~卑劣! 師匠は改めて思うのでした~
今日は天気がいいので屋上でパルの訓練をしていた。
そろそろ秋の気配が近づいているのか、太陽の熱も少し弱まった気がする。それでもジリジリと肌が焼けるような感覚があるので、暑いことは暑いが。
「んぐぐぎぎ……」
やはり魔力糸の顕現は苦手なパル。とりわけ、素早く細く顕現するのに苦労していた。こればっかりは感覚的なものなので、アドバイスをしようにも難しい。
自分でコツを掴むしかなかった。
「ふんぐ!」
歩きながら針を取り出しつつ魔力糸を通す、という訓練。
やたらと気合いを入れながら針を取り出すパルだが……盗賊らしさの欠片も無いな。これでは暗殺はおろか、モンスターとの戦闘にも使えそうにはない。
「うがぁ!」
ぼふん、と毛糸みたいなぶっとい魔力糸が溢れるように指から出てきて、パルは奇妙な声をあげながらばったりと倒れた。
残念ながら一度も成功していない。
魔力切れではなく、我慢切れ。
「ほれほれどうした未来の盗賊マスター」
「現在の盗賊マスターには分からないんですよぅ、できない子の気持ちがっ!」
うーうー、とパルは手足をバタつかせた。
「師匠は何でも出来るからいいですよね~。天才ですもんね~」
あぁ~ぁ~。
すっかりとひねくれてしまった。
出会ったばかりのパルを思い出してしまうなぁ。割と俺を小馬鹿にしてたっけ。なんとも懐かしい。
「天才じゃないぞ~。俺はなんにも出来ない」
「嘘だぁ~」
「盗賊スキル『誘惑』とか、俺には使えないだろ」
どっちかというと、女盗賊専用スキルだし。
俺にはそういった魅力とか、ぜんぜん無いだろうし。
「え~。師匠が誘ってくれたら、あたしなんかイチコロですよ、イチコロ」
「あはははは。弱いなぁ、パルは」
「師匠が強いんです」
仕方がないなぁ~、と俺は倒れている愛すべき弟子に近づいて、頭を撫でてやる。
なんだかんだ言って頑張ってるパルの頭は汗で濡れていた。
しっかりと努力して訓練している証だな。
「師匠もこんな風に修行したんですか~?」
ようやく体を起こしたパルが聞いてきた。
「もちろん」
俺も苦労した、と語ってやる。
「特に駆け出しの頃は大変だった。なにせ俺には師匠がいなかったからな。全部独学だった。あぁ、思い出した」
「何をです?」
「まだ金もなくて投げナイフが三本しか無かった時に、背後から魔物に襲われた時があったんだよ。見事な不意打ちだった。で、ふたりでわぁわぁ言いながら逃げて、走りながらナイフを投げて、気が付きゃ普通のナイフまで投げてしまってな」
「なにやってんですか、師匠」
あははは、とパルは笑う。
今だから笑い話で済むけど、ほんと混乱して夢我夢中で対処した結果、武器を全て失った状態で勇者の隣に立っていた。
「足元に石があったから、それを使えば良かったのに。頭からすっかりスリングのことを忘れてて。最後には魔力糸で魔物の首を絞めていた」
盗賊らしさの欠片もないブザマな戦いだった。
もっとも。
勇者も剣をどこかに落としたので、最後には魔物を殴って倒していたけど。
絞殺と撲殺。
およそ勇者パーティとは思えない戦いだった。
「それ、師匠が何歳の時ですか?」
「旅立ってすぐの十二歳の時だ。それに比べたらパルのほうが遥かに優秀だろ? 俺が十二歳の頃にウォーター・ゴーレムと出会っていたら、死んでたぞ絶対」
きっちりしっかり基礎から訓練と修行を積んでるパルと、独学でいきなり実戦を繰り返していた俺を比べるのもどうかと思うが。
それでも俺は、自分よりパルのほうが優秀で才能があると思う。
まぁ、でも。
盗賊の才能なんて、ホントは無いほうがいいんだろうけどなぁ。
「あたしって凄いんだ」
「そうやって自覚したヤツから死んでいくけどな」
「むぅ。師匠のイジワル」
俺は肩をすくめて苦笑する。
ホントのことだから仕方がない。冒険者で才能があると自覚したヤツは、格上の依頼を受けて死んでいくものだ。
謙虚に確実に堅実に。
慌てず急いでゆっくりと。
それが世の中を生きていく為のコツでもある。
その原則から外れて生きてるヤツは――
本物の天才か。
もしくは、運が良かっただけの人間だ。
後者は、ある日突然あっけなく死ぬ。
基礎が鍛えられてないからな。
そんなもんだ。
「ん?」
「誰か来ましたね」
人の気配を感じてパルは立ち上がった。
偉い偉い。しっかりと周囲に気を配れている証拠だ。といっても、パルはもともと出来ていたんだけど。路地裏生活は役に立ってしまっているらしい。
「あ、ジュース屋のお姉さんだ。いらっしゃーい」
屋上から下を覗き込んで、パルは手を振った。
「お元気そうでー」
休憩に来たのだろうか?
それにしては午前中という時間帯。黄金の鐘亭では、廊下の窓から忙しそうにリンリー嬢が仕事をしているのが見える。
もしかしたら盗賊ギルドからの依頼かもしれんな。
「上がってくれ」
「おじゃましまー」
屋上から伝えるとお姉さんは遠慮なく家に入った。
そういや彼女の名前をまだ聞いてなかったな、と思いつつパルといっしょに屋上から家の中へ入ると――
「元気に修行しているようでなにより」
「ふぎゃぁ!?」
すでに二階へ上がっていたジュース屋さん。気配もなく廊下に立っていたものだからパルが驚きの声をあげた。
「「まだまだのようだ」」
そんなパルを見て、俺とジュース屋の声が重なる。
営業モードではなく盗賊モードのジュース屋。雰囲気がガラリと変わって、ほんわかとした空気が無くなっている。
「油断するなよパル。女っていうのはこれがあるから怖い」
「君は女を誤解しているよ、エラント」
ジュース屋は俺から引き剥がすようにパルを抱き寄せた。
「女はいくつになろうとも、乙女の心を持っている。なぁ、そうだろパルちゃん」
「あわわわ」
なんだそれ。
おまえとパルが同じ『美少女』というカテゴリーに当てはまると思っているのか。
「爆ぜろババァ」
「……なぁ、パルちゃん。いま、この男の本音が炸裂したんだけど。お姉さんの心はいたく傷つきました。弟子としてどう思う?」
「正直でカッコいいって思います。本音で語れる男!」
ダメだこりゃ、とジュース屋は肩をすくめた。
「それで、何の用だ?」
「呼び出しだ」
どうやら仕事が舞い込んできたらしい。
家が手に入ったばかりなので、あんまり遠征とかには行きたくないなぁ。
できれば、近場で済む仕事がいいが……ま、そうは言ってられないか。望むべくは盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の評価につながる依頼であれば幸いだ。
さてさて。
巨大レクタ・トゥルトゥルの討伐した名声は、果たしてどこまで広まっただろう。良い結果が生まれればいることを願うしかない。
「分かった。すぐに顔を出すよ」
「いや、時間は決まっている」
「ん?」
どういうことだ?
「ギルドからではなく、領主からの依頼でな。お昼ごはんのタイミングで来て欲しい。とのことだ」
「領主さまから?」
俺は思わずパルの顔を見た。
パルも俺を見上げている。
「なんでしょう? 橋がまた壊れたとか?」
「いや、そんなことだったら俺に頼んでいるヒマなんてないぞ。というか、もっと大騒ぎになっている」
というわけで、俺とパルはジュース屋を見た。
む。
いつもの営業モードに戻っていた。
ほわんほわんとした緩い空気をただよわせてやがる。
「お姉さんは何か聞いてる?」
「さぁ~? ん~……なにかな~、思い出せるような、思い出せないようなー」
いやジュース屋じゃなくて、情報屋になっていたようだ。
「師匠、お金あります?」
「いやぁ、このタイミングで情報を仕入れてもなぁ。どうせお昼には領主さまのところへ行って話を聞くんだし、意味ないぞパル」
「あ、そっか」
「チッ」
こいつ、あからさまに舌打ちしやがった。
これだから十三歳以上が確定しているババァは困る。世の中を知って純粋性が失われ、段々と狡猾になっていくのだ。
はぁ~、やだやだ。
やはり少女こそ見た目と中身の美しさが一致する、完璧な存在だ。
改めて実感させてくれてありがとう!
「じゃ、ジュース屋さんは華麗に仕事にもどりまー」
スまで言え、スまで!
「はぁ~……」
「あれ、師匠お仕事ですよ、お仕事。しかも領主さまのお仕事です。頑張りましょう!」
「そっちは頑張るけど、ジュース屋が嫌になった。パル、あいつの名前を知ってるか?」
「あ、そういえば知らない。師匠も?」
俺は素直に、うん、とうなづいた。
「よし、宿題だ。ジュース屋の名前を本人に気付かれることなく調べてこい。ただし、ギルドにお金を払って聞くのは無しだ」
「おぉ~、なんか楽しそう」
「話術の訓練だな。それとなく話題を振って、怪しまれないように情報を聞き出すんだ。期限は無し。いつでもいいぞ~」
「ゆるい宿題だ」
「あんな女の名前なんて、これっぽっちも興味が無いからな」
「あははは」
パルが笑ってくれたので、良しとしよう。
さてさて領主さまは何の用事で呼び出してきたのか。
お昼ごはんに合わせて、訪ねるとしよう。
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