~流麗! 泣きっ面に巨大蜂~

 死して尚、身体をもぞもぞと動かすマニューサピス。

 ですが、それにも限界があります。

 段々と動きは鈍くなっていき、やがては止まって……大蜂に完全な死が訪れました。

 もっとも。

 頭を落とした時点で死が確定しているようなものですから、肉体が動かなくなったことで完全な死と定義するのも間違っていると思いますけど。

 まぁ、それでなくともゴーストという存在がいますので生と死の明確な区別は難しいのかもしれませんね。

 アビィは生きてると言っていいのか、それとも死んでいると言うべきかどうか。

 今でも疑問に思います。


「どうですか、ファリス。このマニューサピスの役割は判断できまして?」


 戦闘が終わって座り込む男の子たちとは違い、フリルお嬢様とメイドはマニューサピスの遺骸を観察していた。

 面白そうなのでわたしもそこに混ざっておりますが……判断するのは少し難しいですわね。

 なにせ、他のマニューサピスがいないとどうにも判断できません。

 確か……顎が大きいと『ハンター』、羽が大きいと『スカウト』とかでしたっけ。

 見たところ羽は身体に比べて不釣り合いなほど大きいとは思いますが……これほどの巨体を浮かび上がらせるのですから、羽はもともと大きそうです。

 できればハンターとスカウト、両方の個体を観察したいところですわね。


「恐らくですが、スカウトかと思われます」


 どうやらメイドは、羽が通常よりも大きいと判断したらしい。


「そうですのね。わたくしには、羽が特別大きいとは思えないのですが。だって、身体も大きいですし」

「フリルお嬢様と同意見ですわ。わたしも特別に大きくは見えません」


 ですわよね、とフリルお嬢様といっしょにうなづいた。

 同意見で嬉しいです。


「逆です」


 そんなわたし達に対して、メイドはきっぱりと言った。


「「逆?」」


 ふたりで首を傾げる。

 逆とは、どういう意味でしょう?


「羽が大きいからスカウト。そう判断したのではなく、羽意以外に目立った特徴が無いので、スカウトと判断しました」


 なるほど!

 と、わたしは納得した。

 確かに顎のギチギチした部分やお腹、複眼、それから足や針といった部分にはこれといった特徴はありません。単純に普通の蜂を大きくしただけの感じです。

 普通の蜂を基準として考えると、羽は確かに大きい。


「なるほど。逆転の発想というやつですわね。さすがファリスです」

「素晴らしいメイドですわ。フリルお嬢様、褒めてさしあげてください」

「もちろんです。っと……それはあなたもですわ、ルゥブルム」

「はい?」


 フリルお嬢様はわたしに向き直ると頭を下げた。


「ごめんなさい、ルゥブルム。わたくし、あなたを侮っておりました。レベルの数字だけを見て弱くて経験の浅い者と決めつけてしまいました。数字だけを見て、人を視ていなかったと言えます。ランドール家の者として恥ずべき行為でした。正式に謝罪したいと思いますわ」

「……解釈違いです」

「え?」

「お嬢様は間違いを認めません。謝らないものです」

「いや、そんなことは――」

「謝罪を訂正してください。いいのです、わたしなんてフリルお嬢様からしてみれば、そのあたりに転がっているイモや石と同じなのですから!」

「なにを言っておりますの!? あ、ちょっと離してくださいまし!」

「そうですよね、イモや石と同じだなんて思い上がりました! わたしなんて唾棄すべきゴミです。なんの役にも立たないような意味不明な物ですから!」

「なんでそうなりますの!? ちょ、だから、離しなさいってば! ファリス、助けてくださいファリス――なに笑って見てますの!?」

「いえ、すいませんお嬢様……ぶふっ」

「ちょっとぉ! パルヴァス、パルヴァスはどこへ!? 助けて~、助けてくださいまし~!」

「呼んだ? どうしたのフリルさま」


 おっと、この声はパルではありませんか。

 フリルお嬢様に抱き着いているので姿は見えませんが、パルが戻ってきたようですわね。


「何をされていたのですか、パルヴァスさま」

「さま、なんて付けなくていいんだけどなぁ……あ、これ探してたんだ」

「マニューサピスの針ですね。毒液が付いていると思われますが、大丈夫ですか?」

「一応、布で拭いたよ。これって売れるかな?」

「丈夫な管として需要がありますよ。冒険者ギルドで買い取ってもらえます。やはり針も特徴的にはそこまで大きいとは言えませんね」

「どういうこと?」

「マニューサピスの役割です。この個体はスカウトの役割だったと推測されます」


 なるほど~、とパルは納得したような声をあげた。


「うぅ~、ファリスがわたくしのことを無視してるぅ……わたくしよりパルヴァスを優先したぁ~」


 もがき疲れたのか、お嬢様が弱音を吐き始めました。

 さすがにそんな弱ってしまったフリルお嬢様を無視するわけにもいかないので、メイドがわたしを引き剥がしました。


「お嬢様を泣かせるとは何事ですか、ルゥブルム」

「わたしにはサマを付けてくださらないんですの?」

「お嬢様を困らせる人間には付けません」

「なるほど。でしたら、わたしもファリスと呼びますわね」

「む」


 おっと。

 メイドの表情が不快に傾きましたわね。


「怒らせるつもりはありませんわ。同じフリルお嬢様大好き同士、仲良くしましょう。良い醜態だったでしょ?」

「否定はしません」


 わたしとメイドはがっつりと握手しました。

 後ろでフリルお嬢様が、否定しなさいよ! とびっくりした声をあげていらっしゃいますが、あえてここは無視しましょう。はい。


「女の子ってのは元気だなぁ~。というか冒険者になる女の子ってのは、みんな元気なのは当たり前か。サチもアレはアレで元気だったし」

「そうだね」

「そういやガイスはどんな女の子がタイプなんだ? 俺は花屋の女の子みたいな可愛い子が好きだけどよ」

「花屋は肉体労働って聞いたことがあるよ」

「へ~、ムキムキなのか、あの子」

「誰?」

「いや、なんでもない」

「教えてよ。ちょうど花でも買いたい気分なんだ」

「うそつけ!」


 チューズとガイスはノンキにそんな会話をしていましたが……

 花でも買いたい気分、という言葉には同意です。

 ん~?

 どうしてそんな気分になったのでしょうか?

 おトイレの隠語ではないですし……


「くんくん」


 パルが何故か鼻を鳴らしながらキョロキョロ周囲を見渡していました。


「どうしました、パル」

「なんか甘いにおいしない?」


 甘いにおい?

 パルの言葉を聞いて、わたしも同じようににおいを嗅いでみます。

 くんくん。

 あ~……確かに甘い香りがわずかに漂っている気がします。薄い蜜のような香りでしょうか。なるほど、ガイスが花を買いたい気分と言ったのは、これが原因でしょうか。


「どこからしてるんだろ?」

「お腹でもすきましたの、パル?」

「違うよぅ。なんか気になって」


 なにが気になるんでしょう?

 わたしはフリルお嬢様とメイドを見ました。

 ふたりも、鼻でにおいを嗅ぐようにして上のほうを見上げている。何かを探しているようですが……

 あ、なるほど。

 においの発生源を探してるのですわね。

 それだと分かりやすい物体があるではないですか。


「突然におってきたのであれば、マニューサピスではありませんの?」


 蜂なのですから、花の蜜を食べている可能性もありますし。肉食でもデザートくらいは食べますでしょう。たぶん。


「え~、これかなぁ~?」


 パルは落とされた頭を持ち上げて切断面のにおいを嗅ぐ。


「……あなた、良くそれを持てましたわね」


 フリルお嬢様がドン引きされています。


「死んでるから平気だよ」

「ちょ、近づけないでくださいまし」

「あはは、ごめんなさい。でも、においはここからじゃないっぽい」

「お腹のほうではないでしょうか。あの白い体液がそれっぽい気がします」


 メイドに言われてパルは転がった遺骸の近くにしゃがみ込む。さすがのメイドも虫の死体のにおいを嗅ぐのはためらわれるらしい。

 まるで犬みたいに四つん這いになってにおいを嗅ぐパルは、これだ、と声をあげた。


「針を出した跡から甘いにおいがする。毒液のにおいってことかな」

「そうかもしれませんわね」


 うへぇ、と顔をしかめながらお嬢様は大蜂のおしりを覗き込む。

 わたしもそれに習って後ろから見ましたが、なにやらぽっかりと穴が空いてしまっている様子。そこから透明な液体がこぼれ出ているのが毒液でしょうか。

 触れると危ないのでパルも手を出してませんが、そこから甘いにおいがするのでしょう。もしかすると、このにおいで餌をおびき寄せたりする能力があったのかもしれませんね。

 動物なんかを甘いにおいで誘って舐めさせる。

 しびれたり麻痺しているところを悠々と殺して巣に持ち帰れば楽にお腹を満たせる。

 合理的な毒とも言えますわね。

 これほど身体が大きいのですから、たくさん食べる必要がありますし。餌を効率的に獲れるようになったのでしょう。

 まったくもって恐ろしいですわね。


「ん?」


 そんなにおいを嗅いでいたパルですが、またしても表情をしかめるようにして立ち上がった。

 今度はキョロキョロするのではなく、森の一点を見つめる。


「どうしました、パル?」

「やばい」

「なにがですの?」

「みんな、立って!」

「なにがあったんです?」

「いいからいいから! はやくはやく!」


 異様な様子のパルに促されて、男の子たちは立ち上がる。それと同時に、わたし達にもパルが慌てた意味が分かりました。

 まるで地震が起こったのかと思われる音。

 ゴゴゴゴゴゴ、という音が森の奥――パルが見ていた方角から聞こえてきました。

 地面が揺れるような勢いは、羽音。

 はい、そうです。

 大量のマニューサピスがこちらに向かって飛んできました。


「ひいやああああああ!」


 フリルお嬢様の悲鳴をスタートの合図として、みんなは走り出しました。

 幸いだったのが、パルのおかげで気付くのが早かったこと。更に加えて、戦闘中にパルが仕掛けていた魔力糸がまだ解除されていなかったこと。

 不可視なほど細い魔力糸に羽や身体をぶつけて、先頭を飛んできていたマニューサピスたちが何匹か墜落する。

 それを警戒してか、大蜂の集団は警戒するように速度が多少は落ちました。

 つまり!

 少しばかり逃げる余裕が出来た、ということ。


「ナイス判断でしたわ、パル! こうなることを予想してましたの!?」

「師匠が最後の最後まで油断するなって! 言ってた! から!」


 パルは木々の間をジグザグに走り魔力糸を追加で張ってくれる。

 それでも尚、パーティから置いていかれない程度の速度で走っているので、かなりの速さと言えるでしょう。

 素早さは満点ですわ。

 きっと、にっくき光の精霊女王の聖骸布の効果が充分に発揮されているのでしょう。

 ふふ、フリルお嬢様の言うとおりですわ。

 数字ではなく人を見ること。

 いい言葉ですわね。


「なに笑ってますのルゥブルム! まだ覚悟を決めるには早いですわよ!」

「おっと、失礼しました。お嬢様は遠慮なく逃げてください。時間は稼ぎますわ」


 マニピュレータ・アクアムを起動させ、水分を集める。

 走りながらだと、効率的に集めることができませんわね。元より、水の無い場所で使う魔法ではありませんし仕方がないですけど。

 それでもなんとか集まった拳ぐらいの水分を後方へ射出する。

 先頭を飛んできた顎のギチギチした部分が異常に大きくて、もはやそれクワガタムシのハサミと同じじゃありませんこと!? みたいな個体の複眼へ命中させる。

 バッギャン! と奇妙な音を立てて割れる複眼。

 水滴の弾丸は確かに頭を貫きましたが……それでも尚、絶命することはなく飛び続けている。ただし、明後日の方角へ飛んでいきましたので、意識があるかどうかは別っぽいですわね。

 あれがハンタータイプということでしょうか。

 頭の中は空っぽの狂戦士。

 乱暴のアスオェイローを見習って欲しいところですわ!


「弱りましたわね。あまり時間が稼げそうにありませんわ」


 水分を集め、それをツブテにして射出していくことは可能ですが……なんとも効率が悪く、数を減らすには時間が必要です。

 まだまだ日は高く、夜には遠い。

 かといって近くに池は無く、川の位置も不確か。運良く池でも見つかればいいのですが、それを期待していては、もはや絶望的とも言えます。

 群れを相手にするには、ちょっとどころではないくらいに方法がありませんわ。

 むぅ。

 どうしたものでしょうか。


「こ、このままでは……村に蜂を連れて逃げるわけにも行きません! パルヴァス、先に行って応援を呼んできてください!」


 確かに。

 フリルお嬢様が言われたとおり、わたし達が村まで逃げ込むとマニューサピスを引き連れていくことになります。

 そうなれば惨事は必至。

 自分たちの命は助かっても、あの村の人たちに多大な被害が発生するでしょう。そうなれば、結果的には根本的原因を作ったとして捕まってしまい、死刑。

 どちらにしろ死が待っている状況ですわね。

 フリルお嬢様の言うとおり、パルがひとりで助けを求めに村へ行くのが最善手と思われます。


「え、で、でも、そんなことしたら!」


 パルが糸を張ってくれているからこそ、まだ大群は追いついてこない。でも、パルがひとり抜けると大蜂の速度はかなり上がることになる。

 どう考えても、追いつかれるのは時間の問題です。

 何をどう選んでも。

 フリルお嬢様の首には死神が鎌を添えている状況には違いが無かった。


「村を壊滅させるわけにもいきません! 行きなさい!」


 このままでは体力の無い者の足が止まってしまう。

 そうなってから戦闘するのでは、ダメだ。

 終わりが見える。

 冒険者パーティの崩壊する姿を幻視しました。

 あぁ。

 せっかくお嬢様に出会えたというのに。

 わたしの理想のお嬢様の姿が、ここにあったというのに。

 残念です。

 せめて。

 せめて今が夜ならば、いくらでも対応が出来ましたのに。


「う、うぅ~!」


 パルは返事をせず、ただ唸るように加速した。

 でも。

 その足はすぐに止まる。


「なにを――!」


 フリルお嬢様の言葉もすぐに消えた。

 なにをしているのです、パルヴァス!

 早くお行きなさい!

 お嬢様のその言葉は、まったくもって言葉にならなかった。

 何故なら。


「パル、そのまま続けろ。ルビー、援護だ。やるぞ!」


 何故なら。

 何故なら、そこに。

 まるで英雄譚の勇者のように。

 えぇ、それこそ。

 本物の勇者さまのように。

 師匠さんが立っていたのですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る