~卑劣! しあわせな支配~

 お城が丘の上というか山の上にあるので、文字通り『城下街』を歩いて移動する。

 今回で二度目なので、そんな驚くようなことはないのだが……


「あら、サピエンチェさま。今日はご機嫌ですねぇ」

「まぁまぁ、おばあちゃまも元気そうで。今日は良い天気なのでわたしの機嫌もいいのですわ」

「そうそう、サピエンチェさま聞いてくださる? ウチの娘に孫が生まれて。サピエンチェさまに是非とも抱っこして頂こうと思っているのですけど、いいかしら?」

「もちろんです。今からでもよろしくて?」

「えぇ、こちらです」


 そんな風に、地元住民と触れあう領主さまの姿を見ることになった。というか、領主さまってより村長レベルじゃねーのか、このフレンドリーさ。とも思ってしまう。

 ルビーらしくてイイとは思うけど、支配者としては間違っている気がしないでもない。

 いや、別にいいんだけどさ。

 というか俺……エルフの赤ちゃんって初めて見たんだけど?

 エルフという種族は、エルフの森に引きこもっているのが通常で。森の外に出ているエルフは基本的には仕事人だ。

 エルフ同士で結婚したり引退したりすると、みんな森に帰ってしまうことが多い。

 そんなわけで、エルフの赤ちゃんに会いたければエルフの森に行くしかない。森の奥深いところに住んでるので、そんな理由で会いに行くには、よっぽどの変人かエルフ好きしかいないが。

 でも、エルフっていうのは美男美女ぞろいの長命種。

 赤ちゃんであっても『美しい』という感想を持ってしまうのは、なかなか稀有な経験だ。赤ちゃんって基本的には可愛いものだけど、エルフ種にはこの赤ちゃんが可愛く見えてるのだろうか。種族差っていうのは、まったくもって根深いというか文化の違いをみられるなぁ。

 まぁそれも。

 魔王が大陸の北側を支配したせい、と言えるのかもしれない。

 魔王領に残されたエルフは、どうあがいてもエルフの森には帰れない。

 純粋なエルフの赤ちゃんを見ることができるっていうのは、なんとも皮肉が効いているような気がしないでもない。

 そんな人間種と敵対しているのが魔王なわけで。

 新しく生まれる人間種を祝福している魔王直属の四天王。

 いったいどんな感情でこの矛盾を受け入れているのか、魔王の気持ちはちょっと分からないな。

 もっとも。

 魔王の気持ちが理解できるのなら、俺は勇者側に立つべきではない。

 吸血鬼の眷属になっていながら、そう思うのも……やっぱりちょっと矛盾しているような気がしないでもないけど。

 なんとも複雑な状況だなぁ、まったく。


「お~、よちよち。立派に育つんでちゅよ~。人は国の宝です。あなたも立派なエルフに育ってわたしの宝物のひとりになってくださいませ」


 ルビーは嬉しそうにエルフの赤ちゃんを抱いていた。

 人間種と魔物種が仲良く生きている支配地。

 それが知恵のサピエンチェの統治なんだろうけど。よく魔王サマに怒られないものだ。どう考えても元から裏切っているようにも思えるし、それを是としている魔王サマも裏切りを容認しているような感じだ。


「……」


 もしかして、魔王サマにはもうバレてるんじゃないだろうか?

 元より人間種を滅ぼすべき、と敵対している魔王が。

 こうして、人間種と仲良くしている部下を許すだろうか?

 普通に考えれば……ルビーの行動は許せるはずがない。

 もちろん、人間種の一部の種族は食べられている。家畜のように産まされ、育てられ、そして肉屋に並んでいるのは知っている。

 でも。

 それとは別に、普通に暮らしている人間がいるのだ。

 それを魔王はどう思っているのか。

 まったくもって想像ができない。

 人間種で言えば――勇者が魔王の配下になるようなものだ。世界の半分を引き換えに魔王の配下になる、なんていう笑い話は良く語られる事柄でもあるのだが、それに首肯した勇者を人類側がどう扱うか、なんてことは考えるまでもない。

 裏切者と声高に叫び、勇者に対して、魔王よりも深い憎悪に包まれるはず。


「……」


 そうなっていないのなら。

 まだ、魔王にはバレていないと考えていいのだろうか……

 分からん。

 なにせ魔王サマのことは、まったくもって知らないので当たり前といえば当たり前なんだけど。何を考え、どういう行動を取り、何を基準に置き、どこを見据えて魔王領を統治しているのか。

 分からん。

 だが少なくとも――

 少なくとも、パルの『悪ふざけ』に付き合ってくれるほどの器量がある王……なのは、確かだ。仁義を切る、を付き合ってくれる程度には、話の分かる王ではある。

 でも、それだけで判断するのは恐ろしい。

 あれは偶然に機嫌が良いだけの話であり、普段は問答無用で人間種をぶち殺しているのかしれないしな。

 今の段階で判断することは危険だ。

 思い込みや予測や推測で相手の力量を決めつけてしまうのは死に繋がる。

 魔王サマと会話は充分に成り立つ、なんていう思い込みで殺されてしまっては、何の意味もないのだから。

 そもそも魔王サマの種族すら分かっていないし。

 なんだあの禍々しい黒い鎧は。

 おどろおどろしい凶悪な、まるで悪魔の角のような兜も印象的だったが、そればっかりで顔どころか体の一部も見えやしなかった。

 少なくとも身長は俺や勇者と同じくらいで、巨人族ではない、ということぐらいしか分からない。

 ルビーが問題なく勇者側に付いてくれた時に聞いてみるか。

 実際に勇者と顔を合わせないと、どう転ぶか分からないしなぁ。もしかしたらあいつはルビーを拒絶するかもしれないし。

 いや、勇者は受け入れるだろうけど、賢者や神官がなぁ。

 なんだっけ?

 卑劣な技を使う盗賊はいらない、だったっけ?

 そんな言い訳で俺を追い出したわけだから、吸血鬼のルビーを受け入れるわけがないんだよなぁ。

 まぁ、もともとパルをパーティに送り込んで俺とルビーは裏からバックアップするつもりだったけど。

 アレか。

 吸血鬼って黙っておけばいけるか?

 う~ん。

 まぁ、まだまだ時間はある。おいおい考えていこう。臨機応変ってやつだ。うん。


「ただいま帰りました」


 ごちゃごちゃと考えている間に、俺の身体はルビーの城に到着した。

 いやぁ、便利だな眷属化って。

 思考してるだけで体は勝手に動いてくれる。しかも今回は視線すらあんまり制御できないので、もう考え事をするしかない、って感じだ。

 ルビーは入口にいた石像……のようなガーゴイルをよしよしと撫でる。ペット扱いなんだろうけど、俺からしたらちょっと怖い光景だ。

 なにせ魔物だしなぁ。

 遺跡なんかでは石像に擬態して冒険者を襲っているところを見たことがある。それを思い出してしまうと、気楽にルビーが触っているのが嘘のようにも思えた。

 でもまぁ、ガーゴイルとは『犬と狼』のようなモノと言えるだろうか。

 ほとんど同じ種族なのに、片や人間といっしょに暮らすペットでもあるし、片や人間を喰らう野生の獣でもある。

 モンスターのガーゴイルと、魔物でペットなガーゴイルと思えば……まぁ、なんとか?


「エラントとパルヴァスも撫でてあげてください」


 ルビーに命令されて、俺の体は勝手にガーゴイルを撫でる。

 やっぱり石像に模してるだけあって硬いんだけど、でもその内側にある肉感が分かって、なんとも複雑な撫で心地。硬い皮膚を持った生き物と考えれば、まぁ、分からなくもないような感じ?

 俺はガーゴイルの頭を数回撫でてやって止めたんだけど、パルはわしゃわしゃと撫でている。意外と激しいが、ガーゴイルは嬉しそうにお腹を見せて寝ころんだので、パルは追撃するようにお腹を撫でまわした。


「……な、なんだか複雑な気分ですわ」


 それはご主人様として負けたのか、それともガーゴイルが人間に弱点である腹を見せて撫でることを要求している姿なのか。

 ルビーの心情を理解できなかった。


「はいはい、もういいでしょパル。相変わらず人懐っこいというか、人たらしというか。この場合はガーゴイルたらし、ですわね。ぜったいに愚劣のストルティーチァに会わせたくないですわ……」


 愚劣のストルティーチァはドレイクという種族だったか。

 ルビーがそうつぶやいた意味は理解できなかったが、なんにしてもあのイケメンをパルに会わせたくないのは分かる。

 俺、負けるもんなぁ……

 あぁ、でもどうしよう。

 パルが勇者のほうがステキな男だと気付いたら。

 俺、負けてるもんなぁ……


「どうしました師匠さ――エラント。足が止まってますよ?」


 俺はお城に入ったところで足が止まっていた。

 どうやらがっくりと落ち込んだのが肉体に影響を及ぼしてしまったらしい。

 どんだけだよ、俺!

 フラれる想像だけで体を止めてんじゃねーよ!

 だったらさっさと抱いてしまえ!


「あ、動き出しましたわね。なにかございまして?」


 フッ――と体の制御が戻る。

 眷属制御を突破するぐらいなことがあったのか、とルビーが心配したようだ。


「いえ、なにもありません。気にしないでください」


 俺は動揺を瞬時に決してポーカーフェイスで乗り切った。


「そう? もしも問題があるのでしたら、すぐに言うんですよ」

「はい」


 再び眷属化されて、体は自動的に動き出す。

 ルビーは階段を登って、自分の部屋へと向かう。その間にも周囲には人の気配というか魔物の気配があって、それなりに忙しそうな感じだ。

 ルビーに挨拶をしないのは、これが日常だからっぽい。ほとんど留守にしているので、当たり前といえば当たり前なのだが、領主というか支配者の扱いとしてはどうなんだろうな。

 まぁ、人間種と魔物種で考え方とか文化がまったく違う可能性があるので、俺がとやかく言うこともないか。

 ガチャリ、と自室のドアノブを回してルビーが入ると――


「あら、おかえりなさいサピエンチェさま」

「ただいまアンドロ。ちょうど良かったですわ」


 忙しそうに書類を整理する下半身がサソリの女性、アンドロがいたのだった。

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