~流麗! ばーさすマニューサピス~ 2

 マニューサピス。

 大きな蜂、という認識でいましたが……どうやら普通の虫と同じ扱いをしていますと倒せそうにありませんわね。

 いえ、正しく『巨大な虫』、というのが正解なのでしょうか。

 アリは自分の体重の何倍もの荷物を運べる、と聞いたことがあります。虫が巨大になればなるほど、その強さはふくれあがる。どこかの誰かがそう言っていたのを聞いたことがあった。

 それを考えますと、マニューサピスの異常な頑丈さにも納得できるというもの。

 普通の攻撃ではビクともしないのもうなづけます。


「仕方ありませんので、奥の手です」


 フリルお嬢様は手を出すな、という雰囲気でしたが。

 奥の『手』、ならば許してくれるでしょう。


「マニピュレータ・アクアム」


 わたしは呪文を唱えるように魔法を起動させました。

 ここに水源はありませんが、森という環境である限り、水分は充実しております。地面や空気中、更には木々がたくわえている水をほんの少しだけもらいましょう。

 周囲が霧のように一瞬だけ白くなりましたが、それらはすぐにくっ付いていく。まるで雨が空中に停止したような感じで目に見えるようになると、更にそれらを集めていった。

 やがてそれはひとつになり――顔の大きさくらいの水球を顕現できました。


「ふぅ」


 さすがに水源ゼロの状態から水を集めるのは苦労します。


「ルゥブルムって魔法使えたのか!」


 後衛のチューズが驚いたように声をあげた。知らない者から見れば、わたしが魔法で水球を顕現したように見えるのかもしれませんわね。

 でも、こちらに注意が向くなんて、赤毛のチューズに余裕がある証拠。レベル5というのは嘘ではなさそうです。


「秘密ですわよ」


 わたしは振り返ってにっこり笑っておく。


「前まえ前まえ!」


 おっと、さすがに怒られました。

 魔法のように見えたでしょうが、実際は魔法ではない。

 マニピュレータ・アクアムの魔導書は持っているだけで魔法が使えるようになるというアイテム。

 持っているだけ。

 そこで師匠さんが言いました。


「影の中に入れた場合って、ルビーの所有物としてカウントされるんだろうか?」

「どうなんでしょう? やってみますね」


 というわけで実験してみた結果。

 影の中に仕舞い込んだ状態でも魔法は発動できました。

 持っているというか、身につけている状態というか、そのあたりを魔導書はどう判断しているのかさっぱり分かりませんが、使えるものは使えるみたいです。


「大きさのハンデがいらないとは……使えるな」


 そう言って師匠さんはブツブツと考え始めました。

 恐ろしく強力な魔導書は、その威力に見合った大きさと分厚さになるのでしたっけ。持ち歩くのが困難になるかわりに魔力を消費せずに魔法が使えるようになる、と。

 そのハンデを、わたしならゼロにできる。

 師匠さんはそれを考えているのでしょう。

 もっとも。

 強力な魔導書なんて、そうホイホイと手に入らないでしょうけどね。


「まずは動きを封じましょうか」


 水に濡れれば羽が重くなって動きが鈍るはず。

 というわけで、わたしは水の塊を操ってマニューサピスに向けました。

 ですが――


「あら?」


 マニピュレータ・アクアムで操る水塊を大蜂にぶつけようと思いましたが、それよりも大蜂の動きのほうが速くて追いつけず、フラフラさせただけ。追いかけまわしたところで、ぜんぜんまったくぶつけられませんでした。

 加減が難しいですわね、これ。


「なにをやってますの、ルゥブルム」


 わたしが操る水に気付いたのかフリルお嬢様が下がってきた。

 マニューサピスが水塊に気を取られているので、少しだけ余裕が生まれたようです。

 話を出来る程度の余裕ですけど。

 ガイスも下がってきたので、体勢を整えるという意味も生まれたので結果オーライとしておきましょう。


「水に濡らせば動きが鈍ると思いまして」

「もっと速く動かせませんの?」

「はい」


 ホントはできるんですけど。

 一撃で粉砕できるほど高速で射出できたりしますけど……それでは目的が達成できませんので、無理ということにしておきましょう。

 安心してください。

 パーティメンバーの誰かがピンチになれば、すぐにでも終わらせますので。


「だったら雨のように降らせなさい」

「なるほど! さすがフリルお嬢様ですわね」


 というわけでわたしは水塊を森の木々の上へと向けました。

 そして一粒ひとつぶ、雨のように小さな水分へと分離したところで意識を失い――


「――あぶ……危ないところでした」


 ぐるん、と上方向へひっくり返りそうになる眼球を無理やり抑え込むように、足を踏ん張る。目から血の涙が出そうになるのをこらえると、鼻からも漏れそうになったのでなんとか抑え込みました。

 違う違う。

 間違えました。

 大量の水分をひとつひとつ制御しようとして、なんか頭の中にある線がぷっつんと切れたような気がしましたが、気のせいではないようですね。

 マインド・ダウンではなく……これはキャパシティ・オーバーな感じ?

 細かい雨粒ひとつひとつを制御して大蜂に当てようと思ったのが間違いでした。もっとおおざっぱな命令にしておくべきでしたよね。


「ちょっとぉ、ルゥブルム! 大丈夫でして!?」


 気が付けばフリルお嬢様が前へ出て、再びマニューサピスと戦っていらっしゃいました。メイドとガイスも追撃してますわね。

 避けられてますけど。


「おい、大丈夫か……って、目が真っ赤だぞ」


 フラつく身体をチューズが支えてくださいました。


「優しいのですね、チューズ。どさくさにまぎれて触ってもいいですわよ」

「さわんねーよ!?」

「あら。意外と意気地無しですね」

「その調子なら問題ないな」


 えぇ、とうなづきわたしは上空に浮かぶ雨粒を再び水塊に戻して、今度は薄く板のように引き延ばしました。

 ウォーター・ゴーレムがやってましたので、そっちをマネしましょう。

 初めから確実にこっちにしておけば良かった。ついついお嬢様の言葉通りに動いてしまいましたわ。

 さすが貴族の娘。

 命令の説得力が違います。


「アホのサピエンチェ」


 ん?

 どこかで誰かがわたしの文句を言った気がしますが、気のせいでしょう。

 なにせ、わたし。

 知恵のサピエンチェですから。


「えいっ」


 薄く引き伸ばした板状の水を上から叩きつけるようにマニューサピスへと落としました。

 もちろん避けようと大蜂は動きましたが、範囲が違います。ばっしゃーん、と無様にも水を頭から被ることになりました。

 たまらず地面に落ちるマニューサピス。

 ダメージは入ってませんが、ようやく動きを止めて普通に見ることができた羽は大量の水分で重くなっていることでしょう。


「あとで褒めてさしあげますわ!」


 好機、と見るやフリルお嬢様は突撃していきました。わたしはそれをサポートするように足元の水を全て霧散させる。


「はああああ!」


 地面に落ちたマニューサピスの頭を狙うお嬢様。もちろん、そこが弱点ではないことを理解しておりますが、あくまでお嬢様は騎士。

 本命は――


「おおおおおおお!」


 お嬢様を追い越すように回り込み、ガイスが腹に向かって斧を振り下ろした。

 フリルお嬢様が敵の気を自分に集中させ、その間に無防備になっている弱点をガイスが攻める。お嬢様はしっかりと盾でガイスの姿をギリギリまで隠していらっしゃいましたし、普通の魔物ならば確実に虚を突けたでしょう。

 残念ながらマニューサイスは複眼ですので、少々効果は薄かったかもしれませんが。

 しかし、それでも完璧で素晴らしい連携です。

 ガチンという甲高い音とザシュという鈍い音。

 ふたつの音が森に響く。

 お嬢様の剣は弾かれましたが、ガイスの斧はぐずりと腹にめり込んでいました。


「やりましたわ!」


 致命傷には届いていませんが、それも時間の問題。乳白色の体液が腹からこぼれています。うわぁ、気持ち悪い。

 ですが、さすが男の子。

 ガイスはそんな気持ち悪い体液なんて気にもしないで二撃目を叩き込もうと斧を振り上げる。

 だが――


「うわ!?」


 マニューサピスは再び羽を動かした。水分を弾き飛ばすように巨大な四枚の羽を高速で動かして、轟音と共に浮かび上がる。

 その風圧と羽に弾かれてガイスは後方へと転がった。

 マニューサピスは逃げるかと思いきや、空中で停止するようにホバリングして――

 転がるガイスにおしりの針を向ける。


「ここですわ!」


 待っていました。

 このチャンスを!

 わたしはガイスの前に立ち、アンブレランスをかまえる。

 それと同時にマニューサピスの腹が異常にふくらみ、乳白色の体液が噴き出した。

 自分の体液が漏れだしていることなど意に返さず、おしりから毒液と共に針を射出した。

 恐らくこれがマニューサピスの切り札。

 奥の手ならぬ、奥の針!


「いま!」


 真っ直ぐに飛んでくる針に対して、わたしはアンブレランスを突き出す。

 そう。

 アンブレランスのコンセプトは『弾く』です。

 今までわたしは、この武器を防御に使うという意識で使用ならぬ『試用』していました。もしかしたら〝私用〟といったほが良いかもしれません。

 ですが、違います。

 間違っていました!

 アンブレランスの真の使い方は、こうです!


「ほっ!」


 針という『点』での攻撃に対して、アンブレランスの先端を合わせるのは難しい。ですが、それでいいのです。

 だからこそ、弾くことができる。

 タイミングを合わせてアンブレランスを開いた。花が咲くように開くアンブレランスは、そのまま針の軌道を変えさせる。

 ――ィンという音と共に針はわたしにもガイスにも刺さることなく、後方の木にストンと突き刺さった。

 もちろん『傘』でもありますので、毒液も難なく防げました。

 完璧です。

 パーフェクト!


「アンブレランスの使い方、ここに開眼いたしました」


 ふふん。

 と、わたしは開いたアンブレランスを肩にかつぎました。

 満足です。

 これでラークス少年は間違っていなかったと証明できましたわ。

 いっぱい抱きしめてあげてイイ子イイ子と頭を撫でてあげましょう。

 うふふ。

 さてさて目的は達成しましたので、あとはさっさと倒してしまいましょうか。


「す、素晴らしい動きですわ、ルゥブルム」

「お褒めに頂き光栄ですわ、フリルお嬢様」


 驚くフリルお嬢様たちを後目にマニピュレータ・アクアムを起動させて水を再び集めようとしたのですが――


「あっ」


 切り札を失ったマニューサピスは空中でくるりと反転。

 逃げることに決めたようです。

 潔い、というより生物として正しい反応でしょうか。

 ですが、ここまでやって逃げられるのは痛手。

 骨折り損のくたびれ儲けになってしまいます。


「お待ちなさい――!?」


 フリルお嬢様も慌てて追いかけようとしますが、マニューサピスは急におかしな飛び方になりました。

 まるで見えない何かに当たったような感じでふらりと落ちる。ですがすぐに体勢を建て直すと再び飛び上がるけれど、また何かに当たって落ちました。


「なにが起こって……」

「ふぅ、間に合った」

「パルヴァス!? そういえばあなた何をしていたの?」


 とつぜん後ろに降って来たパルは、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。


「木の上とか、あの辺とかに、魔力糸を張っておいたよ。はぁ、疲れた。でも、これで逃げられないと思う」


 なるほど。

 どうやらそこら中にパルの魔力糸が張り巡らされているようですわね。マニューサピスが逃げようとして、その糸にぶつかってバランスを崩しているのでしょう。


「よくやりましたパルヴァス。ルゥブルム、今なら水を当てられますわ! チューズ、そこへ魔法を!」


 はい、とわたしとチューズは返事をして、魔法を起動。

 まずはわたしの水でマニューサピスを地面に叩き落とし、動かなくなったところでチューズの土属性の魔法がツブテとなって大蜂に叩き込まれた。


「ガイス、トドメです」

「おおおおおお!」


 今度こそ、という感じでガイスが斧を振り上げて腹をぐっさりと切り込んだ。お腹を切断しそうな勢いで、どう見ても致命傷の一撃。

 糸を引くような乳白色の体液に、うへ、という表情を浮かべるわたしとパルとフリルお嬢様ですが……しかし、お嬢様はそのままマニューサピスへ近づくと、細い首に剣を振り下ろし、頭を切断した。


「やりましたわ! ……うっ」


 倒せたのは倒せたのですが……そこは虫。やっぱり虫。

 頭を落として、お腹は切り裂かれているのに、うぞうぞと足とかがまだ動いている。顔も大顎がギチギチと動いていた。


「きもちわる!」


 わたし達はもう一度。

 戦闘前と同じような感想を、思わず言ってしまうのでした。

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