~卑劣! 生まれてからずっと欲しかったモノ~
マニューサピスの報告はフリルお嬢様たちに任せることにした。
「報酬は後でお持ちしますわ」
「いえ、得る物は充分にありました。お金では得られないお嬢様との友情という名の宝物を……」
なぜか空を見上げて瞳をキラキラとさせているルビー。
何があったんだ、とパルに視線で訴えてみる。
「アホのサピエンチェです」
「なるほど、分からん」
「フリルさま、あたしお金より食べ物がいいです! お肉食べたい!」
「……はぁ。まったく変わった娘たちですわね。分かりました、あとでファリスに届けさせます。報酬とお礼のお肉に致しますわね。どちらにお住まいでしょうか?」
「黄金の鐘亭に泊まってるよ~。そこのリンリーさんに言ってくれたら案内してくれるはず」
パルがそう説明したのを、いや、と俺は否定した。
「さっき家を買ったんだ。タイミングによっては黄金の鐘亭にいないんで注意してくれ」
ほへ~、とパル。
そうなんですのね、とルビー。
一拍置いて……
「「え!?」」
と、驚く声が重なった。
「商業ギルドに行くって言ったじゃないか」
「内容は聞いてませんわ。家? 家ってあの……家ですの!?」
家って他の意味があったっけ?
無いよな。
家は家だ。イエーイ、とか言うと思ったか。俺は言わないぞ。
「間違いなく家だ」
「そんな重要なこと、嫁と愛人に黙って買うとかどういう了見ですの? 相談して欲しかったです!」
いやいや。
嫁でもないし、愛人でもないのだが。
まだ。
「あぁ~……そんなもんか?」
いっしょにショッピングに出掛けたかった、みたいなニュアンスだろうか?
「そんなものです。わたしにだって好みというものがありますので、どんな家でも嬉しいですけど、そんなので喜ぶ安い女と思われれば心外です。で、どんな家なんでしょうか? 丘の上に立つ白い壁の家で、柵の内側にはお花畑があり、朝は小鳥の鳴き声と共に起き出し、エプロン姿で朝食を用意して旦那さまにおはようのチューをするような、そんな家でしょうか!?」
めちゃくちゃ要望が強いじゃねーか。
丘の上の家?
そんなもん、一撃で魔物に狙われてしまうぞ。魔物が来なくとも目立つ場所にポツンと建ってたら盗賊にも狙われる。
哀れ、旦那さまは盗賊たちに無残に殺され、若い奥様は盗賊たちの慰み者になってしまうだろう。
そんな未来しか見えん。
「まったくまったく。師匠さんったら相談もなしに。でも……あぁ~、楽しみですわ。ねぇ、パル。あなたも……パル? どうしました?」
ルビーの呼びかけに応えないパル。
やけに静かだと思っていたら……
パルは――泣いていた。
「え?」
流れる涙をぬぐいもせず、はらはらと泣いていた。
「ど、どうしたパル……勝手に決めたのはダメだったか……?」
なんで泣いてるのか、理由がさっぱり分からない。
俺の独断専行みたいな行為を悲しく思ってしまったのだろうか?
どうしていいのか分からず、俺はオロオロと手をあげたり下げたりするしかできなかった。
パルを抱き寄せていいのか、それとも触れないほうがいいのか。そもそも俺に怒って泣いているのか、それとも呆れて泣いているのかすら分からない。
まったく判断ができず、手の所在が分からなくなってしまった人間のように。俺はマヌケにも、わたわたと両腕を動かすしかなかった。
「ひぐ……し、ししょう……」
「な、なんだ? なんでも言ってくれ。不満があるなら今からでも家を買うのをやめるぞ、おまえの好きな家にするから」
「ちが、ひぐ……ちがいます……うぐ……う、嬉しくて……」
うれしい?
俺は思わずルビーを見た。
ルビーも意味が分からず俺を見てきた。
どういう意味だ、と助けを求めたのは今日会ったばかりのフリルお嬢様。彼女は苦笑しながら肩をすくめている。
どうやら今のパルの感情を理解できるのは、パルだけのようだ。
なので俺たちはパルの言葉を待つことにした。
ぐじぐじと涙をこすりながら、パルはゆっくりと語る。
「あた、あたし……ずっと帰る場所が欲しかった……です。ひぐ。ん。ただいま、って……うく、……自分だけの、帰る場所が……うぐ、ほし、……欲しかったです」
それだけ言うと、パルは笑いながら泣いた。
うああああああ、と大口を開けて。
笑顔で泣く。
嬉し涙とは少し違った、なんとも表現しにくい涙は……なんとなく理解できた。
俺もパルも、孤児だ。
親に捨てられて、親ではない者に育てられ、集団の中で生き、そして外に出た。
ひとり立ち、と言えば言葉は良いが。
その実、それは『独り立ち』でもあるわけで。
ただいまが言える場所が無い者は、それこそ世界にはたくさんいるけれど。
だからといって、それが当たり前ではない。それを当たり前に持っている人間からしてみれば、なんてことはないかもしれないが。
でも。
それを当たり前に持っていない人間からしてみれば。
絶対に手に入れたい物のひとつ。
いつか、ただいま、と言える場所が欲しい。
自分の帰るべき場所が、欲しかった。
「泣くなよ、パル。喜んでくれ」
俺はそういってパルを抱き寄せて、ぎゅっと抱きしめてやった。いつもよりちょっぴり力を込めて、孤児だった少女を抱きしめてやった。
小さくて、ボロボロで、骨と皮だけで。
髪はギトギトで、綺麗な金色ではなく汚い黄土色になっていて、服なんか布切れ一枚で。
誰も手を差し伸べてくれなかった孤児の少女は。
俺が強く抱きしめても折れてしまわない程度に――強くなった。
強くなっていた。
それがなんだか嬉しくて、俺も少しだけ泣いてしまった。
「仲良しですわね、うらやましいですわ」
そんな俺たちをルビーは苦笑しながら言った。
茶化さないでくれる良い対応だ。
まったく。
どうしてルビーは魔物種なんだろうな。
こんないいヤツと人類が争うわけないじゃないか。
そう思う。
「報酬ではなくお祝いをお持ちしましょう。そのほうがいいですわね」
「そうですね。新築祝い……ではなく、引っ越し祝いでしょうか。場所はどこなのでしょうか?」
メイドのファリスが聞いてきたので、俺は鼻をすすってから答える。
「中央広場にある黄金の鐘亭は知っているか?」
「はい。街一番の宿ですね」
「その裏庭にある四角い建物だ。一見すると倉庫に見えるので注意してくれ」
なるほど、とメイドとお嬢様はうなづく。
後ろでチューズとガイスも聞いていたので、ほほ~、とうなづいていた。彼らも冒険者のひとり。自分の拠点を持つことに興味が無いといえば嘘になるだろう。
もっとも。
冒険者で家持ちは、相当なレベルのベテランということになる。
なにせ、家を買ったところでほとんど留守にしてしまうのが冒険者だ。欲しいけれど、どうしても後回しになってしまう物の代表と言っても過言ではない。
「宿の裏にそんな建物ありました?」
ルビーは、首を傾げて質問してきた。
「あったんだよ、それが。俺も認識してなかった……というか、宿の所有する倉庫か何かと思っていたんだが」
「師匠さんが認識していないって、相当ですわね」
あれは誰だって間違えると思う。別の建物だと認識できないと思うんだけどなぁ。もしかしたら、この街に長く生きる盗賊だったら判別できたのだろうか。
今度ゲラゲラエルフかジュース屋のお姉さんに聞いてみよう。
「では、わたくし達は冒険者ギルドに報告へ行きますので、失礼しますわ」
フリルお嬢様たちとは、解散となった。
新しい家は掃除しないとまったくもって使えたものではないし、家具もそろえないといけない。なので、しばらくは黄金の鐘亭に泊まっているとも伝えたし、なんなら宿のすぐ後ろなので、行き違いになることはほぼ無い。
もっとも。
遠征をしていたら、その限りではないが。
ま、早々とそんな依頼は来ないだろう。
ちょっと魔王領に用事はあるが、それは家の掃除が終わってからでも充分なはずだ。
「ほれ、パル。おんぶしてやるから帰ろう」
「ぐず……あいやとございまう、ししょう……ひぐ……」
しゃがんだ背中を向けると、パルが遠慮なく乗ってくれた。
が、しかし――
「うぐ」
忘れてた。
マグ『ポンデラーティ』の効果でパルは重くなってるんだった。
「重い……」
「女の子に対しては禁句ですわよ、師匠さん。例えそれが真実であっても」
「うぅ……あたし、重くないもん」
「別の意味で重い女っぽくはありますわよ、パル。師匠さんは重たい女とサバサバした女、どちらが好みですか?」
「俺は無邪気な女が好きだ」
「「ロリコン……」」
奇しくもパルとルビーの声が重なった。
いや、ぜんぜん『奇しく』無いか。
「無垢と無邪気を司る大神ナーこそ師匠さんの理想だったのかもしれません。あなどれませんわね。……ん? あなどれない……穴奴隷……」
「おまえは何を言っているんだ吸血鬼」
「気のせいです。わたしも無邪気に人の血を吸いまくれば師匠さん好みの女になれるでしょうか?」
「そんときゃおまえと全面戦争だ。刺し違えてでもおまえを殺す」
「うふふ。さすが師匠さんです。楽しみにしていますわね」
いや、否定しろよ。
「ルビーはちょっとおかしい」
くすくすとパルは笑った。
まぁ、ルビーの狙いはパルを笑わせることだったんだろうけど、内容が内容なだけに俺は笑えないんだが?
というか、勇者の仲間だったって伝えましたよねルビーさん。
そういうシャレにならない冗談はやめて欲しいのですが。
はぁ~、と俺は大きくため息をついた。
「明日から掃除だぞ。あと欲しい家具をリストアップしておいてくれ。好きな物を買ってもいいけど、共同で使う物は相談するからな。基本的には自分の部屋に置く物だけ考えてくれ」
「自分の部屋!? あ、あたしの部屋もありますか?」
「当たり前だ。ちゃんと掃除しろよ」
「します! 掃除いっぱいします!」
首元に何かが落ちた気がした。
きっとパルの涙なんだろうけど、気が付かないフリをしておく。
「ルビーはどんな部屋にしたい?」
「そうですわね。いつでも師匠さんを迎え入れるよう、準備だけはしておきたいと思います。具体的にはベッドと肌ざわりの良い下着でしょうか」
「いらん」
「なるほど。裸で出迎えろ、と」
「違う」
「あ、いつもどおりの姿がいいと。日常の風景が非日常と交差する瞬間が好き! 分かります。この冒険者衣装でしょうか? それとも吸血鬼バージョンのドレスでしょうか?」
「どっちも違う」
「んもぅ、わがままですわね。でも、そんな師匠さんが好き!」
「俺は嫌いになりそうだ」
「えー!?」
えーじゃねーよ、えーじゃ。
まぁ、とりあえずふたりとも喜んでくれたのでいいか。パルは泣いちゃうし、ルビーのテンションがちょっと高くなりすぎておかしくなってるけど。
おおむね良好としておこう。
まったくもって。
良い買い物をした。
うんうん。
帰れる家ができたって、勇者に自慢してやろう。
いつか、あいつを俺の家に誘って。
美味い酒でも呑みながら、ゲラゲラ笑いたいものだ。
「はは」
まさかこの年になって、新しい夢が出来るとは思わなかったなぁ。
でも。
良い気分だから、問題ないか。
夢はいつだって見ていいし。
いくつも持っていたって、いいもんだ。
誰にも邪魔する権利もないし。
誰にも笑う権利はない。
なぁ、おまえもそう思うだろ?
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