~流麗! 実家に帰るとコキ使われるのは世界共通~

 自分の部屋に入ったらギロリと部下から睨まれる。

 そんな体験をした者は、世界広しと言えどもわたしくらいなものでしょう。貴重な体験に思わず顔がほころびましたが、アンドロは逆に曇った表情を浮かべました。


「これはこれは申し訳ありません、サピエンチェさま。ノックも知らない不届き者が入ってきたのかと思ってしまいました」


 まぁ、なんて可愛らしいイヤミなのでしょう。

 アンドロちゃんの皮肉はクセになりますわねぇ~。


「気にしないでくださいまし、アンドロ。ノックを忘れたわたしが悪いのです。もっとも、自分の部屋に入るのにノックがいるのかどうかは難しいところですが」


 アンドロは肩をすくめた。

 わたしの部屋ではあるのですが、もうすっかりアンドロの部屋になっていると言っても過言ではありませんので、仕方がない部分ではあります。

 今度からはしっかりノックすることにしましょう。

 それはそれで、アンドロはシブい顔をするでしょうけど……まぁ、それも楽しみのひとつということで。

 別に部下を困らせるのが趣味というわけではありませんが、日々の変化は重要なところです。

 何も無ければ永遠に同じ。

 永遠に同じとは変化が無いこと。

 変化が無ければ、それは『無』と変わらない。

 無であるのならば、それは存在していないと同義です。生きる意味も、存在している意義もありません。

 せめて感情の起伏を楽しまなければ、ただ空気が流れているのと同じこと。いえ、それ以下の事柄でしょう。

 わたし、風にも劣る吸血鬼にはなりたくありませんので。


「おかえりなさいませ、サピエンチェさま」


 仕切り直しとばかりにアンドロは頭を下げる。椅子に乗ったままなのは、彼女の身長が低い故なので仕方がない。降りれば、机に隠れて見えなくなりますし。

 それでなくとも紙束が積まれている机です。

 忙しそうですわね。

 いつも通りと言えばそれまでなのですけど。


「迷惑をかけますわね、アンドロ」

「そう思うのならちゃんと働いてください」

「わたしが働くよりアンドロがやったほうが効率的です。適材適所という素晴らしい言葉を発明したのは人間種ですけど、わたし達が使ってもいいではないですか」

「そういうのを屁理屈といいます」

「あら下品ですわ」


 またしてもアンドロにギロリと睨まれました。

 なまじサソリでもある彼女の視線は鋭いですからね。油断すれば思った以上に伸びる毒針付きのしっぽが襲い掛かってくるでしょう。

 まぁ、アンドロちゃんの攻撃など、わたしにとっては止まっているも同然ですけどね。

 おーっほっほっほ!

 フリルお嬢様に教えて頂いた角度で笑いたいところですが、止めておきましょう。本気でアンドロを怒らせるわけにもいきませんので。

 しかし、毒針と言えば……


「アンドロちゃん」

「なんです、サピエンチェちゃん」

「上司をちゃん付けするのは、あまりよろしくないと思いますわ」

「部下をちゃん付けで呼ぶ時のサピエンチェさまは、あまりよろしくない事を考えておりますので。やられる前にやり返します」


 因果が逆転してますわ!?


「複雑な運命に生きておりますわね。まぁいいですけど。ところでところで、アンドロちゃんの毒って何毒でしたっけ? 麻痺?」


 今さら何を、という表情でアンドロちゃんはわたしを見ました。

 ちょっと気になりまして、という表情を返しておきましょう。


「はぁ。部下の能力くらい把握しておいてください。私の毒の場合、呼吸する器官に影響を与えますので息が出来なくなり死に至ります。分類すると麻痺毒に値するかと。必要でしたら分泌いたしますが、どうしましょう?」

「それって少量でも効きます?」

「はい。普通の人間程度であれば、わずかな量でも殺せると自負しております」

「分かりました。やめておきます」


 後ろでパルが安堵したような気がしますが、気のせいです。わたしの眷属化は完璧ですので、安堵の息すら吐かせません。


「毒が必要でしたら集めさせますが」

「いえ、ただの遊びみたいなものです。人間がふにゃふにゃになるのが面白かったので」

「悪趣味な遊びをしてますね。そういう可愛がり方はストルティーチァさまかアビエクトゥスさまのやり方だと思っていましたが……ついにサピエンチェさまも影響を受けてしまいましたか」


 はぁ~、と重く嘆息するアンドロ。

 なぜか部下からの信頼度が下がってしまいました。

 おかしいですわね、わたし魔王四天王の一角ですのに。人間種を支配するのがお仕事のはずなんですけどねぇ。


「不特定多数に使っていませんわよ。そこのパルヴァスにだけです」

「ん? あぁ、まだ眷属にしていたんですか? 珍しいですね、サピエンチェさまがこんなに長く同じ人間にこだわっているなんて」

「む。わたしを何だと思っているのですアンドロ」

「飽き性」

「酷い言い草ですわ。わたしは退屈に殺されているだけで、飽き性ではございません。現にこのとおり、エラントとパルヴァスを大事に大事にしているではありませんか」


 五体無事ですよ、とアンドロちゃんに紹介する。

 心無しか、師匠さんとパルからの信頼度が下がった気がしますけど、気のせいです。

 はい。

 気のせいですとも!


「知りませんよ、魔王さまに怒られても」

「論点のすり替えですわ、それ。魔王さまに怒られても、わたしはエラントとパルヴァスを捨てませんからね! 愛しておりますの。ラブです、ラブ」

「はいはい、分かりました」


 アンドロは肩をすくめて、話は終わった、とばかりに仕事に戻った。

 まったくまったくぅ。

 仕事熱心なのは良いことですが、上司がいるのに無視をするのはどういう了見でしょうか。まぁ、その仕事は本来ならわたしがやらないといけない物なので、あんまり強く言えないっていうのが本当のところなんですけど。


「はぁ~ぁ~」


 これだから実家は退屈なのです。

 仕事は楽しくありませんし、アンドロに任せるのが一番ですが、お任せしてるとアンドロは相手してくれませんし。

 自業自得で自縄自縛、ここに極まれり。

 みたいな感じです。


「それで、用事は済みましたかサピエンチェさま。特に無いんでしたら、雑用だけ終わらせて遊びに行ってください」

「明らかに邪魔者扱いは泣いちゃうのでやめてくださいます?」


 しかも仕事しながら言われると、尚更です。


「いい大人が泣かないでください」

「わたし、大人ではありません。これでも美少女ですから。あ、もちろんアンドロも美少女ですわよ。わたしより綺麗ですもの」

「少女ではないでしょう」


 アンドロは自分の胸を持ち上げた。後ろで師匠さんが、うへぇ、とイヤな顔をしたような気がしましたが、気のせいでした。


「この大きさで少女は無理です」

「安心してください、アンドロ。この世界にはロリ巨乳という言葉があるそうですわ」

「イヤな言葉同士をくっ付けるとは、最低の行いですね」


 アンドロが明らかに嫌悪感を示す表情を浮かべました。

 後ろで師匠さんも同じような表情をしているような気がしましたが、気のせいでした。

 さっきからわたしの眷属化を貫いて届いてくる感情は何なんですの!?

 もっと心まで縛ったほうがいいですか!?

 あんまり強い眷属化はやりたくないんですけど!?

 ……まぁ、それはともかく。

 あとから師匠さんに聞いてみたところ――


「いいかルビー。ロリ巨乳は最悪だ。まず幼い少女を表すロリと成熟した大人の記号でもある巨乳。相反するそのふたつの言葉を合体させるのは許されない。絶対に許されない行為だ。神を冒涜するが如く、だ。矛盾を内包して、それを是とできる気持ちがまったく理解できない。いいか、ロリとは見た目だけを意味しているのではない。純粋であり、無垢であり、無邪気であるが故に『ロリ』という言葉を使っているのだ。つまり成熟した大人が小さい体をしているのなら、それは貧相やスレンダーという言葉を使うのが妥当となる。幼児体型とも言うが、それは成熟した大人には決して使わない言葉だ。つまり、ロリとは見た目以上に内面も伴った言葉となる。見た目と内面を含めての言葉だ。対して巨乳は違う。これはどう考えても大人の証でもある。成熟しきった記号でもある。成熟とはどういう意味か考えてみるんだルビー。おまえは無邪気に笑えるか? 打算することなく遊べるか? 子どものフリはできても、大人のフリをすることはないだろう? 一度学んでしまったことを放棄できないように、一度育ってしまった巨乳女はすでに『女』なんだ。『幼女』でも『少女』でもない。『女』であり『女性』だ。そこに無垢さも無邪気さも存在しない。つまり、大人を意味している。分かったか。そういうことなんだ。ロリ巨乳とは完全完璧に共存できない相反するふたつの言葉が合体していることになる。言ってしまえば上等な肉に上等な砂糖と最高級のはちみつをぶちまけているような物だ。いくら良い物であっても、いくら素晴らしいものであっても、その組み合わせは受け入れられない。もったいない。一瞬にしてゲテモノになる。ロリ巨乳とは、そういう言葉なんだ。分かったか、ルビー。おい、こっちを見ろ。おまえはロリババァなんだから、そういう自覚を持たなくてはならないんだからな! お主の話は飽きたわ。わらわは退屈じゃ。もう寝る。って言ってくれ!」


 と言っておりました。

 ハイ・エルフよりも早口で話が長かったので面白かったけど、勢いが怖かったです。あ、ちゃんと師匠さんにリクエストを頂いたセリフは言いましたよ?

 わたし、これでも師匠さんが大好きですので!


「で、用事があるんですかサピエンチェさま」

「ありますわよ」


 それをアンドロに話す前に、パルを退出させないといけませんわね。

 ですがパルだけ外に出しては怪しまれてしまいますので、師匠さんといっしょに外に待っていてもらいましょう。


「エラント、パルヴァス。アンドロと大切な話をするので部屋の外で待っていてください」


 ふたりは静かに頭を下げると部屋から退出した。

 一応、わたしは扉から離れてアンドロの隣にまで移動する。


「……なにか重要な話でしょうか」


 少し雰囲気が違ったので、アンドロも姿勢を正すように仕事の手を止めて話を聞く体勢になった。


「これを」


 わたしは師匠さんから預かった瓶を机の上に置く。


「これは?」

「とある重要な薬です。勇者に関連するものですわ」

「勇者に……?」


 アンドロはいぶかしげに瓶を手に取ります。魔王領には存在しないポーションの瓶ですから、見た目では何も分からないでしょう。

 それでもアンドロは中身を確かめるように検めた。


「液体と粉ですわね。これを勇者に……つまり、毒ということですか?」


 どうやら先ほどの話が伏線と思ったようですわね、アンドロは。

 ですが残念。

 それは毒ではなく正反対の物です。

 もっとも――


「使い方を誤ればただの液体。普通に使用すれば毒……といったところですわね」


 正しく使えば若返る。

 というのは、秘密にしておきましょう。

 でも、アレですわよね。わたしが魔王さまを裏切っていることをアンドロが知ったら、どういう答えを返してくるのでしょうか。

 見損ないました、という分かりやすく面白味の無いものでしょうか。

 それとも、でしょうね、と笑われるのでしょうか。

 人間大好きを公言してますし、後者であればいいのですが。良ければアンドロにも師匠さんの味方になって欲しいところです。

 まぁ、師匠さんはアンドロのことを絶対に好きにならない自信がありますので、安心してアンドロを預けられますしね。下半身がサソリだとかそういう問題の前に、アンドロは巨乳ですので。しかも大人の女性ですので。


「これをどうすればいいのでしょう?」

「預かっておいてくださいまし。そして勇者がこの城に来た際にはわたしに連絡を」

「どこにいるのか分からないのに?」


 わたしは影の中から一枚の巻物を取り出す。


「メッセージのスクロールです」


 以前、師匠さんから緊急連絡用にと持たされていた物ですが。アンドロに預けて問題ないでしょう。

 というか、この時のために持たされていたと思いますので、使いどころはここです。


「わざわざこんな物を……サピエンチェさま」


 ギロリ、とまたしても睨まれてしまいました。

 そりゃそうですわよね。

 スクロールなんて魔王領で手に入りませんもの。どう考えても人間領に行っていたことはバレて当然です。


「魔王さまにはナイショにしておいてください」

「別に禁止されているわけではないので大丈夫かと思いますが……よく無事でしたね」

「太陽など、すでに克服しましたわ」


 師匠さんとハイ・エルフのおかげでマグ『常闇のヴェーレ』を手に入れることができましたので、太陽はすでにわたしの敵ではありません。

 もっとも。

 太陽が出ている間は普通の人間レベルまで落ちてしまいますが。

 それでも最近はちょっと強くなってます。アンブレランスとか重くて持て無さそうな物も持てるようになりましたし、完全に太陽を克服する日も近いのではないでしょうか。


「それにしても……勇者ですか」

「何か情報は得てまして?」

「乱暴のアスオェイローさまの領地を逃げている、と聞いております。現在地は不明ですが、どうやらウチに向かっているようですわね」

「では、我が領地に来たら保護するように。これは命令です」

「保護?」

「えぇ。アスオェイローとの約束です。勇者を倒すのはアスオくんだそうですから、手を出してはいけません。間違って殺されないように手厚く保護してください。じゃないとアスオくんと戦争になってしまいます」


 師匠さんのことが無かったとしても、ホントに手厚く保護しないとアスオくんとケンカになりそうですし。

 お友達とケンカ程度ならいいですけど、戦争は嫌です。何が悲しくて領民を危険な目にあわせないといけないのですか、まったく。


「そのための薬ですか?」

「いえいえ、違います。それはその後、アスオくんと勇者が存分に戦えるようになる薬ですわ。アスオくんってば勇者と対等に戦えて嬉しそうだったでしょ? それをお手伝いするのです」


 嘘にはほんの少し真実を混ぜるといい。

 でしたよね、師匠さん!

 上手く嘘をつけましたわ!


「ふ~ん、そうですか」


 あら?

 ちょっと納得がいってないみたいですが……まぁ、アンドロのことです。わたしが何を言おうと信用してくださいませんもの。

 いつも通りの反応ということです。

 安心と信頼のアンドロですわね。


「分かりました。そう通達しておきます」

「ありがとうございます――」

「ですので、雑用を片付けてきてください」

「う」


 ま、まぁ、仕事を頼んだのですから、仕事を請け負うのは筋というものですわね。


「なんでしょう? あまり時間のかかるものはイヤなんですけど……」

「ワガママ言わないでください。少々稀有な状況が発生しているだけです」

「稀有?」


 はい、とアンドロはうなづいた。


「魔物が大量発生したようで、その報告が入りました。さくっと殺してきてください」

「えっ、それは大変ですわ。どこでしょう? 街や村に被害が出る前に倒しておきますわ」


 アンドロは少しだけ嬉しそうに笑ってから机の上に地図を広げた。

 簡易的なわたしの領地の地図。

 アンドロが示したのは、ここから南に位置するところで――


「アスオェイロー領との境界あたりです」


 そう告げたのでした。

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