~勇気! お兄ちゃんと呼ばれて喜ぶのはあいつだけ~

 薄暗い森。

 人間領では見たこともない木々が鬱蒼と生えたつ森の出口とも言える木のそばで、僕は体を休めるように座っていた。

 植物っていうのは太陽の光や神の力が無いと育たないと思っていたけど、なかなかどうして魔王領に生きる木々はたくましいようだ。

 朝から夜までずっと曇り空で、太陽が見えることは無い。加えて、神や精霊女王の加護も届かない呪われた土地。

 そんな悪条件がそろっているっていうのに、木は大きく育っているのだから立派だ。もしかしたら人間領よりも濃い魔力的な空気が成長をうながしているのかもしれない。


「はぁ~……」


 そんな木々にも劣っているかと思うと。

 僕の口からは大きくため息がこぼれ出してしまった。

 乱暴のアスオェイローと戦った傷は、まだ完全には癒えていない。そもそも致命傷はひとつも受けていないし、魔法や未知の攻撃をくらったわけでもなく。

 単純に自分の力が尽きただけ。

 死力を尽くした、というそれだけの話だ。

 たった一度、本気の全力全開フルパワーで戦っただけで体がボロボロになってしまったのだ。

 強くたくましいどころか、成長の終わったおじさんみたいなもの。


「みたいじゃなくて、それそのものか」


 おじさんね~。

 できればシブくてカッコいいおじさんになりたいものだ。

 決して若者に説教したり、挑戦をバカにして笑ったり、素人を邪険にしたりしない、ステキなおじさんになりたい。


「ヒゲでも生やしてみようか……」


 自分の顎もとを触ってみるが、あんまりジョリジョリしない。

 ……僕は、ヒゲを伸ばす才能までもないのか。


「はぁ~ぁ~」


 なんにもできないなぁ、僕は。

 勇者なのに。


「せめておじさんになりたい」


 しかし、ちょっと前までは自分を年老いた老人かと思っていたが。

 傷が治ってきて楽になってくると、この始末。

 なんて自分勝手で欲張りな精神性をしているんだ、僕は。

 勇者だというのに、なんとも俗物的な自分がイヤになる。

 なにより、そんな自分を英雄的に持ち上げられ、もてはやされ、恋愛的な意味で好いていられるというのも、イヤなものだ。

 勇者という器に押し込められるというか、そうあれ、という期待感が重い。

 自然と重たい息がこぼれてしまうのも許して欲しい。

 どうせこんなため息を見られたところで、世界を憂いていらっしゃるのね、なんて都合の良いように変換されるのに決まっているのだから。

 もうどうでもいいよ。

 なんて気分になってしまいそうになる。


「よう、調子はどうだい勇者さま」

「む……おまえまで僕をそう呼ぶのか、戦士さま」


 ステキなおじさんとは何か、から続く割りと表に出せない感情を思考をしていると『戦士さま』がやってきた。

 いいよ、もう。

 僕を勇者とか呼ぶやつは、全員役職で呼んでやる。

 そんな僕の皮肉が気に入ったのか、戦士さまはガハハハと豪快に笑った。


「すまんな、勇者さま。オレがモテないばっかりに」

「ホントだよ、戦士さま。おまえがモテモテだったら今ごろはもっと楽しかったんじゃないのか?」

「魔王領でも楽しめたかねぇ」


 戦士さまはドッカリと僕の横に腰を下ろした。

 全身鎧のくせに器用にあぐらをかいて、カツンと音を立てながら太ももあたりに肘を置く。その腕で顔を支えるようにして、座った。


「僕と戦士さまと盗賊さまがいれば、どこだって楽しめたさ」

「ハッハッハ、盗賊さまね~。あいつにゃ世話になったのに、ハイさようならって感じで。つまんねぇ別れ方をしちまったなぁ」

「君が止めても良かったんだぞ、戦士さま」

「そんなことをすると、今度はオレが追い出されちまうぜ?」

「……だよな」

「カハハ」


 戦士さまの乾いた笑いにつられて、僕も笑っておいた。

 最悪の未来を想像してしまったのだ。

 そこにいるのは、僕と女の子だけのハーレム・パーティ。戦士も盗賊も神官も賢者も、みんなみんな少女であり女性であり、美人で美少女だらけ。

 僕はそんな女の子たちに守られながら世界を救うのだ。

 まったくもって。


「記録に残されたくない」


 顔を両手で覆う。

 もしも、だ。

 もしも魔王をそれで倒してみろ。

 もちろん英雄だと讃えられるし、なんなら神として天界に誘われるかもしれない。そして僕の名前は伝説として残り、数多くの書物に残されることになるだろう。

 そして、こう記されるのだ。

『ハーレム勇者』『好色勇者』『むっつりすけべ』

 と!

 最悪だぁー!

 やだー!

 僕、カッコいいのがイイ!


「おっさんが何言ってんだ」

「う……そうだった。どうにも考えが幼くてごめん……」


 はぁ~、とため息をついて。僕は戦士さまと同じ体勢になった。

 頬杖を付くのはいいが、割りと苦しい体勢だな、これ。


「見た目が若いからセーフだが、そこそこ年くっちまったからなぁ、オレら」


 戦士さまの肉体も若く見え全盛期的な姿だが、僕やあいつと変わらない年齢だ。

 精霊女王ラビアンさまの加護が若さを保ってくれているが……それにも限界がある。段々と年相応に近づいていってるのは確かだ。


「昔が懐かしいよ。さっさと終わらせるつもりも、終わってしまうつもりもなかったけど。まさかこんな年齢まで勇者やってると思わなかった」


 それを聞いて戦士さまはガハハと笑う。


「ラビアンさまのおかげで、オレたちゃ若さを保ってるかもしれんけどなぁ。精神年齢は肉体年齢に依存するのかもしれん」

「ほう、なるほど。面白い理論だ」

「見た目が若いヤツは精神も若い。アレを見てるとそう思った」

「アレね」


 僕は肩をすくめる。

 彼の言うアレとは幽霊少女のアビィのことだ。


「二千年は生きてるらしいのに、子どもそのもの。オレのことまでお兄ちゃんと呼びやがる。止めろって言ってるのに聞きやしない。ワガママなお子様そのままだぜ?」

「生きてるっていうと語弊があるな」


 戦士さまの言葉尻をとらえてやると、ちょっと首を傾げる素振りを見せた。


「あぁ、確かに。だが死んでるヤツを生きてるって表現するのはどうしたらいいんだ?」

「存在してる、でいいんじゃないか?」


 それだ、と戦士さまは喜ぶ。


「戦士さまの言うとおり、エルフだって数百年とか生きてても考え方や振る舞いは若いから、あながち間違った理論ではないのかもしれない。どうだ、今から人間領に引き返して学園都市まで戻って研究者でもやってみたら? テーマは『見た目と年齢』について」

「オレが学者さまね~。賢い人間には成りたくねーな」


 彼がなにを考えてしまったのか、分かってしまうのが付き合いの長さというもの。

 きっと賢者のことを考えたのだろう。

 学園都市で仲間になった彼女は、博識でなんでも知っていて、優秀だ。普段はすまし顔なのだが、僕と話す時は遠慮がち。

 照れているのか、僕の気を惹くための作戦か。

 もしくは、そのどちらもなのか。

 それが判断できないので、ちょっと怖いんだよなぁ~。


「ところで戦士さま。アビィにお兄ちゃんって呼ばれてんの?」

「おう」

「――ぶふっ」


 思わず吹き出してしまった。


「なんだよ、オレがお兄ちゃんで悪いかよ」

「ふふひひひ、はははははは。ど、どちらかというとお父さんなのでは?」


 筋骨隆々のガタイの良い肉体に全身を覆う鎧。それに加えて超大型の剣を持ってる姿と、まったくといっていいほど『お兄ちゃん』が似合わない。

 そりゃ年齢は僕と同じなのだから、僕だってお兄ちゃんが似合わないと言ってしまえばそれまでなんだけど。

 でも戦士さまは昔からゴツくてフケてたからなぁ~。

 というか、今でも年相応に追いついていない。三十代半ばに見える。お兄ちゃんっていうよりもお父さんがしっくりくる感じだ。


「うるせーよ。やめろって言ってるのにアビィが聞いてくれん。おまえから言ってくれよ」

「はは。分かった分かった。それにしてもいいなぁ、戦士さまは」

「なにが?」

「自由に意見を言えて」

「それはおまえだって――はぁ、いや、なんでもない」


 戦士さまは肩をすくめる。

 そりゃ僕にだって否定する権利はある。やめろ、という意見を言うことだってできるはずだ。

 でも。

 それを自分のことを好いてくれている仲間にできるのか?

 という話。

 ちなみに僕にはできなかった。

 やめろ、とも、恋愛は魔王を倒してからだ、とも。

 仲間を拒絶することが。

 僕にはできなかったんだ。

 それを考えると――


「盗賊さまには簡単に出来たんだろうなぁ」

「ガハハ。あいつなら平気でやりそうだ。まぁ、だからこそ追い出されちまったんだろうけど」


 僕も肩をすくめた。


「で、ここだけの話だが」


 ことさら声を低く、小さくして戦士さまは話しかけてくる。

 盗賊スキルを持っていない僕たちにとって、ナイショ話は至難のワザ。つくづく盗賊さまのアリガタサを痛感してしまう。

 しかし、上手い具合に神官、賢者、アビィの注意が僕たちからそれている。

 今がチャンスだった。


「おまえが手に入れてきた情報ってのは、やっぱりあいつか?」

「うん。間違いない」


 メッセージのスクロールで届けられた簡潔な文字列。

 乱暴のアスオェイローを除く四天王の名と、目指すべき場所。

 なにより、気になるのが知恵のサピエンチェなる吸血鬼をすでにあいつは味方に引き入れているという事実。

 それだけ聞くと、敵の罠なのではないか。むしろ、あいつが僕たちを混乱させようと妨害工作に打って出たのではないか。

 そう思ったのだが、一瞬でもそんな考えがよぎってしまったことを後悔した。

 仲間を追放してしまった勇者の末路とも言える。

 盗賊からの報告に疑いを持ってしまった冒険者パーティなど、長くはもたない。せいぜい疑心暗鬼から来る連携の失敗で命を落とすことになるだろう。

 盗賊は、その情報を命がけで手に入れてくれる。

 率先して周囲を探索し、罠を感知し、外し、敵を監視してくる。

 前衛と後衛の間を取り持ち、戦闘を開始する前から素早く準備を整え、戦闘中では全範囲に気を配りつつ、自らの危険も顧みず『避ける盾』となってくれる。

 一流の盗賊など引く手あまた。

 喉から手どころか足まで出しても欲しいという冒険者パーティは多いはずだ。

 そんな超優秀な盗賊を信じれなくて、なにが勇者だ。

 ただの勇気ある者。

 しかも蛮勇に過ぎないだけではないか。

 仲間を拒絶できない勇者は、優しい勇者さまかもしれないが。

 仲間を信頼していない勇者など、勇者ではない。


「それを聞いて安心した」


 戦士さまが安堵したように笑う。


「あいつは、まだ仲間でいてくれるんだなぁ」


 そして、そうつぶやいた。


「……」


 僕は思わず頬杖をやめて、彼の顔を見てしまう。


「なんだよ。おまえもそう思ってるんだろ?」

「あぁ」

「だったらオレにも思わせておいてくれよ」

「……あぁ」


 僕は深くうなづいた。

 そこまで信用してくれている戦士さまならば……話しておいてもいいだろうか。

 魔王直属の四天王のひとり。

 種族『ゴースト』。

 あいつからの報告があった、その項目と名称。

 それが『陰気のアビエクトゥス』という名であり――アビィ・インキーと名乗った幽霊少女と、どうにも繋がる気がして仕方がないのだが……

 と、僕が口を開こうとした瞬間――


「勇者さま!」


 森の奥から神官が走ってきた。

 相変わらずの巨乳でバインバインと跳ねるように揺れている。眼福がんぷく、と言いたいところだけど、あいつは物凄いイヤな目で見ていたよなぁ。

 なんだっけ?

 神官憎けりゃ神官服まで、だっけ。

 そんな神官服に身を包んで清楚なはずなのに、大きくふくらむ胸元が特徴的な彼女は慌てるようにやってきた。


「どうした?」

「大変です、どうやら取り囲まれつつあるようです!」

「なっ!?」


 僕は素早く立ち上がって周囲の気配を読む。だが、僕が察知できる距離はそこまで広くない。せいぜいが見えてる範囲の少し先程度のもの。

 特に森の中なんて障害物が多くて見通すことができず、気配も察知しにくい。

 だが、僕たちの進む先は森ではなく、開けていて見通しも良い。

 取り囲まれつつあるというには、がら空きのようだが……?


「どういうこと?」


 まだ余裕がありそうなので神官に詳しく聞いてみた。


「森の中を半円状に取り囲まれつつあります。それを率いているのは乱暴のアスオェイローの部下のようなのですが……」


 まだ逃げられる状況のようで、判断は素早くしたほうが良い。

 そんな状況だというのに、神官の歯切れが悪い。


「なんだ、遠慮なく言ってくれ」

「その、コボルトなんです」

「ん?」

「コボルトが、率いているのです」


 神官が言い淀んだのも理解できた。

 コボルトとは、魔物レベル1の最弱種だ。魔物たちが徒党を組んだ場合、ゴブリンと共に最前列に位置する場合が多く、下手をすれば人間の子どもにも劣ってしまう種族でもある。

 そんなコボルトがリーダーを務めているとは……


「魔王領とは、かくも恐ろしい場所らしい」


 理解が及ばないというか、予想もしていないことが起こるというか……


「お兄ちゃんお兄ちゃん」


 ふわり、とアビィが飛んできた。


「敵からの伝言だよ」

「んん?」


 伝言がある、ということは間違いなくアスオェイローの部下なんだろう。

 魔物には二種類あって、共通語を話す者と話さない者。どうやら人間領のように自然発生する魔物は、ここ魔王領でも討伐対象になっているらしく、魔物と魔物が殺し合っているところを目撃している。

 伝言があるということは、間違いなく共通語を話すタイプの魔物であり。

 乱暴のアスオェイローの部下ということで間違い無いだろう。


「内容は?」

「一対一の決闘を申し込む。だって」

「あはははは! またかぁ~」


 僕はケラケラと笑って剣を取ろうとしたが……戦士がそれをさえぎった。


「おい、アビィ」

「なになにお兄ちゃん」

「お兄ちゃんはやめろって言ってるだろ。それより、そのコボルトに言ってきてくれ」

「いいよ~。でも魔法で攻撃しろっていうのは無しね。いくらあたしでも、その後の魔法の集中砲火じゃ消滅しちゃうかも。後ろから撃たれるかもしれないし」


 アビィはジロリと神官を見た。


「撃ちません」

「ホントかな~。神官ちゃんはあたしのこと大嫌いだもんね~」

「神官と呼ばないでください。私には立派な名前があるんですから」

「忘れちゃった~」


 キィ、と神官が怒るがアビィはゴースト種なのでどうしようもない。掴みかかったところで手が空を切るだけだ。

 もっとも。

 神官魔法に存在する攻撃系統の魔法はアビィの弱点でもあるので、あんまり挑発し続けると本気で殺し合いになってしまうので口喧嘩するしかない。


「ケンカはやめろ。ほら、アビィ。あやまって」

「は~い」


 ごめんなさい、とアビィが素直にあやまる。こういう素直な部分があるので、神官も賢者もアビィを受け入れるしかなくなっている。

 まったく。

 恐ろしい生存戦略だよ。


「で、お兄ちゃん。コボルトになんて言ってくればいいの?」

「勇者と戦いたければ、まず戦士のオレと戦え。って言ってきてくれ」

「はーい」


 アビィは止めるヒマもなく飛んでいってしまった。


「……いいのか?」

「オレにだって良いカッコさせてくれよ。向こうもボスじゃなくて部下なんだ。こっちも部下が出たって文句はねーだろ」

「おまえは部下じゃない。仲間だ。僕の友達だ」

「ガハハ。知ってる知ってる。今さら言うなよ、照れるじゃねーか」


 バシバシと背中を叩いて、行ってしまった。


「勇者さま」

「なんだい、神官ちゃん」

「んもう。勇者さままでそんな風に呼ばないでください」

「はは、善処するよ」


 だったら僕のことも名前で呼べばいいのに。

 そう思いつつも。

 僕は戦士とコボルトの一騎打ちを見るために。

 森の奥へと引き返すのだった。

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