~卑劣! ただいまとおかえり~

 魔王領から人間領へ転移する。

 本来なら、ぜったいに帰ってこれない場所からの帰還。

 二度とは戻れない覚悟をしていった、あいつへの罪悪感みたいなものが、ちょっとあるな。

 もっとも。

 転移の巻物があれば、その限りではないので。ぜったいに帰ってこれない場所、と表現するのが間違っているのかもしれないが。


「ふぅ」


 無事に戻ってきたのを確かめるように空を見上げ、太陽の位置を確かめる。魔王領では分厚い雲が覆っているため、太陽は見ることができない。

 今は昼か夜か。それぐらいしか空を見上げる価値は無さそうだ。

 加えて、光の精霊女王ラビアンの加護が聖骸布に戻ってくるのがなんとなく分かった。身体能力が最大限まで引き上げられていく。

 やはり魔王領の厄介さは、神の視線すらも届かないところ、なのかもしれないな。


「師匠~」

「どうした、パル」

「お腹すきました」

「そういや、向こうでまともな物は何も食べてなかったな」


 補給なしの長期訓練、という意味では良かったのかもしれない。

 まぁ、パルにしてみれば飢餓状態など日常的に味わっていただろうし、いざとなったら泥水をすすることも厭わない。

 本来、嫌悪感と疲労感にまみれる訓練をまるっと終わらせている状態は……喜ばしいとは言えないんだろうなぁ。


「なにか買って家で食べるか。これで好きな物買ってこい」


 パルとルビーにお金を渡す。


「わーい」

「自分のお金がありますけど?」


 素直にバンザイするパルとは違って、ルビーは少し不満そうだ。

 吸血鬼としてのプライドでもあるのだろうか?


「俺の都合で向こうに行ってもらったからな。報酬と思ってくれ」

「それなら納得です」


 というわけで、一度解散して好きな物を買って、家に集合ということになった。

 いや、集合じゃないな。

 帰る――と表現するべき、なんだろうなきっと。


「ルビーは何食べるの?」

「そうですわね、ホットケーキなどいいかもしれません」

「え!? ごはんにおやつ!?」

「たまにはいいではないですか。ガレットの亜種です、亜種。パルは何にしますの?」

「ガレットとホットケーキに血縁関係は無いと思うけど……えっと、あたしはお肉が食べたいな~」

「聞いたわたしが間違っておりました」

「なんだよぅ」

「たまには魚とか言ってみてごらんなさいな、この肉食系女子さん」

「うるさいな、吸血鬼」

「そのとおりですので何にも言えませんわ、それ」


 何を食べるかで仲良くケンカできるのは素晴らしいことだ。

 いつものようにジャレ合うふたりを見て、俺は肩をすくめる。


「じゃ、俺はこっちに行くんで」

「はーい」

「いってらっしゃいませ~」


 さてさて。

 俺はいつものようにサンドイッチでいいかな、と考えつつ、それはそれでルビーに揶揄されそうだな、とも思いつつ、商業区にある酒問屋『酒の踊り子』に移動した。

 もちろんお酒を買いに来たわけではない。


「やぁ。ノティッチアかフラントールをくれ」

「はいよ、旦那。奥にあるから、適当に見てってくれ」

「ありがとう」


 店番の男に銀貨を弾き渡し、俺はそのまま店の奥に入る。テーブルの下の隠し階段にするりと侵入すると、石階段を降りて幻の壁をすり抜けた。


「おかえり、師匠ちゃん」

「おまえの師匠になった覚えはないぞ、エルフ」


 そりゃそうだな、と盗賊ギルドの受付役、ルクス・ヴィリディは肩をすくめた。


「どこ行ってたんだ?」

「なんで知ってる?」

「私はギルドの受付だ。この世のことは全て知っている」


 ふふん、とルクスは薄っぺらい胸をそらすようにして自慢した。

 大言壮語もいいところだ。


「じゃぁ、魔王の弱点を教えてくれ」

「そいつは高いぞ。情報料金は、なんと金貨百億枚だ」


 そりゃそうだ、と俺は肩をすくめた。

 もっとも。

 その情報が真実であるのなら、金貨百億枚は安いとも言える。

 なにせ、死にもの狂いで倒さないといけない相手だ。死にもの狂いでお金を稼ぐほうが、まだマシだからな。


「で、何の用だ。美味しい情報でも手に入れたのなら買うぞ」

「いや。パルに『針』を持たせてやろうと思って」


 俺の言葉にルクスは、おっ、と顔をほころばせた。


「パルちゃん、もう針の訓練に入るのか。いやぁ、月日が経つのはアッという間だなぁ。どうりで私も年を取るわけだよ。うんうん」

「エルフが何を言ってるんだ」

「冗談さ、冗談。ちょっと待ってろ」


 ルクスは立ち上がり、奥の扉に入って行く。

 それにしても、不安になるほどひょろひょろの肉体に禍々しいほどのイレズミ。耳が長いので、かろうじてエルフだと証明できているが……ひとつ間違えれば、病的に身長を伸ばされた小人族に見えなくもない。

 まぁ、本人に言ったら間違いなく怒るだろうから言わないけど。

 なんだったっけ。

 やさぐれエルフが禁句だったか。

 そっちがダメで、どうしてゲラゲラエルフがオッケーなのか。

 さっぱり分からない。


「はい、新品のツールボックスがあったよ。オマケで中級銀貨五枚にしておいてやるよ」


 そう言ってルクスはカウンターの上に手のひらサイズのボックス状の物を置く。革で出来た小さなカバンのような物で、戦闘におぼえのある盗賊なら、それなりのレベルに達した者ならば、大抵の盗賊が装備している一品だ。

 相場は上級銀貨1枚といったところ。つまり、100アルジェンティ。

 半額の50アルジェンティとは気前がいい。


「針は売れるけど、ボックスは在庫が余っててね。昨今の盗賊人気の無さは、ボスも憂いているところさ」


 冒険者でも不人気だからなぁ、盗賊は。

 加えて、荒廃していたジックス街ではクラッスウスというケチでデブな盗賊が幅を利かせていた。チンケな盗賊を無為に無駄に集めていた結果、ろくに後続が育っていないのだろう。

 ツールボックスの在庫が、それを物語っていた。

 ギルドマスターが憂うのも仕方がない。


「そういや、ここのギルドマスターは何をしてるんだ?」


 未だに一度も会ったことはないし、なんなら話も聞いたことがない。

 一応は自分たちのボスではあるので挨拶くらいはしておきたいものだが……


「仕事してるぞ」


 いや、そりゃそうなんだろうけどさ。

 そういう意味じゃなくて――


「探したけりゃ、自分でな。ボスは嫌がるだろうけど、あんただったら受け入れるかもな」

「なんだ? そんな気難しいドワーフみたいなヤツなのか?」


 ぶふっ、とゲラゲラエルフは吹き出す。

 今のどこが面白かったか、ぜんぜんまったく分からないが。


「あははは! 確かにドワーフみたいなヤツだわ! あははははは!」


 この発言から、ギルドマスターの種族はドワーフではないことは確かとなった。

 まぁ、あまり素早いとは言えないドワーフが盗賊をやっているとは考えにくいけど。しかし、手先の器用さを鑑みると、盗賊ツールをドワーフ族が製作していたりしても不思議ではないのだがなぁ。


「あぁ、それともうひとつ頼みたいのだが……」

「ふひひひっ……んくっ……んんん。おう、なんだ?」


 まぁ、ギルマスドワーフ程度では笑いのツボは浅くて済んだようだ。

 というわけで、もうひとつの用事を伝えてから、俺は盗賊ギルドを後にした。屋台で適当にサンドイッチを買って、中央広間でみんなの分のジュースでも買おうかと思ったのだが……


「おっと」


 休憩中なのか、それとも休みか。

 いつものジュース屋のお姉さんがいなかった。

 残念、と思っていたら後ろからこっそり近づいてくる気配。

 ご丁寧に『隠者』と『忍び足』を使って俺の背後に忍び寄ってくるマヌケな『気配』があった。


「パルか?」

「うひゃぅ!?」


 振り返ってみると、やはりパルだった。


「うぅ、なんで分かったんですか師匠?」

「なんにも存在しないところから、お肉のいいにおいが漂ってきたら?」

「あ」


 パルが買ってきたのは、ソースたっぷりの甘辛いような香りがするお肉サンドだった。

 つまり、気配は消しているけど、においは消していない状態。

 それもまた、『気配』の一種ではあるんだけどね。

 頭隠して尻隠さず。

 足音消して、においを消さず。

 といった感じか。


「そういう特殊な状況では風の向きを考える必要がある。狩人の必須スキル『風読み』だな」

「ぐぬぅ」

「あら、おふたりともここにいらっしゃいましたか。どうしましたの、パル? なにやら勝負に負けてこれから罰ゲームとして全裸で街中を歩かないといけなくなったような顔をしていますわよ」

「そんな顔してないよぅ」


 というか、それ、どんな顔だよ?

 あと、ちょっとその罰ゲームを詳しく聞きた――いや、なんでもないです。魔王領は恐ろしいところだなぁ~、そんな罰ゲームが一般的にあるなんて~、おぉ~、こわいこわい。

 偶然にも三人そろったので、いっしょに帰ることにした。

 いつもなら黄金の鐘亭に戻るところなんだけど、我が家ができたおかげで、少し道は違ってくる。

 それもまた、少し楽しいような、そんな感じだった。

 黄金の鐘亭を迂回するように路地に入って、そのまま狭い道を進む。宿の裏庭を眺めるようにして歩いていると――


「あ、おかえりなさい~」


 ちょうどリンリー嬢が裏庭の草むしりをしているところだった。

 魔王領に行く前より、だいぶ裏庭がサッパリしているので、彼女が頑張ったらしい。看板娘という立場に甘んじることなく、立派に働く娘さまだ。


「これから、ちょくちょく裏庭を見られるかと思うと綺麗にしとかなきゃって」

「言ってくださいましたら手伝いますのに」

「そうだよ、あたしも手伝う手伝う」

「で、でもここってウチの庭だし……」

「そういう意味でしたら、わたしの庭でもありますわ」

「うんうん」

「そう? じゃ、じゃぁヒマがあったら手伝ってね」


 はーい、とパルとルビーはうなづいた。

 でも。

 さらっとルビーが『わたしの庭』と表現したが、わたしの庭でもなんでもないからな。他人様の庭だからな、そこ!

 手伝うのは全然問題ないけど、理由に問題がありそうな気がするな、まったく。

 なんて思いながら家の鍵を開けようとしたのだが……


「ん?」

「どうしました、師匠?」

「鍵が開いてる……」

「「「え!?」」」


 パルとルビーに加えて、リンリー嬢まで驚きの声をあげた。

 俺は三人の少女たちに手のひらで静止を命じ、盗賊スキル『兎の耳』で家の中の物音を探る。


「リンリーさん、何か見てた?」

「ん~ん、私が見てる限り誰も近づいてなかったと思う……え、泥棒……こわっ」

「敵対するギルドでしょうか?」

「「敵!?」」

「はい。しあわせを憎む悪の組織が、新婚家庭に侵入し、そのしあわせを奪っていくのです。その名も『怪盗寝取り団』。奥様の貞操が危ないですわ!」

「「きゃー!」」


 きゃー、じゃねぇよ、キャー、じゃ。

 随分余裕な小娘たちだな、まったく。

 なんて思いながら聞き耳で、ちょっとした気配を感じる。どうやら一階の店だった場所である広い空間に誰かいるようだ。

 じゃぁもう、ぜったいに俺たちの会話が聞こえてるじゃないか。

 それでいてまったく動じてないってことは……


「――」


 俺はパルたちに合図を送る。

 手のひらを向けて、指を一本ずつ折っていき、カウントダウン。

 パーからグーになった瞬間に――自分の家に突撃するように玄関の扉を開けた。


「覚悟しろ、どろぼー!」

「折檻の時間ですわー!」


 俺の横をすり抜けるようにして吶喊していくパルとルビー。

 それに対して――


「おかえー」


 のんびりと臆することなく答えたのは……


「ジュース屋のお姉さん!?」


 そう。

 中央広場でジュースを売っているお姉さんだった。

 まぁ、正体は盗賊なんだけどね。

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