~卑劣! 毒を持つだけで盗賊のヤバさは跳ね上がる~

 パルとルビーが合流したパーティの引き受けた依頼は、マニューサピスと呼ばれる大型の蜂の調査と討伐だった。


「一匹でしたので討伐できると思ったのです。まさか後から大量にやってくるなんて想像もしていませんでした。判断が甘かったと思います。危ないところを救って頂き、感謝いたします」


 そう丁寧に頭を下げてくれたのはパーティのリーダーを務める少女。銀鎧がまぶしい程に輝く、貴族の少女だ。

 フリュール・エルリアント・ランドール。

 いわゆるミドルネーム持ち。ということは直系の一族ではなく分家筋だろうか。

 貴族の文化というか、直系の一族と分家の一族を分けるためにミドルネームを付けることが多いと聞く。もちろんミドルネーム持ちだからといって差別されることは無い。

 貴族が差別される時は決まっている。

 没落だ。

 貴族としての地位を剥奪された者は、それこそ一般民よりもミジメな生活を送ることになってしまうことが多い。

 なにせ、貴族として生きてきたので一般的な仕事をする能力が著しく欠けてしまうわけで。あと生活水準が恐ろしく高いために、なかなか一般的な生活に慣れない。

 一般民とは話も合わず、どうしても孤立してしまうので、あらゆる意味で長生きできないのが没落貴族の行く末でもある。

 もっとも。

 貴族の地位を剥奪されるようなことをしてしまったのが主な理由なので。

 なにひとつ同情は出来ないのだが。

 でも、子ども達にまでそれが及んでしまうのは、ちょっと問題かもしれない。


「マニューサピスの生態は調べたのか?」

「はい、メイドのファリスが」


 フリュールは後ろを振り返る。

 彼女の仕えるメイドが丁寧に頭を下げた。

 どう考えても冒険者の装備ではないが……どう考えても一般的なメイドの動きでもない。歩いている姿を見たが、頭の高さが一切ブレない足運びに加えて、異常に長いロングスカート。

 しかもスカートの裾がまったく汚れてもいない。

 なるほど。

 間違いなくこのメイドは『冒険者』だ。

 しかも、ベテランを越えたレベル……エリートと呼ばれる類かもしれない。


「私が調べました。なにか見落としなど有ったのでしょうか」


 特に感情を込められていない視線をファリスから向けられる。

 これもまた一流だな。

 感情を読ませないというか、むしろお嬢様に近づく『虫』を見極めているというか。もしかしたら俺が助けに入らなくても問題なかったのかもしれない。

 余計なことをしてしまったか?


「いや、見落としではないと思う。が、蜂の死骸から妙に甘いにおいがするのが気になってな」


 さっきから森の中にわずかながらに漂ってくる甘いにおい。

 その発生源はどう考えても周囲に散らばるマニューサピスの死骸からだ。


「はい、それは皆さまも気になってらっしゃいました」

「もしかしたら、この甘いにおいが仲間を呼び寄せているのかもしれない」

「なるほど……」


 ファリスは納得するように言葉を漏らし、苦々しくうつむいた。自分のミスでお嬢様を危険にさらしてしまった、とでも言いたげな表情だ。

 さっきの無感情な視線とはまったく違う。


「大変ですわ。それならばマニューサピスの遺骸を早く処分しなければ!」


 話を聞いていたフリュールお嬢様はみんなに命令を伝える。


「マニューサピスを燃やします。一ヶ所に集めますわよ。じゃないと増援が来てしまいます。慌てず急いでくださいまし!」


 そりゃ大変だ、とガイスとチューズは起き上がって近くの巨大蜂を集め始めた。パルとルビーは遠くの死骸を集めるために移動する。


「フリュールさん」

「はい、なんでしょうかエラントさま。わたくしのことはフリルでかまいませんわ」


 自己紹介したとは言え……

 なんかこう美人なお嬢様に『様』を付けて呼ばれると申し訳ない気分になるな。


「俺もエラントでいい。ではフリル。枯れ枝や枯れ葉を集めて欲しい。蜂だけでは燃えにくいからな」

「あ、そうですわね。分かりました!」


 どうにもフリュールお嬢様、改め、フリルお嬢様は虫の死骸が苦手っぽいからな。別の仕事をしていたほうが効率が良いだろう。

 みんながマニューサピスを集めている間に、俺は『アブシンティウム』と呼ばれるギザギザの葉っぱが特徴的な植物を探した。

 森の中、一般的に自生している植物なので、難なく発見できる。それを茎ごと引き抜くように採取していった。


「師匠、それ何に使うんですか?」


 巨大蜂を両脇に抱えつつ、魔力糸で結んだ死骸をずるずると引きずってきたパル。ちょっと見た目が最悪過ぎるので、美少女と巨大虫の組み合わせはミスマッチだな。

 さすがのララ・スペークラも、この状況は芸術に昇華できまい。


「アブシンティウムといって、こいつを燃やすと虫よけの煙が発生する。他にもアビエトの木などがあるが、一番イイのはハーブだ」

「ハーブ? ハーブって、あのミントとか……ミントとかのハーブですか?」


 ミント以外を知らないのか。

 まぁ、俺も詳しいわけではないが、他にもバジルとかレモングラスとかローリエとか。うん。ローリエはいいな。名前がいい。ろりろりろーりえ。


「バジルも知ってるだろ」

「あ、はい。バジルも知ってますけど……なんか虫よけに効きそうなハーブって言われるとミントしか出てきませんでした」

「言いたいことは分かる。で、そういった植物を燃やして出る煙は虫よけの効果がある。森の中で野宿する時には焚き火に混ぜておくと快適に眠れていいぞ」

「ほへ~。分かりました」


 弟子がひとつ賢くなった。

 まぁ、滅多に使うことがない知識だけど、こういう時に役に立つので知っておいて損は無い。

 マニューサピスを一ヶ所に集めていき、そこにフリルお嬢様が集めた枯れ木や枯れ葉を乗せていき、上から俺が集めたアブシンティウムを乗せた。


「一ヶ所に集めると甘いにおいが強く感じますわね」


 ルビーは鼻をつまみながら言ったので鼻声だった。女の子の仕草としては最悪な気がしないでもない。


「火を点けます」

「あ、少し待ってくれ」


 メイドが冒険者セットの火打石を準備するが、俺は一体のマニューサピスの針を掴むと、ずるりと引き抜いた。

 おしりから針と共に袋状の内臓が引っ張り出される。

 うげぇ、と女の子たちから嫌悪感たっぷりの声が聞こえた。

 ……どうして少女や女性のこういう声って心にダメージが通ってしまうのだろう。なんか賢者や神官を思い出して胸の奥が冷たくなる。


「師匠、それどうするんですか」


 燃やしていいぞ、とファリスに告げて、彼女が火を点けている間にパルが聞いてきた。


「麻痺毒だ」


 白い体液が付いた袋状の内臓。楕円形とも言えるその内部には相手をしびれさせる毒が詰まっている。一匹分でもポーション瓶一本分ぐらいは充分に取れるだろうか。針の重さも相まって、ずっしりと感じられた。


「武器に使うってことですか?」

「いや、パルの訓練に使う」

「え?」

「おまえ、まだ一度も毒を喰らったことないだろ。経験しとけ」

「え、え?」

「初見と経験済みではやっぱり動揺が違うからな。大丈夫だ。いきなり全身が動けなくなる量じゃ意味がないから、少量づつ試していこう。理想で言えば完全耐性が付けばいいが、それは体質にもよるからな」

「マ、マジですか師匠……」

「マジだぞ。なに逃げてんだコラ」

「やだー、来ないでください!」

「あ、てめぇ本気で逃げてるな!」


 というわけで逃走するパルに足払いをかけて、転んだところを魔力糸で両足を縛り、吊るすようにして戻ってきた。


「すげぇ、あのパルヴァスを余裕で捕まえるなんて。やっぱめちゃくちゃ強いんスね師匠さん!」


 なぜかチューズが嬉しそうだった。


「こいつの逃げ方がヘタクソなだけだと思うぞ。逃げる時は追いかけてくる者の邪魔をするのがいい。速度で負けているのなら尚更だ」

「た、たとえば?」

「チューズは魔法使いだろ。走りながら魔法を撃つ練習をしておけ。で、逃げる場合は前方の木を倒すように撃って自分が通り過ぎた後に倒れるようにすればいいぞ」

「なるほど! ……って、めちゃくちゃ難しいじゃないですかそれ!」

「まぁ、動きながら魔法を使う練習は有効だから。練習れんしゅう。頑張れ、若者」


 へ~い、と肩を落とすチューズにガイスは苦笑していた。


「燃えてますわね」

「そうですわね。マニューサピスが燃えていますわね」


 ルビーとフリルお嬢様はどんどんと火が強くなっていくマニューサピスの山を見ていた。なぜかふたりとも嬉しそうなので、ちょっと不気味だ。


「ファリス」

「はい、なんでしょうかエラントさま」

「これだけ大量に蜂がいるってことは巣が絶対にある。詳細な報告と集団での駆除を進言したほうがいい。頼めるか」


 こくん、とメイドはうなづいた。


「それよりもエラントさま」

「なんだ?」

「パルヴァスさまのお胸が見えそうですので注意してあげてください」


 メイドは俺の後ろにまわって、逆さに吊ったままのパルの服を直してくれたようだ。


「助けてファリス」

「毒は経験しておくべきですパルヴァスさま」

「え~……メイドさんが味方じゃなかった」

「私はお嬢様の味方ですので」

「うぅ」


 ともあれ。

 麻痺毒が手に入ったので、収穫は充分だ。

 気まぐれに弟子の様子を見学しようと思っただけなんだが、運が良い。麻痺毒は、まぁ盗賊ギルドに頼めば手に入れてくれるだろうけど、どうにも説明が嘘くさくなってしまうからなぁ。


「パルの修行に使う」


 と、大真面目に伝えたところでゲラゲラエルフの疑う視線が俺に突き刺さること間違いなしだ。より詳細に語ったところで言い訳具合が加速してしまうのみ。

 俺の名誉なんてどうでもいいけど。

 でも、盗賊ギルド内で変な噂が流れるのは、あんまりよろしくない気がするので。

 麻痺毒を普通に手に入れられたのは良かった良かった。

 しばらくは新しい家の掃除に時間を費やすことになるし、パルを徐々に麻痺毒漬けにしていこう。


「楽しみだなぁ」

「師匠の変態!」

「楽しみだなぁ」

「師匠が動揺してない!?」


 うん。

 毒で痺れる女の子って。

 イイよね!

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