~卑劣! 知識と経験はレベルを凌駕する~
正式な契約などの書類は後日、ということでセーラス・ルクトリアとムジーク・サンドは商業ギルドへ帰って行った。
いろいろと手続きがあるんだろう。
なにせ、もともとは店舗だった建物だ。普通に住む家とは違うので、書類の書き換えや契約書を用意して管理しないといけないのかもしれない。
セーラスにはこれを機会として一人前になってもらいたいものだ。
まぁ、すぐに仕事を任せられるほど世の中の仕事は甘くないだろうけど。
「お掃除する時は言ってくださいね、手伝います!」
はてさて。
家を買うのに一役買ってくれた、とは言い得て妙だが。
リンリーは気合いを入れるように腕まくりをするジェスチャーをした。もともと袖の無いデザインの服なので、意味のないアクションのような気がしてないでもないが、意気込みは買っておきたい。
「それはありがたいのだが、リンリー」
「嬢って言わないでください」
「言ってないぞ」
「ハッ!」
ハじゃねーよ、ハじゃ。
むしろ呼んでくれ、というフリなんだろうか?
これだから年齢を重ねた女性は困る。素直で可愛い少女が一番良い。全人類はロリコンになるべきである。
なぁ、おまえもそう思うだろ!
勇者よ!
「で、なんですか?」
「あぁ、えっと。手伝ってくれたりしたのはありがたいのだが、そっちの仕事はいいのか?」
「あ!」
リンリーは両手の指を広げて驚いた表情を浮かべる。
庭に洗濯物を置きっぱなしだったはず。
「やっちゃった! ご、ごめんなさいエラントさん、仕事に戻ります!」
「あぁ、怒られないようにな」
偶然に宿の裏庭で出会ったせいでリンリーが仕事をサボる形になってしまっていた。彼女の仕事を邪魔するつもりは欠片も無かったので、なんか申し訳ない気分になるな。
「ふぅ」
ともあれ。
家は無事に購入できた。
まさか一日で決めるとは思わなかったし、なんなら一件目で決めるとも思ってなかったけど。
ウダウダと悩むよりはいいか。
そこまでこがわりが無い、というよりも……家、というものを今まで持ってなかったので、いまいち感覚が分からないというのが正直なところだ。
「こういうのも孤児の弊害か」
ひとりで肩をすくめてみても、答えてくれる者はいない。
「ふぅ」
とりあえず契約は大丈夫だろう。
金額も問題なし。
掃除は……
「おいおいやっていくか。さすがにひとりでやる気には……なぁ……」
ひとりで住む予定のこじんまりとした部屋ならまだしも。
店舗兼住居として使われていた建物を、たったひとりで掃除するのは……なんとも途方もない作業に思える。
追い出された勇者パーティをこっそり後ろから尾行しつつ援護するほうがよっぽど楽な仕事とも思えた。
しかし。
そう思ってしまうってことは……
「――俺、掃除って嫌いだったんだな」
我が事ながら苦笑する。
今まで生きてきて、自分が掃除嫌いだったなんて思ってもみなかった。
なるほど。
俺ってダメなヤツなんだなぁ。
「ふは」
それがなんだかオカしくて、しばらくは埃まみれの家の中でひとりで笑っていた。さすがに座り込む気にはなれなかったので、笑いが収まったら家を出た。
「ゲラゲラエルフをバカにできんなぁ」
なんて肩をすくめながら街中を歩く。
意外と早く家が見つかったし、パルとルビーの様子でも見に行くか。アドバイスできるようならしてあげたいし、仕事が何も無いのなら訓練にするのも悪くはない。
ついでに街中で色々と情報を得られたら恩の字。
なにもなくとも、そうでなくとも、昼食と散歩ぐらいは楽しめるはず。
というわけで屋台で適当にサンドイッチを買って、食べながら冒険者ギルドへ向かった。
さすがにお昼時ともあって冒険者の姿は皆無に近い。
ちらほらと冒険者のルーキーがお休みを利用して勉強している程度。それでも気だるい午後ともなると、あくびする緩み切った空気が漂っている。
ギルド職員ものんびりと仕事をしながら過ごしていた。
「すまない、ちょっと聞きたいのだが」
そんな職員に話を聞きつつ、適当にパルとルビーの情報を聞き出す。
無駄に目立つふたり組――金髪美少女盗賊と黒髪美少女風戦士で、しかも見たこともないような変な武器を持っている。
印象に残らないほうが逆に怪しいとも言えるパルとルビーだ。
なので、難なくふたりの情報をゲットできてしまう。
「盗賊としては目立ち過ぎか?」
まぁ、盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の旗としての役割を担ってもらっている、と考えれば悪くないか。
ちょうど橋に向かう乗り合い馬車があったので乗せてもらう。やはり時間が時間なだけに客は少なく、俺と獣耳種のおばあちゃんのふたりだった。
「おやおや旅人さんかい? いいねぇ、どんなところを旅してきたんだい?」
「ちょっと大陸中を巡ってきました。そうですね、黄金城・アウレウムカストロムは驚きましたよ」
「ほ~、あの黄金城へ。どうだったい? ホントに黄金だったのかい?」
「いやそれがですね、名前ばっかりでお城は至って普通の白いボロボロのお城だったんですよ。名前通りに期待したらガッカリしてしまう人が多いみたいです」
「まぁ、そうなのかい。夢があるような無いような話だねぇ」
とまぁ、そんな風におばあちゃんと雑談していると、あっという間に橋の村へ到着した。
客が俺とおばあちゃんだけだった、というのもあって軽かったから馬がはりきってくれたのかもしれない。
おばあちゃんとはそこで別れたのだが……
「エルリアント……村?」
村というか集落の中で、人だかりがあったので見に行ってみると、大きな看板に共通語で文字が彫ってあった。
エルリアント村。
「すまない、その名前は……」
見物人の中にいたドワーフに聞いてみる。
「おう、旅人さんかい。本日、正式にエルリアントっつう名前をもらったみたいでよ。なんでも貴族さまの名前を頂いたありがたい名前らしい。で、ありがたい名前ってんなら、立派な看板を作らないといけないだろ」
なるほど、それは確かに。
と、思うのだが……エルリアント?
「ここの領主さまの名前はイヒト・ジックスだったと思ったんだが。エルリアントはどこの貴族さまの名前なんだ?」
「さぁ? 領主さまとは別の貴族さまらしい。なんでも、その貴族のお嬢様が祖父の名を与えてくださったとか何とかって聞いたぜ」
ドワーフはそう言って肩をすくめた。
どうやら詳しくは知らないらしい。
適当だなぁ。
「ところでふたり組の冒険者を探しているのだが、知らないだろうか。金髪と黒髪の女の子のふたり組なんだが」
「ん? あぁ、あの可愛い娘たちか。それなら向こうの肉屋で見かけたな」
昼食に肉を食べたのか。
パルのチョイスだな。
「なるほど、ありがとう」
その後、肉屋で情報を聞き、広場で子ども達から情報を得て、ついでに近くのお店からも情報をゲットしておく。
どうやらパル達は別の冒険者パーティと合流して、森の奥へ向かったらしい。
まぁ、複数の情報から複合して得られた結果であり、確証が持てたわけではないが。
それでも、八割ぐらいは大丈夫なはずだし、間違っていても罠に落ちるようなことは無い。まだこの村の住民にうらまれるようなことはしていないしな。
もっとも。
今後もうらまれるようなことをする予定は一切ないけど。
というか、そんなことするくらいなら街を出ていくよ。家を買ったばかりだけどさ。
「さて」
森の奥へ入ったってことは、近くの魔物退治だろうか。
人の気配のする場所が近いわけだから、そこまで強力な魔物は出現していないはず。お迎えは必要ないが、それならそれで弟子の活躍を見守る師匠というものに徹してもいいか。
「おっと、こいつか?」
森の入口から追いかけてきた足跡が分かりやすく収束した。
狩人はそこまで痕跡を残さないので……この足跡は冒険者の物と推測される。複数人の痕跡があるから、これを追いかけてみよう。
さすがに俺でも、足跡からパルやルビーを追跡するのは不可能だ。というか、パルの場合は足跡が残っていない可能性もある。
なにせ成長するブーツ。
どれくらいレベルアップをしているのか試していないのだが、基本的には超高性能であるのは間違いないわけで。自動的に足跡を消してくれているかもしれない。
はてさて。
加重のマグ『ポンデラーティ』によって追加された重さは、成長するブーツはついていけてるのだろうか?
ブーツに意思があったら、今ごろは不平不満の嵐かもしれない。
まったくもって迷惑なアイテムを装備しているご主人様だ、と。
「ん?」
そこそこ森の深くまでやってきた頃。
なにやら人の声がした。
大人ではなく子ども……いや、少年少女の声といった感じか。なにやら慌てている様子に、緊急事態を感じた。
なにか失敗したか、逃げている途中か。
内容はなんであれ助けたほうが良いのは事実。
俺は素早く足を進め周囲を探索し、声のする方角へ走った。
「なるほど」
状況を把握。
どうやら大蜂の群れに襲われたらしい。
あれは魔物ではなく巨大な虫の一種だったはず。運悪く巨大蜂の巣が近くにあったのか、それとも蜂が討伐対象だったか。
何にしても、このまま村へ逃げ込むわけにもいくまい。
巨大蜂には申し訳ないが、退治させてもらおう。
なにより――
「パル、そのまま続けろ。ルビー、援護だ」
頼もしい弟子の姿がそこにあったのだから、助けてやらないとな!
「やるぞ!」
俺の声に返事をしたパルとルビー。
それを皮切りに俺は投げナイフを投擲する。
虫という種族は、硬い殻を持つ者が多い。甲虫に分類されずとも、ここまで大きいとその傾向が顕著となる。
投げナイフを普通に投擲した程度では、貫くのは不可能。
だが。
いかに頑丈な表皮を持とうとも、必ず隙間はあるものだ。
ナイフで狙った場所は複眼と大顎の間。鎧と鎧の繋ぎ目のような、人間で言うと目じりに当たる部分。その涙ラインを狙ってナイフを投擲した。
向こうがこちらへ向かってきていた事もあり、ナイフは簡単に刺さった。そのまま大蜂は墜落すると、暴れるように足を動かしている。
そう。
頭を失った程度ではすぐに死なないのも虫という生き物だ。だからこそ、その身体を制御している『触覚』を追撃しておく必要がある。
魔力糸の両端に石を巻き付け、それを回転させるように投げつけていた。
いわゆる狩猟武器『ボーラ』だ。
石の重みが加わった魔力糸は二本の触覚に巻きつき、絡まるようにして蜂の感覚を奪い取った。
「よし!」
魔力糸を引っ張りナイフを回収しつつ、ルビーへと声をかけた。
「分かったか、パル! ルビー!」
「はい!」
樹上でパルが返事をする。石ではなく投げナイフでも応用できる攻撃方法だ。
パルはさっそく魔力糸を張りつつもボーラを作り投擲していた。
「マニピュレータ・アクアム!」
周囲から集まってくる水気がルビーの周囲で水球となる。
それを弾丸としてルビーは射出した。的確に俺が示したラインを撃ち抜き、次々と巨大蜂を撃墜していく。
「し、師匠さんオレ達も手伝います!」
「おおおおお!」
おっと、合流したパーティとはおまえらだったか!
え~っと。
名前なんだっけ?
チューズとガイスだっけ?
合ってる?
間違ってたらごめんな!
「無理すんなよ! 落ちた蜂を狙え。虫系は触覚を切れば無効化できるやつが多い!」
「はい!」
足を止めたことにより段々と蜂に囲まれていく。
元より逃げる場所なし。
ここで全滅させるしか方法は無い。
さもなければ、橋の村……エルリアント村だったか。そこに甚大な被害がもたらされる可能性が多いにある。
広場で遊ぶ子ども達が肉団子にされて運ばれていく姿など想像したくもない。
「気合い入れろよ、冒険者! ここが最前線にして、最終防衛ラインだ!」
「ご助勢感謝いたします、旅人さま!」
あ、あれ?
カッコ付けたタイミングでお嬢様に声をかけられてしまった。
「お、おう。君は?」
「パーティのリーダーを務めておりますが、指揮を一時的に譲渡します。わたくしのことはフリルとお呼びくださいまし!」
「お嬢様のメイドを務めておりますファリスです。何なりとご命令を」
「わ、分かった。フリルは右辺を、メイドさんは戦えるのか……戦えるのね。あ、はい。じゃぁフリルの援助を頼む。左辺は頼むぞガイス。チューズはガイスの援護だ。名前あってる? あ、良かった」
「師匠、いまいちカッコつかない」
「うるせー、愛すべき弟子。おまえは後ろだ。一撃殺虫!」
「ほいほい」
「返事はハイだ」
「はいっ!」
ほんとにいまいちカッコつかないなぁ。
それはともかく。
前方から迫る蜂の顔面にひたすらナイフを投擲しまくり、パルがどこからか拾ってきた石をボーラにしてメイドさんが投げまくり、地面に落ちた蜂の触覚を前衛のお嬢様とガイスが斬り飛ばしていく。
ルビーも同じように前方の蜂を狙い、チューズの魔法が牽制になった。
後方は完全にパルに任せる。
愛すべき我が弟子なら、この程度、どうということもないだろ?
それに、周囲にはパルの張った魔力糸があるし、なにかと動きを鈍らせられている。巨大蜂が近づてくる前に、撃墜や牽制は間に合っている。
あとはスタミナが持つ限り、だ。
「人間の種族特徴、なめんなよ!」
この世で一番動き続けられる生物が人間種の中の『人間』だ。獣耳種でも有翼種でもなく、エルフやドワーフでもなく、ましてやハーフリングでもない。
人間こそが――
何の特徴もない平凡な人間が、一番長く活動し続けられるのだ。
例え三日間、絶え間なく蜂が襲い掛かってきても耐えきってやる。
例え今すぐパルたちが疲弊して動けなくなっても。
俺は最後の一匹に至るまで動き続けてやる!
そのつもりで俺はナイフを投擲し続け、回収し、また投げてを繰り返した。
もちろん――
三日三晩も必要とせず蜂はその数を減らし。
最後には距離を取って、自分たちの巣に帰っていくのだった。
「パル、追跡禁止だ。あとで調べりゃいい。今は休め」
「は、はい。ぜぇ、ぜぇ……うひぃ~」
追いかけようとするパルを止めた。
すでに限界は近かったらしい。
ばったりと地面にパルは倒れた。
そんな弟子の姿を見て。
冒険者パーティの少年少女は、お互いの姿を確かめた後――
「また死ぬかと思ったぁ……!」
「生きぬいたぁ……」
「ふへぁ~」
情けない悲鳴と共に、吸血鬼とメイド以外はその場にばったりと仰向けに倒れるのだった。
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