~卑劣! 新装備と新しい訓練~
鍵をかけていたはずの家のドアが開いている。
更には、中に人の気配。
すわ泥棒か!?
と、猛り勇んで突撃するように自宅に入ったパルとルビーを迎えたのは――
「おかえー」
中央広場でジュース屋台を営んでいるお姉さんだった。
のんびりとした雰囲気に糸のような目。長い髪は薄茶色で、肩口で切りそろえられている。身長はそれほど高くなく、年齢はニ十歳前後だろうか。
爽やかな水色の給仕服にも似た服を着ており、屋台ながらも高級なイメージを演出しているのかもしれない。
これといって際立った特徴の無い女性……というよりは、『ジュース屋』という雰囲気を固定させている感がある。
恐らく、あの制服を脱いで普段着の状態で街中で出会ったとしてもジュース屋のお姉さんだと気付けないだろう。
なにより、ほんわかのんびりとした雰囲気すら作られたものだから余計に、だ。
「他人の家で何をやってるんだ?」
彼女は椅子もテーブルも無い一階の広間で、床にぺたんと座っていた。泥棒や暗殺を狙ったわけではないのは明白だが……逆に何をやっているのか分からない。
まるで休憩しに来たかのように見えるが――?
「休憩~」
……休憩だった。
「それなら黄金の鐘亭でいいだろ」
食堂があるはずだし、椅子もテーブルももちろん有る。
わざわざウチに来て泥棒まがいの鍵開けをして侵入し、床にぺたんと座って休憩するよりは、宿にいったほうがよっぽどイイと思うのだが?
面倒な上に環境も良くないだろ、ここ。
「あっちは高い。こっちは無料」
むぅ。
それを言われれば、弱い。
「リンリーさんとこの食堂って安かったよね?」
「あ、それは宿泊してるお客さん向けの値段で、食事だけだともうちょっと値段があがるのよ」
パルの疑問にリンリー嬢が答えた。
なるほど。
宿泊料金には、食事代もそこそこ含まれている、ということか。それでも尚、お金を取るのは余計な悪さを防ぐためだろう。
もしも無料にした場合、際限なく注文される可能性もあるし。俺のおごりだ~、と言って宿泊客でもない人間にバラまくこともできる。
そういった『悪さ』を未然に防ぐ意味でも、お金を取っているんだろう。
「というわけで、ここを使わせてもらってるわ。静かでのんびり、いいところよね~」
うふふ。
と、ジュース屋のお姉さんはほっぺたに手を当ててのんびりとほほ笑んだ。
ジロリ、と俺は彼女の目を視る。
にらみつけるような視線だが、その意図は真実を問いかけるものだ。
彼女は盗賊であり、情報屋でもある。
中央広場という人の交流があり、うわさ話が流れてくる場所に一日中立っていれば、それなりの話が聞こえてくるもの。
その情報をギルドに売って稼いでいる良い商売だ。もちろん、ジュース屋としても一等地であり、充分に儲けは出ているんだろうけど。
人当たりの良さそうなほわほわした雰囲気に、ついつい調子に乗ってベラベラと喋る男も多そうだしな。
美人ではないが、かといって悪いわけでもない。他の男は手を出さないっぽいので競争率は低そう。だったら今までモテなかった自分でもイケちゃうんじゃないのか!
なんて思ってしまう男が多そうだ。
俺はぜったいにそう思わないけど。
まったくまったく、ロリコンで良かったよ。
うんうん。
「良かったらジュース飲む? 場所代、場所代~」
俺の視線を受けても、お姉さんは表情を崩さなかった。
なるほど。
ということは、盗賊ギルドの依頼とか仕事とか、そういうのは一切関係なく、マジのマジで普通に休憩しに来てるだけだったようだ。
「はぁ~……せっかくだ、ジュースをもらうか。パル、コップを取ってきてく……いや、違うな。床で食べるのは下半身を冷やしてしまう。腰にも健康にもよくない。二階のテーブルへ行こう。リンリーも休憩していくか?」
「あ、うん。いいの?」
俺じゃなくてジュース屋にリンリー嬢は聞いた。
いいよ~、とお姉さんは答える。太っ腹だ。他人の家に勝手に入っておいて太っ腹も何もあったもんじゃないけど。
というわけで、二階でごはんを食べることになった。
「一階の店だったところ。休憩所にでもするか?」
「あ、それいい! ぜひぜひそうしましょう、エラントさん! ジュース屋さんもそう思いますよね」
「さんせー」
なんで他人が盛り上がってるんだ。
「パルとルビーは、なにか案はあるか?」
「あむあむんむ、んぐ、んんんっ!?」
パルは肉を喉につまらせて、ちっちゃな胸をどんどんどんと叩いている。俺の話を聞いてなかった。この食い意地美少女め。太ったら痩せるまで運動させてやるからな。
「休憩所……それはまた意味深ですわね。新しい娼館スタイルでしょうか。ちょっと立ち寄って、スっと出ていく。おまえ早いな、五分でイケたってのか。うるせーよ。みたいな」
「……おまえは何を言ってるんだ」
ルビーの頭の中はピンク色だった。
このエロ吸血鬼め。
リンリー嬢が複雑な顔をしているじゃないか。お年頃の娘さんを困らせるなよ。
俺が言えた義理じゃないけど。
「はぁ~……まぁ、とりあえずテーブルと椅子くらいは買っておくか」
何も無いと殺風景だし、訪ねてきた人にわざわざ二階に上がってもらうことになるから、それくらいはあったほうがいいだろう。
休憩所にするにしろ、娼館にするにしろ、もしくは何か別の物にするにしても、テーブルがあって困るわけじゃない。
それなりの物を買って置いておくか。
俺たちの食事が終わって、ジュース屋のお姉さんとリンリー嬢は帰って行った。帰るというか、仕事に戻っていった、というのが正しいが。
ようやく落ち着いたところで――
「パル」
俺はパルを呼んだ。
「はい、師匠。修行ですか?」
まだ日が高いので、パルはまだまだ活動的なようだ。対してルビーはあくびをしている。吸血鬼なのになぁ。
「そろそろおまえに、これを持たせてやってもいいと思ってな」
「これ?」
俺は盗賊ギルドで買ったスキル用の針が入ったツールボックスをパルへと渡した。ぴかぴかの新品で、なにひとつ使用者のクセが付いていない物。
安売りしてたってことはナイショにしておく。
せっかくのプレゼント……のような物だし。
「これって……」
「これだ」
俺は自分の腰に装備されている同じタイプのツールボックスをポンポンと叩く。
「おぉ!」
パルの顔がパっと輝き、両手で持ってツールボックスを天井に掲げた。
新しいスキルが覚えられる、という喜びか。
はたまた、プレゼントされたことへの喜びか。
なんにしても嬉しそうなので良かった。
「えへへ~、師匠とおそろいだ」
あぁ、そういう喜びなのね。
かわいいヤツだなぁ、まったくまったく。
と、俺はパルの頭を撫でてやった。あ、いや、いま撫でるのはちょっと俺の感情が優先し過ぎたか。しっぱいしっぱい。
ちょっとルビーに迫られた刺激が強すぎたのか、感覚が麻痺してる。
危ない。
イエス・ロリー、ノー・タッチの原則は忘れちゃいけないぞ!
「というわけで、今日から針を使った修行に入る。もちろん今までの訓練もやっていくので、頑張るように」
「はい師匠!」
「というわけで、さっそく装備したまえ」
「はーい」
パルはホットパンツのベルトを外して、ツールボックスにあるベルト用の輪に通す。ポーション瓶との位置を少しだけ調整して、再びホットパンツにベルトを通した。
「こんな感じ?」
ツールボックスはパルの真後ろ、背中側に着ていたので……
「もう少し横のほうがいいぞ。右側で、こう。取り出しやすい位置を自分で探してくれ」
俺は自分のツールボックスから針を取り出す動きをパルに見せてやる。
一見すると小さなアイテムボックスに見えるのだが、中には針が並べられている。ツールボックスという名前だけに、他にも鍵開けする用の道具が入っているのだが、パルの物には針だけだ。
最初からわんさかとアイテムが入っていると混乱するので、ひとつひとつ着実に習得していこう。
「このへん?」
「まぁ、実際に使ってみて調整していってくれ。特に針関連のスキルは動きがシビアだ。こればっかりは十人盗賊がいれば十通りの位置があるといっても過言じゃない。教えられるものでもないので、自分で見つけてくれ」
「わ、分かりました」
少し緊張するようにパルはうなづいた。
今までは手とり足とり教えてやれることだったのだが、今回からは違う。それでも、突き放したような感じになってしまわないように丁寧に教えてやらないとな。
「針の代表的なスキルはやっぱり『影縫い』だ。ルビー、ちょっといいか?」
「ちょっとどころではありませんわ。わたしの人生そのものをお使いくださいまし」
「逆に使いにくい」
「えー!?」
いま大事なところなので邪魔しないでください、おねがいしますよ吸血鬼さま。
普通にしてくれ、普通に。
「向こうから歩いてきてくれ」
「分かりました」
一階の広間に移動して、ルビーに奥から歩いてきてもらった。俺は反対側から歩いていき、すれ違いざまにルビーの服に魔力糸を通した針を貫通させ、床板の隙間に針を指で弾くように投げ入れる。
「あら?」
クン、と引っ張られるようにルビーはそこで立ち止まることになった。
「これが盗賊スキル『影縫い』だ」
「師匠」
「なんだ?」
「無理です!」
だろうな。
「いつ針を抜いたかサッパリ見えませんでしたし、ルビーに針を通したのも分かんなかったし、針を投げたところも見えませんでしたわ」
ルビーも、自分の服が床板に引っ張られている状況が理解できないような表情を浮かべていた。
「まぁ、これが最初っから出来るんだったら苦労はしないし、一連の動作が見えているようじゃぁ、俺も引退だ。ひとつひとつゆっくりとマスターすればいいから心配すんな」
そもそも盗賊スキル『影縫い』は、最難関の技でもある。
ぶっちゃけると、針の使い道は影縫いよりも『毒針』のほうがメジャーだったりするしなぁ。影縫いを覚える前に、いろいろと練習しないといけないものは多い。
俺は不安そうな表情になった弟子の頭を強めにぐりぐりと撫でてやる。
安心したのか、それとも決心がついたのか。
パルの表情に少しだけやる気が戻ってきたのを確認して、まず最初の練習に入ることにした。
「よし、パル。まずは針を取り出す練習だ」
「取り出す練習……投げナイフとは違うんですか?」
「いや、いっしょだ。むしろ針が取り出せるようになると投げナイフの技術がワンランク、レベルアップする」
「どういうことですか?」
こういうことだ、と俺はパルの目の前に針を見せた。
「わ!?」
パルにはいつ俺が新しく針を取り出したのか見えていなかったはず。
それに加えて――
「魔力糸が通してある……」
「そう。魔力糸の訓練で、先端を動かす練習はしてるだろ?」
「あ、はい。これですよね」
パルは魔力糸を指先から少しだけ出すと、先端をうにょんうにょんと動かしてみせる。まだまだ動きは鈍いものの、難なく動かせるようにはなっていた。
「投げナイフで説明するぞ。まず――こう、取り出すと同時に魔力糸を顕現させ、針の穴に通すんだ。輪っかを作るイメージで動かすといい。まずはゆっくりでいいので、投げナイフでやってみよう」
「は、はい」
パルはゆっくりと投げナイフを取り出しながら魔力糸を顕現。投擲するポーズになるころには、ちゃんと魔力糸が通っていた。
「上手い上手い」
「えへへ~」
パルの頭を撫でてやる。えらいえらい。
「それって、今までとどう違いますの? もともとやってたように思えますが?」
ルビーの質問に、俺は分かりやすく見せてやる。
「今まではパルがやっていたのは、ナイフを取り出す、魔力糸を顕現させる、ナイフの輪に糸を通す。という三つの動作だ。それを素早く順番にやっていただけ。今回は、言ってしまえばその三つの動作をひとつにしている。同じにみえるが、ちょっと違うんだ」
「なるほど。朝にベッドから起きると同時に着替えを終わらせながら朝食を食べるようなものですわね」
「言ってることはあってるんだと思うが、どうにも否定したくなるのは何でなんだろうな」
あはは、とルビーは笑っている。
なんで笑ったんだ?
ちょっと俺には理解できなかった。
吸血鬼文化は難しい。
「じゃ、今度は素早くやってみよう」
「はい!」
一旦投げナイフをしまって――パルはいつもの速度で投げナイフを取り出すが……手からすこんと抜け落ちてルビーがキャッチした。
「ここはワザとでも刺さっておくべきでしたでしょうか……」
「そんな命を張ったボケはいらない」
ルビーに苦笑しつつ、パルのナイフを返してもらう。
「む、むずかしい……かも……」
「あせるな、あせるな。ゆっくりやっていこう」
「はい、師匠。がんばります!」
というわけで。
パルの訓練のレベルが上がった。
がんばれ。
愛すべき弟子よ!
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