を守る衛兵のふたりがにこやかに手をあげた。


「よう、エラントさん」

「久しぶりだな」


 任務ご苦労さま、と俺は手をあげて返答する。すっかりと顔なじみ扱いされてるのには苦笑するしかない。


「ガーゴイルですわね」

「ガーゴイル?」


 衛兵に向かってルビーが余計なことを言った。


「石像の魔物ですわ。遺跡などを守っている大切な存在です」

「魔物といっしょにされると嫌な気分だが……大切と言われると悪くない気分だな。なんだこの複雑な気持ちは」

「恋でしょう」

「ぜったいに違うぞ、お嬢ちゃん」


 ゲラゲラと衛兵たちは笑った。

 なんだかんだで、支配者でありながら領民に人気があるルビーの一端が見れたような気がしないでもない……が……物事をややこしくするだけなので、ちょっとやめて欲しい。


「いらっしゃいませ、エラントさま、パルヴァスさま、ルゥブルムさま」


 玄関から歩いてきたメイド長は優雅に頭を下げた。

 どうやらルビーの情報はすでに得ているらしい。

 紹介の手間が省けて良いが、そうなれば、今回の呼び出しに関係しているということか。ルビーの存在を織り込み済みのような依頼のようだ。


「こんにちはリエッタさん」


 パルがにこやかに挨拶すると、リリエンタール・マーマルド――通称リエッタさんはにこやかな笑顔を浮かべた。

 一番最初に出会った時と比べれば、随分と笑顔が柔らかくなった気がする。それはこの街が破綻しかけていたのを持ち直したから、だろうか。

 美人というものは、それでなくとも冷たい印象があるもの。丸くなってくれる分には大歓迎だ。威圧感の無い美人は、それだけで好感度が高い。

 俺の経験上、無駄にそう思ってしまう。


「初めまして、リリエンタール・マーマルド。わたしはルゥブルム・イノセンティアと申します。昼食会へお招きいただき、感謝いたしますわ」


 ルビーはわざとらしくかしこまった挨拶をした。

 スカートでもないくせに、スカートのすそをつまみあげて片足を下げ、膝をちょこんと曲げる挨拶『カーテシー』をした。

 それを見たリエッタも、同じくカーテシーを行って返事をする。


「初めまして、ルゥブルムさま。リリエンタール・マーマルドと申します。リエッタとお呼びください」


 まるで貴族同士の挨拶にも見えるが、ルビーは魔王直属の四天王だ、リエッタはメイド長。ニセモノ同士の本物くさい挨拶だ。

 なんともうさんくさい場に見えてしまうのは、正体を知っているが故か。にこやかに挨拶をしているメイド長も、ルビーの正体を知ったら逃げ出すに違いない。

 知らぬが毒花、というやつだ。


「昼食の用意をしてあります。こちらへどうぞ」

「わーい」


 パルがバンザイしたのをくすくすと笑いながらメイド長は案内してくれる。ほんと、柔らかくなったものだ。

 領主邸の中はやはり活気が溢れていて、たくさんのメイドさん達が働いていた。もちろんメイドだけでなく使用人と思われる男性の姿も多く、以前の寂れた様子はもうどこにも残っていない。

 すれ違うメイドさん達が丁寧に頭を下げてくれるのは、なんともムズ痒く感じてしまう。


「こちらです」


 リエッタが案内したのは一階の廊下奥の部屋。

 中へ入ると、それなりに大きな空間で、窓が大きく明るい部屋だった。中央には横長の長方形のテーブルがあり、椅子がいくつも並んでいた。少なくとも二十人は座れる。

 どうやら会食用の部屋らしい。テーブルはもちろんだが、椅子でさえ立派な調度品のひとつにも思える。

 テーブルの上にはすでに人数分のグラスが用意されていた。

 これもまたお客様用らしく、割ったら大変なことになってしまいそうなグラス。見るからに薄くて、価値の高そうなグラスだった。

 テーブルの後ろにはメイドさん達が控えるように済ました顔で待機している。どうやら俺たちのお世話をしてくれるらしい。

 メイド長のリエッタさんは、領主さまのお世話だろうから、当然と言えば当然なのだが。


「し、師匠。やばいッス」


 そんな部屋の様子を見て、パルがあわあわと挙動不審になった。


「どうしたッスか、愛すべき弟子よ」

「あた、あたし、マナーとか無理ッス。まま、ま、まったく知らないッス」

「そうッスか。がんばれ」

「がんばれ!?」


 絶望の表情でパルがこちらを見上げた。


「大丈夫ですパルヴァスさま。食事会ではありません。ただの昼食ですから」


 くすくすとリエッタが笑う。


「ほ、ほんと? ナイフとかフォークとか……?」

「はい。まだ覚えてなくとも問題ありません」


 ほっ、と胸を撫でおろすパル。

 だが……

 俺はリエッタの言葉に引っかかりを覚えた。

 まだ、ね。

 まだ。

 つまり、これから必要になるということだ。

 ふむ。

 なるほど……

 領主さまの依頼の方向性が見えてきたぞ。


「さぁ、どうぞお座りになってください。そろそろご主人様もいらっしゃる――あぁ、いらっしゃいましたね」


 リエッタの言葉通りジックス領の領主、イヒト・ジックスがいそいそと部屋に入ってきた。


「すまない、仕事をしていたもので出迎えるのが遅れてしまった」

「いえ、大丈夫です」


 領主さまとにこやかに握手を交わす。

 握手とは友好の証みたいなものでもあるし、周囲の人間へのアピールみたいなところもある。

 今回の場合は、周囲へのアピールの意味が強そうだ。わざわざ親密さを演出する必要は、俺には無いわけだし。

 わざわざ昼食会にした、というのにも意味がありそうだな。

 あまり人間関係が介在する依頼じゃないといいけど。


「君は初めましてだな、ルゥブルムくん」

「えぇ、お招きいただきありがとうございます領主さま」


 ふたりはがっちりと挨拶した。


「パルヴァスくんも元気そうだな」

「あ、は、はい!」


 相変わらず貴族は苦手というか、平民らしいというか。パルは緊張の面持ちで領主さまと握手する。緊張感が伝わったのか、イヒト領主はにっこりと笑った。


「さぁ、座ってくれ。マナーなぞ気にしなくて大丈夫だ」


 聞いていたのか、偶然か。

 パルは苦い顔で笑った。

 とりあえず領主さまにうながされるまま席につくと、さっそくと言わんばかりにメイドさんがやってきてグラスにジュースを注ぐ。

 濃い色のぶどうジュースのようだ。


「悪いが、午後からも仕事があるんでね。お酒じゃなくて申し訳ない」

「美味しそうなジュースですよ」


 はっはっは、とイヒト領主は笑った。


「乾杯もいらないから、どうぞ飲んでくれたまえ。気に入らなければオレンジジュースも用意させるよ」


 そう言われてオレンジジュースを求めるほどの豪胆さは俺には無い。

 というか、ぶどうジュースでも充分に美味しいしな。あと、やっぱりこのグラスが凄いな。飲み口が薄いと口当たりが変わるというか、なんとも不思議な感覚だ。

 家にも欲しいところだが、パルが割ってしまうとなんか絶望の表情を浮かべそうで怖い。ので、やめておこう。庶民は庶民らしく生きるのが一番だ。


「お待たせしました」


 そう言ってメイドさん達が運んできたのは……なんとお皿が一枚だけ。いわゆるワンプレートと呼ばれる物だった。

 メインのパンを除いて、ハンバーグとエビフライにからあげとスパゲッティ、それからポテトサラダがあってデザートは半分に切ったオレンジ。

 パンは自由に取って食べられるように、バスケットの中に焼き立ての小さなパンがいくつか入れられて持ってきた物を、領主さまと俺の間にひとつ、パルとルビーの間にもうひとつ、と置かれた。

 そして、ハンバーグには小さな旗が立てられている。パーロナ国の国旗だった。

 これは……どう考えても……


「おぉ~」


 パルの目がきらきらと輝いた。

 うん。

 お子様用ですね。

 噂に聞くお子様ランチ。

 う~む、俺もこれを食べるのか~。と思いつつイヒト領主を見ると、彼の前にも同じプレートが置かれていたので文句も言えまい。

 後ろに控えているメイド長がちょっぴり苦笑しているのは、あまりにも威厳から遠のいた姿からか、はたまた。

 なんにしてもパルに配慮していただき、大変ありがとうございます。

 恥を忍んで食べさせていただきます。


「いただきまーす」


 おいおい、さっきの緊張はどこいったんだ愛すべき弟子よ! ナイフとフォークを見て震えあがってたおまえはどこへ行った!?

 なんて思いつつ、俺もハンバーグを食べる。うわ、なにこれ。ソースの味より肉の味のほうが濃い気がする。むしろ肉の味をソースが引き立ててる感じ。すげぇ。本物だ。

 めちゃくちゃ美味しいので、是非とも普通に食べたかった。

 あと。

 この旗、どうすりゃいいんだろう?

 捨てるわけにもいかないので、パルのポテトサラダに挿しておいた。うん。喜んでいるので良しとしよう。うん。

 そんな感じで食事会ならぬお子様ランチ会は無事に済んだ。


「美味しかったぁ~」

「はっはっは、それはなにより。料理長も喜んでくれるよ」


 美味しい昼食を食べて、すっかりと緩み切ったパルを見てイヒト領主は笑う。

 すいませんねぇ、領主さま。

 この娘、ごはんを食べるとしあわせになっちゃうんですよ……


「では、エラントくん」

「これで解散、というわけでは無いですよね」


 もちろんだとも、と領主さまは苦笑した。


「君が貴族であれば、もっと頻繁に呼ぶことができるんだが。そういう訳にもいくまい」


 単なる平民を懇意にしていれば、贔屓だと言われてしまう。

 そういった『弱み』を見せては生きていけないのが貴族の世界だ。まったくもって憧れないので、平民がいいよ、平民が。


「すでにエラントくんの耳にも届いていると思うが、王都でちょっとしたパーティがあるんだ」

「あぁ、はい。貴族たちが集まっている、という話を聞いています」


 ゲラゲラエルフだったか?

 なんか情報収集してくるか、みたいなことを言ってた気がする。


「数年に一度は行われているパーティなので問題は無いんだが……少し嫌な噂を聞いてね」


 イヒト領主の声のトーンが落ちる。

 どうやら、そのパーティに何か問題があるようだ。


「噂、ですか」

「あぁ。今回は王都のパーロナ城でそのパーティが行われるのだが……見回りの衛兵が夜中に死体を発見したそうだ」

「死体……?」


 パルの思わずつぶやいてしまった言葉に、領主さまは律儀にうなづいた。


「暗殺ですか」


 俺の質問に領主さまは曖昧にうなるような声を漏らした。


「そうであるかも知れないし、そうではないのかも知れない。単なる噂であればいいのだが、早々とそんな噂が届くわけもない」


 なるほど。

 王都の城で暗殺騒ぎ。なんていう噂は、そもそも噂のはずがない。事実だからこそ伝播して、ジックス街まで届いてきた。もしくはイヒト領主の耳に入ることになった、と考えるのが普通か。


「つまり、護衛の依頼、ということですわね」


 ルビーの言葉にイヒト領主はうなづく。


「だが、それだけではない」

「と、言いますと?」


 俺の質問に少しだけ嘆息すると、イヒト領主は続ける。


「噂には続きがある。いや、この続きがあるからこそ、『噂』という話で伝わってきたのかもしれん。この短い期間に伝わるには、それなりのインパクトが必要だからな」


 確かに。

 貴族パーティが行われることに関しての噂ならば、その伝わるスピードは例外中の例外とも言える速度だ。


「その続きとは……?」

「その死体には、顔が無かったそうだ」

「な!?」


 思わず声をあげてしまう。

 顔の無い死体。

 それは――レッサーデーモンの仕業と考えるのが、一般的だ。


「城内に魔物が入り込んだ、ということですか?」


 俺の質問にイヒト領主は難しい顔をする。


「分からん。性質の悪い噂なのかもしれないし、真実なのかもしれない。不可解なことは多いし、なによりレッサーデーモンが退治されたという話もない」

「パーティを欠席するわけにはいきませんの?」


 ルビーの質問にイヒト領主は苦笑する。


「それが一番安全なのは確かだが、残念ながらそうはいかない。特に、たかが噂程度に臆した腰抜け、という称号をもらってしまう訳にはいかないからな」


 なるほど、とルビーは肩をすくめる。


「そういうわけで、エラントくん」

「分かりました、護衛ですね」

「あぁ。わたしだけでなく妻と娘も参加しなくてはならない。頼まれてくれるか」


 三人の護衛か。


「いけるか、ふたりとも」

「もちろんですわ」

「……」


 パルが難しい顔をした。


「不安か、パル」

「え、えっと……はい。その、マナーとか」


 あぁ~、さっきも気にしていたしなぁ。

 護衛するにしても、そのままの姿で王城に入るわけにもいかない。変装すると考えてもメイドとして護衛に付くと考えれば……やはり最低限のマナーは必要だ。

 常識的なマナーはあるものの、貴族的なマナーというやメイドの作法となれば、まったく知らないというのも事実。、

 パルが不安になるのも仕方がないところだ。


「少々のマナー違反をしたところで、いきなり処刑はされないが。メイドの訓練は受けないといけないな。マナー違反よりも粗相が危ない」


 貴族に料理をぶちまけてみろ。

 たぶん殺される。


「メ、メイドの訓練……」


 メイドにはメイドの作法がある。

 メイドの育成を商売にする、なんていう嘘がまかり通ってしまう程度には、メイドにもマナーというか、しきたりというか、そういうのがあるわけで。


「ふむ。ではこうしよう」


 イヒト領主は、良いことを考えた、という表情を見せた。

 貴族さまのそういう表情って、あんまり良いことが無いんだけど。

 今回のアイデアは――まぁまぁ、良い考えというのは間違っていないようだ。


「パルヴァスくんが貴族になればいい」

「え――?」

「貴族のおてんば娘になれば、少々のマナー違反など目をつぶってもらえるだろう」

「えええええええええええ!?」


 もちろん。

 お食事会で大声をあげるなんてマナー違反だが。

 パルはとびっきりの驚いた声をあげるのだった。

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