~卑劣! 大神ナーの秘密のあそこ~

 学園長に案内されて、校舎を出る。

 そのまま近くの乗り合い馬車に乗って案内された場所は、学園都市の『郊外』と言えるほど外側に位置するところだった。

 学園都市は少しずつ大きくなっている。なにより魔物の出現が少ないので、外壁を作らなくて良いという条件と、どの国にも所属していないので好き勝手できる、というのが主な理由。

 新しい建物が建てられるたびに、学園都市は大きくなっていく。

 もっとも。

 その間にも学園校舎自体が中央樹を飲み込む勢いであらゆる方向へ伸びているのだが。

 中央樹が伸びるのが先か、それとも校舎が覆い尽くしてしまうのか。

 少し気になるところではある。


「ここだ」


 学園長が自慢するように腰に手を当てて、建物を見上げる。


「おぉ~」


 パルが感嘆の声をあげた。

 そこにあったのは、新しくて真っ白でピカピカの建物。

 こじんまりとした小さな印象があるが、それでも立派な『神殿』だった。

 一見して簡素でシンプルな印象を受けるが、近づいて良く見てみれば意匠をこらしたデザインの柱であるとか、丁寧に磨き上げられた通路とかが見受けられる。

 それこそ、アルマイネの遺跡にいたからこそ当たり前に思えてしまうのだが、うっすらと姿が反射するほど磨き上げられた通路など、信じられないほど手間がかかっているに違いない。

 入口前の屋根を支える柱であっても、丁寧にデザインが彫られていて、シンプルながらも立派な印象を受ける。


「ちゃんとした神殿だな」


 ともすれば、神さまに神罰を落とされそうな発言をしてしまったが、許して欲しい。

 なにせ、神官はひとり。

 神官長も神殿長も、言ってしまえば全世界の神殿を束ねる大神殿の大神官長も大神殿長もひとりになってしまうわけで。

 ちょっと前までは小神だったことを思えば、『ごっこ遊び』の枠ではおさまらない神殿を見て、そういう感想を持ってしまった。

 アルマさまの遺跡を見てなかったら、あんぐり、と口を開いていたのかもしれない。それくらい綺麗に丁寧に作られた神殿だった。

 そして、やはり予想通り――


「ナーさまの聖印が付いてる……」


 大神ナーのシンボルである聖印が、誇らし気に神殿の前に飾られていた。もしかしたら新しくラークスが作ったのもしれない。

 前のコンテストより、遥かに良い出来のシンボルだ。

 素人の俺が見てそう思うのだから、間違いない。


「ふ~ん。相変わらずスケベですわね」


 感動している俺とパルとは違って、ルビーは奇妙な意見を持ったらしい。

 持ってきた本は読み終えたらしく、ようやくまともな会話ができるようだ。

 っていうか、なんでこれがスケベなんだ?

 どこを見てそんな感想を持つことができるのか、ちょっと教えて欲しい。


「ほう。それはまた稀有な意見だなルゥブルムくん。いや、その思考回路はどうにも興味深い。我々には無い感性なのかもしれい。あまり美味しいとは思えない血を、美味しいと思うようなほどに。説明を求めてもいいかな? えっちとはどういうことだい?」


 どうやら学園長も俺と同じ意見だったらしい。

 面白そうに楽しそうにルビーに質問した。

 それに対して、こういうことですわ、とルビーは学園長をピカピカの通路の上に立たせた。

 ただそれだけ。

 ルビーは満足するように、うんうん、とうなづいた。


「ふむ? これが答えとはどういうことだい?」

「師匠さんの視線です」

「ほう。ほほ~、なるほど。パルヴァスくんやルゥブルムくんではその条件を満たさなかったわけだな。これは私の魅力もさることながら……スカートと反射の魔力といったところか」


 はい、その通りです。

 ピカピカに反射する鏡面仕上げの通路。

 そりゃワンピースのようなスカートをはいてる学園長の足元を注視してしまうのは仕方がないことなのだ。うん。

 まさに『スカートの魔力』。

 いやぁ、常時発動型スキル『テンプテーション』の威力は絶大ですね。この勇者の仲間として名を馳せた俺でさえも抗うことができないのですから。

 いやぁ、まいったまいった。

 はっはっは。


「あたしもスカートにしておけば良かった……」


 ぐぬぬ、と我が愛すべき弟子が意味不明なことを言っているが、俺はスルーして神殿の中へ入って行く。

 素晴らしい。

 立派な建物だ。

 興味深いなぁ~。


「さすが師匠さん。男の子ですわね」

「ふむふむ。なんのことかサッパリ分からないというポーカーフェイスをしながら、チラチラと視線が足元に下がる様子は、滑稽を越えてむしろ可愛らしいと言えるね。さながら愛玩動物のようじゃないか」

「あ、うんうん、それ分かります」

「おや、パルヴァスくんは通だねぇ~」


 そんな会話が背後から聞こえてきたが、俺は知らないフリをした。

 コツコツと俺以外の足音を聞きつつ神殿の両開きの扉を押し開く。神殿では普通、日中は誰でも入れるように開け放たれているものだが、ナー神殿では違うのかもしれない。

 なにより小さな神殿だし、信者以外は受け入れていない可能性もあるか。

 まぁ、信者なんて存在するけど存在できない、というのがホントのところだしなぁ。

『無垢』と『無邪気』を司る神。

 そんな存在に祈りを捧げることは……矛盾している。なにより神に祈りを捧げることは、無垢でも無邪気でもない。

 どこか救いを求める『大人』の考えから発生するものだ。

 それを考えれば、ナー神殿とは、子どもしか入れない神殿と言える。だが、子どもは普通、神殿になんか来ないもの。救いを求めるような子どもなど、子どもらしくないと言える。

 そしてなにより。

 神殿に併設されている孤児院がある場合。

『普通の子ども』は余計に近づいてこないものだ。

 それに思うところはあるものの……まぁ事実なのだから仕方がない。

 扉が閉められているというのも当たり前なのかもしれないなぁ。

 ナー神殿の扉を開けた先――

 その中は他の神殿と同じように構造になっていた。

 入口手前にはベンチのような椅子が横並びになっており、奥には祭壇があって、そこには大神ナーを模した彫像が……


「……あれ、本物か」


 彫像じゃなくて、ルビーが顕現した影人形が台座の上に設置された椅子に、まるで眠るように座っていた。

 ナーさまが一度その影人形に宿ったおかげで、造形は完璧だ。まるで生きているように髪の毛一本一本からして、本物そっくりそのまま。

 ナーさま影人形はくったりと椅子に持たれるように祭壇の上に設置された椅子に座っていた。服は可愛らしいワンピースを着ていて、ひらひらのフリルがたっぷりあしらわれている。貴族の娘が着るような一品だ。

 そんなナーさまの足元にひとりの影。

 なにをしているんだろう、と近づいてみると――


「ぺちゃ……ぺちゃ……んっ……ちゅ……」


 よし、見てはいけないものを見ちゃう気がするので、これ以上近づくのはやめておこう!

 なんかサチがナーさま人形の足元にひざまづいて足を舐めてた気がするけど、気のせいだ。気のせいだと俺がそう思ったんだ。だから、間違いなく気のせいだ。俺の判断はいつだって正しい。

 そうだろ、なぁ、勇者! そう言ってくれ!


「サチー、遊びに来たよ~。なにしてんの?」

「ふへぁあぅ!?」


 夢中だったのか、サチは俺たちの来訪に気付いてなかったようだ。パルが声をかけて初めて気付いたらしく、慌てて立ち上がって、口元をゴシゴシと拭いた。


「……ナ、ナーさまの御神体を洗ってて。きゅ、急に来てびっくりしちゃった……」


 あは、あはは、とサチは笑いながら祭壇を降りてくる。

 わざわざそんなところにまで登って掃除とは、偉いなぁ。神殿の通路がピカピカなのも、きっとサチが毎日しっかりと掃除しているからに違いない。

 立派に神官をやっているじゃないか。


「凄いね、サチ。こんな立派な神殿作るなんて!」

「……うん。お金援助してもらったから」


 ミーニャ教授に渡したインゴットか、それとも学園長の計らいか。いや、恐らくその両方なんだろうな。

 この神殿は、恐らくカモフラージュだ。

 その真の目的は、どこかにある隠し部屋で作られている時間遡行薬とエクス・ポーションの開発。といった具合だろう。

 サチにとっては神殿が出来てナーさまを祀ることができるし、ミーニャ教授は他の神官にバレないように、安全に時間遡行薬とエクス・ポーションの研究ができる。

 いつまでも学園校舎の中で続けるには危険があっただろうから、大胆な解決方法とも言えた。

 まさか神を信仰する神殿の中で、神の奇跡たるポーションを煮たり煮詰めたり焼いたり、なんか混ぜたり、無茶苦茶なことをしているとは夢にも思わないだろう。

 木を隠すなら森の中、というやつだ。

 なにより他の神官は滅多によその神殿を訪れたりしない。

 神によって禁じられているわけではないが、神官たちはなんとなく信仰心に揺らぎがあると思われるのを恐れている。

 神さま同士、仲良さそうなのだから。

 神官同士も仲良しでもいいのになぁ。

 そう思う。


「……いらっしゃい、パル。ルビーとエラントさんも」


 サチは丁寧に頭を下げた。


「ジックス街に帰る前に、寄り道することになったんだ~」


 えへへ~、とパルはサチの手を取って事情を話してる。

 真っ直ぐにジックス街に帰っても良かったのだが、寄り道しておくのも悪くない。あんまり早く帰り過ぎてもちゃんと仕事してないように思われるのもイヤだしなぁ。


「そうそう、サチ。アルマイネさまっていう神さまと出会ったんだけど、ナーさまのお友達みたいだったよ。ちょっと聞いてみて」

「……え、ホント?」


 パルに言われて、サチは少しだけ上を見上げる。本来なら神殿で神に直接語り掛ける場合は、彫像を見るものなのだろうが、サチにとってはやっぱり天界がある上を見上げてしまうようだ。

 もっとも。

 天界が空のどこにあるのかは、いまいち分からないままだが。


「……ナーさま、違うって言ってる」

「あれ!?」


 パルが驚く声をあげたが、俺も同じような気分だった。

 アルマさま、否定されてしまったぞ?

 もしや、神自身が自分を偽っていた可能性もあるのか? あの崩落したアルマさまの部屋の中に決定的な情報があったのかもしれない。

 自分を『純』を司る神と偽ることによって、その神性を変化させようとでもしているのだろうか?

 これは、ルシェード殿に報告すべき――


「……待って。なんか混線してる」

「コンセン?」


 俺は思わず聞き返してしまった。

 なんだその聞いたことない単語。

 混戦?

 ナーさま、誰かと戦っているのか?


「……あ、聞こえた。えっと、アルマイネさまと……いま出会ったみたい」

「いま!?」


 天界で?

 現在進行形で?

 なにやってんだ、アルマさま。


「……ここ最近、なにか見られてると思ったらそういうことか。なにが純だ。無垢と無邪気と関係ない。ってナーさまが暴れてます」


 暴れてるって。

 なにやってんだ、ナーさま。


「……あ、また混線してる。……えっと、アルマさまから伝言です。……ありがとう、エラントさま。おかげで友達になれました。……だ、そうです」


 なんか嘘っぽいなぁ、アルマさま。

 というか、イジメられてたんだからナーさまも素直に友達になったらいいのに。っていうか、神さま同士の仲良しって『友達』とかそういう感じなのか。

 アレかなぁ。

 伝承に寄れば、『火の神』と『油の神』は仲が悪いから交わらず、だが一度手を組めば周囲を燃やし尽くすほど燃え続けてしまう。みたいな話が残っているから、そういう神さま関係も真実なのかもしれんな。

 そうなると、無垢と無邪気と純は仲良しなので。

 子どもは純粋に育つでしょう。

 という『単純』な話に持っていくのは、ちょっと強引過ぎるか。


「……あ、ナーさまに戻った。……あ、切れた」


 サチが天井を見上げながらブツブツ言っている。

 コンセンってのは、アレか。神さまのお告げが対象の神とは別の神に移ったりすることなのかもしれない。

 似たような神が近づくと起こる現象なのか。

 神官ってのも大変だなぁ。

 まぁ、こんな気さくに話ができる神さまなんてナーさまくらいなものだろうけど。どうりでコンセンなんていう知らない単語が出てくるわけだ。


「……えっと。アルマイネさま? ……なんだか良く分かんないんだけど?」


 サチは困惑するように俺たちを見た。

 そりゃそうか。

 苦笑しつつ、学園長もいることだし、巨大レクタ討伐から遺跡の発見・攻略まで、サチと学園長に説明するのだった。

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