~新章! パーロナ城の夜回り衛視は見た~
薄暗い灯りの中で、装備点検を始める。
全身を覆う金属の甲冑は重くて、装備するのが億劫だ。今は夏なのでヒヤリと冷たい甲冑が心地良いが、冬を思うと喜んでばかりもいられない。
「よし」
念入りに装備を点検し、ひとつひとつを丁寧に身に纏っていく。
甲冑に付いた汚れひとつで、その城の権威が落とされてしまうとあっては、念入りにチェックしなくてはならない。
なにせ、甲冑の背中に泥跳ねがひとつ付いていただけでクビにされた衛視がいるという、もっぱらの噂だ。
それが真実か、それとも単なる噂か。
どちらにせよ、念入りに点検しておいて損は無い。
「……」
思わず出てしまいそうになるため息をなんとかこらえた。
城の衛兵など、なろうと思ってなれる職業ではない。それなりに実力も必要だし、コネもいる。商人の末っ子に生まれたのは運が悪かったとも思えるが、腕っぷしが良く、かといって冒険者には憧れなかった、という怠惰からの選択が功を成したわけだ。
「問題なし、と」
立ち上がり、動きに支障が無いことをしっかりと確かめた。
まるで一仕事終えたような気分だ。
それもこれも、もうすぐ行われる貴族の集会があるとか何とかで、城内はピリピリしている。
ぞくぞくと国の中と外から貴族が集まってきているのだ。
何を話し合うのかは知らないが、まったくもって良い迷惑なので、他の国でやって欲しい。
「……」
再び胸の奥からこみ上げてきた息をなんとか飲み込んでおく。溜め込んでいる内に、腹が破れないか心配になってきそうだ。
別にやる気が無いわけではないが、このピリつく空気には辟易してしまう。
なにより、この空気を味わっているのがオレ達だけで。当の本人たち……貴族連中はノンキに旅行気分を味わっているのだから、割りに合わないというものだ。
「すまん、手伝ってくれ」
「おう」
同僚が頼んできたので、甲冑装備を手伝ってやる。
ひとりでも装備できるのだが、ちょっとでもズレやミスがあるとクビが飛びかねないと思うと、自然と点検し合い、装備を手伝うのが日常になってきた。
「よし、問題ないぜ」
バンバンと背中を叩き、交代でチェックしてもらって、叩き返されたオレは苦笑した。
それなりの勢いで叩かれてもまったく痛くないのが、なんとも現在の心情を表しているような気がしたのだ。
上っ面だけ立派。
ま、そんなことを言っても何も変わらないし、給料がアップするわけでも仕事が楽になるわけでもない。
やはり、ため息といっしょに飲み込んでおく。
それが正解だ。
さて、交代の時間まであと少し。
オレは待機室の中を歩いて装備の具合を確かめる。がしゃり、がしゃり、と重そうな金属鎧の音は誇らしくもあるが、枷のようでもあった。
まったく。
楽に稼げる美味しい仕事ではあるのだが。
楽に稼げる美味しい仕事なんて存在しない、ということをありありと示してくれている。
ひとつ間違えばクビで。
一歩間違えれば、処刑だ。
「戻ったぞ。はぁ~……交代だ」
疲労困憊といったため息をつく同僚が戻ってきた。彼の肩をガンガンと叩き、オレは自分用に用意されている槍を手に取った。
「いってきます」
「おう、がんばれ」
仲間の応援を背中に受けて、オレは衛兵の詰所から夜の城内へと歩き始めた。
平時なら静かで暗いはずの城内。
だが、今は貴族たちの会合か、それとも旧知の仲なのか。理由は知らないが、そこかしこで灯りは付いている。ガヤガヤとした人の声らしき物はそこら中から聞こえてきた。
こういうのを根回しというんだろうな。
親が商人なだけに、会議決定する際にはその手前で勝負が決することを知っていた。いかに自分の陣営に意見を引き込むことが重要かであり、会議は結論をまとめるだけの場、だとかなんとか。
それって会議の意味が無くないか?
なんてことを親に聞いてみたことがあるが――
「外向きのお知らせみたいなもんだ」
と、苦笑されたのを覚えている。
なんとも難しい話だ。
貴族や政治屋にはなりたくないものだ、と思ったのを覚えている。まぁ、それがきっかけで城の衛視になったわけではないが、商人という用意された人生ルートから外れるとは思ってもみなかった。
「……」
無言で城の中を歩く。
時折すれ違うのは同じ職業の衛兵だ。同僚だったり先輩だったり後輩だったり。表立って挨拶できないので、ちらりと視線を向けあうのが暗黙の了解になっている。
まぁ、場合によっては視線を向け合っているのも咎められるかもしれないので、必ずしなければならないルールというわけでもないが。
同じ職業同士、ねぎらっていこう。みたいなものだ。
「がはははは!」
部屋の中から男の笑い声が聞こえた。
下品な笑い方だ。
まるで商人が悪だくみをしているような笑い方だが、城の中で遠慮なく話が出来る部屋があるということは、それなりの地位のある貴族のはず。
まったくもって嘆かわしい。
我がパーロナ国の品位が落ちかねない笑い方だ。甲冑に泥跳ねが付いているどころではない。即刻、この貴族の首をハねたらどうだ?
なんて進言できるはずもなく、入口前をガードするような騎士にギロリと視線を向けられた。
おおっと。
オレはただの見回り衛視ですよ。
他言無用は当たり前。
何も聞こえませんでした。
というフリをして、素通りしていく。
「……」
周囲を見渡し、窓から外を監視しているように見せかけながら安堵の息を吐いた。
あの騎士甲冑に付いていたエンブレムに見覚えは無い。
つまり、他国からの使者というわけか。
まぁ、笑っていたのはウチの貴族かもしれないので、どっちにしろ品位が落ちるのは仕方がない。
まったく。
姫様が心配になってしまうなぁ。
「……」
というのも、今回の貴族集会。各国の偉い人が集まるついでにお姫様の誕生日パーティもいっしょにやることになった。らしい。
おいおい、末っ子の姫だからって適当だろ王様。
もっと末っ子姫のために盛大に特別にパーティを開くべきだ!
なんてオレが思ったところで、どうしようもない。進言したら、確実にオレの存在が消される。生まれてこなかったことにされてしまうし、実家にも迷惑になるだろうし、良い結果になるわけがないので、言わないほうが実に安心して生きていける。
貴族でも商人でもなく、ましてやただの見回り衛視なわけで。
これがせめて末っ子姫様の近衛騎士『マトリチブス・ホック』の一員だったら、進言する権利は与えられていたんだがなぁ……
ま、オレは貴族パーティにもお誕生日会にも出席できないので。
こうやって城の中を見回ることで、姫様の誕生日を無事に過ごせるように頑張るしかない。
昼間の見回りで、ときどき姫様と出会うことが何よりのご褒美だ。
「お仕事、おつかれさまです」
こんな下っ端なオレににこやかに声をかけてくださる姫様のなんと優しいことか。フリフリの豪華でかわいいドレスに、ふわふわの長くて綺麗な金髪。イヤミったらしくない豪華絢爛さに満ちた姿というべきか、それとも品が良いとはこのことなのか。
まさにパーロナ国の宝といっても過言ではないだろう。
末っ子姫のためなら、オレはどんな凶悪な魔物が襲ってきても戦えるぜ!
「……」
う~む。
もしかしてオレってロリコン?
いやいや、末っ子姫様への気持ちは恋愛に対してのソレじゃなくて、単なる感謝というか庇護欲みたいなものであり、決して気持ち悪い変態の象徴でもあるロリコンでは決してない。
うん。
大丈夫、だいじょうぶだ。
オレは正常だ。
今度の休みには娼館に行こう。お気に入りのメリア嬢にたっぷり甘えることにするか。うん、ロリコンだと、こういう感情がわかないはずだからな。
よしよし。
なんて、退屈な夜回りの時間を思考でごまかしつつ、オレは城内の見回りを終え、城の外へと出る。
といっても、敷地内は敷地内だ。
城には中庭や裏庭といった部分もあるので、こちらは特に警戒する必要がある。過去には何度か盗賊が侵入したこともあるし、暗く不明瞭な自然の闇がある分、魔物が発生する可能性はゼロとは言えない。
そのための見回りでもあるわけだ。
城の裏手にある別館らしき建物にはゲラゲラとにぎやかな声が響いていた。あちらは管轄外ではあるので、そっちの担当になってしまった衛視に同情の視線を送っておく。
貴族たちの騒ぐ別館では、連日連夜、にぎやかなパーティが行われており、美味しそうな料理のにおいと酒のにおいがぷんぷんと漂っていた。
こんな中で見回りだけをするなんて、なんという地獄。
金を払ってるのに永遠とおあづけプレイをされているような気持ちになるに決まっていた。
せめて残り物の余った料理と酒をもらえるのならいいんだけど、それも無さそうだし。まったくもってハズレは引きたくないものだ。
「……」
騒がしい貴族たちのおかげでため息は聞こえないだろう。
そう思って、はぁ~、と息を吐いた。
ようやく胸の中の重い物を吐き出せた気がして、気分がスッキリする。人間、ため息をつきたい時につけるってのは、重要なのかもしれないな。
別館を通り過ぎ、その奥にある広場までやってきた。ここには井戸があり、昼間はお城で働くメイドさん達が洗濯や洗い物をしている場所だ。
洗濯物が一斉に干されている光景はちょっとした絶景でもあり、オレの好きな場所のひとつなのだが……タイミングが悪いと洗濯物に女性の下着が混じり、メイドさん達にジロリと嫌な目で見られる。
仕事だからしょうがないじゃん!
って叫びたい衝動を我慢しながら足早に立ち去るのが賢明だ、と先輩からの教えだ。
まったく。
メイドさんの下着なぞ興味があるわけがない。
あと、お姫様たちの下着はこんなところで洗濯しているわけもないので、まったく興味がないので自意識過剰なのではないだろうか。
そう思う。
「ん?」
と、井戸に何者かがいるのが分かった。
見たところ同じような甲冑を身につけた騎士のような姿をしたものが、井戸に顔を突っ込むような形で中を覗いているようだった。
井戸に何か異常でもあったのだろうか……
「おい、あんた」
どうしたんだ、と声をかけながら近づいてみるが返事はない。反応もないので、更に近づいてみると……
「貴族さまの私兵か?」
背中からではなんとも判断がつかないが、我が国の騎士ではないことが分かった。甲冑というよりも上半身だけの装備品で、どちらかというと冒険者の騎士のようにも思えた。
「うっ」
思わず顔をしかめる。
ぷん、と漂ってくるのは強い酒のにおい。相当キツイ酒のにおいだった。
はは~ん、なるほど。
さては貴族さまにしこたま飲まされて、ほうほうのていで井戸まで逃げてきて力尽きたってパターンか。
先輩がそういうのを助けたって苦笑していたこともあるし、こいつもそのパターンだろ。
無理やり飲まされてかわいそうに。
井戸に落ちなかっただけ運が良いとも言えるか。
「おら、起きろ。朝までここで寝るつもか!?」
俺はそいつの肩を揺らす。
だが、反応は無い。
ちくしょうが。
まったく余計な仕事を増やすんじゃねぇよ。
「おい、起きろ! このまま寝るんだったら井戸の中に放り込むぞ! ほら、こっち……うわぁ!?」
俺は――
驚いてひっくり返ってしまった。
みっともなく尻もちを付いてしまい、甲冑が汚れるにも関わらず、そのまま地面をこするように後ずさりをしてしまう。
その男を井戸から引き剥がして、顔を見た瞬間だった。
いや、違う。
顔は見れなかった。
見れなかったんだ。
見れなかったからこそ、驚いた。
「ひ、ひっ、あ、ああ!?」
自分がマヌケな声を出しているのが、分からなかった。こういう時、冷静な対処をしてこそ衛視だろ、なんて思っていたはずなのに。
ちゃんとトラブルに応対してこそ、立派な衛視だろ。
なんて思っていたはずなのに。
「か、かか、顔が、顔が!」
誰に伝えるわけでもなく叫んでいた。
暗い暗い城の敷地内の片隅で。
オレは、無様にもマヌケにビビり散らして腰を抜かしながら叫ぶのだった。
「顔が! 顔が無くなってる!」
そう。
井戸に倒れていた男の顔は。
見事に削ぎ落されているように――無くなっていたのだった。
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