~卑劣! ただいまを言える場所~
一階の掃除は無事に終わり、二階の掃除をすることになった。
階段をあがったところには少し広い共有スペースのような場所がある。床の傷から推測するに、ここにはテーブルと椅子があったようだ。
「ふむ」
テーブルの足と思われる四つの跡。あまり幅は大きくなく、長方形の形だったようだ。
その長方形のテーブルに向き合うように椅子を引きずったような跡がふたつあった。
ここから導き出せる結論は――
住んでいた人間はふたり、と判断できる。
「パル、この空間から読み取れることはなんだ?」
せっかくなので弟子の盗賊能力を鍛えておこう。
痕跡から読み取れる能力は、戦闘では必須ではないが、盗賊としては鍛えておいたほうがいい。場合によっては魔物の種類や大きさが分かるだろうし、不意打ちや逃げるといった選択肢を提示できるようになる。
「う~んと……愛の巣、ですね!」
ぺっかー、と屈託のない笑顔でパルは答えた。
どうやら新しい家に浮かれて、頭の中がバカになってしまっているようだ。
いや、でも間違ってはいないのか。
椅子がふたつで、ふたり暮らしということが分かる。椅子を引きずった痕跡は、片側がより強く残っているので、こちら側を主に使っていた者は体重が重かったことが読み取れる。
素直に考えるならば男と女が暮らしていた。
つまり、愛の巣というのはあながち間違ってはいない。
「ふむ、やるなパル」
「うへへへへ」
「何をやってるんですか、この浮かれポンチさん達は」
そんな俺たちを見てルビーが肩をすくめた。
ポンチって何だ?
魔界の生き物のことなんだろうか?
分からんなぁ。
ちなみに二階の部屋割りは、階段を上がった側から見て、手前の左の部屋が俺、その向かい側の部屋がパルで、その隣がルビー。
俺の隣の部屋――屋上に続く階段がある部屋はお客さん用の部屋、ということにしておいた。
まぁ、お客さんなんて滅多に来ないだろうし、結局は物置になるんだろうけど。
「ねぇねぇ、師匠」
「なんだ?」
「鍵つけてください」
あぁ、そうか。
二階の各部屋には鍵は付いておらず、いつでも誰でも入れる状態だ。まぁ、俺とパルは師弟関係でもあるし、ルビーは鍵を無効化する影能力持ち。
こういった関係ではあるのだが、節度というか、プライベートというか、そういうのは大事だよな。
ましてやパルだってお年頃の女の子。
家がある、というだけで涙をこぼすくらいに思い入れが強いとなると、それこそ自分の部屋はお城や領地にも匹敵する空間になる。
そんな王国には、俺でさえも土足で踏み入って良いわけがない。
パルが鍵を欲しがるのは当たり前の話だ。
「分かった。腕の良いドワーフに頼もう。それまではパルの部屋に入らないようにするよ」
「ん?」
「え?」
なにか違った?
「あ、そうじゃなくって。師匠の部屋に鍵を付けて欲しいんです」
「俺の部屋?」
うんうん、とパルはうなづいた。
「師匠の部屋に鍵がないと、あたし……夜中におトイレに行ったあと間違って師匠の部屋に入っちゃいそうで……くひひひ」
女の子がしちゃいけない笑い方してるぞ。
それ、強欲商人が奴隷の女の子を前に浮かべる笑い方じゃない?
美少女だからセーフだけど、俺がその笑い方をすると一発でアウトだ。なにもしていないのに衛兵に捕まってしまうと思う。
「あたし、自分の家なんて初めてだから。間違って師匠のベッドにもぐりこんじゃうと大変なので~」
「この浮かれポンチめ」
「やだ、師匠。えっち」
「え!? ポンチってえっちな言葉なの!?」
「違いますわよ!?」
関係ないルビーが無意味にダメ―ジを負いそうになったので、慌てて否定してきた。良かった。ポンチって、アレのことかと思ったじゃないか。
とまぁ、なんだかんだ言って俺も浮かれているのには違いない。
なにせ自分の家。
自分の城。
気分が浮ついてしまうのも無理はない、と思ってもらえると嬉しい。
そんな感じで各々の部屋を掃除していると――
「おーい、エラントはいるか~?」
一階から女性の声が聞こえてきた。
「ん?」
あまり聞き覚えのない声というか……外では聞けるはずの無い声ということで、俺は眉根を寄せつつ階段を降りる。
そこにいたのは盗賊ギルドの受付、ルクス・ヴィリディだった。
「よう。引っ越し祝いを持ってきた」
両手に抱えるようにしたリンゴや梨、ぶどう、メロンを床に置いていく。先に一階を掃除しておいて心底良かったと思える置き場所だった。
「もう少しマシなところへ置いて欲しいのだが」
「テーブルも無いんじゃ、どこへ置いてもいっしょだろ」
まぁ、確かに。
「しかし、アレだな。ルクスをあの場所以外で見ると異質さを感じるな」
俺の言葉にルクスは、フン、鼻を鳴らす。
「便利だぞ、このイレズミ。なにせしょうもないナンパ野郎は声をかけてこないし。盗賊ギルドに少しでも関係しているヤツは寄ってこないからな。エルフは美人に見られがちだが、これなら誤解されようもない」
誤解か。
もしかして、ルクスは自分のことを美人ではない、と思っているのかもしれない。
痩せ細って目の下にクマのあるエルフ。
それでも充分に美人だと言えるんだが、それを伝えたところでルクスは嫌な顔をするだけだろう。
顔から指先に至り、太ももから足の先まであるだろうイレズミがあるのなら。
きっと、中途半端な男は声をかけられない。
そういう意味では『魔除け』の効果がありそうだ。
「まぁ、なんだ。せっかくだしパルに会っていってくれ。自分の部屋ができて喜んでるから、お客さんを大歓迎しているぞ」
「可愛いじゃないか、それ」
床に置いたメロンを拾い上げて、ルクスは階段を上がっていく。仕方がないので、残された果物を拾って、二階へ持って行った。
「……先にテーブルのひとつでも買うべきか」
優先順位は間違ってなかったと思ったんだが……どうやらある程度の掃除が終われば、先にテーブルや棚が必要だったらしい。
「経験しないと、いくら人生経験を得たところで身につかないものだなぁ」
なんとも情けない気分になってくるが。
まぁ、これも仕方がない。
人生の半分は孤児院で過ごし、もう半分は勇者パーティとして世界を旅していた。家、というか住居というか、そういう知識と経験は子どもにも劣っているのだろう。
お城を実家と呼称するルビーには負けたくない気分だったけど。
容赦なく負けてるかもしれないなぁ~。
「お~、ここがパルちゃんの部屋かぁ」
「わ、ルクスさんだ!」
「あら、ギルドの受付はしなくてよろしいんですの?」
「休みの日とか休憩時間はあるさ。年中無休で働いてるとでも思ったか?」
「「うん」」
「……私、そんな風に思われてるの?」
「だって痩せててクマがあって寝不足そうだし」
「不健康そうですわ。ちゃんと食べてます? 少しは女を意識したほうがよろしくありませんの? 男娼を抱いてきてはいかがかしら?」
「冗談きついなルゥブルムちゃん。そんな趣味はないよ」
「あら、同性愛者ですのね。でしたらパルよりもわたしをおススメします。頑張りますわよ!」
「いや、違う。というか、おまえさん同性愛者だったのか……」
「いえ。ただの人間好きですわ」
「ただの雑食じゃねーか」
あはは、と楽しそうなゲラゲラエルフの笑い声が聞こえてきた。
普通に笑うのは珍しい。
その後、ルクスの持ってきた果物を床に座って食べているとリンリーがやってきて、ルクスを見て心底驚いていたりした。
「エラントさん、あのエルフの人、怖い人じゃないんですか?」
「知り合いだ。あぁ見えて、意外と普通で可愛いところがある」
「か、かわいい!?」
「おまえ、その反応はルクスに失礼だぞ」
「あ、ごめんなさい。エラントさんをロリコンだと思ってたんですけど、違うんですね」
「は?」
「貧乳……いえ、小さいお胸が好きなんですね。良かった」
「なにが良かったのか知らんが、俺はロリコンだぞリンリー嬢」
「嬢って言わないでください変態」
「変態って言わないでくれ巨乳」
「あ、はい。ごめんなさい、ロリコンの人」
「……俺が悪かったよ」
「勝った!」
リンリー嬢はバンザイすると巨乳がバルンと揺れた。
気持ち悪い。
「うへぇ。よくこんなのに耐えられるな、あんた。重くないのか? ちょっと支えていい?」
「あ、どうぞ」
ルクスは興味深いみたいで、リンリー嬢のふたつの胸を両手で持ち上げる。
「重たっ!? マジか!?」
「マジです」
「すげぇな、あんた。確か黄金の鐘亭の看板娘だろ? いやいや、看板に偽り無しだ。舐めてた、すまん」
「あ、いえ。え?」
「パルちゃんはあんな風にならないでおくれよ」
「あたし、小さいままがいいなぁ」
「そのほうがエラントちゃんに愛してもらえるもんな」
「えへへ~」
なんかとんでもない会話になってるなぁ、と思ったらルクスがひくひくと笑いだした。
普通の会話っぽく見えて、異常な会話をしているのに気付いたんだろう。
「あはははは! ここは娼館ってか! ふひひひひ! どんなエロい家だよ、まったく! うはははは!」
勝手にエロい家にされてしまった。
心外です。
その後、おおむね順調に掃除は進み、それぞれ家具も好きな物を買ってきて運び入れてもらった。
「よし、こんなものか」
俺の部屋はシンプルに机がひとつ、椅子もひとつ、ベッドがひとつ。服はぜんぜん持ってないので、衣装棚は買っていない。下着類はバックパックに入れておけばいいだろう。
パルとルビーの部屋も家具を配置して完成したようだ。
まぁ、部屋の大きさが同じなので、結局どの部屋も似たようなものになってしまったが。
「えへへ~、あたしの部屋~」
パルの部屋には大きめの衣装棚があり、テーブルもある。床には可愛らしい薄桃色のカーペットが敷かれていて、カーテンも同じ色だった。
女の子っぽい部屋だ。
なんかドキドキする。
「満足ですわ」
ルビーの部屋は俺と同じくシンプルだ。なにせ影の中にいろいろ入れられるので、棚という概念がルビーには無い。
しかし、本棚はしっかりと設置したらしく何冊か本が置いてあった。さっそく何か買ってきたらしい。趣味だねぇ。
ルビーの部屋のカーテンは厚手の黒い物。
こればっかりは種族『吸血鬼』ということで選択肢が無いのかもしれない。
あとは、みんなで食事ができるようにと大きめのテーブルと椅子を買って、一階に設置してみたのだが……
「逆にダメだな、これ」
「なんか余計にさみしい」
「持て余してますわね」
一階のお店だった場所の中央に置いてみたのだが、まったくもって落ち着かない。広すぎるというか、落ち着かないような、なんか妙な感じだった。
仕方がないので、二階の階段をあがったすぐの場所に設置しておく。
まぁ、ごはんを食べる場所として丁度いいか。
よしよし。
一階の使い道は後で考えるとして――
「今日からここが『我が家』だ」
「やったー!」
「実家ですわね! 実家!」
俺たちはバンザイをして。
にっこりと笑い合うのだった。
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