~卑劣! お土産はあそこに入れて~
湖底の神殿。
または、アルマイネの遺跡。
未だ正式名称は決まっていないが、あそこを攻略した話を、俺たちは学園長とサチに語った。
「その時にもらったのが、このランドセルだよ」
パルは背中を見せるようにしてサチにランドセルを見せる。マジックアイテムで中身を風化させたりすることなく、保存できる便利なアイテムだ。冒険に出る時や、遠出するときには役に立つ。旅人なんかは特に重宝するだろうな。
しかし、多少の調整ができるとは言え、少々パルには大きい。
なんとなく冒険者や旅人ではなく商人に見えてしまうな。
駆け出しの美少女商人として擬態するには良いかもしれない。まぁ商人に擬態する機会なんぞ、滅多に来ないだろうけど。
「……かわいいカバンね」
「でしょう。ちゃんとサチにおみやげも持ってきたんだから」
パルはそう言ってランドセルをおろす。
神殿の床におろして、中から取り出したのは――
「じゃーん」
大きな魚だった。
「あたしが釣りました。えっへん」
学園都市に来る前に俺たちは巨大レクタが海から出てきたところの街、テイスタ国のリダの街に寄って、しばらく滞在していた。
半分を巨大レクタによって壊滅させられていた街だが、俺たちが調査・討伐に出ている間に復興が始まっていた。
ドワーフや人間たちが集まって忙しくみんなが働いており、どちらかというと活気に溢れていたようにも思える。
ある種、人間種の強さのようなものを垣間見れたのは……嬉しかったな。
ただただ支配されるだけの魔王領も。
もしかしたら、こうやって復興できる日が来るかもしない。
そんな風に思えた。
ただ――その復興風景に魔物種が隣にいてくれるかどうか。
なんとなく、それが気になった。
耳があるだけ、羽があるだけ、しっぽがあるだけ。
角があるだけ、爪があるだけ、下半身がサソリなだけ、肉体がなく霊体なだけ。
そんな両者は。
果たして、いっしょに――平和に暮らしていけるのかどうか。
難しい問題だけど。
それも考えないといけない。
神さまは手伝ってくれないんだろうか。
なんて、復興に向けてアクセク働く人々を見ながら、そんなことを考えていた。
復興にたずさわっているのは、人間やドワーフだけでなく、もちろんエルフもいたし獣耳種や有翼種もいる。
残念ながらハーフリングは手伝っていなかったが、やっぱり建築関係はドワーフが得意なので、ドワーフが中心になっていた。
適材適所。
きっとこの場に力の強い魔物種がいたら。
もっともっと早く復興が進むんだろうなぁ。
そんなトンテンカンと響く街で、俺たちはしばらく滞在していた。
個人的にも壊滅状態になっていた街の様子は気になるところだったので、なんとなくまぶしい感じを覚えつつも、宿の二階から眺めたりもしていた。
「いってきます、師匠」
「おう、気を付けるんだぞ」
「はーい」
パルの訓練もしないといけないが、逆に訓練ばかりでは息も詰まる。
というわけで、自由行動の時間は多く取っておいた。遺跡探索ではパルも活躍したし、そのご褒美みたいなのも必要だろう。
パルは漁師の若者と仲良くなり、船で釣りをしてくるようだ。
その間に俺は情報収集。
残念ながら盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の噂はまだ広まっていない様子。適当に道具屋や武器防具屋、それから飲み屋などをまわりながら噂話などに耳を傾けていた。
「今日は大きな柱をみんなで運びましたの。お屋敷の一部になるそうですわ」
ルビーはなぜか復興を手伝っていた。
健康的で素晴らしい汗を流している。
なんでこいつ魔物なんなんだろうな?
それも、魔王直属の四天王なんだぜ?
もしかしたら、魔王も庶民的なんだろうか?
なんて思ってしまう。
とまぁ、そんな感じでリダの街で過ごし、頃合いを見て学園都市に転移してきたわけだ。
ランドセルの中には魚がぎっちぎちに詰め込まれていた。パルの釣りの腕前が良かったのか、漁師の漁場の質がずば抜けて素晴らしかったのか。
まぁ盗賊ならば、わずかな竿の振動や魚の気配に敏感になってもらわないと困るので。修行の成果が出ていると考えれば、良し、とする案件だ。
「……せっかくの神さまからもらったカバンに生魚って。……いいの?」
「え? こういう使い方するんじゃないの?」
保存のランドセル。
魚は生きてるまま中に入れられたので、死んではいるが傷みはしていない。
とは言っても、これがランドセルの正しい使い方だ。
内陸に住む人たちなんかは海の魚を一生食べたことがないっていう人も多い。そんな内陸部まで海の魚を鮮度を保って運べるのは素晴らしいマジックアイテムと言えるのだが……
いかんせん見た目が可愛らしいランドセル。
魚で生臭くなってしまうし、しかも中身が魚でいっぱいになっているのは、なんかこう、なんとも言えない気分になるのは俺だけじゃなかったので、なんか良かった。
「まぁ後で丁寧に拭いてやれば大丈夫だろう」
鮮度を保つというか、時間停止というか、純度が保障されるというか、綺麗なままで保存できるカバン。逆に考えると、ちゃんと綺麗にしてやれば、綺麗な状態を保ってくれるはずなので何を入れても問題ないだろう。
たぶん。
「お魚、いっしょに焼いて食べよ。ここってキッチンあるの?」
パルは神殿の中を見渡す。
俺も周囲を見渡すが、こじんまりとした小さな神殿にキッチンらしき場所は無い。というか、この祈りを捧げる礼拝場しかなく、他の部屋は無い。
「……あるよ」
ふむ。やはりあるのか。
もう一度周囲を見渡してみるが――パっと見たところそれらしき空間は無い。となると、やはり隠し部屋があるんだろう。
まぁ、それは逆に想定できた話だ。
なにせミーニャ教授の姿が見えないわけで。今もどこかでエクス・ポーションと時間遡行薬の研究をしているはず。
神秘学研究ではなく、すっかりと内容が変更されてしまったのは申し訳ない気分だが。これはこれで、彼女の『神にケンカを売る』といった具合の目的が達成できているので、本人的にとってはなんら問題ないのだろう。
「……こっち」
サチはそういうと、神殿の入口からキョロキョロと周囲をうかがってから閉めた。とたんに暗くなる神殿内を片目を閉じてやり過ごし、暗闇に慣れる。
暗さには慣れているのか、サチはそのまま神殿のすみっこにあるベンチに移動すると、その場所をスライドさせた。
「……入って」
「おぉ~」
どうやら地下に隠し部屋があるようだ。パルは嬉しそうに移動し、サチといっしょに下りていく。
俺とルビー、学園長もその後を追って階段を下りていった。
「おっと。盗賊クン、入口を戻してもらえるかな? 私では身長が届かないので、年長者ではなく長身者が請け負ってくれると助かるよ」
「ん? あぁ、これか」
ベンチごとスライドした床の裏側には取っ手があり、閉めやすくなっていた。どうやら車輪でも仕掛けてあるのか、それほど力は入れずとも閉めることができる。
サチやミーニャ教授のことを考えて作られているようだが……少々簡単に開き過ぎるので、ちょっと心配だな。
と、思ったが最後までスライドするとカチッという音と共に床がロックされた。
「ふむ」
遠目には見えなかったが、なにか仕掛けがあるようだ。
恐らくベンチのどこかにロックを外すボタンが何かがあり、それを押しながらベンチをスライドさせると開く仕掛けになっていると予想される。
う~む……
「どうしたんですの、師匠さん」
「あ、いや。こういう仕掛けを作るのは楽しそうでいいな、と。そう思っただけだ」
ルビーにそういうと、彼女はくすくすと笑った。
「男の子、ですわね」
「仕方がないさ。男ってのは少年と老人しかいない」
「わたしも仲間に入れて欲しいものです」
「いっしょに作るか、秘密基地」
まぁ、とルビーは笑顔を見せた。
「ではジックスの街に作りましょう。できればわたし専用の書庫が欲しいですわ」
「はいはい、善処しよう」
肩をすくめつつ階段を降りると。
そこは上の神殿と同じくらい大きな地下室が広がっていた。さすがに地上を支えるための柱が何本か等間隔に建っているのだが、それでも非常に大きな空間だ。
天井には魔力を伴って光を放つ『石』が埋め込まれている。ドワーフ国のトンネルに取りつけられていた物……確か光を吸収する鉱石だったか。それと似たような感じだが、こちらのほうがより明るい感じがした。
恐らく、学園都市で開発された『より良い物』なのだろう。
研究段階の物か、もしくは最新技術による新商品か。
明るい光を放つ鉱石は地下室全体を照らしている。ほぼ空っぽな地下室だが、奥のほうに色々な物が置いてあるのが見えた。
それらはミーニャ教授の研究室に置いてあった物と同じで、料理研究会が使っていた道具もちらほらと見て取れる。
広大な地下室に似合わないくらいにこじんまりとした感じで、ミーニャ教授は時間遡行薬とエクス・ポーションの研究をしているようだ。
さすがに他の神官たちも、ここを発見することは出来ないだろう。興味半分、悪意半分といった感じで、こんなところでポーションを蒸発させ続けているとは夢にも思うまい。
「んお、やぁやぁ皆さんおそろいのようで。え、なになに、パルちゃんのおみやげ?」
ミーニャ教授はパルから魚を受け取るとさっそく調理にかかった。といっても適当に切って塩とか香草で焼くだけ。料理研究会のクララスがいれば、もう少しマトモな料理ができるのだが、俺たちではそれくらいが限界だ。
もっとも――
「いいにおい~、めっちゃ美味しそう!」
魚が新鮮なだけに単純に焼くだけでめちゃくちゃ美味しそうなので、余計なことはする必要がないのかもしれない。
まぁ、相変わらずパルは魚の頭ごと食べているが。骨も残さないでバキバキ食べているが。
「骨が刺さらないように気を付けて食べろよ、パル」
「あい。んぐんぐ。ぷはぁ」
パルとサチが楽しそうに食事をしている間に、俺は少しだけ距離を取って、ミーニャ教授にこっそりと話しかけた。
「で、例のブツはできているか?」
「約束は守るほうだよ。神とは違ってね」
ミーニャ教授からこっそりと瓶をふたつ受け取った。
片方の瓶には濃縮したポーション、もう片方にはポーションを粉末状にした物が入れられていた。
これらを組み合わせて数秒間の内に飲めば若返ることができる。
時間遡行薬だ。
「実験は続けているのか?」
俺は学園長に聞いたみた。
「うむ。あらゆる実験を繰り返してみたが、やはり致命傷と言える傷を負わない限り若返り過ぎてしまうな。現状ではその若返る年齢もマチマチだ。盗賊クンのように二年ぐらいの者もいれば、十年若返った者もいる。推定だが、致命傷具合によっても変わるんだろう。四肢を欠損させる程度では変わらなかったよ。また病気の人間で試したところダメだった。あくまで『怪我』でなくては条件が満たせないようだな。リスクが大きすぎる薬だ。使えるか?」
俺はしっかりとうなづく。
「使ってみせるさ」
なに。
ちょっと勇者が文字通り『半殺し』にするだけでいいんだろう?
後ろから刺せば一撃で行動不能にできる。
盗賊の代名詞『バックスタブ』。
勇者程度の技量で避けられると思ったら大間違いってところを思い知らせてやる。あいつにはちょっと恨みもあるし。なんだよ、あの時にちょっとくらい振り返ってくれたって良かっただろうに。おまえがそんなだから賢者も神官も調子に乗ってニヤニヤしてたんじゃねーか。
覚えてろよ勇者パーティ!
たったひとりの盗賊に出し抜かれる怖さを思い知るがいい。
これが卑怯で卑劣な盗賊さまのワザだ!
追放した者の恐ろしさ、思い知らせてやる!
はっはっはー!
「ありがとう、ミーニャ教授。資金や道具に困ったら言ってくれ。まだまだ追加できそうだ」
「あんまりもらうとダメになってしまいそうだからな。ほどほどにしておくよ」
ストイックなものだ。
まぁ好感の持てる対応なので、じゃぶじゃぶ欲しいと言われるよりよっぽどマシなのだが。
「ところであのカバン……」
ミーニャ教授はパルのランドセルに視線を送る。
中にはまだ何匹か魚が残っていた。
「保存ができる、と」
どうやら料理中にランドセルの効果を聞いたようだ。
「時間遡行薬を保存できるかもしれないな」
「あぁ……なるほど」
時間遡行薬は濃縮したポーションに追加でポーションの粉を投入することによってわずかな時間だけ効果がある。
アルマさまにもらったランドセルならば、その効果時間を保ったままランドセル内に保存することができるだろう。
「だが、その使い方は必要あるまい。その場で混ぜれば済む話だろう?」
学園長の言葉に、俺とミーニャ教授はうなづいた。
混ぜる時間を惜しむのであれば、それこそランドセルから取り出す時間さえも惜しむ状況だ。
なにか特殊な条件でなければ、わざわざその状態で使う必要もあるまい。それこそ、罠のような状況に引っかける意外、使い道は無い。
「と、なれば――」
ミーニャ教授は、ふむ、と考える。
「鮮度を保つ。純度を保つ。つまり時間経過を無視することができる。そういう条件でエクス・ポーションが作れないだろうか?」
「ほう。どういうことか説明してくれるかい?」
興味深く学園長は聞き返した。
「ポーションを濃縮している間にも『劣化』は始まっている。機材がそろっているので、そこそこの速さでポーションを蒸発させることができるが、それでも待機時間は経過している。もしかしたらそこに『劣化』という要素が含まれているかもしれない」
なるほど。
神の奇跡のように、一瞬にしてポーションを混ぜたり沸騰させたりできているわけではなく、あくまで順番に工程を経て、エクス・ポーションないしは時間遡行薬は作られている。
その工程をできるだけ『劣化』無しで作ろうと思えば。
ランドセルは有効かもしれない。
「パル」
「ふぁい、はんへふか?」
おみやげなのにおまえが一番喰ってるじゃねーか。
というツッコミを抑えて、俺はパルに聞いてみた。
「ランドセル、ミーニャ教授の実験に貸したいんだが……いいか?」
「いいですよ」
ごっくん、と口の中の物を飲み込んでパルは答えた。
骨が喉に刺さるかもしれないので、やめてほしい。
「……あっさりしてるなぁ、おまえ」
「でも、ランドセルにはまだ魚が入ってるので。帰る時まで入れていていいですか?」
ジックス街でお世話になってるリンリー嬢にもおみやげをあげたいらしい。
「もちろんだとも」
というわけで、あまり有効活用できそうになかったランドセルの使い道が少しだけ見えたところで。
みんなで焼き魚を堪能した。
やけにルビーが静かだったのが気になるところだが……どうにも俺たちの話を聞いていたようだ。
まぁ、時間遡行薬を手に入れた今。勇者を半殺しにするためにはルビーの協力が必要不可欠となる。
そろそろルビーには勇者のことを打ち明けないといけないな。
「……」
「なんでしょう、師匠さん」
俺の視線を受けて、ルビーはにっこりと笑う。
ワザとらしく、彼女は笑った。
「いや、なんでもない」
俺が何かを隠していることは、すでにパルもルビーも知っている。
その内容が、少しばかり予想が付いていたほうが説明が楽で助かるというのが本音だ。
知恵のサピエンチェの名前通り、彼女の『知恵』部分に期待するとしよう。
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