~卑劣! 野暮用で魔王領~
夜明け前。
「ふぎゃああああああああ!?」
という悲鳴が向かいの部屋から聞こえてきて、俺は飛び起きた。
すわ、魔物の襲撃か!?
素早く立ち上がり、ベッドの上で投げナイフをかまえたところで――
「あ?」
ここが自分の家であり、しかも自分の部屋であることを思い出した。
「……なんだ、ルビーか」
聞こえてきたのはパルの悲鳴。
どうやらパルは、自分の部屋を手に入れたことで最大限に油断していたらしい。夜明け前ということもあり、ルビーは影に潜む能力を使ってパルの部屋に侵入したのだろう。
足音も無ければ扉を開いた音すらも存在しない。
まさに完璧な侵入方法。
だが、やろうと思えば俺でも出来るわけで。それこそ、俺ができるのであればそこそこ経験を積んだ盗賊ならばみんな出来るということだ。
いくら自分の部屋が出来たからって、なにひとつ油断できることではない。
鍵があろうと、なかろうと。
「はぁ」
まったくまったく。
パルがどんな攻撃を受けたかは分からないが、油断していた罰みたいなもの。
あぁ~。
まったくまったく。
まったくもって情けない。
うん。
「……」
いやぁ、でもアレですよね。
俺も油断してなかったか、と言われればもう顔をそむけることしか出来ないので、最初にパルを襲ってくれて良かったと思ってる自分が少しイヤ。
まったくもって情けないのは、師弟そろってのことなので。ため息が自然と漏れ出てしまうのは弟子の不甲斐なさではなく、俺の不甲斐なさでもある。
うん。
しかし、おかしいよな。
自分の家の自分の部屋って、最大限に油断して良い空間じゃなかったっけ?
「まぁ、これも修行だな」
日々是修行也。
日々これ修行なり。
ルビーの同僚、四天王のひとり乱暴のアスオェイローの言葉だそうだ。
さすが、勇者と一騎打ちで引き分けただけのことはある。
含蓄のある言葉だなぁ~。なんて思うけど、生真面目にオーガ種が修行なんかしてくれるな、とも思う。
ただでさえ種族差が激しいのだ。
戦闘に関しては、それこそ全ての身体能力が上回っているオーガが、真面目に修行と訓練に身をやつしたなら、どうなってしまうのか。
火を見るより明らか、というやつだろう。
「はぁ」
とりあえず一息。いや、二息は入れる。
気分を入れ替えてから部屋の外へ出ると――ルビーとばったり廊下で出会った。
「おはようルビー」
「おはようございます師匠さん。いま起こしに行こうと思いましたのに」
「あの悲鳴で起きないヤツはいないよ」
「うふふ」
まったく何をしたのやら。
「気分がいいので朝ごはんを買ってきますわ。師匠さんはサンドイッチでしょうか?」
「あぁ、シャキシャキの野菜が挟んであるヤツを頼む」
了解しました、とルビーは階段を下りていく。
そんな彼女を見送ってからパルの部屋をノックするが――返事が無かった。
なんだ? そんなダメージをくらったのか?
「大丈夫かパル? 入るぞ」
部屋の中に入るとパルが両手で顔を覆っていた。
とりあえず見たところ怪我や傷を負っていることはないし、意識もしっかりしている。呼吸はちょっと荒いが、まぁ許容範囲だ。
「うぅ、ししょう~」
「なんだ、何をされたんだ?」
「寝てる間にルビーにキスされました」
「ご褒美じゃないか」
「むぅ!」
まくらが飛んできたのでキャッチする。投げにくいはずのまくらで、ここまでの速度が出せるのは、なかなかの腕前。
投擲スキルは、もう完璧だな。なんだかんだ言って投擲の才能はあったパル。俺より遥かに筋が良い。
よしよし。
次の段階に進んでいい頃合いだ。
「サチともキスしてるし、それぐらいいいじゃないか」
「舌を入れられました」
「……詳しく――あ、いや、なんでもないです」
「むぅ!」
何か飛んでくるかと思ったが、投げられる安全な物が近くに無かったので、パルはきょろきょろと部屋の中を見渡し、最後には自分が突撃していくという暴挙に出た。
もちろん避けたりしない。
ちゃんと受け止めてやる。
「師匠、上書きしてください」
「キス?」
「はい」
「……う~む」
「おはようのちゅーです」
「それだと、まぁ、いいか」
ホントはダメなんだろうけど。
でも、朝のちゅーって、国によっては挨拶でしているところもある。って、聞いたことがあるし、挨拶くらいなら大丈夫だろう。
文化だ。
異文化交流だ。
きっとロリを司る神さまも許してくださるはず。
というわけで――
「うへへへ」
パルとおはようのちゅーをした。
舌は入れませんでした。
「む。機嫌が直ってますわね。さては師匠さん、何かしました?」
「挨拶をしただけだ。安い物で機嫌を直してくれる素晴らしい弟子で良かったよ」
「ん~? ホントですのパル?」
「挨拶しただけだよ~」
そこに一切の嘘が含まれていないので、ルビーでも読み解くことはできまい。逆に考えると、魔物種の間ではおはようのちゅーが文化として根付いていないようだ。
まぁ、身体の大きさや作りがまったく違う種族同士が暮らしているとも言えるし。あまり肉体的に触れあう文化は育たなかったのかもしれない。
下半身がサソリのアンドロさんといっしょに寝ろと言われても、どの程度の配慮をしていいのかまったく想像もできない。
そもそもアンドロさんって寝ころぶことができるの?
腰が折れたりしない?
なんかそんな風に思ってしまうので、おはようのちゅーどころではない。場合によっては、いっしょにお風呂に入るのも怖い。
「いただきま~す」
なんてことを思っている内に朝食となった。
俺のわがままが通ってしまったらしく、今日の朝食はサンドイッチ。野菜がシャキシャキで美味しい。パルのサンドイッチは鶏肉がたっぷり使われたチキンサンドで、ルビーはたまごサンドだった。
「ごちそうさまでした」
テーブルを囲んで、食事をして。みんなでごちそうさまを言っただけなのに、なんだか少し嬉しい。
家族ってのは、こういうものなのかな。
なんて思ったりするけど、普通の家族から見ればまだまだイビツな状態なんだろうな。
「ルビー」
「はい、なんでしょう?」
「ちょっとルビーの実家で用事を済ませて欲しいんだが、いいか?」
家も手に入れたし、盗賊ギルドから頃合いの依頼もない。
というわけで、済ませるべき用事はさっさと済ませておくのがベストだろう。
「――はい、いつでも歓迎しますわよ」
少しだけ間を置いて、ルビーはなんでもないような感じでうなづいた。
対して、パルはわなわなと震えている。
あぁ、そうか。
パルにとっては、あまり良い思い出の無い場所。むしろトラウマになっているといっても過言ではない場所でもある。
ルビーの城を思い出しただけでも震えてしまうのは、無理もないか。
いずれ魔王と相対する必要があるが。それを無理に克服しては、パルの精神性に問題が出る可能性が高い。
ゆっくりと着実に進むのが一番だ。
「し、し師匠」
「大丈夫か、パル」
「そ、それってご両親に挨拶に行くってヤツですか!?」
「は?」
「じ、実家ってそういうことですよね!?」
「違うよ?」
「嘘だー!」
いえいえ、嘘じゃないです。
というか――
「実家って言い方が悪かったか。ルビーがいつも実家って言ってるからつい口に出してしまったが、城だぞ、城。あとルビーに両親はいない」
「……あぁ!」
あぁ、ってなんだよ、あぁ、って。
「つい忘れてました」
「まぁ、それならいいんだけど。どうする、留守番しててもいいぞ?」
「イヤですぅ! あたしも行く! 付いてくるなって言われても付いていきますぅ!」
そう言ってパルは俺の腕にしがみ付いてきた。
ぜんぜん平気そうだし、トラウマにはなってないのか。
まぁ、時間遡行薬をアンドロに預けるだけの簡単な話だ。転移のマグがチャージされる半日ほどお城に留まるだけで、危険も何も関係ない。
むしろ前回のタイミングが悪すぎただけで、そうそうと四天王が集まることもないし、魔王サマとばったり出くわす心配もない。
眷属化されている間に終わる、簡単な話だ。
「分かった分かった、連れていく。だが、危険な場所には変わりないので、しっかりと装備点検していくこと」
「はい! 分かりました!」
さっそく自分の部屋に戻って装備を整えていくパル。
その隙に、俺はルビーとこっそりと話を通した。
「頼む」
「了解ですわ」
というわけで、俺も装備と点検をしっかりやって。
準備を万全に整えてから、三人で魔王領に転移した。
「アクティヴァーテ」
転移した先は、前回ルビーが最初に転移した場所と同じところ。いきなりお城に転移するには、やっぱりちょっと怖いので、こっちにしておいた。
いわゆる城下街の手前、といったところか。
相変わらず空には分厚い雲。光の精霊女王ラビアンの加護も、魔王の支配もあってか、半減してしまっている。
そのかわり、ルビーの吸血鬼能力が解放されるので、彼女は黒いドレス姿になった。
「眷属化いたしますわね」
「強めに頼む」
「分かっておりますわ。いいですわね、パル」
もちろん、という具合にパルは何度もうなづいた。
平気な顔をしているけど、それでも思うところはあるのだろう。
先にパルを眷属化してもらう。ぴく、と体が震えたかと思うとまるで人形のようにピッシリと指先まで伸ばすパルの肉体。
明らかに制御が強いのが見て分かった。
そんなパルを見てルビーは苦笑する。あまり良いように思っていないのは『楽しくない』からなんだろうな。
なんだかんだ言って、ルビーは支配者。
対等に口ゲンカしてくれる存在など、パルを置いて他にはいまい。
「では、師匠さんも」
「あぁ」
そう答えつつ、俺はパルの死角になるように前に立ち、ルビーに時間遡行薬の瓶を渡した。
「頼む」
「分かりました」
ルビーはハッキリとうなづき、俺の体も眷属化させた。まるで硬直したように体の自由が奪われるが……意識には問題ない。
気分的には寝ているだけで体が勝手に動いてくれるような、そんな感じ。
むしろ楽ちんでもある。
「では参りますわよ、お供たち。返事はガッテンです」
「「ガッテン!」」
……何を言わせてくれるんだ、この吸血鬼!
というか瞳をキラキラさせるんじゃない!
なにか、いま良いことを思いつきました、という表情だろそれ!
「師匠さ――いえ、エラント。ちょっと、ルビー大好き、と言ってみてくださらないかしら」
「ガッテン! ルビー大好き」
「ガッテンはいりません!」
「ガッテ――ルビー大好き」
「ぶふっ!」
笑ってんじゃねーよ!
というか俺の肉体も、もっと臨機応変に反応しろよ!
「はい、パルヴァスも言ってください」
「ルビー大好き」
「よろしい。知恵のサピエンチェは満足です」
……いや。
パルもキスひとつで機嫌を直してくれる安い女だとは思っていたけど。もっと安い女がここにいたわ。
知恵のサピエンチェ。
ルゥブルム・イノセンティア。
ちょっとアホっぽくて、俺は好きです。
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