~流麗! スレイプニルの馬車に乗って~
「おぉ~!」
馬車の窓に額をくっ付けて、パルは声をあげた。
ここならば他者からの干渉を受けることはないので、眷属化を解除しても大丈夫。という判断のもと、師匠さんとパルを自由にしました。
「あんまりハシャぐとスレイプニルに嫌われてしまいますよ、パル」
「え!? 襲ってくるの、あれ」
あれ、と指をさすのは馬車を引いてくれている二匹のスレイプニル。
一見すると白い馬なのですが、足は六本ありますし、たてがみも幽鬼的。まるで炎のように揺らめいていますので、普通に考えれば魔物の一種とも言えます。
しかし、魔王領では一般的な動物として扱われている。
馬の上位種、みたいなイメージでしょうか。犬に対してのオオカミみたいな感じ。
なにせ、こうやって馬車を自動で引いてくれる程度には賢いですし。
もっとも――
「スレイプニルは稀少ですので、生態が良く分かっていないというのが本音ですわ。もしかしたら気まぐれに従ってくれているだけで、油断すると後ろからパクリということも有り得ます。暴れ馬という言葉があるように、暴れスレイプニルという状態になっても不思議ではありませんわ」
「ほへ~。後ろに乗ってみたかったんだけどなぁ」
「あなた、本当に高いところに乗るのが好きなんですわね」
「なんか登ってみたくない?」
「ぜんぜん」
「あれぇ?」
パルは同意を求めるように師匠さんを見ました。
師匠さんも馬車の窓から外を眺めていたのですが、パルとは違って観察に務めているようです。
気持ちは分からなくもないです。
この魔王領のどこかに勇者がいるとお考えなのでしょう。もしかしたら、という一縷の望み、のようなことを期待して窓から観察をしているのかもしれません。
「盗賊としてなら、俺も高い所ばかり登ってたけどな」
「ふふん」
なぜかパルが薄い胸をそらして自慢気な顔をしました。思い切り鷲掴みにしてやろうかと思いましたが、暴れられたらそれこそ危ないのでやめておきます。
わたし偉い。
「盗賊として、と師匠さんは仰いましたので。パルは盗賊じゃなくてお子様として、でしょうに」
「お子様言うな。ババァのくせに」
「うるさい小娘ですわね。そんなことだから未だに師匠さんに抱いてもらえないんですわ」
「む。それはルビーも同じでしょ!」
「だまらっしゃい処女小娘!」
「うるさい処女婆ぁ!」
うきー、とわたしとパルは顔を突き付けるようにして睨み合いました。
それにしても処女婆とは酷い言葉ですわよね。処女小娘のほうが百万倍マシな概念ですのに、どうしてでしょう? ロリ? ロリババァという単語が必要なのです?
「師匠さん師匠さん~」
「なんだなんだ、ケンカはしないほうがいいぞ?」
「それは承知の上ですが。処女婆はあまりにもイメージが悪いので師匠さんが新しくわたしをののしってくださいまし」
なにそのプレイ! ってパルがうらやましがるような顔をしましたが放置しておきましょう。
それこそ、お子様にはまだ早いですわ。
「いやぁ、俺はあんまり……」
「いいからいいから。さぁさ、処女婆に代わる言葉でわたしを表現してください」
「ん~……清らかな熟女で、聖熟女」
ぶふぇ、とパルが吹き出した。
「師匠って熟女が嫌いそうですもんね」
「いや、まぁ……う~ん?」
熟女が侮辱の言葉になるって、なかなか筋金入りですわ師匠さん。
とまぁ、そんな感じで。
スレイプニルが休むことなく引いてくださる馬車に乗り続け、わたしが走るよりはちょっと遅いくらいに、アンドロが指し示したアスオェイローとの境界に到着しました。
「体がガチガチだな」
「んんん~」
師匠さんとパルは馬車から降りると、体をぐぐぐ~と伸ばしている。ずっと座りっぱなしということもあったのですが、狭い場所でもありました。
おトイレ休憩以外はずっと乗りっぱなしでしたので、相当に体が固まった様子。人間っていうのは、こういう時に不便ですわね。
「ルビー。ここらへんに街や村は無いのか?」
手首と足首をぐりぐりと捻ったり回したりしながら師匠さんが質問してきた。
「はい。アスオェイロー領もわたしの支配領も、どちらにせよ村などはありません。新しく集落が出来たという話は聞いていませんので、地図でいうと空白地点になりますわね」
「……ならば、どうして魔物の目撃情報があるんだ?」
「そういえばそっか」
師匠さんの疑問にパルは納得するように視線をあげた。彼女なりに考えを巡らせ始めたようですわね。
「大量の魔物が現れた、だったか?」
師匠さんの言葉にわたしは、えぇ、とうなづく。
「アンドロからの情報では、支配領の南端。アスオェイロー領との境界近くに大量の魔物が発生。それを退治してこい、という命令です」
「命令って、部下から上司に出すものか?」
「まぁ、お願いを聞いてもらう代わりに、お願いされた、という状況です。といっても、こういった仕事はわたしに回ってくることが多かったですわね」
「そうなの?」
パルの言葉に、わたしはうなづく。
「適材適所。わたしは集団戦をひとりで立ち回れますので。魔物も、小娘ひとりが歩いてきたと油断してくれますから、楽ちんですわ」
「真正面から不意打ちできるってのは便利だな」
師匠さんが褒めてくださいました!
やった!
「で、目撃情報があるのはどういうことなんだ?」
「魔物種と言えども、暮らしは人間とそうかわりません。街や村で生きることを是とする種族もいれば、放浪する旅人のような魔物もいます。見張っているわけではありませんが、誰かが目撃してそれが伝わる、ということは多々あります。巨大レクタの話が、遠いわたし達の街まで情報が届いたのと、なんら違いはありませんわ」
「なるほどな」
師匠さんは肩をすくめました。
当たり前の話も、人間種と魔物種という断絶がある以上は再確認が必要のようですわね。それは師匠さんでも同じとなると、なかなか根が深そうです。
「それはいいけど……魔物の群れなんて見当たらないよ?」
パルはきょろきょろと周囲を見渡しているけど、それらしい姿はどこにも見当たらない。
目撃情報はこのあたりなのでしたが、魔物の群れもジッとしている訳ではありませんので、移動したのでしょう。
「こういう時に便利なのが眷属召喚です」
というわけで、わたしは影から大型コウモリを顕現させる。影という水たまりから姿を表すように出てきたコウモリは、パルの肩ががっちり掴んだ。
「え? え? え?」
そのままパルを連れて、バサバサと羽ばたいて上空へ登っていく。
「えー!?」
「しっかり索敵してこーい」
コウモリに任せておけばいいですが、せっかくなのでパルにも付き合ってもらいましょう。
「さぁ、師匠さん。今のうちにイチャイチャしましょう」
「パルに怒られるからイヤだ」
「そんなぁ~。師匠さんのイケずぅ~」
「イケズとはまた古い」
「わたし、ロリババァですので」
師匠さんに抱き着いて、つんつんと胸のあたりを指で突っつく。師匠さんは笑って許してくださいましたが、空の上で小娘がなにか騒いでますわね。
「ほらほら、パル。早く見つけないと師匠さんとここで一線を越えてしまいますわよ!」
大自然のど真ん中でパルに見せつけながら師匠さんとの逢瀬。
なかなか特殊な状況ですので、めちゃくちゃ興奮しそうですわね。
「やだー! やめろー! へんたいー!」
「はいはい、わたしも師匠さんとは合意の上で致したいと思っております。では、さっさと――あら。コウモリさんが何か見つけたようですわ」
上空でコウモリが体の向きを変えている。
その方角には――
「森か」
師匠さんの言うとおり森がありました。
ちょうど森の切れ目が領地の境界になっているあたり。アスオくん側が森で、わたし側が平地となっている場所があります。
「行ってみよう」
「わかりました」
さっそくそちらへ向かうと、先に空から滑空するように向かっていたパルとコウモリが地上に降り立って探索していた。
「師匠、こっちこっち! 大量の足跡があります」
「なるほど、こいつらか」
足跡というか、この付近一帯を踏み荒らしたような跡というべきですわね。
大小さまざまな足跡がありました。
ですがあまりに無秩序に動いている感じですし、いくつもそれらが重なっている感じ。なので、わたしには最終的にどちらに向かったか判断は難しいです。
「コウモリさん。もう一度空から見て頂けます?」
わざわざ口に出して命令をする必要はありませんが、師匠さんとパルがいますので分かりやすくしたほうが良いでしょう。
もしも間違ってたら指摘してもらえますしね。
「おや?」
「どうした、ルビー」
「コウモリさんが何か別の痕跡を見つけたみたいです」
それは森の中らしく、そこそこ奥まった場所。
アスオくんの領地に入ってしまっていますが……まぁ、いいでしょう。
徒歩で行くには少し億劫な距離なので、眷属のオオカミを召喚し、師匠さんとパルに乗ってもらうことにしました。
わたしは走って移動します。
そのほうが速いですし。
「勝手にアスオェイローの領地に入って怒られないのか?」
「そんなルール、ありませんわ。基本的に任されているだけで、誰がどこで何をしてようと問題になることはありません」
「……それもそうか。ルビーが人間領にいるくらいだしなぁ」
「それは怒られると思います」
「いや、まぁ……うん」
何か言いたいことがあったけど、それを飲み込む師匠さん。舌を噛んでしまいますので、あまりオオカミの上では喋らないほうがいいですわよ~。
「この先のようですが……あら」
森の中。
そこは周囲の木々が薙ぎ倒されるようになっていて、その中心地には激しい戦闘の跡を思わせるような地面のヘコミがあった。
どちらかというと、へっこんでいるというよりも地面が割れてひっくり返った、と表現するべきでしょうか。
それこそ森の木が薙ぎ倒されているのも切られたのではなく、折られたという感じ。
まるで巨大な何かが争ったかのような跡でした。
「相当な魔物がいたのでしょうか」
こんな事が出来るのは、それこそ強大な力を持ったオーガ種や巨人種、もしくは竜種か、はたまた幻想種かもしれません。
巨大レクタもそうでしたが、異常に力を持った突然変異が現れたとも考えられます。
それのカウンターとして魔物の大量発生が起こった……の、でしょうか?
もしくは――
「これは……」
師匠さんはえぐれて、めくれあがった地面の様子を観察する。
まるでその現象を知っているかのような感じ。
「なにか分かったのですか?」
「いや、確証は無い」
ちらりと師匠さんはパルへと視線を向けた。ほんのわずか、彼女に気付かれないような一瞬の瞳の動き。
なるほど。
もしかすると、ここに『勇者』がいた……のかもしれないと。
そうなるともしかして――
「でしたら、大量の魔物と誰かがここで戦ったと?」
「かもしれんな」
勇者パーティと大量の魔物が遭遇し、戦闘となった。魔物の姿が見えないのは、全て倒されたからでしょうか?
いえ、でしたら目撃情報はどこから?
勇者に遭遇する前の時点での情報だったということ?
う~ん?
「師匠ししょう~」
「なんだ、パル」
「これ、見てください」
パルは倒れていた木を観察していたみたいですわね。
そこに何かあったのでしょうか?
わたしも師匠さんといっしょに木に近づくと……その倒木には傷が入っていました。古い傷ではなく、生傷とも言うべき痕跡。
わたしにはこれといって特徴があるとは思えない傷なのですが……?
「ふむ。刃物の傷だな。力任せの一撃じゃない。なかなか熟練の技を感じさせるな」
「そんなことが分かるんですの?」
「まぁ、勘のようなものだが。地面をひっくり返すほどの攻撃は、『力主体』の攻撃方法だ。対してこの木に付いている傷は鋭利だ。これは動物の爪などではなく、武器の特徴でもある。傷の周囲にダメージは無く、刃が当たった部分だけが切断されている。力ではなく『速さ』を感じさせる斬撃だな」
なるほど、言われてみれば確かにそうですわね。
木が倒れている原因は、それこそ引きちぎられたような感じです。でも、木に付いている傷は他の木皮にダメージを与えず、切りたい部分だけを切っているようなイメージ。
ふむふむ、なるほど。
で……?
「そこから何が分かるんです?」
「確かなことは言えないが、ここで戦っていたのはふたりの人物だ。いや、人とは限らないか。魔物と魔物かもしれないし、人と人、かもしれない。とにかく、一対一で戦っていた可能性がある」
「それはおかしいですわ。だって大量の魔物がここに来たんでしょう?」
「あぁ。だからこれは妙な現場、と言えるな」
「誰かと誰かが戦ってて、そこに魔物がいっぱいやってきた、っていう感じ?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
師匠さんは口元を抑えつつ、戦闘となった現場を歩き回る。パルは他に何か発見は無いかと倒れた木を調べている。
「あの、おふたりとも」
なんだ? なーに? という声が重なる。
「素直に答え合わせにいきません? ここで考えていても魔物退治はできませんわ」
「……それもそうか」
あくまでコウモリが見つけた異常な戦闘現場なだけで、ここで足跡が途絶えたわけではありませんから。
むしろ寄り道みたいなものです。
「コウモリさんに追わせますわね。パルは飛ばなくていいですか?」
「いいよぅ。あたしも師匠とイチャイチャするもん。ルビーが飛んでよ」
「そんな雰囲気じゃないですわよ」
わたしが師匠さんを示すと、パルは首を傾げた。
「ふむ……」
考え込むように師匠さんは腕を組んで、注意深く観察と思考を巡らせている。
今までに無い空気感が師匠さんにただよっていた。
そうでしょうね。
「師匠?」
「ん? あぁ、なんでもない」
ごまかすようにパルの頭を撫でる師匠さん。
パルには、勇者という人物と自分たちが無関係と思っているので、気付けないでしょうね。
でも。
師匠さんにとっては、ここは少し重要な現場のようです。
ここで何があったにしろ。
勇者はこの場にいないのですから。
さっさと真相を確かめに、魔物の群れを追いかけることにしましょう。
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