~勇気! ニアミス~
もう大丈夫だ、という魔物たちの声を聞いて。
僕たちは構えていた武器をおろし、安堵の息を吐いた。
緊張でピリピリとした空気は、途端に弛緩したように穏やかな空気に変わる。
魔物たちと一緒だというのに。
まったくおかしな事になったものだ。
なにがどう転んでこんな状況になってしまったのか。ちょっとした運命のイタズラとも思える事態に苦笑してしまう。
それは、彼も同じだろうか。
どことなく口元が笑っているようにも見えた。
「助かったよ、トニトルゥム」
深い赤色をしたコボルト。なるほど、洞窟の中では彼の毛並みは黒く暗く見えて、その正体をおぼろげにしてしまっている。
それが強さの理由ではないけれど、普通の茶色い毛のコボルトとは違っている気がした。
もちろん、彼が普通のコボルトではないことは分かっているし、実力は確認済み。
なにせウチの戦士と互角に渡り合ったのだ。
身体の大きさも、力も劣っているのにも関わらず、経験と技だけで渡り合う。これは、相当な場数を踏んでいたに違いない。
アスオィエローの部下を名乗るだけはある。
状況によっては、僕よりも強い可能性があった。まぁ、負けてやるつもりは無いし劣っているつもりもないけどね。
「いや、こちらこそ迷惑をかけた勇者殿」
トニトルゥムは足を折り、膝立ちのようなポーズを取って頭を下げた。これが、彼らの『礼』の仕方なのだろうか。
どことなく義の倭の国のサムライの雰囲気を感じる。
別に彼が謝る必要はない。
ちょっとしたイレギュラーが起こっただけで、迷惑をかけられた覚えはない。
単純に、四天王のひとりが来ただけのこと。
かくまってもらったこっちこそが礼を言うべき状況だ。
「よう、トニト。またやろうぜ。次は負けない」
後ろからそう声をかけてきたのは戦士だった。その身体にはいくつもの新しい傷が刻まれているが、どれも致命傷には至っていない。
コボルト将軍・トニトルゥム。
彼が率いる魔物軍に取り囲まれ、僕たちは一騎打ちを引き受けた。断れば、どうなるかは明白だ。やっぱり周囲を確認できる盗賊の存在は必要不可欠で、ため息が漏れそうになる。
で、パーティで一番強い、という名目で戦士が出た。
それを肯定したのは、僕が本調子で無いということと、パーティで一番強いという事実だろうか。
少なくともトニトルゥムは戦士を認め、戦士はトニトルゥムを認めた。
だからこそ僕たちは白熱し、夢中になり――
大量の魔物たちが近づいてくることに気付けなかったのだ。
まったくの不覚。
あいつに笑われるどころか本気で怒られてしまう失敗だった。
トニトルゥムが言うには――
「魔物の群れ、こちらではモンスターと呼ぶこともしばしばあるが。魔王さまの呪いにより顕現する存在であり、群れとは『カウンター』でもある」
カウンター。
つまり、抑止力。
この世のあらゆる存在には『留まろう』とする力が働いている。石は転がりたがらないし、水たまりは川や池に合流しない。
地位ある者は、その地位にしがみつき、富める者は富を維持する。
そして勇者も。
勇気ある者は、その勇気を失わないように行動する。
それが世界の成り立ちであり、一般的なルールだ。そうなってしまったからには、そうあり続けようとする。
だが。
時にそれに抗う者が現れる。
世界の北側を支配した魔王が現れたように、魔王を倒すための勇者が現れるように。
恐らく、魔王も経験したはずだ。
変化を阻止する存在に。
それが『抑止力』であり、カウンターだ。
いま現在、魔王領として安定しているものを揺るがそうとしているのが僕たち勇者パーティとなる。そんな変化を排除しようとしてカウンターが作動したのだろう。
それが魔物の群れ……いや、モンスターの群れ、という形になって僕たちに襲い掛かった。
もちろん、モンスターは魔物種も例外なく襲う。人や魔物の区別を付けていない。平等に、僕たちの敵だった。
いったいモンスターとは何なのか。
どういう経緯で発生しているのか。
それは、魔王とどういう関係があるのか。
疑問は多々ある。
多々あるのだが……厄介なことがある。
なにせ、僕たちの目には魔物とモンスターの区別が付かないのだ。コボルトは毛色が違うだけ、ゴブリンの顔は全て同じに見えるし、オーガは角の形や本数、長さが違うだけにしか見えない。ボガードなんてみんな同じ姿だ。武器が違うだけ。
つまり、あの状況で乱戦になると敵と味方の区別がまったく付かないのだ。
まぁ、本来ならどっちとも『敵』のはずなんだけどね。
ともかく。
戦士とコボルト将軍の一騎打ちはモンスターの群れの襲来という状況で中止となった。
なまじ『言葉』が通じる相手であるからこそ、共通して襲われている状況だからこそ、そこに一時的な共闘が生まれ、そして退却することになった。
これは僕たちではなくトニトルゥムの提案だった。
コボルト将軍の判断は早く、彼の率いる部隊を先頭に逃げ出し、誤射の無いように僕たち勇者パーティが後方を務める。
まぁ、体のいいオトリとも言えるし、頼もしいシンガリとも言える。
難しいところだが、魔物たちの判断は間違っていないはずだ。文句も出ていないしね。
こうしてモンスターの群れから逃げ出せたのだが……
方角が悪かったのか、それとも運が悪かったのか。
僕たちは崖に行き当たってしまい――
「みんな飛び降りて!」
今までどこに隠れていたのか、アビィが現れて『タルディウス・カデーレ』の魔法で、崖から安全に降下することができた。
大規模で、かつ、急いでいたのでモンスターも何匹かいっしょに降下することになったので、降下後に退治することになったけどね。
まぁ、その後も僕たちを狙って崖上からモンスターが落ちてくるし、種族的に平気なタイプもいたので、偶然あった洞窟に避難して収まるのを待っていたわけだが……
まさか四天王のひとり『知恵のサピエンチェ』がモンスターの群れを討伐にやってくるとは思わなかった。
これもアビィがゴースト種だからこそ、地面の中からこっそり監視できていたわけで。
見つかっていたらどうなっていたことか、考えるまでもない。
確実に僕たちは殺されていただろう。
どうやらトニトルゥムたちも無断で行動していたらしく、見つかるのは非常に問題があったみたいで……なんともグダグダした結果、ふたりが知恵のサピエンチェをごまかしてくれたらしい。
まったく。
アビィが単なるゴーストの少女でなくて良かったよ。
もっとも。
隠し通せることではなかっただろうし、あれほどの大規模な『降下』の魔法が使える時点で普通のゴーストの域を優に越えてしまっているからね。
「黙っていてごめんね。あたしは陰気のアビエクトゥス。魔王さまの四天王のひとりだよ」
ちゃんと謝ってくれる良い子だったので頭を撫でたかったのだが……
「それもごめんね」
と、二重に謝らせることになってしまった。
「どうして僕たちに付いてきたんだ? 殺すつもりなら、いつでも殺せたと思うんだけど」
「勇者がどんな人間か興味があったの。強いのかな、怖いのかな、面白いのかな、変なのかな、って。だからお話してみたくて近づいたの。そしたら楽しかったし、なんだかステキな経験だったから、いっしょにいたくなっちゃった。ごめんね」
「僕たちは……敵なのかい?」
その質問に、アビィは困ったような表情を浮かべた。
「少なくともアスオくんは戦いたがってた。勇者を倒すのは俺だ、って。だからあたし達には手を出すなって、わざわざ四天王会議をしたんだよ。魔王さまもそれでうなづいてた」
「魔王が?」
「うん。魔王さまは、アスオェイローの好きにしろ、って」
そう言って、アビィは再びごめんねと謝っていた。
僕と戦士は許したんだけど、賢者と神官は怒っていた。まぁ、それも分からなくもない。あの大規模魔法を見せられた後では、こころ穏やかにアビィと接することは出来ないだろう。
特に賢者は、魔法に絶対の自信があった。
でも、自分に匹敵するのはおろか、もしかしたら自分よりも格上の魔法使いに出会ったのは、これが初めてだった可能性もある。
自分の自信を揺るがす者を身近に置いておくのは、それはとてもしんどいことだから。
そう。
だから。
これで――
これで、少しでもあいつの気持ちが……自信を揺るがす者を身近に置き続けた人の気持ちを理解してくれれば。
いいんだけどなぁ~。
「貴殿との再戦は俺も楽しみにしている。だが……実現するかどうか……」
コボルト将軍は、戦士に申し訳なさそうにそう答えた。
それを受けて戦士が、ガハハと笑って、トニトルゥムの肩をバンバンと叩く。殺し合いをしていた仲とは思えないほどの距離感に、少しだけ笑ってしまった。
「そう肩を落とすなよ、トニト。おまえんところのボスとこいつも約束してんだぜ? だったら俺ともいいじゃねーか」
「しかし……」
「硬いこと言うなって。俺もおまえも『戦士』だろ。そして、おまえのボスも『戦士』だ。分かってくれるさ」
「……確かに」
そう言って、コボルト将軍は笑った。
あぁ、なるほど。
いま確実に彼が笑ったのが、僕にも理解できた。
こうやって会話を続けていれば、きっとコボルトだろうがゴブリンだろうが、相手のことを理解できていくんだな。
「貴殿は快活で気持ちの良い男だ。うらやましく感じる」
「なに言ってんだ。オレからしてみりゃ、おまえさんは部下に慕われてるボスじゃねーか。一国一城の主ってのとは違うが、似たようなもんだぜ。うらやましい」
あぁ、珍しいな。
戦士が少しばかりの弱音を見せるなんて。それほどまでにトニトルゥムが気に入ったのか、それともあの決闘が気に入ったのか。
まるで旧知の仲のように、ふたりは楽しそうに会話をしていた。
「隣人の毛並みはうらやましい、というやつか」
「なんだそりゃ」
「コボルトの格言だ」
「なるほど。人間には無い発想だ。いわゆる、ないものねだり、だな」
ガハハ、と戦士は笑う。
それにつられてかコボルトも笑った。
いいなぁ、仲良し。
僕も魔物種の友達が欲しくなってしまうな。
「よし、酒でも飲み交わすかトニト!」
「それは願ったり叶ったりだが、こんなところにあるのか酒が? 貴殿は酒を持ち歩ているとか?」
「もってねーよ。というか貴殿とか戦士殿ってのはやめてくれ。自己紹介したじゃねーか」
「そうか、そうだったな。悪かった、ヴェラトル殿」
「殿はいらねーよ」
「ヴェラトル」
「おうよ、トニト」
ふたりは拳を突き合わせて、くくく、と笑い合った。
むぅ~。
ホントにうらやましいなぁ。
「じぃ~~~」
「なんだ、アビィ? どうした?」
「勇者くんに陰気を感じたので」
「君は『陰気』のアビエクトゥスだったね。陰気は君の大好物だったりするのか?」
だとしたら、それは弱点にも繋がる話だ。
答えてくれるわけがない、と思いつつも聞いてみた。
あぁ……なるほど、陰気だ。
今の僕は、ちょっとやさぐれてしまっている。
唯一残った友達をコボルトに取られたみたいで嫉妬しているんだ。
ちょっと情けない。
「違うよ。あたしの名前は魔王さまが付けてくれたの。陰気のアビエクトゥス。『陰気の陰気』って意味になるよ。変な名前だよね」
「そうか。正反対だもんな、アビィは」
僕がそう呼ぶと、アビィはきらきらした瞳で僕を見た。まぁ、透けているので後ろで燃えているたいまつが輝いて見えただけかもしれないけど。
「んふふ~。勇者くん、好き」
「そうか。ありがとう」
僕は苦笑する。
後ろで遠巻きに見ている賢者と神官の目じりが釣り上がった気がするが、気のせいだろ。
そう思っておく。
あと。
きっとあいつだったら、めちゃくちゃうらやましがるだろうな、なんて思った。
勇者パーティの一員としては、あるまじき性癖だけど。
なんだよ、小さい女の子が好きって。
変態じゃねーか。
まぁ、きっちりしてるし、手を出したりスキルを使ってのぞきをするような下劣でもなかったのでいいんだけど。
それでも言ってやりたい気分だ。
あっはっは、盗賊くぅん!
僕、君が大好きな可愛らしくて幼い女の子から好きって言ってもらったぞー!
って。
これで僕もロリコンの仲間入り……ん?
「アビィ。君、何歳だ?」
「え? 分かんない。三千歳くらい?」
訂正。
僕、ロリコンじゃなかった。
君を醜く罵ってしまったことを許して欲しい、盗賊くん。すまない、僕が悪かった。
「はぁ……ロリコンとは難しいものだ」
「え? え? なんの話?」
混乱するアビィを見て。
僕は苦笑するのだった。
そういえば、女性に対して不躾に年齢を聞いてしまった。
これも反省しないといけない。
まったく。
なにが勇者だよ。
まったく。
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