~流麗! ぶんぶんぶん、蜂がとブーン~

 再びパルが先行して、巨大蜂・マニューサピスを探すことになりました。


「単独で、しかもこちらを襲ってこないことから『スカウト』と予想されます」


 メイドが静かに語る。

 フリルお嬢様から騒ぐのを禁止されましたので、わたし達はパルを見失わない程度に離れて、こっそりと歩き、後を追う。

 それにしてもお嬢様の銀鎧は凄いですわね。

 金属のこすれる音はしませんし、こっそり歩くことも可能。なにより、フリルお嬢様はそこまで筋力がありそうにも思えませんのに、平気で歩いております。

 神話級と呼ばれるアーティファクトでなくとも、伝説級と呼ばれる程度には素晴らしい鎧であることは間違いないでしょう。


「ところで。風向きは気にしなくてよろしいのですか?」


 気になったのでメイドに聞いてみます。

 狩人は、自分のにおいが獲物に見つからないように風の向きにすら気を使う、という話を聞いたことがありましたので。


「鹿などの敏感な動物だと気を付けないといけないのかもしれませんが、今回は大丈夫でしょう。むしろ獲物と思って近づいてくれるのでは?」


 なるほど、とわたしはうなづきました。


「あなた、狩りの知識がありますの?」


 そんなわたしをフリルお嬢様は物珍しい感じの視線で見ました。


「ただのにわか知識です、お嬢様。知っているだけで役に立っておりません。むしろわたしが驚くのはメイドであるはずのファリスの知識ですわ」

「依頼を受けてから調べました。お褒めに預かり光栄です」


 メイドは瞳を閉じて頭を下げる。

 そんなメイドの主人たるフリルお嬢様は自慢するように胸を張った。銀鎧で分からないですが、きっとステキなお胸をしていらっしゃるのでしょう。

 しかし、冒険者のお付きをするメイドともなると大変ですわね。

 主人のサポートをする役目は分かりますが、知識まで得ないといけないと思うと、生半可なメイドには任せられません。

 ファリス・クルク。

 先ほどからこっそりと観察していますが……未だに実力が良く分からないんですよね~。少なくとも普通のメイドでないことは確かです。

 戦闘経験が無い者が、こんな森の中をすまし顔で歩いているなんて。

 よっぽどのバカか、よっぽどの命知らずか。

 そうでないとするのなら――主人を守り切れるほどの実力者か。

 どれでしょうね。

 興味が尽きませんわ。


「あ」


 フリルお嬢様とメイド、そのふたりを観察してワクワクしていましたら、ガイスが小さく声をあげました。

 ス、と静かにしゃがむ彼に習って、わたし達も地面にしゃがみました。お嬢様も冒険者レベルが5なだけあって、ちゃんと遅れることなく屈んでいますわね。素晴らしい。

 ガイスが前方を指差す。

 もちろんそこにはパルがいて、パルはこちらに向けて手のひらを開いた。

 ストップ、止まれ、という合図でしょう。

 そして、こちらに振り向くとくちびるに人差し指を当てた。

 静かにしろ、という合図なのは間違いありません。

 ということは――近くにマニューサピスがいるのでしょうか。きょろきょろと周囲をうかがっても、それらしき姿は見えないですし、巨大蜂どころか動物の姿も見えません。


「……」


 風で木々の葉っぱがこすれる音がして、わたしは不意に空を見上げました。

 ざわざわざわ、と複雑な音が流れるように聞こえてきて、葉っぱの間から夏の日差しが地面へと落ちるように点々と模様を作っていた。

 ともすれば、とても穏やかな空間。

 でも――

 どこからか雑音が聞こえてきた。

 耳障りな、ノイズ。

 まるで猛獣がぐるるるるると唸るのを、もっと重くして、ぎゅっと縮ませたような。ともかく、なんとも表現しにくいイヤな重低音が風の音を消すように聞こえてきました。


「……」


 方向は、前方。

 進んでいる方向から聞こえてくる。

 パルはしゃがんだまま、ゆっくりと器用に後ろへと下がってきた。マネしたら後ろにコロンと転がってしまいそうな歩き方で、パルは合流する。


「この音って、そうだよね?」


 恐らく、とメイドはうなづきました。

 姿までは発見できていませんが、どうやらパルは音で気付いたようですわね。


「わたくしが前に出ます。パルはそのまま索敵を。ガイスは右、ファリスは左を、チューズは後方を注意しておいてください」


 はい、と返事をしてパーティメンバーはお嬢様の指示に従って各々の方角を注意する。

 それは良いのですが……


「フリルお嬢様」

「なんですの?」

「わたしは?」

「あなたレベル1でしょうに。真ん中で待機です」

「パルも同じレベルですけど?」

「仕事内容が違います。わたくし、パルヴァスに先頭は命じましたけど戦闘を命じた覚えたはありませんわ」

「あら、素晴らしい。お嬢様ジョークですわね」


 先頭と戦闘。

 この状況で言葉を選べるのは余裕の証でしょうか。


「ユーモアと言ってくださる?」


 冗談とジョークとユーモアの違いがわたしには分かりませんが。でもお嬢様がユーモアというのでしたら、それはユーモアなんでしょう。

 決して『ボケ』でないことは確かなので、『ツッコミ』はやめておかないといけませんわね。

 いえ、お嬢様にツッコミを入れたいという気持ちがゼロなのか、と問われれば嘘になりますが。お嬢様にツッコミたい。お嬢様に入れたい。

 うふふ。

 師匠さんが好きそうな冗談です。


「……う~ん」


 ですが師匠さんはフリルお嬢様が有りなのか無しなのか、気になるところですわ。年齢を考えるにパルよりは上。ですが、まだまだ幼さの欠片というものを感じます。大人になりきれていない子ども、という具合。

 果たしてフリルお嬢様は師匠さんのターゲットゾーンに入っているのか、それともいないのか。


「気になりますわ」

「どうしました、ルゥブルム。なにか気付きました?」

「……はい。羽の音が止まらないということは、飛びっぱなしということですわ。なにか警戒しているのでしょうか?」


 なるほど、とお嬢様は返事をする。

 危ない危ない。誤魔化せました。

 さすがわたし。魔王領で人間種を掌握していただけあります。とっさに話を反らすなど簡単ですわね。おーっほっほっほっほ!


「……」


 パルだけは半眼でこっちを見てますけど。

 ほら、前を向きなさい小娘。

 油断してると死にますわよ!


「ファリス、どうですの?」

「いえ、マニューサピスはいろいろなタイプがいます。それぞれのタイプによって体力も違うので一概には言えませんが、少なくとも『スカウト』であれば長時間の長距離移動は可能です」

「無駄な疑問のようでしたわね。申し訳ありません」

「いいえ、ルゥブルム。この世に無駄なことなんてひとつもありません」


 見えていないでしょうけど頭を下げかけたわたしは、そのまま顔をあげてフリルお嬢様の顔を見ました。

 残念ながらお嬢様は振り向いてくれませんでしたが。

 どこか、彼女の本心に触れたような気がしたので――


「わたしも同感ですわ、フリュール・エルリアント・ランドールさま」


 そう答えた。


「……」


 返事がなかったけれど、まぁ信頼度は戻ったでしょうか。ゼロになってしまったのが1程度には回復したと思われます。

 やりましたわ。

 嬉しいですわ。

 人間種は、一度失った信頼を元に戻すことはほぼほぼ有り得ませんからね。

 魔王さまを見習ってほしいくらいです。わたしなんて何度失敗して、何度魔王さまにため息をつかせてしまったのか、もう数えるのもやめたくらいですから。


「はぁ~……次、頑張るように」


 そんな魔王さまの言葉が頭にこびりつくように残っています。

 ですが――


「やったじゃないかサピエンチェ。期待していて正解だった」


 という魔王さまの言葉も、頭の中に残っています。

 諦めずにしっかりと成果が出るまで待っててくださる魔王さまは、きっちり信頼度が上下しますからね。失敗したら下がりますが、成功したら上がります。

 分かりやすくて単純、とも言えますが。

 でも、どんなに成功したって取り戻せない人間種の信頼よりは遥かにマシな気がします。

 乱暴のアスオェイローなんかは、人間種の信頼を知識で勝ち取っていましたけど。

 愚劣のストルティーチャは魅力でしょうか。一晩をベッドで共にすれば、どんな人間もイチコロだと言っていましたっけ。

 陰気のアビエクトゥスは……あの子、ちゃんと人間種の相手をしていたのでしょうか? ちょっと心配になってくるほど領地を放置していたような気がします。

 お互いの支配の仕方や人間の扱いには口を出さないっていう約束でしたが。今度会いましたら、ちょっと聞いてみようかと思います。


「アビィって魔王さまに褒められますの?」


 と。

 でも、魔王さまってアビィに甘いところありましたからね~。なんか仲良しこよしって雰囲気でしたし。

 もしかして付き合ってらっしゃるとか?

 魔王さまともなれば、ゴースト種に触れることすら可能でしょうから、誰にも触ってもらえないアビィの欲求を満たしてあげるためにあんな事やこんな事を……!

 あぁ、そんな、あぁ、やだ、魔王さまのえっち!


「……来る」


 ハッ!

 危ない。

 ついつい妄想がはかどってしまいました。

 パルの静かな声で現実に戻ってくることができましたわ、ありがとう。危うくまたお嬢様に怒られてしまうところ。命拾いしましたわ。

 さてさて。

 来た、のではなく、来る、と言ったパル。

 その言葉通り、まだ巨大蜂の姿は見えません。ですが、心無しか羽音であるブーンという音は強くなってきた気がします。

 そして――


「見えた」


 森の奥。

 木々の間から、それは姿を見せました。


「……うわぁ」


 と、声を漏らしたのはパルでした。

 かろうじて声が出せた、という雰囲気でしょうか。

 フリルお嬢様は指示を出すことも忘れ、絶句していました。

 無理もありません。

 わたしも同じような気分です。

 比較的ガイスとチューズは大丈夫なようですわね。さすが男の子。虫には慣れてるのでしょうか。

 そう、虫。

 虫ですわね。

 ギッチギチとこう、なんか、足の、なんか、その、きもちわるっ。

 巨大な虫って。

 めちゃくちゃ気持ち悪いんですのね!

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