~流麗! 彼はあそこにいるかしら?~

 大神ナーの神殿。

 その地下で焼き魚を食べるという、なんとも信仰心の欠片も存在していないからでしょうか。

 アルマイネの遺跡とは違って身体がピリピリすることはありませんでした。

 造られたばかりで、まだまだ神聖さが無いからか。

 それとも大神ナーの力がそれほどでもないのか。

 なんにしても、ノンキに食事ができる程度には緩くて助かりますわね。

 そんな中で師匠さんがハイ・エルフとミーニャとしているナイショ話。

 どうやら時間遡行薬を利用して何かをするような感じですが……おそらく、師匠さんが組んでいたパーティメンバーとやらが関係しているのは確かでしょう。

 パルとこっそり情報をすり合わせてはいるのですが……その相手は未だにハッキリとは分かりませんね。

 男性である、という確証もまだ得られていません。まぁ、女性であったとしても師匠さんとそんなに親密ではないはず。

 確か、師匠さんはパーティを追い出されたんでしたっけ?

 その追い出した相手に復讐するつもりでしたら、わざわざ時間遡行薬なんて必要ないですし、師匠さんの実力があれば簡単に暗殺できますから。

 そうでないとすれば。

 そうではない、とするならば……考えられるのは、やっぱり仲良しな相手、となります。

 以前に師匠さんにメッセージが送られてきた相手と考えて間違いないでしょう。

 大きなハートマークひとつ。

 それを惜しむことなく『メッセージのスクロール』を使用して、たった一文字というかハートマークひとつに費やしてしまえるほどの人物。


「ふむふむ」


 転移のスクロールと違ってメッセージのスクロールはそこそこ手に入り、そこそこ安い。ですが、安いといっても簡単に手に入るものではありませんし、おいそれと庶民が使える程度の値段でもない。

 そう考えると……

 師匠さんが懇意にしている相手は――


「よろしいでしょうか?」

「……なんだ?」


 師匠さんは少し、何か逡巡するようにしてからわたしを見ました。

 その表情は、どこか覚悟を決めるようなもの。真剣な眼差しでわたしを視線を真正面から受け止めてくださいました。

 さすがですわ師匠さん。

 わたしの意図に気付いてくださいました。

 魔物であるわたしの意図を読んでくださるなんて。

 人間種であろうとも、魔物種であろうとも、平等にあつかってくださる。

 魔王さまとは大違いの器の大きな御人です。

 好き!


「師匠さんにお聞きしたいことがあります」

「あぁ」


 師匠さんはうなづき、ちらりとパルに視線をやった。

 どうやら、まだパルには気付かれたくないみたいですのね。大丈夫です。あの小娘はなにか食べている時はホントに無防備で何も考えていないアホの子状態になるので、ご安心ください。

 ですが、念には念を。

 わたしもできるだけ声を抑えましょう。

 残念ながら盗賊スキルは使えませんが、これでも女の子ですもの。コショコショとないしょ話くらいはできますわ。


「師匠さんの目的が分かりました」

「そうか……バレてしまったか」


 少し悲しそうな、でもちょっぴり嬉しそうな師匠さんの困り眉。

 かわいいですわね。


「おまえには酷な話になるが、協力してもらえるか?」

「もちろんです。わたしは魔王さまを裏切ってこの場にいるのですから。それに、今さらですわよ師匠さん。こういう時は命令してくださればいいのです。わたしは喜んでそれに従いますわ」

「しかし……事が事だけに命令はできないだろ。ルビーを、本当の意味で裏切らせてしまうことになってしまうのだから」

「心配なさらないでください。わたしの命など軽いものです。アリにも劣りますわ」

「いや、それは言い過ぎ……だが、まぁ、ありがたく思うよ」


 師匠さんはちょっぴり笑って、わたしの頭を撫でてくださいました。ふんわりとした優しい手つきで、左右に数回揺れる撫で方。

 とても気持ちよくて、嬉しくなって、ここにいて良い、という自己肯定感が生まれます。

 あぁ、好き。

 好きです師匠さん!

 今すぐキスをして、舌をぷっつりと噛み、そこから溢れる血液を舐めとりたいくらいに、好き!

 おっと。

 取り乱すのは夜だけにしましょう。


「それで師匠さん。わたしに何か手伝えることはありますでしょうか?」

「いや、ルビーには俺といっしょに裏方をやってもらおうと思ってる。まぁ、あまり気にしないで自由にやっててくれ」

「そうですか、分かりました。早く貴族さまと合流できるといいですわね」

「え?」

「え?」


 あれ、違いました?

 実は師匠さん、貴族出身の身分の高い御人かと推測したのですが……ハズレだったみたいですわね。

 孤児だったというのは嘘で、貴族の五男か六男あたりだと。同じく貴族出身の方といっしょに冒険者、もしくは旅人をしていて、世界中を巡って知見と経験、知性と治世を勉強していたのかと思っていましたが。

 違ったようです。

 ということは――


「王族でしたか。あ、それとも皇族でしょうか。わたしにとって王族と皇族の違いは良く分かりませんが、そうなると相当に高貴な方ですわね。さすが師匠さん。その流れる血は味だけではなく高貴だからこその物でしたか。いえ、それだけでは強さの証明にはなりませんものね。それを考えると……師匠さんは特別な御人の護衛でしたとか?」

「ま、間違ってないが……護衛は間違っていないのだが……まったくもって間違ってる……」


 あれー?

 師匠さん自身は騎士出身で、貴族か王族、皇族のどなたかとパーティを組んで冒険者をやっていたのかと思ってましたが……違うみたいですわね。

 騎士のくせに盗賊みたいな戦い方をするから、と追放されたのかと思いましたが。

 んんん?

 そうなってくると、ちょっと意味が分かりませんわ。

 貴族でも王族でも皇族でもない特別な人物って何なんですの?

 神?

 神と冒険してらっしゃったの?

 そういえば光の精霊女王と縁がありますし、あながちその線が濃厚かと。魔王領に付いてくるともおっしゃられましたし、パルを育てているのは……もしや……


「神と人類の戦争……!」

「なんでそうなる」

「これも違いますか」

「違うな。だが、惜しいところまでいってる」

「あ、お待ちください。まだです、まだ、まだ。自分で正解を導きたいと思いますので、答えを言うのはもう少し待ってからにしてくださいまし」

「まぁ、それがいいか」


 師匠さんは苦笑しつつ、もう一度頭を撫でてくださいました。

 あぁ、間違ってたというのに優しい手つき。

 背中がゾクゾクしてしまいます。

 ちょっと我慢できそうにないので、今晩あたり襲ってみようと思いますわ。今なら、わたし、師匠さんに気付かれないようにベッドに侵入し、血を吸うことだって出来そうです。


「それでは私はそろそろ校舎に戻るよ。楽しい楽しい話を聞けたし、レクタ・トゥルトゥルの巨大さも興味深い。すぐに調査や報告書が入ってくるだろうが、その手前で話を聞けて良かったよ。いやいや、やはり盗賊クンには運命が味方している気がするねぇ。運命論を研究している者に話すと盛り上がりそうだ。え? なに? やめてほしい? う~ん、仕方がない。それは私の心にしっとりと留めておこう。では私の研究に戻るとするよ。盗賊クン、歩き疲れたりしそうだし、馬車では眠ってしまいそうだから送ってくれたまえ。なに、ホントのホントに他意は無いよ。マジだ。嘘だったら丸坊主になってやる。ハイ・エルフの髪として高く売るといい。それではパルヴァスくん、ルゥブルムくん、また近々会おう。できれば三十年以内に会ってくれると嬉しいよ」

「もっと早く会いにいくよぅ」

「ヒマでしたらすぐにでも」

「そう言ってくれるだけで、泣きそうなくらい嬉しいなぁ」


 めちゃくちゃ笑顔でそう言われても、まったく説得力のないハイ・エルフですわね。

 そんな様子を見て師匠さんは肩をすくめて苦笑した。


「じゃ、俺は学園長を送ってくるよ。ついでにメルカトラ氏が学園都市に来てるそうだから、会ってくる」

「誰ですの、その男」

「宝石商だ。いい宝石がアルマさまの遺跡で見つかったからな」


 ポケットから取り出した宝石を見て、ほうほう、とわたしはうなづいた。


「結婚指輪を作って頂けるのですね」

「おまえもか?」

「え?」

「いや、なんでもない。その前に新居だろ。あんまり宿の一番いい部屋を占拠するのは良く無いしな。ただでさ留守にしがちだし。そろそろ家を持とうかと思う」

「愛の巣ですか」

「おう。寝室は別な」

「夜這い専門の家ですわね。憧れます」

「なんて?」

「夜這い専門の家」


 ものすげぇいかがわしい表現だ、と師匠さんは顔をしかめつつ笑った。


「じゃ、行ってくる。自由に遊んでていいぞ」

「いってらっしゃいませ」


 なんだかんだ言ってハイ・エルフが師匠さんにべったりとくっ付いているのが気になるところですが……まぁ大丈夫でしょう。

 たとえハイ・エルフが師匠さんを襲ったとしても、師匠さんはヘタレですので。よっぽどの実力が無いかぎり師匠さんの貞操は危機におちいりません。


「パル、わたしはラークス少年のところへ行こうと思います」

「あ、うん。アンブレランス、ボロボロになっちゃったもんね」


 魔導書を手に入れる際、遺跡から回収してきました骨組みだけになって折れてしまっているアンブレランス。

 これをしっかりとラークス少年に届けて、研究をして頂かないといけませんからね。


「あたしはサチとここで遊んでるよ~」

「……ナーさまのお世話は遊びじゃないよ」

「そうだった。サチといっしょにナーさまのお世話をするよ」

「……濡れちゃうかもしれないから、服は脱いでてね」

「あ、うん。分かった」


 ……相変わらず自分の欲望にドストレートに生きているのか、ちょっと姑息なのか分かりませんわね、サチって。

 でもわたしも見習いたいと思います。

 性欲に正直に行きましょう。

 うん。

 ちょっとダメな大人って感じですわね。やめておきましょうか? ちょっと保留。

 隠し階段を登って、床を開ける。誰もいないのを確認してから地上に出ると、後ろからパルとサチも登ってきた。

 ミーニャは研究を続けるようで、中に残ったまま。

 サチがしっかりと入口のベンチを閉めたところで、わたしは神殿から出た。


「夕方が近いですが……ラークス少年は学園校舎でしょうか」


 大嫌いな太陽の光も慣れてきたので、お散歩するのもいいかもしれませんね。

 わたしは乗り合い馬車には乗らず、のんびりと学園都市を歩きながら中央にある校舎を目指した。

 相変わらず学園都市の中は、楽しい楽しいお祭り騒ぎ。お店もたくさんあって、あちこちで研究会が活動している。

 それらを眺めながらゆっくりと学園校舎まで歩いていき、ラークス少年が所属する『鍛冶師技術向上会』までやってきた。中からはトンテンカンという音が漏れ聞こえてくると共に、高温の空気が扉から漏れてきている。

 誰かが作業しているのは確実ですわね。

 ラークス少年ならば、今日のわたしの運勢ははなまるです。

 ドワーフでしたら、今日のわたしはダメダメです。

 そんなおまじないみたいな事を思いつつ、わたしは扉を開けました。ノックしても無駄ですので、いきなりスパーンと重たいドアを開ける。

 ぶわ、という熱気と共により大きく金属を打ち付けるトンカチの音。

 ごうごうと燃える炉の前に、ひとりの少年が煤で真っ黒に汚れた汗まみれの姿で真剣に何かを作っている様子でした。

 どうやら、今日のわたしの運勢は、はなまる、のようですわね。


「ふふ」


 わたしが入ってきたのにも気付かない過集中っぷり。

 何かに夢中になって、一生懸命頑張っている姿って。かわいくもあり、ステキでもあり、なにより喜ばしい姿でもあります。

 師匠さんも好きですが、ラークスくんも好みです。ちょっと血を飲ませて欲しいところですが、怖がらせてしまっては台無し。

 うまく血を飲める方法はないのでしょうか~……


「ふぅ……ん? わぁ!?」


 しゃがんでジ~っと見てたらラークスくんがようやくわたしに気付いたみたいです。悲鳴をあげる姿もかわいいですわね。


「ようやく気付いてくれました?」

「う、うん。びっくりしちゃった」


 ラークスくんは作業している道具を置いて、ふぅ、と汗をぬぐった。でも、その汗も煤に汚れて真っ黒になって、余計にラークスの顔が真っ黒になってしまう。

 う~ん。

 仕事人の素晴らしい顔なのですが。

 でも、ラークスくんの可愛らしい顔が汚れているというのも、ちょっと残念。


「え、なに、ルビーお姉ちゃ――わっぷ!」

「ラークスくんは会うたびに顔が汚れている気がします。拭いてあげますわ」

「じ、自分で拭けるから、あ、あわわわ」


 布なんて持ってませんのでわたしの着てる服で拭いてあげましょう。どうせ真っ黒な服ですので、煤汚れは気になりません。

 わたしは抱きしめるような形でぐりぐりとラークスくんの顔を体にこすりつける感じで拭いてあげた。

 ふふ、照れちゃって~。

 男の子って子ども扱いされると照れちゃうんですもの、可愛いものですわ。


「はい、綺麗になりました」

「あ、ありがとうお姉ちゃん……うぅ……」


 ラークスくんはしゃがんでしまいました。

 あらら、そんなに恥ずかしかったのでしょうか。もうそろそろ大人の扱いをしてあげたほうが喜ぶ感じ? やっぱり男心って難しいですわ。

 できればいっしょにお風呂に入って洗ってあげたい衝動に駆られますが。

 そこまですると、さすがに怒ってしまいますものね。

 うふふ。

 嬉しいくせに怒ってしまう。

 素直になれない少年の心。

 あぁ~、やっぱり人間ってとっても複雑で、面白くって。

 どれだけ会話を重ねても、飽きることのない存在です。

 まったく魔王さまったら。

 こんなにも素晴らしい人間種が大嫌いだなんて。

 もったいない話ですわ。

 まったくまったく。

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