~流麗! しょせん、わたしはニセモノですわ~

 お嬢様。

 その言葉はわたしが生まれた時から気になっている言葉です。

 もちろん――

 わたしは生まれた時の記憶なんてありませんので、生まれた時というのは盛大な間違いなのですが、それでも原初の記憶として頭のすみっこに刻まれているものです。

 お嬢様。

 正確には、貴族の娘、でしょうか。

 王族の娘でないのは確かです。

 皇族の娘でないのも確かです。

 だって、そっちはお姫様になってしまいますからね。

 お嬢様という言葉に、どうしてこんなにも惹かれてしまうのか、どうしてこんなにもわたしの心に引っかかるものがあるのか。

 その理由はまったく分かりませんでしたが。

 ですが。

 ついに。

 ついに!

 ついにわたし、本物のお嬢様というものに出会えることができましたわー!

 しかもしかも!

 理想のおてんばタイプに違いありません!

 この世に存在するかしないか、ギリギリの瀬戸際である冒険者お嬢様!


「あ~、たまりませんわ~!」

「ちょっと、離し、離しなさいったら! なんなのよ、あなたいったい!? ひっつかないでくださいまし!」

「あは~ん、わたしはルゥブルム・イノセンティアと申し上げたではないですが、お嬢様ぁん」

「気持ち悪い声をあげないでくださいます!?」

「では、普通に。すでに名乗り上げましたわ、お嬢様」

「素の表情で抱き着くのも気持ち悪いからおやめなさい!」

「では、どうしろというのですか!?」

「だから離せと言ってるでしょ!」

「そんな!?」

「なにが!?」


 わぁわぁぎゃぁぎゃぁと押し問答をしている間にわたしはパルに、お嬢様はメイドに引っぱられていきました。


「なにやってんの、ルビー。人に迷惑をかけちゃいけないって師匠に教えられなかった?」

「そんな常識的なこと、教えられる以前に知っていましたわ」

「正論過ぎて質問したあたしがバカに見えるからやめてくれる!?」

「この世界には老成したバカと未熟なバカしかいませんわ!」

「落ち着け、バカ!」

「あ、はい」


 パルの羽交い絞めなど簡単に抜け出せますが……ここは大人しく従っておきましょう。

 ふぅふぅ。

 ふぅ。

 少々取り乱してしまいました。


「もう大丈夫ですわ」

「まったくもう」


 わたしが落ち着いたのを見て、パルは拘束を外しました。

 チャンス!

 と思ってお嬢様に抱き着こうとしましたが、パルの足払いで盛大にすっ転んでしまった。

 ぐぬぬ。

 やりますわね、小娘……


「とう」

「ぐえっ」


 しかも転んだわたしの上に乗るなんて、なんという屈辱的な行為。そういえばパルの体重はとことん増えてるんでしたわよね。ちょっとどころじゃないくらいに重い。下手をすれば今ので背骨が折れるところですわ。

 まったく。

 わたしの上に乗るだなんて恐れ多い行為。さっきの子ども達も乗ってましたが、あれは除外するとして……ここが魔王領でしたら、わたしの愛すべき部下たちがこぞって襲い掛かっている状態ですわよ。

 アンドロなんて絶対にキレるに決まっています。

 普通の死に方は出来そうにありませんわね、パル!


「ふふん」

「なんで下になってるルビーが偉そうなのさ」

「今、アンドロがパルを拷問してるところですので」


 わたしの頭の中ではパルがアンドロのしっぽに刺されて毒を注入されているところです。

 うふふ。


「ちょっとちょっとぉ。テンションが振り切っちゃってるよルビー。落ち着いて、えいっ」

「あいた!?」


 ぺしん、と軽くパルに頭を叩かれました。

 屈辱ぅ。

 ですが、ちょっとムカついたおかげで冷静になれましたわね。


「もう大丈夫ですわ、パル。興奮が怒りによって昇華されました。さすが師匠さんの第一弟子なだけありますわね」

「なんでそんなに興奮してたのさ?」

「だってお嬢様ですのよ」


 わたしとパルがお嬢様に視線を向けると、メイドさんが守るようにして前に出ていた。お嬢様はちょっとおびえ気味。

 可愛いですわね。

 さすがお嬢様です。

 あぁ、ステキですわ!

 理想的ですわ!

 いざという時に何の役にも立たなさそうなところなんて、とてもとても好感が持てます!


「フリュール・エルリアント・ランドールさん、ごめんね。この人、アホなんで」


 わたしの上に乗ったままパルが謝る。

 誰がアホですか、誰が。これでも知恵のサピエンチェですのよ。頭の良い吸血鬼です。たぶん。


「は、はぁ……あ、わたくしのことはフリルとお呼びになって結構ですのよ」


 フリュールだからフリル。

 ステキな名前ですわね。

 なるほど、ですので銀鎧から覗くスカート部にはフリルがたっぷりあしらってあるのですね。冒険者だというのにそんな豪華な服を下に着込んでいるなんて、さすがお嬢様。

 しかもフリルに汚れひとつ付いていないのが本物の証ですわね。

 所作のひとつひとつが美しい。

 貴族の娘として、淑女として、相当な躾けがされていたに違いありません。

 滲み出る全ての動作に高貴さがただよっています。

 あぁ。

 眼福ですわぁ~。


「ふぅ。もう大丈夫ですわ、パル。完全に落ち着きました。今度は嘘ではありません。決してフリルお嬢様に抱き着かないと約束します」

「ほんとに?」

「はい。もしも抱き着いたら今すぐ全裸になってミノタウルスの巣に捨てていってもらってもかまいません」


 ミノタウルスは人間の女性が大好きですので。

 吸血鬼のわたしでも、やることは同じでしょうから、等しく罰になりますわ。


「あたしが近づきたくないよ、そんなところ」


 げんなりしつつもパルが背中から退いてくれましたので、ようやく立ち上がることができました。

 程よい開放感を覚えますので、パルが加重のマグを使い続けている意味も理解できますわね。

 なんか気持ちいい。


「……」


 おっと、また気持ちがぶり返しそうですので、わたしはパルの後ろに控えるようにしましょう。向こうのメイドも警戒しているようですし。


「ごめんねフリルさま」

「い、いいですわ。大丈夫です。ふぅ、わたくしも取り乱してしまいました。そうそう、こちらのメイドはわたくしの世話をしてくれるファリス・クルクですわ」

「フリルお嬢様のお世話を担当しておりますファリスです。どうぞよろしくお願いします」


 メイドは丁寧に頭を下げましたが……わたしに向ける視線は厳しいですわね。

 どうやらメイドに嫌われてしまったらしい。

 くすん。


「チューズとガイスはフリルさまのパーティに入ったの?」

「あぁ、そうなんだよ。お嬢様の護衛っていう名目かな。依頼料の他に護衛料が上乗せされるからお得だぞ」


 赤毛の魔法使いが、にしし、と笑う。この赤毛がチューズで、あっちの大きな身体の戦士がガイスというのでしょうか。

 ふ~ん。

 戦士と騎士、魔法使い。それに加えてメイドのパーティですか。

 ……バランスも何もあったものじゃないですわね。

 そもそもメイドって戦闘職ではありませんし後衛としても役に立つんですの?

 赤毛のチューズが話すには、どうやらフリルお嬢様の『冒険者ごっこ』に付き合っているらしい。危険がないように護衛を兼ねての冒険らしく、そこまで無茶な依頼は受けていない、とのこと。

 ふ~ん。

 少し嘘が混じってますわね。お嬢様はそう思っているようですが、メイドの表情が少しばかり陰りました。

 どの部分が嘘かは分かりませんが、フリルお嬢様が楽しそうなので問題ありませんね。

 冒険者ごっこ。

 素晴らしいではないですか。


「パルヴァスは……その、ルゥブルムさんといっしょに冒険者やってるのか?」

「ん~、やったりやらなかったり? 今日はルビーの修行に来たんだけど、いい依頼がなくってさ。チューズは何か依頼を受けてるの?」


 あぁ、と赤毛はうなづいてフリルお嬢様の顔をうかがう。


「説明してもかまいませんわ」

「マニューサピスっていうヤツが出たんで、それの調査。もしくは退治。そんな依頼だよ」


 マニューサピス?

 聞いたことのない魔物ですわね。


「パル、知ってますの?」

「あたしも知らない。魔物じゃないのかも?」


 というわけでわたしとパルは再び赤毛に視線を送りました。わたし達の視線を受けてちょっと赤くなるところが可愛らしい少年とも言えますが……なんかスケベそうなオーラを放ってる男の子ですわね。

 ですが、逆に童貞臭がします。

 さっさと娼館に行けばいいのに、あと一歩勇気が足りないのでしょうか。

 それはそれで可愛らしい。


「マニューサピスはでっかい蜂だよ。人間と同じくらいの大きさの蜂」


 パルといっしょに、ほへ~、とわたしは驚いた。


「こっちにはそんなのがいますのね」

「こっちってことは……ルゥブルムさんは学園都市の出身で?」

「いいえ、わたしの出身地はもっと北ですわ。うふふ」


 どこから見て、どの規模で北か、というのは秘密にしておきましょう。言ったら師匠さんに怒られてしまいますし。無駄に眷属を増やす結果に終わりそうですので。


「ねぇねぇ、チューズ。あたし達もパーティに入れてよ。ガイスもいいでしょ?」

「いや、それはお嬢様に聞いてもらわないと……」


 チューズがチラリと見たお嬢様は、一歩前へと出た。


「あなた達のレベルを教えてもらえるかしら?」

「1です」


 はいこれ、とパルはフリルお嬢様に冒険者の証であるプレートを見せた。そういえば、わたしのプレートは子ども達に渡したままでしたわね。


「そこの子ども達。そろそろわたしのプレートを返してくださいまし~」

「はーい」


 冒険者ごっこに夢中だったお子様たちは素直にプレートを返してくださいました。イイ子でですわね。皆さんの頭を撫でておきましょう。

 で、戻ってきた頃にはお嬢様が爆笑されてました。


「おーっほっほっほっほ! レベル1の二人組でしたらわたくし達が面倒見てさしあげてもよろしいですわよ。なにせわたくし達のレベルは5ですので」

「お~、すごーい! チューズもレベル5? ガイスも?」

「おう。オレ達レベル5になったぜ。というかパルヴァスがいまだにレベル1なのが信じられないんだが……」

「あんまり冒険者やってなかったし。あと学園都市って冒険者レベルぜんぜんあげてもらえないみたい」

「ちょっとちょっと、わたくしを無視しないでくださいます?」

「あ、ごめんなさいフリルさま。じゃぁ、面倒を見てください。おねがいします」

「あなたプライドは無いんですの?」


 素直に頭を下げるパル。

 まぁ、いいですわ。と、フリルお嬢様は肩をすくめた。


「そちらのルゥブルムもそれでいいんですの?」

「えぇ、問題ありません。ぜひ、フリルお嬢様とご一緒に冒険したいと思います。邪魔はしませんので、後ろから見物しておりますわ」

「前衛でしょう。前に出るのが仕事ではなくて」

「お嬢様の後ろ姿も堪能したいと思いまして。特に後ろ髪が……ふふ、へへへへ」


 おっと、よだれが。


「なぁ、パルヴァス。あの美人、ホントに大丈夫なのか?」

「だいじょうぶなんだけど、急にだいじょうぶじゃなくなった。でも前からアホだったから、たぶんこれからもだいじょうぶだと思う」


 なんか失礼なことを言っておりますわね。

 ですが、大人しく受け入れておきましょう。

 なにせ!

 これから!

 お嬢様といっしょに大冒険できるのですから!

 おーっほっほっほっほっほ!


「む。笑い方がなっていませんわ、ルゥブルム。小指の位置はこう」

「こうですか?」

「そう。この角度で口を隠して、こうです」

「さすがですわお嬢様!」


 なんだかんだ言って庶民の面倒も見てくれる。なんて素晴らしいお嬢様仕草。わたしの理想そのものですわ。

 超うれしい!

 おーっほっほっほっほっほ!

 そしてなにより、楽しい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る