~流麗! 幽霊の嘘と吸血鬼の嘘~
コボルト将軍ことトニトルゥム。
そして、陰気のアビエクトゥス。
ふたりがこの場所にいるのは、偶然に出会っただけ。なんて思うのは、それこそ純粋なる信奉者だけでしょう。もしくは無知蒙昧な愚者でしょうか。
そういう意味では、将軍ちゃんにもアビィにも信者はいっぱいいます。
ですが!
残念ながらわたしはおふたりの信者でも信奉者でも愚者でも憧れを持つ乙女でもありませんので、偶然の一言では片付けません。
ですので、ふたりは恋仲と思ったのですが……
「どうやら違うようですわね」
「お姉ちゃんは人とコボルトの恋愛が成り立つと思ってるの? ましてやあたし幽霊なんだけど?」
「思っております」
えぇ、思っていますとも。
たかが種族差、どうということはありません。
なにせ!
わたしの知り合いにハーフ・ゴラゴンなどという信じられない存在がいらっしゃいますので。
ナユタと名乗る半龍娘は、確かに種族特性たる鱗がありました。
つまるところ、あの鱗娘の両親、またはご先祖様が、巨大なドラゴンと肉体差を物ともしないでにゃんにゃんガオガオとヤったってことですわよね。
その愛の大きさ(物理)に比べたら、幽霊とコボルトの恋愛など可愛いものです。
それに――
「コボルトちゃんって可愛いじゃないですか?」
「いや、あたしに聞かれてもなぁ。確かにコボルトちゃんは可愛いけど、将軍さんはカッコいいとあたしは思うよ?」
「それみなさいアビィ。カッコいいとは、すなわち恋愛感情です」
「そうやってすぐ恋愛に結びつけるから、サピエンチェお姉ちゃんはストルくんに抱いてもらえないんだ」
「その言い分ですと、まるでアビィはストルくんに抱いてもらったような言い分ですわね。おめでとうございますアビィ。処女卒業ですわね。大人の女の仲間入りさせてもらって、良かったですわねぇ~」
「むかっ!」
あ、やっちまいましたわ……
ついつい皮肉を言ってしまってアビィを怒らせてしまいました。
「あわわわわわ……た、退避! 退避ぃ!」
将軍ちゃんが慌てて洞窟の中に逃げ込んだので、ここはわたしが甘んじてアビィの怒りを受け止めることにしましょう。
「フルグール・ペルクゥーティアン!」
アビィがもっとも多用する得意中の得意魔法。
超高威力魔法フルグール・ペルクゥーティアン。
頭上で白色の熱の塊が顕現し、そこに紫電がバリバリと走り、まるで白い線のように雷が白熱の球体からほとばしる。
威力もそうですが特筆すべきは範囲もなかなか広いというところ。
狙われた者は、避けようと思って避けられる魔法ではありません。
なので――
「お姉ちゃんのぉ! バカああああぁぁぁ!」
「ぎゃああああああああああああ!」
えぇ。
魔王直属四天王の一角、無敵の吸血鬼たるこのわたしでも、さすがに同僚の全力攻撃を真正面から受けますと無事にはすみません。
影に逃げようにも全てを真っ白に覆い尽くさんばかりの光が全身を覆いますし、足元の影など消失しますので無意味。
マグ『常闇のヴェール』のおかげで、少々ダメージは減りましたので、これだけは壊されてないように守りました。
頑張りました。
わたし、頑張りましたわ!
「あ、あぁ、あぁあ……」
でも全身が燃え尽きたかのようにぷすぷすと煙をあげて、わたしは裸で地面に倒れてしまいました。
えぇ、この程度では死にませんけど。
痛いというか熱いというか、太陽の下で燃えてしまったかのようなダメージではあります。
「もう! お姉ちゃん謝って!」
「う、うぅ……は、はい。アビィを怒らせるようなことを言って、まことに申し訳ありません」
「許す!」
「わたし、アビィのそういうところ好きです」
「あたしもサピエンチェお姉ちゃんの素直で優しいところが好き」
それは良かったです。
というか、師匠さんとパルを崖の上に残してきて正解でした。たぶん、アビィのことですから平気で巻き込んでいたと思いますし。
アビィに抱き起こされている間にぷすぷすと煙をあげていた身体は普通に動ける程度には回復しました。まだ髪の毛はチリチリですけど。
人間領ではこうも簡単に回復できませんので、魔王領で良かったですわ。
とりあえず、いつまでも裸でいては将軍ちゃんの部下がわたしの部下になってしまうので、さっさとドレス服を再構成して着ました。
これで一安心です。
「ふぅ。それで、どうしてアビィはこんな所にいるんですの?」
「お姉ちゃんはどうして?」
「話をそらしますわね。わたしはアンドロに言われて魔物の群れを退治しに来ました。痕跡を追ってみると、この崖の上に集まっていましたからね。崖に落ちたのは……事故です」
「そっか~。じゃ、あたしは自分の家に帰るね」
「お待ちなさい!」
ゴーストだからといって逃げられると思っていたら大間違いです。
というわけで、手に魔力を込めてガッチリとアビィの手を掴みました。さきほど常闇のヴェールの効果を闘士として使いましたからね。なんとなく感覚は分かりましたので、この程度のことはできます。
というか、影の中に沈んだわたしを引っ張り出したのはアビィですから、その逆ができないわけがありません。
「……え、触れるの?」
「触れましたわね」
「おぉ~!」
アビィの瞳がキラキラと輝きました。
他人には滅多に触れられない彼女ですから、気持ちは分かります。
「んふふ~、これでお姉ちゃんとも遊べるね。魔王さまも触れるんだよ」
「さすが魔王さまですわね。って、あなた魔王さまに遊んでもらってるの?」
「うん」
「恐れ多いですわね……怒られませんの?」
「ときどき怒られる」
ですわよね……
「『俺は君のベビーシッターではないんだが?』って言われた時は死を覚悟した」
「なにをしましたのよ、魔王さまに」
「おままごと」
「こわっ!?」
陰気のアビエクトゥス。
恐ろしい娘!
「その後、魔王さまがしばらく会ってくれなくて寂しかった」
「好きなんですのね、魔王さまが」
「みんな好きよ。お姉ちゃんもアスオくんもストルくんも。将軍さんも好きだし、人間も魔物も好き」
「そう、イイ子ですわね」
わたしは魔力を込めた手でアビィの頭を撫でてあげました。
精神年齢的にはパルより幼い気もしますが、肉体年齢的にはパルと同じくらいな気がしますわね。
「えへへ~。じゃ、あたしは帰るね~」
「一度通じなかった手に二度目があるとお思いで?」
撫でていた手でぐわしとアビィの頭を掴みました。これ、うまいことやればアビィの中身だけを掴むとか可能ですわよね。頭の中を鷲掴みにしてやろうかしら。
「むぅ~。ホントに話さないとダメ?」
「ダメです。一応はわたしの領地のはしっこでもあるんですから。そこを四天王のひとりがウロウロしていたとあれば、把握しないわけにはいきません。ただでさえモンスターが大量発生したという異常がありますのに」
「モンスター?」
知ってるくせに。
話を反らそうと必至ですわね、この幽霊娘は。
「魔物種と区別が付くようにと、そう呼んでおります。魔王さまの呪いで生まれてくる魔物をモンスターと呼べば、語弊が無いでしょ?」
「うんうん、ナイスアイデアだねお姉ちゃん。さすが知恵のサピエンチェ」
「はい。もう話はそらさせませんからね」
「ちっ」
この小娘、いま舌打ちしましたわね。
パルよりも可愛げの無い。
まったく。
「いいから、理由を語りなさい。陰気のアビエクトゥス」
「分かりました、知恵のサピエンチェ」
アビィはくちびるを尖らせながらも語りだす。
「勇者を見たかった」
「勇者?」
思わず聞き返してしまいました。
それに対してアビィは、うん、とうなづく。
「勇者って、あの勇者ですか? 魔王さまを倒そうとしている人間種で、アスオくんと引き分けになった、あの勇者?」
「その勇者」
認識の齟齬は無かったみたいです。
つまり、アビィは勇者を探していたと。
「勇者に会ってどうするつもりでしたの?」
「どうもしないよ? ただ見てみたかっただけ。アスオくんと引き分けるくらいだし、強いんだろうなぁ~って思ったから。興味があった。それだけ」
「それは分かりますが……じゃぁどうして隠そうとしたんですの?」
「だ、だって、アスオくんに手を出すなって言われたじゃない? それなのにちょこちょこ追いかけてたり探したりしてたら、そのぉ、怒られるかなって思って。あと、ここお姉ちゃんとアスオくんの領地だし」
アビィは叱られた子どものように上目遣いでわたしを見た。
まったく。
かわいい仕草をする幽霊ですこと。
「その程度で怒りませんわ。別にウチの領地をアビィがウロウロしてても誰も咎めません。ウチの支配領は仲良しこよしですもの。その程度で怒る魔物や人がいるのなら、報告してください。わたしがやっつけてさしあげますわ」
「魔王さまでも?」
「うっ」
い、痛いところを突きますわね、この幽霊小娘。
「マ、魔王さまでも、ですわ。わたしの支配領をどうするかは魔王さまに自由と言われています。ですので、魔王さまにも文句は言わせませんとも!」
もともと裏切ってますし?
というか、ほぼ支配を放棄して遊びまわってますし?
今さらどうのこうの魔王さまに言われても、遅いってもんですわ!
たぶん!
「おぉ~、サピエンチェお姉ちゃんカッコいい」
「知っています。それで? どうして将軍ちゃんと合流していましたの?」
「それは言えない」
「なんですって?」
急に強情になりましたわね。
いえ、前から強情ですし、怒らせるとビリビリ熱魔法が飛んでくるんですけどね。特に性的な話題はタブーです。ぜったい処女のままで死んだことを後悔してますわよね、アビィ。
「それは将軍さんが困っちゃうので言えない」
「やっぱりラブなのでは?」
「お姉ちゃんは人の心の機微が分からないんだ」
「言ってくれますわね、陽気者が」
「年上ぶるのはやめてよね、馬鹿者」
ぐぬぬ、と顔を突き合わせて睨み合いましたが距離感を間違えましたので、お互いの顔がめり込みました。ゴースト種ならではの失敗ですわね。
キスしたみたいになっちゃいましたので、お互いに慌てて離れる。
「とにかく、これでお話はおしまい! サピエンチェお姉ちゃんにもう話すことはないよ」
「はいはい了解です。あ、でもひとつ聞かせてください」
「なぁに?」
「勇者に会えましたの? わたしも勇者が気にならないと言えば嘘になりますので。どんな人だったのか気になります」
「まだ会えてなーい」
「あら、そうなんですのね。では、会えましたら是非わたしのお城に来るようにと誘って頂けますか?」
「いいの?」
もちろんです、とわたしはうなづきました。
「アスオくんの状態がアレでしたので、勇者サマも相当に傷ついてらっしゃるでしょ? ですので、わたしの城でしっかりと休んでいただければ完全回復でアスオくんと再戦できますわ。きっとアスオくんもそれを望んでいるでしょう」
嘘には、ほんの少しの真実を混ぜると良い。
どのあたりが本音なのかは置いておいて、勇者を招く理由としては充分に思えるでしょう。
なによりアビィが勇者に接触して案内してくれれば、これほど安心できることはありませんし。
「分かった。じゃぁ、もしも勇者に会えたらお姉ちゃんのお城に連れてってあげるね」
「はい、よろしくお願いします。あと、あんまり領地を留守にしていると部下に怒られますので注意してくださいね」
「それはお姉ちゃんに言われたくない」
「わたしはすでに仕事を部下に丸投げしているので大丈夫です。アビィはちゃんと丸投げしてますか?」
「ん~、たぶん」
「まぁ問題が起こっていないってことは大丈夫なんでしょう。丸投げのコツは自分を無能に見せておくことです」
「お姉ちゃん得意だもんね」
「はい……って、誰が無能ですか誰が!」
「あはははははは!」
内臓あたりを握ってやろうかしら、とわたしは手を伸ばしましたが、アビィは地面の中に潜ってしまいました。
「むぅ。逃げられてしまいましたか」
空に逃げたのなら追いかける方法はいくらでもありますけど、さすがに地面の中に逃げられては追いかけられませんからねぇ。
影の中に入れば、まぁ地面の中にも出られると思いますが。
でも、わたしの身体は地面をすり抜ける訳ではないので、めちゃくちゃ苦しそうなのでやめておきます。
「では、わたしはこれで帰りますね。将軍ちゃんとはここで会いませんでしたので、挨拶はしますけど、正式なものではないのでこれでいいですか?」
「ハ、ハイ!」
洞窟から見ていた将軍ちゃんは慌てて出てきて頭を下げる。
「感謝します、知恵のサピエンチェさま」
「いいえ。アスオェイローによろしく……って言うと、出会ったことになってしまいますわね。次に会った時はちゃんと挨拶しましょうね」
「はい、ありがとうございます!」
将軍ちゃんと洞窟から見ている部下たちに手を振って、わたしは影の中に沈みました。
影に入らずに崖をえっちらおっちら登っても良かったのですが。
その去り方ではカッコが付きませんので。
ここは四天王らしく、姿を消す。
それが一番カッコいいと思いましたので!
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