~卑劣! さっそく弟子の部屋でイチャイチャ~

 ふぅ、と俺は息を吐いた。

 緊張しない、と言えばまったくの嘘になる。しかし、それをパルに見せては彼女が不安になるだけだ。

 ここは師匠として堂々とした振る舞いを見せないといけない。

 パルの部屋。

 新しい家具ばかりなので、あんまり『パルの物』という空気感は無い。まだまだ場に馴染んでいなかった。むしろ、どこかぎこちない感じもただよっている。

 もちろん、それは気のせいなんだけど。

 それでも、俺の部屋と同じような空気なのは仕方がないのかもしれない。

 俺もパルも同じ孤児であり、同じ孤児院に拾われていた。

 孤児院には、こんな風に個人の部屋なんて無かった。さすがに男女は分かれていたが、狭い空間に何人もの子どもがいっしょになって寝ていた。

 そこにプライベートな空間なんて、微塵もない。

 いつでもどこでも、誰かがいた。

 ひとりっきりになんて、一秒たりとも訪れなかった。

 同じ境遇の少年少女と共同生活は、俺にとっては苦ではなかったけど――いつの間にか居なくなる子どももいた。

 その理由は分からない。

 逃げたか、それともどこかで殺されていたのか。

 場合によっては、誰かに拾われた可能性もある。

 忙しい商人なんかは、従業員見習いや手伝いと称して孤児を引き取ることもあった。もちろん待遇はあまり良くないし、給料なんかは出ない。いわゆる奴隷と同じだ。

 それをあえて見逃すのは……孤児院の懐具合にもよる。孤児が増えれば日々の食事は質素となり、孤児が減ればそれだけ余裕が生まれる。

 だからこそ、孤児院が併設されている神殿の神官たちは、あえて居なくなった子ども達を探さない。

 例え近くの路地裏で生きていようとも。

 同じ街中で倒れていようとも。

 あえて探そうとはしなかった。


「はぁ……」


 今度は別の意味でため息が出た。

 いかんいかん。

 こんな時に暗い気持ちでは、それこそ弟子を不安にさせてしまうというもの。

 俺は自分の頬をパンパンと二度ほど手で叩いた。

 それと同時にパルが戻ってくる。自分の部屋なのに、少し遠慮気味なのは……まだ慣れていないからか、それとも俺がいるからか。


「た、ただいま戻りました」

「ちゃんと出してきたか?」

「う、うい」


 ちょっぴりくちびるを尖らせて返事をするパルに、俺は苦笑する。そんな俺を見て、パルは怒ったような表情を浮かべるが、それでも照れるように頬を赤らめてベッドに座った。

 ぱふん、とパルの体重を受け止めるベッド。

 どうやらマグの効果を解除しているようだ。

 まぁ、いきなり重たい体でベッドに乗って、せっかくの新品を潰してしまうわけにもいかないし。パルなりに大切に使いたいのだろう。


「タオル、多めに敷いておくぞ。万が一があるからな」

「ゆ、床でやりません?」


 おずおずと進言するパル。

 人差し指同士をツンツンと合わせて、もじもじしている。


「ちゃんと出してきたんだろ」

「出しましたけどぉ……うぅ~、そんな言わないでください」


 まぁまぁ、とパルの肩に触れると、びくり、と彼女は身体を震わせた。


「おいおい。そんなビビってるのか?」

「だ、だって~……初めてなんだもん」

「気持ちは分からんでもない」

「や、優しくしてくださいね師匠」

「おう。ゆっくりやるから安心しろ」


 パルは大きく息を吸って、吐いた。

 緊張感がありありと感じられて、落ち着きがない。

 意外と根性があるようでビビりというか、ここぞという時には勇気があるくせに、こういう余裕のある時にはダメになる。

 変な精神性だなぁ、パルは。

 でも可愛いと俺は思う。

 うん。


「ほら、こっちこい」

「はい……」


 俺は両腕を広げる。パルは少し遠慮がちに抱き着いてきた。そんなパルを抱きかかえるようにして、後頭部あたりを撫でてやる。


「……ししょう」

「なんだ?」

「師匠もドキドキしてますよ。心臓の音、速いもん」

「そりゃそうだ。だって愛すべき弟子を抱きしめてるんだ。これで平静でいられるヤツは弟子を愛してない」

「師匠の場合、意味が違いますからね」

「うるせーよ」


 しばらく、たっぷり、俺はパルを抱きしめてやった。


「そろそろいいか?」

「は、はい」

「よし、じゃぁベッドに寝かせるぞ」

「う、うぅ~」


 抱きしめた形のまま、俺はパルをベッドに寝かせる。ぎゅう~っとしがみついていたパルの腕が少しだけ弱まって離れたところで、俺は体を起こした。

 ベッドの上に、パルの金髪が広がる。

 俺のことを、少し潤んだ瞳で見てくる光景は……それこそ一枚の絵画のようでもあった。

 ララ・スペークラが見れば喜び勇んで筆を取るだろう。

 可愛らしくもあり、綺麗でもあった。

 でも、まだまだ美しいとは言えないな。幼さの残る顔と、まだまだ発展途上の子どもらしい体付き。美人ではなく、かわいい。間違いなく可愛い。十人いれば十人が可愛いと思うはず。

 うん。

 そこが素晴らしい。

 うん。


「じゃぁ、やるぞパル」

「はい……うぅ」

「身体の力を抜け。無駄に力が入ってると痛いだけだぞ」

「だ、だって……」

「俺を信用しろ。ほら、息を吐いて」

「はぁ~……」

「吸って」

「すぅ~……」

「落ち着いたか?」


 何度かそれを繰り返すうちに、こわばっていたパルの体から徐々に力が抜けていった。


「はい……たぶん……」

「はは。まぁできるだけ力は抜いてろよ」

「分かりました。あ、し、師匠」

「なんだ?」

「頭、撫でてください」

「分かった分かった。よしよし、パルはイイ子で可愛いなぁ」

「好きって言ってください」

「好き」

「うへへ」

「おまえ、実は余裕あるだろ」

「な、ないですもん」

「じゃぁ遠慮なくいくぞ」

「あ、いや、ま、まま、待って待って」

「ダメだ。ほら、入れるぞ」

「あ、や、やだやだ、ま、ま、んっ! 痛っ……い」

「我慢しろ。ほら、もうちょっとだから」

「わ、わかって……んっ、んあ……」

「ほら、大丈夫だろ」

「あ、はぃ……んぅ」

「ん?」

「はう……な、なにこれぇ~……」

「どうした?」

「なん、なんか、うにゃ~ってなる……」

「なんだそりゃ」

「なんか、ぽわ~ってしてきました」

「ほう」

「はい。あ、でも、お、お酒のんだ、みたいなかんひ……うにゃ~……っへ、かんひへす」

「あらら」


 どうやらマニューサピスの麻痺毒とパルの相性はそこそこ良いらしい。

 耐性が無い者は少量でも毒を入れられると身体が麻痺して動かくなくなる。しかし、そこそこ耐性がある者ならば、麻痺まではいかない。

 もっとも、それは少量であればの話だ。

 完全耐性のギフトでもない限り、麻痺の無毒化は難しいだろう。

 パルには耐性はあるようだが……残念ながら完全耐性ではないのか明らか。

 麻痺にも似た症状であるお酒が入った時のような感じで、身体が反応してしまったと思われる。


「手は動くか? ほれ、腕をあげてグーとパーをやってみろ」

「あい」


 パルは手を持ち上げてグーパーしてみせる。

 やはり麻痺症状は出ていないな。


「足はどうだ?」


 パルは足を動かしてみせる。

 こちらも問題なく動けそうだ。


「お股もひらきまふよ。えへへ~」

「こらこら。可愛い娘がするようなポーズじゃない」

「かわくなければいいんへすか?」

「この世に可愛くない女の子なんていないからな。そのポーズをやってもいいのは、女の子じゃない。『女』だ」

「ししょう。もしかひて、さいてーなこと言ってまへん?」

「気のせいだ。というかおまえの場合、毒は体じゃなくて頭と舌に出てるんじゃないのか?」


 酩酊しているような症状を見るに、麻痺耐性があるんじゃなくて、部位に耐性がある感じなのかもしれない。


「ひた?」

「口を開けて、舌を出せるか?」

「んへ~」


 パルは口を開けるが、舌はまったく出てこなかった。

 試しにパルのほっぺたをむにゅむにゅとつまんでみる。


「これ、触ってるの分かるか?」

「あんまりへす」


 次は肩を触る。


「これは?」

「わかりまふ」


 手、足と触ってみるが、感覚はある。やはり肩から上に麻痺毒がまわっている感じか。


「ひひょう」

「なんだ?」

「おなかもさわっへください」

「ここか?」


 おへそのあたりを撫でてやる。


「う~ん、感覚ないかもへす。もうちょっと上はどうへすか?」

「ここ?」

「あ~、あんまりへす~。あ~、じっけんしないと~。もっと上はどうです?」

「断る」

「じゃぁ、もっと下、おへその下あたりも実験しとかないとですよね? ねぇ、師匠」

「おい」

「なんですか?」

「もう麻痺消えてるぞ」

「いえいえ、そんなこと無いです。ほら、師匠。触ってみてください。これは重要な実験なのですから、ちゃんと触んないとですよ!」

「そんなはっきり喋られて実験も何も無いぞエロ弟子」

「エロ弟子!?」


 とろーんとした話し方だったのが、もうハッキリと反応できてるじゃないか。

 まぁ、ほんの少量の麻痺毒を指先から入れた程度だからな。効果が無くなるのは早いことは分かっていた。

 万が一に備えておしっこはしておいてもらったけど。

 もしも耐性が無くて、むしろ弱点だった場合、身体中の力が抜けてしまうのでダダ漏れになってしまう。

 麻痺耐性を調べる実験には注意が必要だ。


「うぅ~。いつかちゃんと触ってくださいよ師匠」

「覚悟が決まったらな」

「あんまり遅いと、あたしお婆ちゃんになってしまいますからね」

「……それまでには絶対やろう」

「師匠は意気地なしの優柔不断」

「うん」


 その通りなので、否定できないです。


「もう、もう、もう、もう!」

「だってしょうがないだろ。手を出したら普通はダメなんですからね!?」

「分かってるけど、いいじゃないですかぁ!」

「えー」

「えー、じゃないですよ、えー、じゃ! もう師匠~。抱っこ!」

「はいはい」


 抱き着いてきた弟子をそのまま抱きしめてやる。

 これくらいは大丈夫なんだけど、あんまりやると反応しちゃうので精神統一が必要です。

 すぅ~、はぁ~。

 心よ鋼と化せ。

 俺は今、神々の精神性を凌駕している。

 うん。


「パル~! 今日の修行はなにをします――ぎゃああああ!?」


 ノックもせずにルビーが入ってきて俺たちの姿を見て叫び声をあげた。


「ごめんなさい! せっかくのチャンスをわたしが、わたしが潰してしまったことにぃ!」


 なぜか土下座するルビー。

 吸血鬼の土下座って、こんなに安いものだったっけ。何度も見るとありがたみがゼロになっていくなぁ。


「ルビー、顔をあげてくれ。大丈夫だ、問題ない」

「え?」

「師匠に抱っこしてもらってただけだよ~」

「なんだ、そうでしたの」


 ルビーはホッと胸を撫でおろした。

 ……内心、俺はビビりまくったけどな。なにせ、さっきのパルの誘惑に負けていろいろやっていたら、そこれそルビーに思いっきり邪魔されてしまったわけで。

 危なかったぁ。

 イエス・ロリー、ノー・タッチの原則を守った意味があるというもの。

 ありがとうロリコンの神さま。

 いるのかどうかは分からないけど、俺を救ってくださってありがとうございます。

 俺、信者になります!

 存在してらっしゃったら、是非とも声をかけてください!


「でもいいですわね。わたしは抱っこじゃなくて血が飲みたいですが」

「いいぞ」

「ルビーもいっしょに抱っこしてもらう?」

「では遠慮なく」


 パルの隣にルビーはおさまって、彼女の腰に手をまわす。ベッドの上でふたりの美少女に抱き着かれてるなんて、昔の俺では想像もしなかったなぁ。

 はっはっは!

 見ろ、勇者よ!

 パーティ追放されたけど、俺はめっちゃしあわせに生きてるぜ!

 ざまぁ!

 ……って勇者に言うのはお門違いだよな。

 ごめんね。


「かぷっ」


 少しの痛みとじんわりとしたルビーのくちびるの温もり。

 それと体に感じるパルの体温。


「んふふ」


 それが、自分の家で感じられるなんて。

 しあわせとは、こうやって形に出来る物もあるんだなぁ。

 なんて思ったのだった。

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