~流麗! 真実はいつも曖昧模糊~

 コボルト将軍とアビィと別れ。

 影の中を通って崖の上へ戻ると……


「ひぃ、ひぃ、はぁ、はぁ、あああぁあぁあ~……!」


 荒い呼吸に悲鳴をあげて。

 パルが両手両足を広げて地面の上に倒れていました。

 まさかモンスターにやられたのか、と慌てて駆け寄りましたが――


「もうダメ! 疲れた! 動けないぃ~! ひぃ、ひぃ、はぁ~、ふぅ……!」


 単なる体力の限界と弱音を叫んでいるだけでしたわ。

 そりゃそうですわね。

 師匠さんがいるのにパルがやられちゃう訳がありませんし、倒れたパルを放置して師匠さんが周囲を警戒する訳がありません。


「よく頑張りました、パル。褒めてさしあげます」

「はぁ、はぁ、はぁ……んぐ、はぁ、はぁ、うれしく、ない……!」


 そんな切実に面と向かって言われましても困ってしまいます。


「休んでてくださいまし。それとも眷属化しておきましょうか? 無限に動けますけど」

「休む!」


 力強いお言葉を頂きましたので、パルはしばらく放置しておきましょう。

 わたしはヨシヨシと汗まみれのパルの頭を撫でてから、師匠さんの元へ移動しました。


「大丈夫でしたか、師匠さん」

「あぁ、こっちは問題ない。ルビーも無事でなにより」

「この程度の高さで死ぬようでしたら、あんなところにお城は建てませんわ」


 師匠さんは、わたしの言葉に少しだけ複雑な表情を浮かべた。苦笑したかったけれど、負の感情が勝ったような感じでしょうか。


「失礼しました。嫌な思い出がありますものね」

「シャレにならない、というヤツだな……いや、軽く受け流せない俺が悪い」


 わたしと師匠さんは、お互いに肩をすくめました。


「全部倒してくださったのですね。さすが師匠さん、素晴らしい強さです」

「倒せる分は倒したんだが……それなりに逃げられてしまったぞ。ルビーが倒したボスっぽいヤツの後は、弱いのはあらかた逃げていったな」

「あら」


 それは微妙ですわね、とわたしは頬に手を当てました。

 また集まってモンスターの群れとなっては討伐失敗です。


「まぁコボルトとかゴブリンとか、普段から群れになるようなヤツらばっかりだ。逆にボガートとかトロール、オーガとかは向かってきたけどな。ルビーが最初に数を減らしてくれていなかったら危なかったかもしれん」


 周囲に散らばっている魔物の石の数がなによりの証拠。相当な数を倒したことは明白なのですが、崖の下にもいっぱいありましたからね。

 放置しても大丈夫な程度には減らせたのでしょう。

 もっとも。

 その結果が、パルの体力がゼロになった、ということでしょうけど。


「で、ルビーは大丈夫だったのか? なんか物凄い音と光がしたみたいだけど」

「えぇ、同僚がいただけですわ」

「は?」


 師匠さんはびっくりしてわたしを見ました。


「乱暴のアスオェイローがいたのか?」

「いえ、陰気のアビエクトゥスです」

「陰気の……え~っと、確かゴースト種の女の子だったか」

「はい。師匠さん好みの可愛い女の子ですわ」

「触れないしなぁ」

「触れましたよ?」

「マジで!?」


 興味津々ではありませんか。

 むぅ、とわたしは師匠さんを睨みつけました。


「こほん。えっと、それで……陰気のゴーストは何をしてたんだ?」

「何やら隠し事がありそうでした」

「ほう?」


 わたしは崖の下で将軍ちゃんやアビィと会ったことを話しました。


「コボルト将軍……か。凄いな、その将軍さま。コボルトが幹部まで昇り詰めるなんて、よっぽどの強さなんだろう。一度会って話してみたいものだ」

「ふふ、師匠さんも男の子ですわねぇ。でも、将軍ちゃんはここにいる事は秘密にしてくれ、と言っておりました。わたしはてっきりアビィと恋仲だと思ったのですけれどね。違ったみたいです」

「コボルト将軍と幽霊少女の恋愛か。絵本にありそうだ」


 人間領では人気が出なさそうだ、と師匠さんは苦笑する。裏を返せば、魔王領では人気が出るやもしれない、ということ。


「コボルト将軍のことは俺に話しても良かったのか?」

「師匠さんに語って人間領でこの話が広まったとしても。絶対にアスオくんの耳に届きませんので」

「まぁ、確かに。しかし、ボスに黙っての行動か……」


 師匠さんは腕を組んで、ふむ、と考えました。


「もしかしたら、勇者と戦っていたのか?」

「と、言いますと?」


 わたし達は倒れているパルをちらりと視線だけでうかがいました。まだ回復もしていませんし、まったいらな胸が上下しているのが分かります。呼吸は整っていない様子。聞き耳をしている余裕も無いでしょう。


「あの森の戦闘跡。あれは勇者パーティの仲間である『戦士』の戦い方だ」

「つまり、将軍ちゃんと戦士さまが戦っていたと」

「戦士にサマはいらん」

「では戦士ちゃん」


 それがいい、と師匠さんはイタズラっ子のように笑いました。

 ふ~ん。

 そんな顔もできますのね、師匠さん。

 なんでしょう。

 ちょっと嫉妬してしまいそうです。

 戦士ちゃんの名前も教えてくださいませんし。勇者ちゃんの名前もそう言えば聞いてませんね。むぅ。まだまだ打ち明けてくださらない話はたくさんありそうです。


「独断先行というヤツかもしれん。乱暴のアスオェイローに黙って勇者に勝負をふっかけたんじゃないか? で、戦士と戦った」

「それで黙っておいてくれ、というわけですか」

「倒すつもりがあったのか、それとも足止めか。なんにしてもモンスターの群れによって邪魔が入った、と考えるのは……都合が良すぎか」


 現状、手に入れた情報だけを組み合わせると、都合良くそんな状況が見えてきますが……


「間違ってないと思いますよ、師匠さん」

「なにか裏付けでも?」

「そこに陰気のアビエクトゥスを加えてください」

「ん? あぁ、そうか。幽霊少女がいたという事実を加えると……すまん、何か分かることがあるのか?」

「魔物の群れの発生です」


 どういうことだ、と師匠さんは首を傾げました。


「魔王領で確認される『魔物の群れ』ですが、それには時々ですが意味があることがあります」

「つまり?」

「力の集合、とでも表現しましょうか。ある程度の力を持つ存在が集まりますと、発生することがあります」

「……待て。それだとこの前の四天王会議とやらは危険な行為ではないのか?」

「いいえ。逆にあそこまで集中すると発生しないことは確認済みです」

「なんだそりゃ!?」


 師匠さんが驚きというか納得のできない声をあげるのも仕方がありません。


「ですが、そういうものなのです。魔王さまはそれを『抑止力』と呼んでいました」

「な!?」


 それを聞いて、なぜか師匠さんが驚きの声をあげました。


「ど、どうされました?」

「抑止力という言葉は勇者も良く使っていた。運が悪かった時とか、偶然にも悪い状況が重なった時には特に」


 う~む、と師匠さんは考え込む。


「でも、あくまで時々ですのよ? 必ず発生するものではありませんし、何も無くても発生することがありますから。あくまで力有る者がかち合った時に発生しやすい程度のものです」

「分かった。でも、勇者と将軍、そして幽霊少女……この三つが重なった結果、魔物の群れが発生し、三者は襲われた。ということか?」


 そう思います、とわたしはうなづきました。

 なにより。

 アビィは勇者に会いに来たそうですからね。

 この事実は師匠さんが不安になりそうですから、あまり伝えないほうが良いのかもしれません。


「ともかく、勇者が近くにいるんだなぁ」


 師匠さんはそう言って周囲を見渡しました。

 もちろん、ここからではその姿は見えませんが。

 きっと近くにいるのは確かでしょう。


「会いたいですか?」

「あいつには会いたいなぁ。でも……」

「戦士ちゃんがダメと?」

「いや。賢者と神官だ」


 まるで苦虫を口の中いっぱいに詰め込められたような表情を師匠さんは浮かべました。

 賢者と神官。

 その名前さえも呼ばない相手が、師匠さんを拒絶しているのでしょうか?

 しかし――

 こんな顔もされるんですのね。師匠さんにこんな顔をさせるなんて、よっぽどの人間なのでしょうね、賢者と神官とやらは。


「……賢者というのはハイ・エルフではないですよね?」

「あぁ、違う違う。学園都市で仲間になった普通の人間だ。ただし、魔法使いのエキスパートとでも言うべきか。自然魔法、精霊魔法、召喚魔法を習得している」

「え、気持ち悪っ」

「だろ?」


 思わず本音を言ってしまいましたが、師匠さんは肯定してくださいました。

 普通、魔法を覚えるのはその系統の一種類のみ。それにも関わらず珍しい召喚魔法だけでなく、精霊魔法まで使うだなんて……


「しかも頭がキレるヤツでな。俺の立てた策を上書きしやがる」

「はぁ……そんな優秀そうな人間でしたら、普通は波風を立てないんじゃないのですの?」


 師匠さんに嫌われるなんて、よっぽどですわよね?

 頭の良い人間が、わざわざ師匠さんに嫌われようとするなんて。

 どういうことなんでしょう?


「勇者に惚れてるんだよ」

「ほほ~、同性愛者ですのね」

「いや、賢者は女だ」

「あ、すいません。想像の上では男でした」

「男だったら良かったんだけどなぁ。ついでに言うと神官も女で勇者に惚れてる。俺が勇者の護衛みたいなことをして、ずっと影から見守ってるから、俺を邪魔者扱いしやがった。で、パーティ追放ってわけだ」

「……ずっと?」

「ん? あぁ、勇者はそれでなくとも狙われるだろ? 知名度があるというか、一旗揚げようっていう馬鹿なゴロツキが夜襲がかけてくることもあってな。パーティメンバーが増えてからは、俺がずっと護衛してた」

「おはようからおやすみまで?」

「おう。完璧に守ってやっていたぞ」


 ……はい。

 わたし、ちょっとだけ賢者と神官の気持ちが分かったかもしれません。

 ですが……その程度のことで師匠さんを追放するのも頭がおかしいと思いますけど。というか勇者の仲間なんですよね? なにをやっておりますの、その賢者と神官は!


「ちょっと光の精霊女王に文句を言ってやりたい気分ですわ」

「なんで!?」

「あ、いえ。人選ミスを訴えたいと思いまして」


 しっかりとした人格者を選んでくださいまし、と。


「ルビー。勇者の仲間は精霊女王が選ぶわけじゃないぞ? あくまで勇者に従う仲間であって、精霊女王の加護は無い」

「え、そうなんですの? では師匠さんに加護あるのは……?」

「俺のは、あくまでこいつがあるからだ。アーティファクト『光の精霊女王の聖骸布』のおかげで加護をもらっているだけ」

「あぁ、なるほど……そうなんですのね……?」


 んんん?

 それにしては精霊女王ラビアンはしょっちゅう師匠さんを気にかけているようですが。というか、わざわざ降臨までされてましたよね?

 あまつさえパルにも声をかけているようですけど?


「ん~?」

「なにか納得いかないか?」

「いえ、まぁ、ん~。はい。そうであろうとなかろうと、結局は関係ないですから」


 例えば。

 例えば、勇者はひとりではなく『ふたり』だった。

 なんてことがあったとしても。

 わたしがやることは変わりませんしね。


「さて、そろそろ帰りましょうか。ちゃんと群れは散らしました、とアンドロに報告しないと怒られてしまいますから」

「そうだな。おーい、パル。帰るぞ~」

「……おんぶしてください~」


 仕方がないなぁ、なんて言いつつ。

 ちょっと嬉しそうな師匠さんの顔を見ながら、わたしは眷属のオオカミを顕現させて。

 馬車を置いた地点まで戻るのでした。

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