~流麗! お説教と嘘と真実と~
師匠さんとイチャイチャしました。
とっても楽しかったです!
「ん~……くぁ~……あふぅ。寝ちゃった」
馬車の中で師匠さんにまたがった状態のままゆっくりしていると、どうやらパルが目覚めたようです。
「おはようございます、パル」
パルが目を覚ましたので、師匠さんから離れました。ホッと息をついてらっしゃる師匠さんですけど、ちょっぴり手が所在なさげに動いているのが分かりました。
さっきまでわたしを抱きしめていた手ですもの。
空気だけでは物足りませんわよね~。
うふふ。
「んぅ、おはようルビー。ん~……なんかご機嫌な感じ?」
「わたしはいつでもご機嫌ですわ。ほらほら、よだれのあとが付いています」
ドレススカートの裾でクシクシとパルのほっぺたを拭いてあげる。
相変わらずぷにぷにのほっぺたですわね。
「あう……じ、自分で拭けるよぉ~」
「まぁまぁ。ここはお姉さんにお任せしてください」
「誰がお姉ちゃんよ」
「わたしです」
「ルビーの妹になった覚えはないんだけどぉ」
「おかしいですわね。わたしの記憶によればお母さまからわたしの次、二番目に生まれてきたのがパルでしたが」
「そんな記憶、捨ててしまえ」
いー、と顔をしかめるパルと、いつものようにわっちゃわっちゃとケンカをして。
楽しそうに苦笑する師匠さんといっしょに、スレイプニルの乗る場所に揺られて。
わたし達は実家に戻ってきました。
「ありがとうございます、スレイプニルさん。ご褒美をたくさんもらってくださいな」
二頭のスレイプニルをたくさん撫でてあげてから、お城に戻る。もちろん、師匠さんとパルをきっちり眷属化してからです。
やはり人間種にとっては長い時間を馬車に乗る、という行為は向いていないようで。
眷属化しても少々身体の節々は傷んでいるようですわね。
「はい、みんなで伸びをしましょう」
というわけで、ぐぐぐ~、と身体を伸ばしてから実家に戻ることにしました。不都合があってはいけませんし、師匠さん達を万全の状態にしておかないと危険ですからね。
「ただいま戻りました」
きっちりノックしてから自分の部屋へ戻る。
やっぱり大量の紙束が積まれた机で、忙しそうに作業していたアンドロ。一瞬にらみつけるような視線でしたが、わたしだと気付いて視線を改めて……改めてくれませんでした。
なんでにらみつけたままなんですの!?
「サピエンチェさまはこの部屋の主です。それがノックして入るなんて、何事ですか」
「……ケンカを売ってますの、アンドロちゃん。買いますわよ?」
「冗談です」
むむ。
どうやらアンドロは虫の居所が悪いようですわね。
機嫌が悪いようです。
「わたし、その手の冗談は好きではありませんわ。仲良しなのが大好きです。結婚しておきます?」
「それこそ冗談ではありません。サピエンチェさまと結婚したら、すぐに離婚騒ぎです。旦那さまが結婚初日から帰らないなんて、前代未聞ですわ」
「さすがのわたしでも初日から帰らないのはおかしいです。えぇ、このわたしが、初夜を楽しまないわけがありません! いなくなるのは結婚二日目からです!」
「はぁ~」
アンドロは呆れたようなため息を吐き出しました。
種族的に毒の息を吐けそうな勢いです。
「機嫌が悪いですわね。なにかあったんですの?」
「これです」
アンドロが机の引き出しから取り出したのは……時間遡行薬でした。
「念のため調べさせて頂きました」
「げぇっ!」
「うわぁ!? な、なんて声を出されるんですか、まったく」
いえいえ、そりゃ声も出るってものですわ!
信頼して預けましたのに、疑われて調べられてしまっては意味がありません。後ろで眷属化しているはずの師匠さんが反応してますし、突然に取り出すものですからパルにも見られてしまったではないですかぁ!
「え、え~っと……アンドロちゃん……? そ、そのぉ……」
「これでも、そこそこ知識があり、物事を把握していると思っていたのです。森羅万象、全てを知ったわけではありませんが、それでも自分で満足する程度には知識があると自負していたんですよ? ですが……そんな私が、手も足も出ないなんて。ショックでした」
「あぁ、そういう……」
それで機嫌が悪いだなんて、アンドロちゃんは可愛いですわね。その機嫌の悪さで、いろいろと台無しになりましたが。
まさかこんなところで裏目に出るとは思ってもみませんでした。
時間遡行薬。
あくまで入れ物である瓶は普通の瓶。ポーションとかを入れている瓶と同じ物です。もちろん魔王領には存在しないデザインなのですが。
ですが、それはどこにである普通の瓶と変わりませんので、衝撃によって割れてしまいます。師匠さんが持ち歩ていましたが、万が一、ということもあるでしょう。
だからといって盗賊ギルドに預けるわけにもいきませんし、家に置いておくと盗まれてしまう可能性だってあります。
そういう危険性を極限まで薄めた、絶対に安全と言える場所がわたしの実家でしたのに。
アンドロちゃんに預けたのが失敗だったのでしょうか?
でもわたしの私室に置いておくだけでは危ないですし、宝物庫も同じ。ましてやアンドロちゃんに勇者の到着を連絡してもらうという仕事もありますし……
う~ん。
パルを連れてきたのが失敗だったでしょうか。
外で待たせておけば良かったですわね。
「ごめんなさいアンドロ。そのうちジックリと説明します」
「……分かりました。ですが、ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい、なんでも聞いてください。わたし、清廉潔白とも呼ばれておりますので」
初耳ですよ、それ。と、アンドロがジロリと睨みつけてきました。
ルゥブルム・イノセンティアっていう超ステキな名前があるんですけど、アンドロには教えないほうが良さそうです。
「サピエンチェさま」
「はい」
「『わたし達』を裏切ってはいませんよね……」
その言葉に。
わたしはハッキリとうなづきました。
「はい。わたしの愛すべき領民たちは、等しく信頼しておりますとも。同時に、その信頼を裏切るようなマネはしておりません。例え魔王さまがこの地を滅ぼすと言われましても、わたしは先陣を切って反対しますわ。なんなら勇者と手を組んでもかまいませんよ。打倒魔王さま!」
えいえいおー、とわたしは右手の拳を突き上げました。
「……それは言い過ぎです。魔王さまに叱られますよ」
「いいですわ、叱られても。アンドロちゃんに叱られるより、よっぽどマシです」
「はぁ~」
アンドロはため息をつきましたが……どこか嬉しそうですわね。
彼女が『わたし達』という言葉を強調して使ったのは、それを確かめたかったから、と思いましたが。
ちょっとサービスし過ぎました?
「それで。魔物の群れはどうでした?」
「きっちり倒してきましたが、途中でトラブルがありまして」
「トラブル?」
「はい。ボスを倒したあと、思い切り油断して崖の上から落とされてしまいました」
「なにをやってますの、四天王が」
ぐうの音も出ないほどの失態ですので、何も言い返すことができません。
「それで? 殲滅できなかった、ということですか?」
「はい」
「はい、じゃありませんよ、まったく」
「いえいえ、エラントとパルヴァスが頑張ってくださったのですよ? 強いんですのよ、このおふたり。パルヴァスなんて、もう一生懸命で。汗だくになるまで働いてくださったので、アンドロちゃんは、もっと褒めてあげてくださいまし」
「パルヴァスは褒めますけど、サピエンチェさまは叱ります」
「なんで!?」
「はい、そこに座ってください。なに椅子に座ろうとしてるんですか? 床です。床に座りなさい、知恵のサピエンチェ」
「は、はい……」
というわけで、時間遡行薬を解析できなかった腹いせとか、仕事が溜まっていることへの鬱憤なんかをわたしで晴らすアンドロでした。
いえ、全部わたしが悪いんですけどね?
甘んじて受け入れますわよ。
はい。
わたし、部下に叱られている時間も割と好きなので。
もっとも――
わたしを叱ってくださるのはアンドロくらいなものですけど。他の皆さんは注意をしてくださるぐらいでしょうか。
誰も叱ってくれなくなったら最期。
見限られた、ということですからね。
叱られている内が華です。
愛でられてこそ花ですから。
我が世の春です。
存分に叱られましょう。
「――以上です。分かりましたか?」
「はい!」
アンドロちゃんのありがたいお説教が終わったので、わたしはありがとうございますと頭を下げた。
「なんでそんな素直なのに、仕事はしてくれないんですか、まったく」
「仕事が楽しければしますわ。魔物退治とか、領民が困っていることなら喜んでやります」
「はいはい、分かりました。どうせまた遊びに行くんでしょ?」
「うん」
素直にうなづいたら睨まれました。
怖い。
「それではアンドロちゃん。あとは任せました! ずらかりますわよ、エラント、パルヴァス!」
すっくと立ち上がって、わたしはふたりに声をかける。
「「はい」」
「返事はガッテンと言ったはずですわよ!」
「「ガッテン!」」
と、三人でスタコラサッサと実家から逃げ出しました。
後ろで盛大にアンドロちゃんが頭を抑えながらため息を漏らしまくっていた気がしますが、気のせいです。
ごめんなさいね、アンドロちゃん。
今はサピエンチェではなく、ルゥブルムが主役なのです。
もう少しだけ、わたしに自由をください。
お願いします。
「ふぅ。ここなら大丈夫そうですわね」
お城と街の間にある坂道。
そこで師匠さんとパルの眷属化を解除しました。
「ルビー。もう少しアンドロに優しくしたほうがいいんじゃないか?」
「む。師匠さんはアンドロの味方ですの?」
そういうわけではないが、と師匠さんは首の後ろを掻く。
まぁ、優しい師匠さんからしてみれば、わたしがとんでもない裏切りをしているようにも見えるでしょうけど……
「安心してください。三年に一度くらいはあんな感じで言い合っています。百年に一回くらいは大喧嘩してアンドロちゃんが家出します。この程度は慣れたものですわ」
「そういうものなのか……」
「そういうものです」
師匠さんは納得してくださいましたが。
問題はパルですわね。
「ぶぅ」
なにやら頬をふくらませて不満をありありと表現しています。
思ったよりコミカルな怒り方ですのね。
「師匠とルビーがこそこそ何かやってるぅ」
あ、そこ。
そこがパルにとっての『不満』ですのね。
「あぁ~……すまん。でも、別に悪いことをしてたり、パルを除け者にしたり、ルビーだけを優遇したりしてるわけではないので、安心してくれ……と言うしかないなぁ」
「ぶぅ」
「ダメか」
「ダメです。時間遡行薬でなにするんですか?」
ジロ~、とアンドロとは違う視線でパルはわたしを見てきました。
「あっ、分かった! ルビーをロリババァじゃなくて、本物のロリにする気だ!」
「違う」
「違いますわよ」
「あれ~?」
わたし、アホのサピエンチェとかパルに言われることが多々ありますが。
パルもそこそこアホなのでは?
「じゃぁ、魔王領でどうするつもりなんです? 魔王サマをあれでぶっ殺すの?」
「魔王には効かない気がするんだよなぁ。むしろパワーアップしそうで怖い。まぁ、ひとつは安全に保管するためだ。ほら、不用意に持ち運んでいたら破損するかもしれないし、家に置いといたら盗まれるかもしれない」
「はぁ……確かに」
「加えて、まだ人間領でも発表するわけにもいかないアイテムでもある。不老不死を願う王さまの話なんて、絵本や寓話でわんさか有るだろ? 仮に情報が漏れたとして、真っ先に狙われるのは現物だ。そうなると確実に危険にさらされるので、人間種が絶対に手を出せない場所に保管しておくのが一番だと思ってな」
「師匠」
「なんだ?」
「嘘にはホントのことを混ぜるとイイですよね」
「お、おう」
「どれがホントなんですか?」
負けた、とばかりに師匠さんは肩をすくめた。
「全部ホントだ。ただし、核心をなにひとつ語っていない」
そう言いながら師匠さんはパルの頭を撫でました。
この場合、よく見破った、という感じでしょうか。弟子の成長が嬉しい反面、こういう時には困ったものですわね。
「核心……それは、どうしてあたしに話してくれないんですか?」
「それを話すと……俺はパルに嫌われるかもしれん」
「嘘だ」
「……嘘だなぁ。う~ん、話してもいいが……それだとおまえが困ることになる」
「あたしが?」
「修行に影響が出る、という感じか。気負うか、それとも放棄するか。それは分からないけど、どちらにしろパルに関わることなんだ」
「それは良いことなんですか? それとも悪いことなんですか?」
「……良いこと、のはずだ」
勇者の仲間になる。
それは、人間種にとっては名誉あることなのでしょう。
ですが。
それはそのまま、魔王さまと戦うこと、に繋がります。
ひとつ間違えれば死が約束されているということ。
その戦いに、パルを巻き込もうとしている、ということ。
もちろん師匠さんはパルだけを犠牲にして自分は生き残るつもりなんて、欠片も無いでしょう。
でも。
自分の愛する存在を、死地に送ろうとしていることは変わりありませんので。
果たして――
果たしてそれを『良いこと』と言い切ることができるのかどうか。
恐らくは、神でさえも。
断言できないのでしょうね。
「……分かりました。あたしは師匠を信じています」
「そうか?」
「はい。だから、師匠はあたしを嫌いにならないでください」
「任せとけ。それなら得意だ」
「ロリコンですものね」
思わず言ってしまったところ、ふたりから睨まれてしまいました。
わたし、今日は睨まれてばっかりですわね。
「よし、家に帰るか」
「はーい」
「了解ですわ」
というわけで。
ちょっとした野暮用で魔王領に来た結果。
得る物は多かったですわね。
特に――
陰気のアビエクトゥスが何かをしているようでした。洞窟の中に入るのを引き留めたのは、きっと見られたくないモノがあそこにあったから。
そして状況を考えるに。
勇者があの場にいた、と考えるのが自然でしょう。
ふふ。
わたしだけでなくアビィまで魔王さまを裏切っているでしょうか。
面白くなってきましたわ~。
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