~流麗! 情報収集はランチと共に~

 フリルお嬢様たちが受けた依頼はマニューサピスの調査依頼。

 詳しくは彼女のメイドたるファリス・クルクが説明してくださいました。


「マニューサピスがこの集落の北側に広がる森で目撃されたらしいです。魔物ではありませんが人を襲うこともある危険な生物です。もしも巣が作られているのであれば対処する必要があります。依頼はマニューサピスの発見と調査。巣の有無が確認できれば別途、特別手当が依頼料に上乗せされます。巣の破壊となると、私たちだけでは不可能ですので禁止されました」

「という依頼ですわ」


 メイドの言葉を引継ぎ、まるでフリルお嬢様が説明したかのような雰囲気になりました。

 さすがです。

 この世の全ての手柄は自分の物、と自然と訴えかけるような言動。

 あぁ~。

 これこそ本物のお嬢様ですわぁ~。

 わたし、ときめいてしまいます。

 いえ!

 実際にときめいています!


「正直、パルヴァスが加わってくれて助かるよ。盗賊無しじゃ厳しい依頼だよな」


 赤毛がそう言ってパルの肩をポンポンと叩く。


「う~ん……あたしで役に立てるかなぁ」

「謙遜すんなって、パルヴァス。斥候したり頑張ってたじゃないか」

「何がありましたの?」


 フリルお嬢様の質問に赤毛はペラペラと魔物たちが砦を作っていたことを話した。その大規模討伐依頼の斥候をパルが務めて、見事に仕事を果たしたらしい。


「あら、レベル1なのにやりますわね」

「えへへ~」

「それでは斥候役はあなたに任せましょう。役に立ってくださるわよね?」

「頑張ります! って言いたいところだけど……」


 おや、とわたしとフリルお嬢様は眉をひそめました。

 パルにしては珍しい。

 なにか問題があるんでしょうか?


「あたし、マニューサピスについて何も知らないから何を追いかけていいやら。ちょっと情報を集めてくる。動物図鑑とかあるかな~」

「さすがにどっこい村には無いのでは?」


 どっこい村の冒険者ギルドは建物がなく簡易的な物。広場に掲示板が置いてあるだけで、ギルド職員の姿すら無い始末。

 動物図鑑はおろか魔物図鑑すら置いていないので、書物から情報を得るのは難しいそうな場所です。


「どっこい村?」


 なんですのそれ、とお嬢様が怪訝の表情を浮かべながらわたしを見ました。


「この場所の名前ですわ、フリルお嬢様」

「いつの間にそんな名前が付きましたの? 橋の集落とか橋の村とか呼ばれていませんでしたか?」

「私も聞いてません」


 メイドも首を横に振る。

 赤毛のチューズも戦士のガイスも、フリルお嬢様の視線を受けて首を横に振りました。

 まぁ、それも当然でしょう。


「さっきわたしとパルで勝手に決めました」

「あ、そう……あ、いえ、納得するところでしたわ。危ない。いえ、それよりもそのセンスの欠片も感じさせない名前はどうにかなりませんの? 口にしたくもありませんわ」


 お嬢様の口から『どっこい』というダサい表現が出るところは、震えがするほど見てみたい気もしますが……残念です。


「ではフリルお嬢様が命名してください」

「わ、わたくし!?」


 お嬢様はびっくりしたようにくるりと反転すると、メイドとこそこそ相談しはじめました。


「ど、どんな名前がいいのでしょうか、ファリス」

「ここはお嬢様の名前を付けるのが良いかと。国や王都、街の名前は王や領主の名前となっております。ですので、堂々とお嬢様の名前を付けてはいかがでしょうか?」

「そ、そんな恐れ多いことをしていいんですの? 領主のジックスさまに迷惑がかかったりするのでは……?」

「どっこい村より百万倍マシです」

「確かに」


 こほん、と咳払いをひとつ。

 振り返ったお嬢様は、決めましたわ、と胸を張りながら宣言された。


「この村の名前をわたくしの名、ひいてはお爺様から頂いたエルリアントの名を与え、『エルリアント村』とします。喜びなさい。今日からエルリアント村と名乗ることを許しましょう」

「おぉ~」


 ぱちぱちぱち、とわたしとパルを含め、後ろにいた子ども達も手を叩きました。ちょっとおめでたい雰囲気もありましたので、なんだなんだ、と周囲の注目が集まってしまう。

 その結果――


「なんだなんだ?」

「この集落の名前が決まったそうだぞ?」

「へ~、橋村じゃなかったのか?」

「おいらは村橋って聞いてけど?」

「エルリアント村だってよ」

「お~、貴族さまの名を頂いたらしいぞ。こいつはめでたい!」

「なるほど、高貴な名前だ」

「箔が付いていいじゃねーか」

「よし、さっそくドワーフに頼んで看板を作ってもらおうぜ!」

「ひゅー、お祝いだ!」


 あれよあれよという間に広がってしまいました。


「……やっちまいましたわね、フリルお嬢様」

「こ、これわたくしが悪いんですの……?」


 ぜったいに手遅れですわ、これ。

 メイドもなぜか空を見上げてるではありませんか。

 責任を追及されないフリルお嬢様の優しさを身に染みて実感するといいですわ、そこのメイド。

 それはともかく――


「いえ、めちゃくちゃ面白いので結果オーケーです。さすがフリルお嬢様。歴史に名を残す偉業ですわね。まるで無関係な村に自分のお爺様の名を残すなんて。やっぱり本物は違いますわ。好き!」

「お黙りなさい!」


 後ろで赤毛と戦士が笑っていますが、メイドも顔をうつむかせて笑っているのが面白いですわね。


「あはは。じゃぁあたし、マニューサピスのこと調べてくる」

「お待ちなさい、パルヴァス。マニューサピスの詳細な情報はファリスが知っていますわ。時間がもったいないので、ファリスから情報を得なさい。いいですわね、ファリス――なにを笑っていますの! まったく……名前の件は忘れましょう。はい、忘れました。ガイス、チューズ、あなた達は休憩です。しっかり休憩して昼食を取りなさい。午後から出発しますので、そのつもりで。ルゥブルムもそれでよろしいですわね」

「もちろんですわ、お嬢様」


 よろしい、解散。

 と、お嬢様が指示を出したこともあってガイスとチューズは昼食の店を探しに行きました。


「わたくし達も店を探しますわよ」

「あたし肉が食べたいです!」

「分かりました。ファリス、案内してさしあげなさい」

「はい、お嬢様」


 メイドが率先して歩き出したので、わたし達はその後ろを付いていきました。

 パルはにこにこと嬉しそうで良いのですが……アレですわね、この小娘はホント人懐っこいですわね。どうしてパルの食べたい物の意見がすんなりと通るのでしょう?

 まぁ、いいですけどね。

 にこにこ笑ってフリルお嬢様を信頼していますけど、いつか手痛い裏切りにあいそうでちょっと怖いですわ。師匠さんがしっかりと守ってくだされば良いのですけど。

 師匠さんも師匠さんで優しいですからね。

 パルと師匠さん、ふたり同時に裏切られることもありそうですので、気を付けませんと。

 その時はわたしがしっかりしないといけませんわね。ふたりの心が癒えるまで、存分に実家で過ごしてもらうことにしましょう。

 なんて考えてるうちにお店に付きました。

 店名の看板は出ておりませんが、店先で肉の塊を炭火でじっくり焼いている店。肉の焼ける良いにおいがただよっている店でした。


「うわ、めっちゃ美味しそう。ねぇねぇおじさん、これ何の肉?」

「いらっしゃいお嬢ちゃん。こいつはヴァッカっていう野生の牛だ。味見するかい?」

「いいの!? やった!」


 うへへへへへ、とパルは焼いている肉を少しだけ削いでもらって食べていた。後ろで見ていたフリルお嬢様がちょっとうらやましそうに見ている。

 それでこそ正しいお嬢様仕草ですわ。

 完璧です。


「美味しい! あたし、これ注文する!」

「では、わたしくも。ファリスはどうします?」

「では同じ物を」

「ルゥブルムは決まりました? もう面倒ですので、同じ物でいいですわよね」

「好き」

「は?」

「おっと間違えました。はい、同じ物で良いですわ」


 思わずお嬢様に抱き着きたくなりましたが、心の声が漏れるだけでなんとか我慢できました。わたし、偉い。支配者としての威厳を保てた気がします。

 見てますか、アンドロ。

 わたし、立派になりましたわよー!

 それはさておき。

 テーブルに付いて食事が出てくるまでの間にメイドから蜂についてのレクチャーがありました。


「巨大蜂・マニューサピスは巣を作って集団で生きています。基本的には普通の蜂と同じですが、問題は大きさと食べ物です」

「なにを食べているの?」

「動物です。マニューサピスは肉食です」

「あたしと同じだ」


 雑食でしょ、とわたしがツッコミを入れておきました。パンも食べるしサラダも食べているではないですか、パル。


「おしりの針から毒を注入し、対象を麻痺させて殺します。獲物を仕留めると仲間を呼び、少しずつ食いちぎられ、巣に持ち帰られます。それらが『ハンター』と呼ばれる役割を持った個体です。それとは別に花の蜜を集める『コレクター』、生まれた幼虫の世話をする『ケアー』、巣を守る『ガードナー』などなど、たくさんの役割があると言われています」


 ほへ~、とわたしとパルはうなづきました。


「はい、お待ち」


 店員さんがお皿に盛り付けたヴァッカ肉を焼いた物を運んできたので、わたし達はさっそく食べ始める。

 その間もメイドは食べながら説明を続けた。器用と言うか、几帳面というのか。それはともかく、綺麗に食べながら話し続け、相手を不快にさせないのは凄い技術ですわね。


「森の中で一匹だけ見かけた。という話からその役割は『ハンター』もしくは『スカウト』だと思われます。スカウトの役割は新しい巣の場所を見つけること。新世代の女王蜂が生まれたことを意味しています。スカウトの場合は、巣は遠く離れているので問題ないですが、ハンターであった場合は巣が近く危険です」

「もぐもぐ……んぐ。見分ける方法はあるの?」


 パルの質問に、ハイ、とメイドはうなづいた。


「ハンターは顎が大きいです。クワガタムシみたいな感じ」


 メイドは自分の人差し指で顎を表現してみせた。くいくい、と人差し指を動かす。


「スカウトは目が大きく、羽が大きいです」


 今度は人差し指と親指でわっかを作って両目に眼鏡のように当てる。それから両手を広げて羽を大きいことを表した。

 意外とオチャメですわね、このメイド。


「女王蜂はお腹が大きいです。ケアーは足が長いです。ガードナーは胸が大きいです。部位の大きさによって役割を判断することができます」


 なるほど~、とわたし達はうなづきました。

 その後も、マニューサピスの生態や特徴などを聞きながら食事を続ける。フリルお嬢様は一言も発言しませんでしたが、食べ方はたいへんに美しいもの。

 きっと食事中に喋るのはマナー違反、という感じで教育されているのでしょう。

 素晴らしい。

 やっぱり本物のお嬢様をこの目で見られるのは、とてもとても嬉しいことですわ。

 ぜひともマネをしたいところですが……


「難しいですわね」


 魔王領にはテーブルマナーはおろか、ナイフとフォーク、スプーンで食べる文化すら無い魔物種もいますので。

 しみついた癖というか、文化というのか。

 そういうのは、なかなか抜けそうにもないのが困ったものです。

 さすがの本物のお嬢様でも、人間種の食べ方・丸焼き編、とか知っているはずもないので。まぁ、どんなにお行儀よくナイフとフォークで食べようとも、怒られてしまうと思いますけど。

 というか、こんなことを考えている時点で師匠さんの信頼がぐんぐん減っている気がしないでもないです。

 自重しましょう、自重。

 というわけで、美味しくお肉料理を食べながらメイドからの蜂レクチャーでした。

 午後からのお仕事、頑張りましょう。

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