~忍者! 盗賊団に潜入するでござるノ巻~
盗賊団『紅蓮』。
大陸の西側を拠点とする大規模な盗賊集団。
冒険者や盗賊ギルドを『まっとうな』と表現すると、盗賊団『紅蓮』は、その正反対の評価でした。
軽く情報を集めただけでも、詐欺や誘拐から始まり、奴隷の販売や暗殺は当たり前。危ない薬物や禁止されている魔法の行使、さらにさらに邪神崇拝の話まで出てくる始末。
あまりお付き合いしないほうが良い集団なのは確かです。
もっとも――
「その情報が全てが正しいとは限りませんが」
ご主人様は、ふぅ、と息を漏らしてため息にも似た呼吸をした。
「へへ、そういうあんただって似たようなモンだろう?」
そう言われて、ご主人様は肩をすくめた。
肩が動いたことで、手に持っている鎖がジャラリと揺れて音を立てる。ご主人様らしくないミスに思えるけど、ワザとなので問題ない。
そんな鎖の先に繋がれている人物を見て、周囲の盗賊たちはヘヘヘと下品な笑みを浮かべた。物珍しさより、えっちな視線が多いのは姐さんの魅力だと思う。
ご主人様は周囲の期待に答えるように鎖をグイっと引っ張った。鎖の先は首輪につながっていて、ジャラリと重そうな金属の音が薄暗い部屋の中に響く。
首輪を付けているのは那由多姐さん。
いつもの防具は装備してなくて、うすくてボロボロの布切れを服代わりにしてるだけ。
肌というか、ワザとらしく赤銅色の鱗がチラチラと見えている。下着も付けてないので、ちょっとどころじゃないくらいにドキドキしちゃう姿だった。
こういうのを『せくしー』って言うのを修行時代に先生に教えてもらったことがある。
シュユにはマネできない『くのいちスキル』のひとつだ。
むむむ。
「くっ、殺せ!」
那由多姐さんは首輪を引っ張られ、苦悶の表情を浮かべる。屈辱的な姿で、打ち合わせ通りのセリフを言ったんだけど……姐さんノリノリだ。
普通はこんな役をやれって言われたらイヤだと思うんだけどなぁ。
楽しそうに了承したのでシュユのせくしースキルをご主人様にお披露目するチャンスを失いました。
むむむ。
「殺しませんよ。あなたは大切な『商品』なのですから」
ご主人様がイヤらしい笑み……この場合はえっちなって意味じゃなくて、大儲けをたくらむ強欲商人的な笑みを浮かべた。
なんだかんだ言って、ご主人様もノリノリだ。
「へ~、こいつは珍しいな。リザードマンとのハーフか?」
そう声を発したのは、大きい椅子に座る男。
青みがかった髪を後ろでたばねるようにした、キツイ釣り目の男。まるで自分の筋肉を自慢するように、上半身には何も身につけていない。
でも、それは見た目以上に鍛え抜かれた筋肉なのが見て分かる。誇示するだけはある、とは思った。
自慢の筋肉、といっても速度を犠牲にするところまで重い筋肉でもない。
かなりのバランスの良さ。
見た目だけでも、すでにこの男が相当に強者であることが見て取れる。武器の類を周囲に置いていないので、恐らく『闘士』と思われた。
盗賊団『紅蓮』の幹部。
真正面から戦うとなると、ちょっと苦労しそうな感じ。
「なんだとこらてめぇ! あたいはリザードマンじゃねぇぞ!」
ちょ、ちょちょちょっと姐さん、打ち合わせにないセリフを言わないでください。大人しくしてるって約束だったじゃないですか~、もう!
「ほう、まだまだ元気そうじゃねーか」
「静かにしなさい。またお仕置きされたいのですか?」
「ひっ」
ご主人様が鎖を引っ張りながら那由多姐さまに顔を近づける。うらやましい。あ、いえ、なんでもないです。こほん。
「申し訳ない。まだまだしつけが行き届いていないようです」
「いや、こっちで仕込むから問題ないぜ。良くみりゃ美人だしな。しっぽがある女の抱き心地は存外いいもんだぜ、旦那」
獣耳種のことかな。
頭の上に動物の耳がある種族の人たちにはしっぽもある。
シュユも、一度でいいからもふもふのしっぽに包まれながら眠りたいと思っていました。
なかなか可愛い趣味をしているようですね、この幹部の人。
「ふふ、そうでございますね」
ご主人様、存じておりますよ、分かります分かります、みたいな雰囲気で返事してるけど。でも、シュユは知っています。
ご主人様、獣耳種の女の子なんかと眠ったことありませんよね?
経験ゼロなので説得力があんまりにじみ出てないです。
ほら、姐さんがちょっと笑うのをこらえてうつむいちゃったじゃないですかぁ。しっかりと悪い商人のフリをしてくださいよぉ。
「へへへへ、見ろよあの女。怖くて震えてるぜ」
「ひゅー。気の強いところもあるけど、見た目も美人だし、しおらしい女は好きだぜぇ」
周囲の盗賊たちがそんな姐さまを震えてると勘違いして盛り上がってる。
この人たち、ホントに悪名高い『紅蓮』の一員なんでしょうか? 思えばアジトに簡単に侵入できてしまいましたし、なんとも肩透かしな状況かも。
でも、ここまでの情報を集めるのが大変でした。
ひとつでも荒事を起こしてしまうと疑われてしまいますから、慎重に慎重に奴隷商人のフリをして情報収集。しかも、シュユが集めた情報をわざわざちゃんとご主人様が集めなおして信用させるっていう方法をとってきた。
そうやって徐々に紅蓮に近づいていって、ようやくアジトに潜入することができたわけで。
逆に言うと、ここまでやってきた外部の人間は、もう身内同然として扱っているかもしれない。普通の商人や、ちょっと悪いことをしている人間程度ではここまで来れないはず。
「くっ……」
那由多姐さまが後ろ手にしばられているロープが、左右に引っ張ると簡単に解けてしまうなんて、ぜんぜん疑ってもいない。
それぐらいはしっかりとチェックしたほうがいいと思うんだけどなぁ。
「で、旦那。いくら欲しいんだ?」
幹部の男がジロジロと姐さんを舐めるように視線を送ってから、ご主人様に聞いた。
「最低でもこれくらいは頂きたいのですが……」
ご主人様は右手をパーにして、左手をチョキにして重ねた。
7。
単位はちょっと分からない……金貨7枚かな。それとも70枚かな。このあたり、実は相場があんまり分からなかった。
奴隷商人のやり取りをこっそり覗いて情報収集したんだけど、みんな指で5とか3とか表すばっかりで、実際のお金でもらってるところまで追えなかったのが原因。
本来ならちゃんとそこまで調べるのですが……調べ尽くす前に紅蓮の情報が先に動いてしまったので、余裕がありませんでした。
そこはシュユの反省ポイントです。
姐さんのチェックが甘いなんて紅蓮を笑えないです。笑ってないけど。
ちょっと高貴な感じの人が5で売られてたので、那由多姐さまなら7でいけるんじゃないか、と思って今回の数字に決定しました。
行き当たりばったりになっている部分なので、ここは上手く乗り越えたいところ。
表面上には表れていませんが、ご主人様も那由多姐さまにも、もちろんシュユにも緊張が走る。
「おいおい、そいつは――」
幹部の男が肩をすくめるように笑った。
ヤバっ。
もしかして高すぎ!?
「安すぎだろ」
あ、逆だった!
「おいおい、旦那。相場ってもんを知らんのか?」
んん? と幹部の男の視線が姐さんからご主人様に移ってしまった。
やばい!
逆に疑われちゃったかも!
「いえいえ、実はそれと合わせてお願いがありまして」
「ほう。別の取引ってことか」
幹部はニヤリと笑って、前屈みになるようにしてご主人様の顔をうかがう。
もちろん、ご主人様の顔には白い仮面があるので、なかなか表情は読み取れない。シュユでも最初は難しかったのですから、こんな今日会ったばかりの粗野な男にご主人様の感情なんか読み取れるわけがないです。
「えぇ、実は私、奴隷商の他にも武器商をやっておりまして。こちらに少々変わった武器がたくさんあると風の噂で聞いたものですから」
「ハッ、そっちが目的かよ」
幹部は嬉しそうに膝を叩いて背もたれに体を預けた。
「で、どこのどいつだ。そんな『風の噂』を流したヤツは」
「夜の祭り亭を根城にしているルードという男でしたね」
「分かった。おい、そいつを消せ」
幹部に言われて、何人かの盗賊が返事もせずに部屋から出ていった。
あ~ぁ、かわいそう。
夜の祭り亭とかルードって人、ご主人様が適当にいま作った嘘の人物なのに。どの国のどの街のどんなお店かっていうのも聞かずに動いちゃった。
優秀なのかマヌケなのか、ちょっと分かんない。
「で、旦那。場合によっちゃあんたの命ももらわなきゃならねーが。その場合、その女はタダってことになっちまうが、それでいいかい?」
あらら。
ご主人様が機転を利かせたはずなんだけど。
でも悪い方向に転がっちゃった。
シュユの情報収集が甘かったせいだ。
うぅ。
「良くはありませんが、話を聞くだけでもよろしいでしょうか?」
幹部の男は、はぁ~、と大げさにため息をついた。
「知らねーほうが身のためって言葉、オレは知ってるぜ?」
「もちろん私も存じておりますよ。それでも私は商人ですので。しかも頭に強欲が付いてしまうタイプの厄介なタチでしてね」
申し訳ない、とご主人様は頭を下げる。
そろそろ飽きてきたのか、那由多姐さまが顔をうつむけたままあくびをしてた。しっぽだけは揺らさないようにして欲しいので、もうちょっとだけ我慢してください、姐さん。
「はぁ~、しょうがねぇ。珍しい女ってのは確かだからな。分かった分かった。せいぜい殺されないように気を付けてくれよ、旦那。で、なにが聞きたいんだ? それとも見たいってか?」
「売って欲しいものがあります」
「そいつはますます難しいな」
幹部が少しだけ顔をしかめた。
このアジトは、いわゆる『武器庫』の役割をあてがわれている。珍しい武器や防具、マジックアイテム、または古代遺産・アーティファクトなどなど、大量にため込んでいることは把握済み。
ただし、そのほとんどが有効活用されている場合が多く。紅蓮の活動には必要不可欠になっている場合が多々見られた。
死蔵ではなく、ちゃんと使われているところを見ると。
そう簡単に『武器』を手放す組織ではない。
「なんだ、物によっちゃ売ってやれないこともないぞ。ただし、女の値段は安くなるかもしれんがな」
単純に威力の強い武器や防具ならば、代替品はいくらでもある。
それならば可能だ、と幹部の男は言いたいんだろう。
「では――」
ご主人様は、少し緊張するような感じでその名前を告げた。
「致死征剛剣……もしくは、七星護剣という銘を持つ剣を見せて頂きたいのです」
「ああん?」
幹部は怪訝な表情を浮かべた。
それは『知らない』というよりも、『驚愕』に近いような表情だと、シュユは思った。
つまり。
この男は知っている。
ご主人様が探し求めている剣を。
知っている!
「てめぇ、その名をどこで聞いてきやがった……?」
「いえ、私は単純に『銘』を知っているだけです。珍しい武器がここに集まるときいて、もしかしたらならば、と訪ねてきただけですよ」
「そうか、分かった」
幹部の男は立ち上がった。
それと同時に周囲を取り囲む盗賊たちの表情が消える。
なるほど。
今まではマヌケを演じていた……というよりも、気を抜いていた感じのようです。
ですが、遅かったみたいですね。
敵をフトコロに入れてしまった後では、どんなに息まいたところで手遅れなのですから。
毒を飲んでしまってから毒を警戒しても無意味です。
「私はただ見せてもらいたかっただけなのですが」
「そうはいかねぇ。ちともったいねーが、リザードマンの女も殺す」
幹部が、おい、と声をかけると。
周囲の盗賊たちがご主人様と那由多姐さまに近づいていった。
「はぁ……仕方ありませんね」
ご主人様は大きく息を吐いた。
そして、幹部の男の隣にいるシュユに視線を合わせる。
「須臾」
「はい」
ご主人様の合図で、シュユは忍法を解除し、そのまま幹部の男の首をクナイで切り裂きました。
「え?」
驚く幹部の男。
ですが、自分の首がざっくりと斬られたのを遅れて気付いたようです。
でも、もう手遅れ。
がふっ、と首からの出血と血の息を吐き出しながらその場で倒れた。
左腕で首をおさえながら右手でポーションを探る素振りを見せるのはさすがです。でも、そのポーションはちゃんとシュユが盗んでおきましたので、徒労に終わるでしょう。
「那由多姐さま」
シュユは持っていた姐さまの槍を投げた。姐さまはロープを自分で解くと槍を受け取り、不用意に近づいてきた盗賊たちを薙ぎ倒すように振るう。
「まったく。これだったら最初から正面突破と変わらねぇじゃねーか」
「そうは言わないでくださいよ、那由多。見てください。強そうな盗賊のひとりがすでに斃れていますよ。楽できるところは楽をしましょう」
ご主人様は商人モードのまま、杖に仕込んである刀を抜いた。
「とりあえず、このアジトは壊滅させましょうか。探し物は、あとでゆっくりと探せばいいのですから」
そういって、ご主人様は刀を振るう。
「おうよ! そらそらそら、あたいのことえっちな目で見てたヤツからかかってこい!」
那由多姐さまも嬉しそうに槍を振った。
「頼みますよ、須臾」
「頼むぜ、須臾!」
ご主人様と那由多姐さまに声をかけられ。
「はい!」
シュユも気合いを入れて。
盗賊団のアジトを壊滅させようと思います!
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